学校でスランプです!
「あれ……?誰もいない」
私の名前は白羽稲葉。ほのぼの屋という所でアルバイトをしている現役女子高生だ。今日も変わらず出勤したが、店内には誰一人いない。
「おかしいな……阿修羅ちゃんぐらいならこの時間でもいるはずなのに」
周囲を見渡しましたが特に変わった様子もなく。私は勤務仲間である彼らを探したが──。
「置き手紙?誰からだろ」
ふと私のロッカーの中に入っていた一つの手紙を見つけた。字の形からしてどうやら差出人は阿修羅ちゃんの様だ。
「稲葉ちゃんへ。元気にお仕事頑張ってますか?今この手紙読んでいると言うことは謝らなきゃいけないことがあるんだけど、今日定休日なの忘れてて、稲葉ちゃんだけその事が伝わってなかったよ!ごめーんねっ♡」
「ふざけんなよアイツ!?」
私はついその手紙を破り捨てたくなったが堪えた。今日は休日出勤なのに貴重な時間を潰してまで職場に来る辛さを彼女は知らない様だ。
「……まぁ阿修羅ちゃんだし」
私は帰ることを決意した。馬鹿に割く時間があるほど私は暇人じゃないので、結局今日は何もすること無く終わりを迎えた。
五月蝿く鳴る目覚ましを強めに叩き、私は目が覚めた。
土日が終わり、また学校に行かなくてはならないので、歯磨きをし、朝食を食べ、制服に着替えつつ髪を束ねた。
少し憂鬱な気分だが、阿修羅ちゃんとは同じクラスなのでその介護をしなければならない。振り回される方は何かと苦労するものである。
「行ってきます」
玄関を飛び出し、私はゆっくりと徒歩で学校へ向かった。小鳥がチュンチュンと鳴いているのが何となく風流な感じもする。
少し歩いて歩道橋に足を伸ばそうとした瞬間、ふと横目で阿修羅ちゃんの姿を見つけた。何やら新しく開店したドーナツ屋さんの前で葛藤しているらしい。
「何やってんの?阿修羅ちゃん」
「うわぁ!稲葉ちゃん!びっくりしたじゃん」
「というかあの手紙何ですか?せめてもう少し早く伝えてくれませんかね」
「ごめんごめん。稲葉ちゃんの怒ってる顔見たかったし」
「そんな理由で連絡を適当にしないでくださいよ!」
私と話している間にも阿修羅ちゃんはそわそわと気が落ち着いてなさそうだった。やはりドーナツ屋か。
「阿修羅ちゃん、朝からドーナツ?」
「うん、やっぱ腕が6本あるから一杯持ち運びできるし」
「そういう問題ですか!?買い食いNGでしたよね!そもそもこんな行列並んでたら学校遅刻しますよ?」
「大丈夫!稲葉ちゃんは先行ってて!どうしてもここ来てみたかったし」
「しょうがないなぁ……遅刻しないようにね」
ドーナツ屋を後にし学校へと急いだ。開校まで後20分。阿修羅ちゃんの方も急げば間に合う時間帯だ。
ただ、不思議な事にいつまで経っても後を追ってくる彼女の姿がない。
「また嫌な予感が……」
彼女が心配で耐えきれなくなり、私は阿修羅ちゃんの様子を確認しにドーナツ屋の方へ向かった。しかし彼女の姿は無い。
「ここら辺で腕が一杯あるアホの子見かけませんでしたか!?」
「あぁ、あの子なら……あっちの方へ行ったよ」
並んでいた彼が伝えたのは学校とは全く別の方向の道である。私は頬に冷や汗が流れるのを感じた。
「何やってんのあの子!?学校遅れるじゃない」
彼の指した方向へ走りながら向かうとまたもや行列ができている。案の定、彼女もまたその行列に加わっているが。
「阿修羅ちゃん……遅刻するよ?」
「うわぁ!?稲葉ちゃん!?何でこんな所にいんの?」
「何でじゃないでしょ!?ほら、急がないと!学校始まっちゃうから!」
「10分もあれば普通に学校行けるから!全然大丈夫だよ!」
「行くまでの距離考えてる!?」
「あー、そうだったね。ごめん」
「ごめんじゃなくて!さっさと行くよ!」
始業10分前に阿修羅ちゃんを連れて走ったものの、結局間に合わぬまま始業のチャイムが鳴っていた。現実は非常である。教育指導の先生や担任にも怒られ、面目が潰れたまま教室へと戻った。
「ふぇー、大変な目に遭ったよ」
「こっちの台詞だよ!何でギリギリまでお店巡りしてたの!?」
「いやー、美味しいお弁当作る仕事だから市場調査も必要かなって」
「だからって学校遅刻しちゃいけないでしょ!?馬鹿なの!?」
休み時間の教室が静まり返った所で私は冷や汗を垂らした。
最近、阿修羅ちゃんのペースに引きずられている気がする。このままでは阿修羅ちゃんだけでなく私まで劣等生の判を突かれてしまう。
「あのさぁ、阿修羅ちゃん?」
「改まってどしたの?稲葉ちゃん」
「友達だから言い辛くはあるんだけど」
「だから何?早く言ってよ!」
「阿修羅ちゃんってもしかして悪意があってそういうのやってる?」
彼女は愕然とした表情を見せた。膝から崩れ落ちた彼女に私は流石に言い過ぎたかなと反省する。
「そんなんじゃないもん……」
「ごめん、阿修羅ちゃんを傷つけようとかそんな訳じゃ無いんだけど」
「私が食いしん坊なのは悪気がある訳じゃないし!」
「言う所そこ!?」
顔を上げて主張する彼女に私は呆れた。どうやらこの娘、生粋のアホの子らしい。
いや、前から知っていたがここまでの天然だとは知らなかったからだ。
「とにかく、今日から無茶な行動や発言は禁止。私まで阿呆扱いされちゃうじゃん」
「遠回しに阿呆って言ってない!?」
「実際そうだろ」
「酷い!稲葉ちゃんのスッタコ!」
「あっ、待って阿修羅ちゃん!?」
彼女は教室を飛び出し何処かへ逃げ出してしまった。もうすぐ授業が始まってしまうので早く追いかけなければいけない。あくまで友達だ。
「アイツ……無駄な事させやがって」
私は教室を出て彼女の後を追った。だが、近場の廊下や階段、何処を探しても彼女の姿は無い。
「どうしよう……あっ、ヨミちゃん!」
「どうなさいました?稲葉さん」
私はバイト仲間で同級生の九十九夜月を見つけたので彼女の行方を尋ねる。
「あー、あの店長頭おかしいから」
「それはわかってますけど……何処へ行ったのかわからなくて」
「店長なら上の階段上って行きましたよ」
「へっ?」
彼女の言う通りこの階の階段を上っていったが、最上階に辿り着いても誰もいない。
「本当に何処だ……阿修羅ちゃん」
「もしかしたら屋上にいるのかも」
「まさか、そんなベタな話ある訳」
彼女は最上階にある扉を開いた。光の差したその先に阿修羅ちゃんの姿が。しかし何でエプロン姿。
「いや、何やってんだお前」
「待ってて!稲葉ちゃんにダメ店長って言われないように太陽熱で目玉焼き作ってるから!」
「どういう事だよ!ってかさっさと授業戻らないと遅刻だぞ遅刻!」
「いえ、もうほっときましょう。救いようが無いレベルじゃないですか」
「辛辣過ぎるよ!」
ひとまず阿修羅ちゃんを見つけた所でチャイムが鳴ってしまった。3人全員遅刻確定の時点で授業が始まってしまうという結果に終わった。
「はぁ、稲葉ちゃんごめんね」
「あのなぁ……私だけじゃなくてヨミちゃんにも迷惑かけちゃ駄目だろ」
「でも稲葉ちゃん酷い事言ったから」
彼女の言葉を聞いて少しだけ心残りがあった。私もついつい言い過ぎてしまう癖がある。少しずつ阿修羅ちゃんに寄り添う姿勢を見せる必要があるのかもしれない。
「私の方こそごめん。でも今は授業中だ。怒られた分、集中しろ」
「ふふふ」
「何がおかしい」
「稲葉ちゃん、やっと素直になったんだね」
「五月蝿いわ!元はと言えば阿修羅ちゃんが……」
「稲葉さん、お静かに」
「はい……」
担任の注意を向けられ私は黙りこくった。結局阿修羅ちゃんのペースに持ってかれるこの頃なのかもしれない。
「授業も終わったし、お弁当たべよ!」
「本当に阿修羅ちゃん弁当好きだよね」
「うん、伊達にお弁当食べてる訳じゃないし」
そう言って彼女が取り出したのは3段のお重箱の様なものだった。あまりの量の多さに流石の私も目を疑った。
「……この量食べるの?」
「私腕が6本あるし、3倍ぐらい食べても問題ないかなって」
「それは只の食いしん坊だ」
「そうかも」
彼女は何も気に留める事無くそれを貪り食べていく。あまりの食べっぷりに普通の女子高生もこんなに食べるものなのかもと錯覚してしまう私がいた。
「ねぇねぇ稲葉ちゃん」
「黙って食え」
「まぁまぁ、卵焼き交換しない?」
「何で交換する必要があるんだよ」
「ほら、家によって卵焼きの味って違うじゃん」
「そうかもだけど……」
「はい、あーん」
彼女が卵焼きを箸でつまんで私の方に差し出す。
「恥ずかしいよそういうの……」
「えぇー?でも稲葉ちゃんの顔赤くなってるよ?」
「別にそんなんじゃないからな!」
「照れちゃってぇ……ほら、あーん」
無理矢理押し込んでくる彼女の卵焼きに耐えられず私はそれを口に入れた。弁当屋のバイトサボっている癖に中々に美味しい。
「これ、自分で作ったの?」
「うん!お母さんと一緒に練習してた」
「あれ、阿修羅ちゃんのお母さんって……」
私は言いよどんだ。彼女の前で幼い頃に亡くなったとはあまりにも可哀想で言えなかった。
「1回だけお店の手伝いだったかで卵焼きの作り方を教えて貰って、今でも作り方だけは覚えてるんだ」
「そうなんだ」
「その時にお母さんが『このお弁当屋さんを引き継いでも引き継がなくても卵焼きだけは上手に作れる様になりなさい』って教えてくれたの」
「どうして?」
「多分、私の将来の事まで考えてくれていたんだと思う。大切な人に卵焼きを作れる様な人になってほしかったんだろうなって」
彼女の言葉は少しだけ私の心に響いた。あれ程無茶やドジっ子属性を発揮している彼女でも大切な事は忘れていないらしい。
「阿修羅ちゃん」
「何?稲葉ちゃん」
「阿修羅ちゃんも頑張ってるんだね」
「えへへ」
「その調子でこの後バイトだけど頑張れる?」
「今日はバイト休ませて……」
「言ったそばからそれかよ!?」
「食べ過ぎて午後も集中できるかな……」
「だから何でいつも阿修羅ちゃんはそうなの!?」
それ以降、午後の授業も阿修羅ちゃんを起こしながら続いた。
夕方のチャイムも鳴り、下校時間になった頃には阿修羅ちゃんも元気なテンションに戻っていた。私は疲労困憊だったが。
「やっぱ今日もバイト行かなきゃね!稲葉ちゃん!」
「そ、そうだね」
「来週はハロウィンのイベントもあるし、頑張ろ!」
「阿修羅ちゃん張り切り過ぎ……」
「ああっ、稲葉ちゃん無理しないで!一体誰がここまで……」
「お前だよ」
夕暮れ時の帰り道、何も変わらない日常を感じながら私達はバイト先へと向かった。