約束で仲直りです!
「あの……私は何をしたら」
ほのぼの屋の着替え室で少女は呟いた。制服を着ながら、銀髪を揺らす彼女の名前は九十九夜月。
このお店の店長の座を狙っているらしく、阿修羅ちゃんに対抗心を燃やしているらしい。
「あのねぇ、本当にできる店員って言うのは人に聞かず自分で考えるものなんだよ。そもそも──」
「すみません、店長だけには言われたくないです」
「なんだとぉ!?」
彼女ら2人はどうやら馬が合わないらしく、開店前にも揉めています。正直喧嘩しているぐらいなら手伝って欲しい所なのですが。
私と同じく開店準備を手伝っていた山田君がひょっこりと顔を出し、忠告した。
「程々にしとけよ阿修羅。お前お姉さんだろうが」
「いつから私は夜月のお姉さんになった!?」
「小さくても一応同学年なんで……」
一方が荒ぶり一方が静かな対照的である2人は怒り方も対照的だった。話が大きくなってきたので私もついつい仲介に入ってしまった。
「あの、折角新入りが入ってきたのもあるし、親切な受け入れだけはしてね。阿修羅ちゃん」
「う……わかったよ。稲葉ちゃんがそこまで言うなら」
「私の方も言い過ぎてました。すみません」
どうやら2人とも納得してくれた様でお互いに謝った。最早誰が店長なのかわからない状況ですらある様な気もする。
「何はともあれ、今日もお仕事頑張りますよ!皆さん!」
「「「了解!」」」
私の掛け声で気合いが入ったのか今日はスムーズにお弁当を売り出す事ができた。難しい注文内容でも人数自体が多いので助かる。
「稲葉さん……」
「どうしました?ヨミちゃん」
「貴方本当にアルバイターなの?仕事ぶり丁寧だし、皆お仕事張り切ってるし、本当は店長なんじゃないの?」
「いや違うから!店長は阿修羅ちゃんだよ!」
尊敬の眼差しでこちらを見てくるヨミちゃんだが、その後方でハンカチを咥えながら悔しい表情でこちらを見てくる阿修羅ちゃんの姿もあった。
「やっぱお仕事できる人って凄いんですね。尊敬します」
「それ以上言わない方が……どんどん阿修羅ちゃんの眼光が鋭くなってくるのが痛いから!」
私も私なりに大変ではあったが、何とか今日の営業を乗り越え店仕舞いまで働き終えた。
「ぶぇ~疲れた」
「阿修羅ちゃん、材料とかお弁当運びしかしてなかったじゃん。まだまだお仕事しなきゃ」
「最近クエスト周回が忙しくてなかなか体力付かないんだよね」
「またゲームの話……」
とは言えいつもと比べなかなかの仕事ぶりだった阿修羅ちゃんを私は褒めた。
褒めると調子に乗るタイプなのは知っているが、今日の頑張りを続けてくれると嬉しい。
「稲葉、お疲れ」
「山田君もお疲れ様だね」
遅れて合流してきた彼も今日は頑張っていた。
レジ打ちが異様に早い彼をレジ打ちの神と呼んでいた事を思い出して、私は少し頬を引き攣らせた。
「おまっ……何がおかしい」
「ううん、何でもないよ」
「何も無いって言われると気になるじゃねぇか」
「何にも考えてないよ。レジ打ちの事なんか」
「またあのネタ引きずってんのかよ!」
私達は笑いあった。後ろの方を追っていたヨミちゃんも目を輝かせていたが、私達に尋ねた。
「あの」
「どうしたの?ヨミちゃん」
「ほのぼの屋の皆さんっていつもこんな感じなのですか?」
私は少し黙りこくったが、少し経って答えた。
「デコボコなんだよね」
「デコボコとは」
「ほら一人一人欠けてる部分も特徴的な部分もあるでしょ?だから特徴を引き立てたり欠点を埋めあったりするのが楽しいのかなぁって」
「……なるほど」
彼女も少し笑いかけた。手慣れてない様子で髪の癖を直す彼女は何かと健気な様にも感じていた。
「忘れないでくださいよぉぉぉぉ!!!!」
いい感じに夕焼けと溶け合っていた私達に勢いづいて現れたのは何処かで見た事のある様なイケメンの男性だった。
「「「「どちら様?」」」」
「私ですよ!尾崎須佐野です!」
「あー」
「いたね」
「そんな人も」
「私を差し置いて息ピッタリですか!?一応完治したのでやっと皆さんに報告に来たのですが」
ずっと入院していた須佐野君が病室の寝間着のまま戻ってきて私は少しばかり心が踊って嬉しくなった。
「お帰りなさい、須佐野君」
「稲葉さん!ありがとうございます!」
「須佐野君~!私、店長の座を乗っ取られそうなんですけどぉ~!」
「阿修羅ちゃん!涙目でこっち寄らないでください!折角の綺麗な顔が台無しですからぁ!」
私は彼の滑稽な反応に笑った。彼らと騒いでいる内に須佐野君や他のバイト仲間に別れを告げ、今日という一日を終える為ふわふわした気分のまま家路に向かう。
自宅の郵便受けを覗くと私は少しだけ胸がドキッと鳴ったのが感じ取れた。
「これ……誘ってみようかな」
その広告チラシに書かれてあったのはハロウィンイベントの告知であった。
なかなかあの面子で仮装だとか遊ぶ機会が無かったので私は少し緊張しながらも彼らを遊びに誘うことに決めて、布団に入る。
まだ少し暑さが少し残る、孤独な一夜だった。
「おはよ!稲葉ちゃん」
「おはよ!あのね……阿修羅ちゃん」
「どったの?」
バイト仲間とはいえ、なかなかそれを声に出して伝えるのは難しい。でも今までずっと大切にしてきた仲間なので、思い切って声にしてみた。
「今度の日曜日、ハロウィンのイベントあるんだけど行かない?」
「いいよ!その日暇だし」
「そんなに即決なの!?」
私は阿修羅ちゃんのその軽さに驚いた。彼女の発言から若干暇人である事は悟っていたがそこまで暇があるとは思っていなかった。
「おう、あのハロウィンイベントだろ?俺も同行しよう」
「山田君!」
「おはようございます!ハロウィンか……私仏教徒なんですがまぁ関係ないですし行きますか」
「須佐野君まで!やった!」
次々と了承されていく中、遅れて来たヨミちゃんにも訪ねた。
「ねぇねぇ」
「どうしました?稲葉さん」
「ハロウィンイベント、日曜日の夜にあるんだけど行かない?」
彼女は少し首を下に動かし悩んだ。やがて顔を上げると少し不安そうな顔で答える。
「いいんですか?」
「えっ?」
「私新入りだし、まだ皆さんの事も知れてないし……それでもいいなら」
彼女の本心に私はどう答えればいいかわからず困惑した。
だが、私の後ろから顔を出した阿修羅ちゃんが応える。
「大切なのはヨミちゃんが行きたいかどうかじゃないかな?」
「でも……」
「稲葉ちゃんも誘ってくれてるし、絶対楽しくなるよ!迷惑なんかじゃない!絶対だよ!」
元気ハツラツなその声に私は安心した。彼女の方も少し考えて結論を出した。
「是非、行かせてください!楽しませて貰うわ」
「うん!良かった……」
時期が迫るハロウィンイベントが待ち遠しくなりながらも私は業務を終え、電気を消すまで目一杯明るく振る舞おうと思いながら、今日という一日が幕を開けた。