新入り爆誕です!
「誰だお前」
突如として病室に現れた1人の少女に思わず山田君が声を漏らす。
説明しよう。サーフボードによる全身強打により入院を余儀なくされた須佐野君のお見舞いに私達3人は駆けつけていたのである。
そこに空気の読めない新人のアルバイターが現れたのだ。白髪で紫色のワンピースを着たロリっ子だが、どうやら私達と同学年の人らしい。
あまりに突拍子の無い出来事の前に私達は言葉を失っていた。
「誰だお前って何よ。初対面に向かって放つ言葉じゃないでしょ」
「今仕事じゃなくてお見舞いに来てるの!悪いけど後にしてくれる?」
「えぇ~?」
その白髪の女の子は残念そうに頭を垂れた。流石に言い過ぎたかなぁと自分の中でも反省したが、見知らぬ人の病室に入ってくるのはマナー違反である。即刻帰ってもらおう──。
「ねぇねぇ!ヨミちゃん!今日も一段と艶やかな髪ですねぇ!」
「よ、寄るな!気持ち悪い!だから面接の時もあれほど近付くなと言ったじゃないですか!」
これまた空気の読めない店長がその女の子に飛びかかる。髪を撫でくりまわし、じゅるりと唾を飲み込む阿修羅ちゃんに彼女は戦慄した。
「まさか店長……顔パスとかそんなんじゃないですよね」
「え、勿論そうだけど」
「認めやがったこいつ!?」
その少女が店長公認のアルバイターである事を知った私は阿修羅ちゃんの面食い属性に呆れるばかりである。
「まぁ、そんな事はいいんだが。ほのぼの屋でバイトするなら自己紹介の一つでもしてほしいな」
山田君の一声にキッと真面目な顔になった彼女は語り始めた。
「言ってくれて光栄だわ。私の名前は九十九夜月。九十九家のお嬢様である私直々に店長の座を奪いたいと思いまして」
「えっ!?私仕事取られるの!?どうしよう稲葉ちゃん!?」
正直お嬢様が辺鄙なお弁当屋さんで店長を務めるつもりでいるのかよくわからないが、私的にはむしろやる気に満ちているこの娘に店長をしてほしい気持ちでいっぱいだった。
「まだヨミちゃんが店長になるかはわからないし、採用してあげてもいいんじゃないかな?」
「そうよ!私、このお弁当屋さんを改革したいって思ってますんで!」
「いつも私が無能みたいな風に言わないでよ!」
阿修羅ちゃんが涙目になりながら訴えるも、山田君もうんうんと頷いており、どうやら賛成の意を評しているらしい。
「私は反対ですよ……!阿修羅ちゃんこそ一番星なんですから……ゴフッ」
「あぁっ、須佐野君無理しないで!」
「何だろう、そのフォローあんまり嬉しくない」
須佐野君の懸命な主張も届かず、ほぼ満場一致のような状態でヨミちゃんの受け入れが決まった。
私は親睦を深めようと握手をする形で手を伸ばす。
「これからよろしく、ヨミちゃん」
「気安く触らないで。一応弁当屋さんなんだから菌が移る」
「扱い酷くない!?」
軽くあしらわれた私を横目に阿修羅ちゃんがまたしても彼女に立ち塞がる。
「夜月ちゃん……?何で稲葉ちゃんにあだ名呼びされてるの?」
「どういうことよ……!」
「私だって鳴寺だから『ナルちゃん』とか『なっちゃん』とか呼ばれたいのに新入りだけヨミちゃんってずるくない!?」
「何その地味なコンプレックス!?というか細かい事気にしすぎだろ!」
阿修羅ちゃんはどうやら彼女をいけ好かなく思っているらしく、やたら因縁を付けようとしてヨミちゃんを病室から帰すつもりがないようである。
呆れた店長だ。完全に彼女の方も嫌そうな顔を隠せなくなっている。
「ねぇ、店長。そんな子供っぽいことしてたら本当に店長の座奪われますよ」
「五月蝿いなぁ!私は納得したいだけなんですよ!同情するなら私をあだ名呼びするぐらいしてもいいじゃないですか!?」
「わかりましたよ、ナル修羅ちゃん」
「違ーーーーう!!!!」
最早手のつけようが無い店長に山田君が駆け寄る。
「おい」
「何ですか!?私が言うんですから店長命令としてこの娘のアルバイトは不許可──」
「店長、店長って調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「……はい」
どうやら山田君は今まで見た事の無い形相で阿修羅ちゃんを見つめて言い放ったのか彼女の方も震え上がった。
「決まりだな、それじゃ須佐野。お大事にな」
「あ……どうも」
「本当にお騒がせしてごめんね!またアルバイトに来てくれるの楽しみにしてるから!」
「はぁ」
気が抜けたのか入口付近で力無く座り込む阿修羅ちゃんを置いて私達3人は病室を出た。
これからは阿修羅ちゃんの世話だけでなく人間関係まで気を使わなくてはいけなさそうなので気が重くなった。
翌日、いつもの様にアルバイトに出た私に阿修羅ちゃんの元気な声が出迎える。
「おはよー!稲葉ちゃん!」
「おはよ……調子はどうかな?」
「あのヨミちゃんって言うのが来るのかと思うとサボれなくなるのが辛いかな」
「サボってる自覚あったんだ!?というかちゃんと仕事しろ!」
相変わらずのダメ店長っぷりに見慣れてしまったが、これで少しでも彼女が良い働きを見せてくれると嬉しい。
「おい、今週弁当は割と売れてるんだが材料費がとんでもない事になってるから赤字続きだぞ。決算どうするんだお前」
「ハッ!?」
山田君の一声に彼女は滝汗を流す。どうやらやましい事を隠しているらしい。
「阿修羅ちゃん?」
「ヒイッ!?」
「そう言えば今週の仕入れ担当、阿修羅ちゃんだったよね?幾ら仕入れたの?」
ボソボソ声になりながらも目の前の店長は目を逸らして答える。
「……50万円」
「嘘でしょ!?この弁当屋チェーン店でもあるまいし!このままだとどんなに頑張って働いても倒産するじゃん!?」
「ごめん」
「何でこんな事をしたの?怒らないから」
阿修羅ちゃんは少し黙りこくって頭を傾げた。
「美味しいものを皆様にお届けする為?」
彼女の舐めた態度に流石の私も憤りを隠せなくなってきている。
「ちょっと汗舐めていい?」
「えっ?」
私はベロンと彼女から流れる大量の汗を舐めた。そこからわかった結論を彼女に告げる。
「この味、嘘ついてるでしょ。絶対」
「何その判断基準!?というか汗舐めただけで本当か嘘かわかるの!?」
「いいから答えなさい?」
「……材料沢山仕入れた方が後も楽できるかなぁって」
私は遂に自分の中で堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。全身から憤りのオーラが滲み出る。
「こんの……馬鹿店長ーーーーッッッッッッ!!!!!!」
「ごめんなさいぃぃーーーー!!!!」
彼女に向けた怒号が店内に響き渡る。このままダメ店長とヨミちゃんの役職を交換してもいいとも思える程に。
どうやら私の今後のバイトも上手くいきそうにない。