突拍子もなく海です!
「阿修羅ちゃん!」
「んー?」
私はその6本の腕を持つJKに喝を入れた。ほのぼの屋という店は相変わらず人がやって来ない。
「そろそろ本格的にお弁当屋したらどうですか!?広告とか出していかないと最早お店の存在すら知られてませんよ!?」
「だってテスト期間だし、私頭悪いから」
「勉強もそれは大事ですけど……前回のテスト何点だったんですか」
「84点」
「高っ!?私より高いし!」
「16点落とした」
私は今までアホの子だと思っていた阿修羅ちゃんが実は凄く賢かった事に驚いた。
「でも二週間ぐらい前から必死に勉強しないと覚えられなくて」
「でも凄いですよ!弁当屋のメニューは二週間経っても覚えない癖に!」
「最近稲葉ちゃんの私に対する当たり強くない!?」
辛辣な言葉で調子に乗る阿修羅ちゃんを迎撃した。同時に須佐野君がお店にやってきた。
「おはようございます、お二人共!」
「須佐野君!おはよう!」
急にそのイケメンに飛びつく阿修羅ちゃんに私は少し不機嫌そうな顔を浮かべてしまった。
「お、おはよう須佐野君!」
「稲葉さんも今日は一段と美しい髪ですね」
「あ、ありがと……」
突然褒められ照れを隠せない私だったが、軽くスルーされた阿修羅ちゃんが物申す。
「何で!?何でいっつも稲葉ちゃんばっかり!?」
「皆さんが大好きなんですよ、この店は静かでいいですね」
「『皆さんが大好き』……!」
「『この店が静か』……!」
私達は涙目になりながらそれぞれショックを受ける。
いや、前者の方より後者の方にショックを受けるべきだぞ店長。
「こうなったらアレしかないわね」
「何です?店長」
「この仕事さっさと終わらせて、学校も仕事も休業日にドカンと海でアピールするのよ!」
「サラッと最低なこと言いやがったこのダメ店長!」
私がツッコミを入れつつテキパキと彼女が仕事をこなすのに感心した。
いや、むしろ今までやる気を出さなかった分戻ってきた程度ではあったが。やればできるけどやらない子。
「よっしゃ、今日の営業終わり!明日から海行っちゃいますよ!二人共」
「えぇ!?唐突すぎませんそれ!?」
「いいじゃないですか!阿修羅ちゃんの今日のお仕事ぶりに乗じて賛成しましょう!」
「2対1ね、稲葉ちゃん」
「ぐぬぬ……」
多数決に言い返せぬ私は店閉まいを手伝い、家路に走った。空を見ると街中とは思えない満開の星で満ちていた。
「そういえば……」
私は今まで海という所へ行ったことが無かった。
中学生の時も本ばかり読んでて友達というものが無かったし、そもそもクラスメートと絡んだ所で「お前根暗なんだよ」といじめられることはわかっていたのだ。
でもどうしてなんだろう。今絡んでいる阿修羅ちゃんは本音を言ってもそんな事は一切言わず、私を受け入れてくれた……。
「何言ってんの私、あの阿修羅ちゃんだし」
お風呂から出て急に眠たくなった私はそのままベッドに向かった。
そのまま夢の国に行ってしまいそうで怖かったが、それならそれで受け入れたいと思えるほど安らかな気分だった。
「おはよー!稲葉ちゃん!」
「おはよ……って露出すご!?」
翌日約束の駅まで向かったのもつかの間、阿修羅ちゃんは既に水着のような服を纏っていた。
いや、むしろ被さっているという程に目のやり所に困るようなアレだった。
「どう?稲葉ちゃん?これなら須佐野君堕とせると思う?」
「いや、近づかないでくださいよ!破廉恥過ぎます!」
「あれ~?もしかして稲葉ちゃん、そういう気あったんですか?ホラホラ」
「や、やめてくださいよ気持ち悪い!」
「おー、お二人共楽しそうだね」
「「須佐野君!?」」
ふざけあっている時に突然現れた彼に私達は戸惑う。彼は笑いながら私達の方へ近寄る。
「いやー、やっぱ素敵ですよね。百合」
「いや!そんなんじゃないから!これはあくまでも須佐野君に……!」
私は困惑する阿修羅ちゃんの肩をポンと叩いて答える。
「えぇ、彼女は私を堕とす為にわざとこんな過激な服着てきたらしいですよ。私としても流石に困りますけど」
彼女の安心した顔が本当に修羅の様な表情に変わる。次々と6本の手刀が私に襲いかかる。
「痛い痛い痛い!薄い本の時のアレのお返しですよ!阿修羅ちゃん!」
「今すぐ全部嘘だと言え」
「ハハハ……やっぱりお2人さんは面白いですね。ところで……」
彼は少し体を逸らし、横に移動すると1人の冴えない男が現れる。顔は勿論イケメンではあるのだが、頬が張っており、首が長く、顔が赤くなっている。
須佐野とは同い年に見えるものの、体格もほっそりとしている人だった。
「誰です?その人」
「この人も連れて行っていいかな?山田大蛇君なんだけど」
「この人って……前の怪談の時のお化けじゃないですか!?」
私は戦慄して少しずつ後ろへ下がる。ぬうと彼の腕が伸びたが私はそれすら不気味に感じた。
「よろしく、稲葉さん……だっけ?」
「よ、よろしく……」
私が握手に応じると彼は少しだけにこっと優しそうに笑った。
どうやらこの人も紳士的で一概に悪い人とは言えなさそうだ。
「阿修羅ちゃんも……」
「おい、大蛇。お前がわざわざ初対面で握手まで求めるからお2人さんが怖がってるじゃないか」
「はぁ?初対面で握手するのは世界の常識だろうが。マナー学ばなかったのか?ド畜生が」
「山田、やんのかゴラァ」
「上等だ、今日こそ決着をつけてやる。須佐野」
男2人は唐突に殴り合いの喧嘩を始めた。慌てて2人を抑えると、私達は慌てふためきながら尋ねる。
「「ふ、2人は極道の人か何かで……?」」
「違うわ!」
「単純に仲が悪いだけだわ!」
返答の仕方が完全に息が合っているようにも見えたが、どうやら彼ら2人は仲が悪いらしい。
「とにかく、どんなに仲が悪くても私達がいる時だけでも仲良くしてください。迷惑ですよ」
「すみません、稲葉さん」
「以後気をつける」
聞き分けのいい人達で安心した。人員も揃った所で早速電車に乗り込み、海までの道に思いを馳せた。
「稲葉ちゃん!お菓子!ジュースだよ!」
「はいはい……今日ぐらいゆっくりさせて」
子供のようにはしゃぐ露出度高い店長が横に座っていた。
「きのこに決まってるだろ無能」
「あぁ?たけのこの方が美味しいに決まってんだろ!やんのかゴラァ!?」
「上等だ」
「あのねぇ……」
後ろの闘争狂2人を止めようともしたが、あえて放っておいた。
確かにその話題は戦争案件だし、いずれは疲れて遊ぶ気力も無くなってしまうだろう。私まで巻き込まれたくない。
「稲葉ちゃん!海だよ!海!」
眠りかけていた私は阿修羅ちゃんの一声が聞こえたので、すかさず目を覚ました。
外を眺めるとまるで絵に描いたかの様な真っ白い砂浜と水色の海が煌びやかにあったのだ。
「見えるね、阿修羅ちゃん」
「うん!」
本の中でしか見た事の無かったこの絶景は私を心の底から安堵させた。後ろの2人も流石の景色に静まり返っていた。
この旅路で私達を待っているのは何だろうか。期待と興奮に胸を踊らせながら、私達の海開きは今、幕を開けようとしていた。