雨の日万歳です!
雨の日のほのぼの屋は全くと言っていいほど人が来ない。
私的には静かな空間の中、しとしとと降る雨の音を聞くのもまた一興ではあると思う。
「稲葉ちゃん!」
「何ですか、店長」
この店の店長は相変わらずドジっ子で、面倒くさがりで、何故弁当屋を立ち上げたぐらいなのかわからないレベルなので、私は身構える。
「コスプレしようよ!コスプレ!」
「は?」
流石のテンションの高さに私は少し引いた。アレですか?雨の日で店に人がやって来ないからってコスプレ大会始めるんですか?
それってもう店として成り立ってないじゃないですか。おかしいですよね。とも言いたかったがグッと堪えた。
「いいじゃん、電話販売とかも今はやってないんだし。たまには息抜きも大切でしょ」
「店長は毎日息抜きみたいなものですよね」
「痛いとこ突かれた!そういう稲葉ちゃんだって……この前……!」
「だーっ!わかりましたから!もう薄い本の話はNG!」
「コスプレしてくれたら、あの話忘れてあげようかな~」
「ええ!してやりますよ!コスプレ大会すればいいじゃないですか!ご勝手に!」
阿修羅ちゃんにまんまと言いくるめられ、私はメイド服に着替えることになった。
「いや、何でよりにもよって一番恥ずかしい姿なんですか」
「可愛い!稲葉ちゃんやはりメイド服似合ってるよね、最高だよ!」
「店長業務そっちのけで楽しんでません?」
私は赤面しながら彼女の存在意義について問う。相変わらずガランとした店内だがドアに付いたベルが鳴った。
「すみません、のり弁……」
しまった。お客さんが来た状況に限ってメイド服とか完全にやってること変質者だし、正直言ってどう対応したら……そうだ。アレしかない。
「お帰りなさいませ!御主人様!」
「アレ……?来る所間違えたかな……?」
お客さんは幸い男性だったものの、少し首を傾げた。
恥ずかしがり顔を覆う私の横で貴重な一瞬を写真に収めまくるダメ店長がいた。
「悪ふざけ禁止ですからね!全く、どっちが店長なんだか……」
「ごめんなさい……」
あのお客さんは何とか阿修羅ちゃんの手際の良さで素早く弁当を作り誤魔化せたが、ここまでハチャメチャなお弁当屋さんは私の経験上、見たことがなかった。
いやむしろ、全世界どこを探してもここだけだと思うが。
「でもね、私のお父さんとお母さんも楽しそうにお仕事してたから……」
「でもさっきのは楽しいの方向性間違えてるよ!」
「うん、でも働いてる私達が楽しそうじゃないと、お客さんもなかなか入ってこないかなって……」
「阿修羅ちゃん……」
彼女なりに色々考えているのを感じ取ると少しだけ胸が熱くなった。
「でもあれはやり過ぎ、流石に私もメイド服で接客なんてしたことないです」
「ごめんね」
「まぁ、気を取り直して。これからお客さん入ってくるかもしれないし、お互い頑張ろ」
「うん!」
午前とは打って変わり、午後の盛り上がりは凄かった。10人、いや100人単位でほのぼの屋に弁当を買いに駆けつけて来た人だかりで一杯だった。というよりも──。
「メイドちゃんが接客してくれるお弁当屋ってここですか!?」
「コスプレ弁当屋という新規開拓に貢献したい!」
「何か話題になってるから来た」
「稲葉ちゃんhshs」
どうやらSNSで私のバニー接客が拡散されていたらしい。店内は暇人達でてんやわんやになっていた。
「店長!これどうするんですか!?明らかに雨の日に入る人だかりじゃないからこんなに具材用意してないですよ!」
「えーっと……私買い出し行ってくるから!稲葉ちゃんは厨房!メイド服着て!」
「いや、そっちの方が手際良いなら普通逆でしょ!阿修羅ぁぁぁ!!!」
何とかその100人単位のお客さんを捌けた私達はヘトヘトになっていた。
突然コスプレ大会などと下手な事はするもんじゃない。私の中で何かを悟った。
「ふふん、でも今日の売上は想像以上ですよ……!」
「良かったですね」
私は棒読みでそう答えるしかなかった。今現在、阿修羅ちゃんは金に目が眩んでいる。そうとしか思えない。
「稲葉ちゃん!」
「何ですか」
「来週もメイド服お願」
「断る」
恥ずかしさを糧に手に入れたそのお金はある意味社会の裏的な意味をも込められていることを彼女に知ってほしい今日この頃だった。