ただいま開店です!
阿修羅……それは仏法を守護する八部衆の1人であり、戦いを司る鬼神である。(wiki調べ)
なんて、辛気臭い説明文とは相反する美少女が私の目の前に座っている。
私の名前は白羽稲葉。何の変哲もないJKをやっている16歳である。今目の前にいる鳴寺阿修羅の友達であり、バイト仲間だ。
ある日、彼女の弁当屋の経営がピンチだった時に突如としてバイトに参加させられ、今に至っている。
伝説上の生まれ変わりかは定かではないが、煌びやかな白髪に抜群のスタイルを誇る、何故かエプロン姿の守護神は……この店の店長である。
「おっ、来ましたね!おはようございます!」
「お、おはよ……」
私が職場に入ってもどうしても彼女と目を合わせることができない。何故なら──。
「ん?どうしたの?」
「いや、今更なんですけど……何で弁当食べながら腕組んでるんですか」
そう、彼女には腕が6本ある。信じられないとは思うが、彼女自身もどうして腕が6本あるのか分からないという。
「いやぁ、大好きな弁当食べながら、格好つけるのってデキる女っぽくて素敵じゃないですかぁ?」
「いや、全然素敵っぽく見えませんけど!というかその6本もっと有効活用しないんですか!?」
「フフフ、私隠してるんですけど、顔も後2つほどありまして……」
「聞きたくなかった!友人のそんな気持ち悪い情報!」
「気持ち悪いとは失礼な!一応私も華のJKなんですけど!」
朝から衝撃的な事実を聞かされ、私は悶絶した。
まぁ、彼女も彼女だが、実は私も隠している事は山程あるのだけれど……。
「よし、それじゃあ今日も開店しますか!」
「そんなノリで大丈夫なのかな……」
この店の名前はほのぼの屋。学校との兼ね合いもあり、主に土日営業になっている。
このご時世だとなかなか土日に弁当を買ってくれる人も少ないらしいが、土日通勤のサラリーマンや一人暮らしの学生が多く寄ってくる為、客足はあるらしい。とは言った所で、まだ今日のお客さんは0人だが。
「稲葉ちゃん!」
「はい!?どうしたんですか?」
「稲葉ちゃんはどんな弁当好き?」
「はぇ?」
急に頓珍漢な質問が飛んできて、思わず変な声を出してしまった。いや、まだバイト中なんですけど。
「そんな暇じゃないでしょ店長、ほら、もっと具材の調達とか下ごしらえとかしませんか?」
「えー、そんなのもうとっくの昔に全部終わっちゃったよ」
「めっちゃ早!?」
どうやら彼女は腕が6本ある為手際が良く、すぐに物事を片付けてしまうらしい。
「でも、モチベ上がらないと集中してできないよね」
「いや、集中してよ……」
ただ、彼女は凄く気分屋で、動くことが苦手なのである。おい、ダメ店長。
「すみません、チキン南蛮弁当一つ」
言っている間にお客さんが来たみたいである。
「店長、チキン南蛮……って寝てる!?」
「ムニャムニャ……唐揚げ……」
「ちょっと、しっかりしてくださいよ!店長!」
朝ごはんでお腹が膨れていたのか寝てしまっていた。
幸い、私がなんとか1人で作ってお客さんに届けることができたから良かったのだが。
「ほら、阿修羅ちゃん!起きてください!」
「ムニャ……あっ!仕事だった!」
「気づくの遅いよ!」
「いやーごめんごめん、最近ゲームが忙しくて」
「理由になりませんよそんなの!というか何のゲームが好きなんですか」
「FPS」
「いや、レート上がらないと夜ふかしするのもわかるけども!」
夕方を迎えたが今日訪れたお客さんはわずか3人。
流石に郊外のど真ん中に立つお弁当屋さんとして何か間違えているような気もする。思い切って阿修羅ちゃんに問い詰める。
「折角沢山腕があるんだから弁当作り向いてるはずでしょ!もっとちゃんと弁当屋してください!」
一瞬の沈黙に彼女は真面目な顔になった。間もなくすると彼女は答える。
「私ね、本当は記者になりたかったんだ」
「どういうことですか……?」
「これだけ沢山手があればいい記事をいっぱい書けるって思ってた、でも両親が他界しちゃって……それで」
「お弁当屋さんを引き継ぐしか無かった……ってことですか?」
彼女は少し黙りこくった後、静かに答えた。
「うぅん、何でもないよ。私が腕が多い話と全く関係ないし、それに──」
「いいや、聞かせてください」
「えっ」
困惑した表情を見せる彼女に私は答える。
「一応私は阿修羅ちゃんの親友です。困っていることがあるなら何でも聞きます」
「稲葉ちゃん……」
私の呼びかけに少し瞳を輝かせた彼女は肩を落とし、応えた。
「でも私、弁当作るより食べる方が好きなんですよね~」
「聞いてないよ!そんなの!」
「うへへ~」
心配した私が損した気分になったが、お店を閉める時刻になったみたいで、私のバイト時間は終了した。着替えながら私は問う。
「ねぇ、店長」
「どうしました?稲葉ちゃん」
「私、3人しか接客してないんですけど、給料もらって大丈夫なんですかね」
「大丈夫ですとも!元々人員足りてないし、そもそも人来ないから!」
「本当に大丈夫なんですかね、このお店」
心配した顔をしない阿修羅ちゃんに私はフフッと微笑んでしまった。
お店を出ると、夕暮れ時の太陽が私達を淡く照らしていた。
「それじゃあまたね、稲葉ちゃん」
「うん、お疲れ様でした。店長」
私は今日もバイトを終え、帰路に立っていた。阿修羅ちゃんは頼りないけど、何だかんだいい子そうな感じもする。
「ごめん、忘れ物!」
「えっ、阿修羅ちゃん!?」
どうやら私の後を追っていたらしく、ゼェゼェと息を荒らしていた。
「ねぇ、大丈夫?」
「それより、これ……!」
彼女が渡してきたのは、ロッカーの内に置いてきてしまった私の薄い本の袋だった。
「おまっ……どうしてこれを」
「大切なものかなと思って」
彼女は顔を赤くしながら言う。どうやら彼女はこの袋の中身を知っている。私は顔色を変えた。
「いい?絶対誰にも言うんじゃないよ!?言ったら即死!」
「まさか真面目そうな稲葉ちゃんにそんな趣味が……」
「五月蝿い!さっさと帰ってぇぇぇぇ!!!」
阿修羅ちゃんに弱みを握られ小っ恥ずかしく、やるせない気持ちで帰る私だった。