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#1 かがやきの中へ

 高校からの帰り道、その脇に緑道(りょくどう)がある。最寄駅から徒歩五分、住宅街に取り残されたかのような細長い森の中に。特別どこと結ぶわけでもない緑道が、時間の断層の如く伸びている。


 僕はこの道の雰囲気が良いなと前から思ってたけど、一度も通った事は無かった。


 引き籠りってほどじゃないと思うけど用事が無い限り外へは出掛けない。その上、発生する用事と言えば高校か買い出しのどちらか。

『趣味の読書の為の本探し』と言えば聞こえの良いライトノベルの物色さえ、駅前で貰ったポケットティッシュの割引券をたまたまポケットに入れっぱなしだった事に気がついたときにやっと寄り道する程度。


 その後はまっすぐ家に帰って課題に頭を悩ませてパソコンを開いて黒歴史ノートに一ページを加えて夕食を食べて布団にもぐる。この繰り返し。



 だけど今日の僕は一味違った。



 中学から高校に上がったばかりで浮かれてたってのもそうなのかもしれない。神曰く『そういうお年頃』。


 僕の脳内会議は、家への帰り道として遠回りになる筈のこの緑道に、寄り道することで全会一致。物凄く不思議な採決なのに何で誰も止めなかったんだ……?



 そして緑のトンネルの中へ一歩、踏み出した。



 頭上には今年は前倒しスケジュールだった桜が、葉桜のトンネルを作り、脇にはツツジの低木の壁、足元には石畳風味の舗装路。歩くごとにこの緑色の世界に吸い込まれていく錯覚に陥る。


 なんか僕らしくない行動だけど、こういうのもなんか良いな。なんというか……風情?があって?ってところ?和の心とかはあんまり関係なさそうだけど。



 そんなことを考えながら、でも脳ミソはエコモードで歩いて……感覚で二十分ほど歩いた頃、ふと気になった。


 ここに生えてる木は何だ?


 ?


 桜でしょ?って答えたかった。でもなんか違う。なんか……こう、全体的に綺麗になったと言うか……


 低木は?


 ??


 そういえばいつの間にかツツジの花が見当たらない。さっきまで確かにピンク色の花が咲いてたはずなのに……?


 そういえばこの緑道、二十分も歩けるぐらい長かったっけ?


 ???


 後ろを振り返る。

 同じような風景があるだけ。まだまだ奥に続いている。


 ????


 もしかして→迷子?


 ?????


 なわけ。一本道で迷子は一周回って才能とか、それ以前の問題……すら起きない気が……


 ??????


 いやいやいや落ち着け、こういう時は素数を数えて落ち着くんだ。1、3、8、57……


 ???????


 あれだ、音だ。車道を走る車の音とか頼りに進めば……


 ……


 チーリヂュチ!


 鳥の鳴き声が聞こえてくる。別にバードウォッチングとかしたことがないので何の鳥だとかわからない。

 いや、そもそも聞こえてきた鳴き声の日本語化がこれで合ってるのかもわからない。鳥好きの数少ない友人に怒られそうだな……


 いや、そうじゃない。


 頬をつねる。


 痛い。


 夢じゃない。



 聞き耳を立てる。


 ……


 救急車のサイレンも聞こえてこない。皆さん健康そうで何より。


 腕時計を見る。現在時刻は午後五時半。でも四時半には駅に居たし、軽く一時間弱は迷ってたことになるのか……?いつも町で五時に流れるチャイムも聞いてない気がするけど……



 スマホを開く。ネットは使えない。外でダウンロードとかやり過ぎたか?


 マップアプリを開く。現在地……秩序(コスモス)


 …………


 脳から伝達物質が届けられていく様子を初経験する。冷たいゼリー状の物質が後頭部から脊髄を伝って落ちていく感覚。



 秩序(コスモス)ってどこだよ……


 ………………



 ……つまり僕は住宅地のど真ん中で遭難死したのか?ラノベでも聞いた事ない驚きの死因『住宅地で遭難』。


「あれ?人間さん?もしかして巻き込んじゃった?」


 頭上から、身長の倍はありそうな大きな白い翼を広げた女神?らしき子がゆっくりと降りて来る。既に思考が止まりかけている僕だが、これは分かりやすい。こんな時は……


「親方ァ!空から女神様が!!!」






 由緒正しい伝統的なネタに感謝。おかげで精神崩壊だけは回避できた。怖すぎると本当に震えって止まらないものなんだね。


「いやぁごめんごめん。お出かけ用のゲートを消し忘れちゃってて……」


「お出かけ用のゲート?」


「誰も通らないから別に確認しなくてもいっかーって消したら一緒に君も消しちゃったってワケ☆」


「はいぃィ!?」


 長めの放心状態、その後、超常現象に対して経験したことのない恐怖。それも収まってかなり冷静さを取り戻したつもりだったんだけど、正気度が一瞬で消し飛んだ。


「……えーと、つまり僕は死んだとかどうこう以前に無かったことにされちゃったってワケ……?」


「そーゆーワケ☆」


 そっかぁそれなら仕方ないなぁ……


 はいどー考えても神様の気まぐれのせいで存在を抹消されました本当にありがとうございました。


 ……


 自分の事として「君、死ぬどころか消えたから( ゜д゜)ノ 」とか神様に言われたら「うむ!そんな事もあるな!(・∀・)」って返せるわけないでしょ!?


「冷静に納得する人の方が凄いとおもうけど……」


 とはいってもパソコンと自分の部屋が恋しいから言い切れはしないけど、よくよく考えてみれば前の世界?に未練はそれほど無いから実はそんなにつらくはないかも?

 それどころか消えたらしいけど主観的には生きてるから実質消えないってことがわかって万々歳?


 強いて言うなら中学の友人とか、オンラインゲーム上のギルドメンバーが気になるけども僕は居なかったってことになってるらしいから特に気がかりな事は無いかな。


「だよねー。でもそのおかげであれができるねっ☆」


「あれ?」


 そうはいってもこっちは存在消されてさらに何されるのかわからなくて平生を保つので精いっぱいなのですが……


「なんか順番とかいろいろおかしくなっちゃったケド……」


 女神様(?)が深呼吸する。


「我が名はアルテミス。神界へ誘われたために不幸にも現世の存在を失った人間よ……」


「原因は神様の職務怠慢でしたけどね」


「うぐっ……」


 エコーまで突然かけ始めまでして、ようやく女神と対面してるっぽい雰囲気が出てきた。

 そんな、ちびっ子女神に対してミスマッチな演出のおかげで、やっといつもの調子が戻って来た。


 それよりアルテミスってオリュンポス十二神の一人……狩りの神だっけ?なんか熊とか狼とか引き連れている印象が個人的には強かったんだけど……

 実際には服こそギリシャのそれっぽいものなんだけど、木を削って作ったようにしか見えない自分の身長より長い槍を持っただけのちびっ子。お前は原始人か。


「わ、わぎゃ力にてお(ぬし)を新たな世界へ贈り物と共に導こう。贈り物を一つだけ、申すがいいぞ!」


 ……


「それ言いたかっただけだな?」


「だって異世界転生とか転移とかみんなやってて僕もやってみたかったんだもん!」


 うん。あれが出来るね☆って時点でまーなんとなーく察しはついてたけど、異世界モノは神様の間でも流行ってるらしい。確かにそういうのは僕達の世界でも小説で流行ってたけど、まさか神界にまで伝播しちゃってるとは……しかも神様の立ち位置はそのままの形で。


 文化の力ってすげー。


「ぅぅぅ。なんかすごくコレジャナイ感じだけど加護授与……いわゆるちーと?ってのを一つだけお願いするのだぞ☆」


 おぉ、来ましたチート授与。加護授与ってアルテミスが言いかけてた方が自然かな?

 これがないと異世界生きていけないからね。最近の異世界は世知辛いからね。だけどこれは慎重に決めないといけない。ここまでに普段通りの調子を取り戻せたのは良かった。


「それって身体強化とかは別で貰えるの?」


 ふと気になって聞いてみる。


「えーと、本当は別の贈り物って扱いなんだけど、だいたいみんな頼まれなくても言語理解とか身体強化とかはあげちゃってるよね」


 身体強化も別扱いなのか……これは苦汁の決断か……



 いや待てよ?



「アルテミス……様?今、『別の贈り物』って……」

 様を付けるべきか一瞬迷った。


「あっ、うんえーと……」アルテミスが目を泳がす。


「つまり貰える贈り物の数には、実際には制限は無い……ってこと?」


「……まぁ僕の(つかさど)る事なら……だね。流石に神様全員の所に行ってお願いしますーなんてできないからね……」


 再確認しようそうしよう。もしかしたら他の神様の能力を一つ貰うよりもアルテミスの司る力を全部貰った方が良いかもしれないからね。


「えーと、うろ覚えなんだけどアルテミスは狩猟の女神……だったっけ?」


「あったりー!それとセレーネとヘカテーも同じだー……なんて言われてたから、今はこの二人の権限もあるよー」


 やたらと喜ぶ、ちびっ子アルテミス。記憶通り狩猟関連の担当だった。

 それに、セレーネは月、時々矢。ヘカテーは……冥府神のナンバー3!?


「じゃ司ってる範囲内全部でお願いします」

 ヘカテーの能力が貰えるとわかった時点で他の選択肢は無い。


「え、いいの?何度でもよみがえるさ、とか、私の戦闘力はカンストです、とかじゃなくても?」


 正直惹かれなかったわけじゃないけど、既出ネタだからなー。創作まがいの事をしていた身としては、被ったら負けというかなんというか。むしろ付け足すなら……


「欲を言えばファンタジーな世界が良いかなぁ。そこで女の子と出会えれば最高、かな?」


 定番のラノベ的展開。でも、ある意味これが一番大事なお願いかもしれない。


 僕のキャラからは到底考えられない行動だけど、やっぱりまだ完全に普段通りって訳じゃないなこれ。もしかしてお酒に酔ってるのってこれに似てるのかも?


 まぁ僕が知ってるはずはないけど。


「そーだよねー。でも、それはたぶん大丈夫!僕もサポートするけど、君たちの世界の良い人って異世界行ったら物凄く良い人になるからねー、特にファンタジーなんかだと。じゃそれでおっけー?」


「あ、荷物とかは持っていけるの?」


 また、たまたま気がつけたので聞いてみる。


「そのままだよ。要らないならここに置いて行っても良いけど……」


「あー、大丈夫ならせっかくだから持っていきます。一応、思い出の品……ってことになりそうなので……」


 それに日本製品は異世界に来ても猛威を振るうってことが、ライトノベルとかでもよくあるからね。日本を懐かしむ意味でも。


「そう?でも大丈夫か。筋力とかも加護つけたし……ところで君たちってなんでこんなに体が弱いのに生きていけてたの?君たちの世界の事は噂には聞いてたけど、流石にこの数値じゃそのまま飛ばされたら厳しいよ?」


「その分、頭にまわってるってことで。元運動部とかならマシかもだけど、僕は帰宅部だったからね」


「えーと……いかに素早くそれでいて美しく、スタイリッシュに家に帰るかを競ってる部活だっけ?」


「いや?ただの部活無所属だよ?」


「え……」


 なんかかわいそうな子を見る目で見られた。しかもちびっ子に。






 ひとしきり弁明をアルテミスにしたところで、いよいよ転移。僕の頭が弱いからか、ここに来た時の恐怖感とかはもう欠片もなくて、異世界への期待感で一杯、って表現するのが一番近いかな?とにかく楽しみだ。


「来た道をまっすぐ歩いててね。雪が見えたらもう異世界だよ」


「ゲートを異世界側に作るってとこですか、一応確認しますけど、もとの世界では僕は居なかったことになってるから、戻れないことは無いけど、だれも僕を覚えてないって事なんですよね?そうじゃなかったら戻りたいから……」


「そうだねーバックアップがあればいいんだけど、最後の記録は君たち視点で五年以上前のだからねー」


「もう少し頻繁にとってよって言いたいけど神様からしたらこれでも短い方なのか……な?」


「そんな感じかなー?あと最後にもう一回言っておくけど、礼儀正しく、君が元の世界で知った『良い行動』を取って行けばうまくいくはずだよー。『良心に従う』って所?」


「それが物凄く良い人って事ですか。なんかすぐ騙されそうな気が……」


「その辺はケースバイケースだけど、出来るだけ僕もサポート頑張るよっ。そういうの僕達は大好きだからね」


 やっぱり異世界転生、転移って神様の娯楽の一つなのかな?いやむしろ逆伝播したのかな?


「騙されないとは言わないんだ……行ってみないことには分かんないけど。それじゃ、行ってきます」


「いってらっしゃーい。楽しんできてねー」


 ちびっ子アルテミスに見送られながら、ゲートの方に向かう。


 緑道にそっくりな、でも何か鮮やかな輝きを放っているように見える、さっきと同じようなゲートへ……




 そして緑のかがやきの中へ一歩……踏み出した!

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