第3話
で、そのころ私が何をやっていたかといえば、もちろんゲームです、ゲーム。いきなり停電になったり、ネット回線がおかしくなったり、電車が動かなかったり、いろいろ不便なこともありましたけど、だからといってゲームをやらないという選択肢なんて存在するわけがありませんし、特にそのころはフューチャー・アース・オンラインが本格稼働してまもなく1年。
最初はやっぱりうさんくさいと貶す人もいっぱいいました。危険だとする人も多かったです。でも、私のように最初からやっているプレイヤーの声が広がっていくと――もちろん、すごい、本物、リアル等等で、とゲーマーなら一度は体験しないと損という雰囲気にかわっていき、実際にやってハマったプレイヤーがどんどん増え、私自身もレベルをガンガン上げてる最中でしたし。そんな重大なときにウェブ上に湧く虫なんかに一ミクロンだって関心を寄せている余裕はありませんよね。そんなもんプチプチ潰す地味な作業は国がやればいいのです、こっちは税金払ってるのですから――所得税とかは払ってないけど、私だってお小遣いから消費税をちゃんと払っています。
がんばれ公務員ども!
私も呪術師・夜照ソフィンがんばる!
ということで、冬鎧瑠奈でいる時間よりフューチャー・アース・オンラインの呪術師でいる時間のほうが長かったのです――いや、訂正。冬鎧瑠奈でいる時間なんて1秒たりともありませんでした、なぜならリアルでも頭の中ではフューチャー・アース・オンラインの世界で戦ってましたから。毎朝、登校時間ギリギリまでモンスター狩りをやって、オチる寸前に夕方からのクエストを受けると約束して、学校にいる間は休憩&睡眠&栄養補給。帰宅すると最初にやるのがパソコンの起動……なんで、そこまでフューチャー・アース・オンラインにハマったかといえば答えは簡単。開発されたばかりの仮想現実対応型だからです。ゴーグルをつけて3D映像が見られるとか、そんなチャチな子供騙しではなく、卵型のカプセルのような専用装置の中で横臥した状態になり脳に直接データを流し込むことによって、ネット世界にサイバーダイブして本当にゲームのキャラクターになりきってフューチャー・アース・オンラインの世界で冒険できるのです。
実験室で成功したというニュースがあったり、ゲームショーで実機が展示されて話題になったこともありましたが、それがとうとう実用化されたのです。しかも意外なことに一番乗りを果たしたのは医療系の会社でした。
呼吸できる水というものがあります。肺の発達しきれてない状態で出産された未熟児、火災や毒物で肺に重度の負傷した場合など、通常の呼吸が難しい患者用に開発された、パーフルオロカーボンのような酸素を多く含んだ液体を使って呼吸させる装置があるのですが、そういう医療器具の開発製造メーカーがただ治療できるだけでなく、例えば脳に電気的な刺激を与えたら意識不明の患者とコンタクトが取れるのでは? と考えたらしい。
そこから発展していった結果、架空の世界に「自分が存在している」ように感じさせることができるようなところまでいき、同時に流体呼吸液の量産とコストダウン、安価で高性能な濾過装置の開発などが合わさって、医療機器からなんとか一般の人間も使えるゲーム用ハード機としての発展していきました。
フューチャー・アース・オンラインの運営元であるイカガクメディテックはこのサイバーダイブ専用機を希望する企業や店や個人に貸し出し、そのレンタル代で利益を出すというビジネスモデルを組み上げていました。
1月でバイクか、ポンコツの中古でいいなら自動車が買えるような金額でしたが、フューチャー・アース・オンラインが流行するにつれて導入するゲームセンターやネットカフェが増えていきましたし、自宅に据え付けるお金持ちまで現れました。
そこまでのお小遣いはもらえない私だって普段は自宅のパソコンでキャラを育て、放課後や休日はゲーセンやネカフェで1時間いくらと料金を払えば、その育てたキャラと一体化して、リアルにフューチャー・アース・オンラインの世界を実体験できるのです!
これはね、もう本当に体験した者でないと完全には理解してもらえないでしょうが、その両足で地面を踏みしめるだけでも口元がニヤニヤしてしまうのです。はじめてサイバーダイブした日、両手にずっしりとした剣の重さを感じ、振り下ろしたときのビュンと風を切るリアル過ぎる感触に思わず泣き出してしまった剣士を私は知ってます。まったく馬鹿な話ですけど、ぜんぜん笑う気にはなれません。この私だって最初に魔法を使った瞬間「本物の呪術師になった……」と、戦闘中にもかかわらず呆然と立ち尽くすという、どこの初心者だよ、というミスをしてしまいましたし。あのフューチャー・アース・オンラインの世界ではドスンと乱暴に足を踏みしめれば、ちゃんと地面の強い感触が返ってくるのです。モンスターはちゃんと実在しますし、叫び声は耳が痛くなりそうなほどですし、攻撃をかわしきれないとダメージを受けた部位に痛みを感じます。
フィールドで息をするとフューチャー・アース・オンラインの世界のにおいがします――そんな気がするだけで、デジタルデータの中に空気は存在しませんし、キャラクターに気道や肺もないのですけれど、森では草木のにおいが、洞窟では土のにおいが、廃墟では淀んだにおいが、モンスターを倒せば血のにおいが、アンデット系だと腐ったにおいが、ちゃんと鼻孔に感じられるのです。
そんなゲーマーの天国でしたが……駆逐されかけたPEウイルスが逃げ込んだのが、よりにもよってフューチャー・アース・オンラインのサーバーだったのです。