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第2話

 情報知性化戦争については現在でも不明な部分があまりに多すぎて、いつはじまったのか開戦の時期についても諸説あって、終結についても異論が多く、中にはまだ終わってないと主張する論者さえいるのです。まあ、学者って基本的に論争好きなのでしょうし。ただし、その原因は『PE』と名付けられたコンピューターウイルスの自己増殖機能と、人工意識ともいうべき高度なAI(人工頭脳)の獲得ということになっています。人類に完全なる結末をもたらすもの――PerfectEnd、略してPEウイルスが攻撃を仕掛けてきたのでした。


 ムーアの法則――つまり一年半でコンピューターのチップの性能が二倍になるという説なのですが、それによると2045年にコンピューターは人間の脳を超える、とその30年くらい前には言われてたらしいです。いや、もっと早くて2020年くらいだとか、2029年だとか、いろいろな数字が取りただされていたようですけど、それに対して具体的な対策が必要だとは誰も思わなかったみたいでした。


 その2045年になっても。


 まあ、いまになって「俺は気づいていた」と主張する人は結構いるみたいですけど、だったら、なんで2045年当時か、もっと前にそれを言わなかったのだという話ですしね。たいていの人にとってみれば将棋やチェスはコンピューターのほうが強くなるね、という程度の危機感ゼロな感想しかなかったみたい――私はムーアの法則が唱えられた当時をリアルタイムで知っているわけではないので、あとでいろいろ調べてみた結果なんですけど、どうやらそういうことらしい。


 自分より馬鹿に仕えのは誰だって嫌だしストレスがたまるものですよね。それにコンピューターやロボットの反乱はSF小説などでは古くからあるモチーフですが。


 そして、コンピューターやインターネットがPEウイルスに感染して次々にダウンしていくと、社会そのものがストップしてしまったのです。ところが各国の政治家たちは相手がサイバー戦争を仕掛けてきたと、アメリカとロシアがお互いを非難してみたり、中国や北朝鮮の仕業とされたり――もちろん日本も疑われました。国家だけでなく、イスラム・テロ組織だとか、終末論を唱える新興宗教とか、地下経済を掌握している反社会的組織とか、いろいろな団体や個人さえ疑惑の対象となりましたから、あの時期、週刊誌やワイドショーの関係者は毎日毎日とても楽しかったと思います。宇宙人の侵略なんて見出しは普通でしたから。どこか未開の土地に隠れ住

んでいたネアンデルタール人の人類に対する反攻という説が出たり、パソコンをいじっているゴジラの写真が掲載されたり、なんでもありでした。


 その間も突然信号機が動かなくなって交通事故が発生したり、コントロールを失った飛行機が墜落したり、病院が停電になり手術中の患者が亡くなったり、犠牲者はどんどん増えていき、ついに100万人を突破しました。信号機は日本国内だけでも20万基以上が設置されています。飛行機にしても民間航空便だけで1日10万便が世界中を飛びまわっていました。コンピューターが狂ったと、慌てて飛行禁止を命じたところで、そのとき空中にいる飛行機は墜落するしかなく、場合によっては都市を滅茶苦茶に破壊することもありました。

 軍の所有する無人攻撃機が、その国の国民を無差別に攻撃したこともありました。それより少し大きい無人爆撃機が、その国の都市を破壊することもありました。さらには核ミサイルが勝手に発射されたり、迎撃ミサイルの軌道が狂ったりと、第三次世界大戦がはじまったかのような様相です。意図的に人間が殺害されるようになると犠牲者の数も桁が違ってきて、事故での死者なんか問題にならないほどになってしまいました。


 金融機関も通常営業ができなくなり、資金がまわらなくて倒産する企業も続出。そういうことになると自殺者や、犯罪に走る者も出てきます。そういう間接的な犠牲者までふくめると、いったいどれほどの人命が失われたのか計算するのも難しいですね。


 まあ、だいたい10億人くらい死んだんじゃないでしょうか?


 各国政府が混乱し、マスコミが勝手な報道をする中、コンピューターやネットワークの専門家たちがウイルス自体に知性があると記者会見を開いたんですけど、もちろん珍妙な説の一つとしか受け取られませんでした。だけど、その専門家たちはワクチンを研究したり、自己増殖機能を押さえるプログラムを開発したり――その過程でアメリカの攻撃と言い張るロシアは自国の研究家が外国の専門家と情報交換したのを咎めて国家反逆罪で刑務所に送ったり、アメリカの専門家が不可解な自殺を遂げたり、いくつもの悲劇的な出来事の後、やっとPEウイルス自体の人類に対する攻撃だという認識で世界中が一致しました。


 実体もなければ、コピーも孫コピーもありで、しかも劣化することなく複製を大量生産できる敵。コミュニケーションもとれないから交渉も脅迫も懇願もできません。もし相手が人間ならどんな強力な力を持っていたとしても、ナイフで刺せば血を流すし、ピストルで頭を撃てば普通に死ぬでしょう。もちろん話し合いで解決の方向に持っていくことも、逆に家族や友人を人質にして脅すことも、土下座して情に訴えることだってできます。もちろん、金で解決するというのも現実的で有効な方法でしょうね。


 しかしウイルスが何を目的にしていたのかは不明。まさか銀行通帳の数字が増えていくのをニヤニヤしながら眺めるのが趣味なんていうウイルスがあるわけないし、実際のところ金銭の要求はなかった……まあ、コミュニケーションがとれないから要求そのものがなかったのか、あったけど人類には理解できなかったのか、どちらともいえないみたいですけど。


 厳しい戦いが続き、普段はなかなか一致団結できない世界中の国々がまとまって対抗しても簡単に勝てる敵ではありませんでした。やっと完成したウイルスを使っても、すぐに抗ウイルス型に進化し、それを倒すワクチンを開発すると、PEウイルスもさらに進化して……という感じに、少し優勢になっても、すぐに元に戻ってしまいます。当初、各国が他国を疑い、ウイルス対策が後手にまわったのも致命的でした。でも、一足先に相手の正体に気づいた専門家たちがソフトウェアの違法コピーを防ぐためのプロテクトプログラムをベースとしたPEウイルス専用自己コピー抑制ワクチンソフトの開発と、それを逆に感染させることに成功し、一気に人類は攻勢

に転じました。


 さらにPEウイルスの監視をしていた専門家の一人が自己改良の行程で完全に無効化するワクチンソフトを自ら作ってしまったらしいことに気づきました。間抜けな話ですが、PEウイルスが継続的に進化してたのは常時自己の弱点を洗い出して強化していたわけです――つまり自分自身で修正パッチを次々に開発していって問題点を潰していったのですが、その途中で致命的な弱点が浮かび上がり、結果として完全無効化するワクチンができてしまったということらしいのです。いくら人間の頭脳を超える知性を獲得したといっても、超高性能というだけの計算機でしかありません。世界中のコンピューターを乗っ取り、さらに進化すべくありとあらゆる計算さ

せていたら、そのうちの一台がたまたま弱点を進化させていって致命傷といえるレベルのプログラムを組み上げてしまった、と。普通の人間なら完成前に気づいて消去するのでしょうが、高度な人工知能なんてものは、おそらく阿呆馬鹿間抜けな人工無能と隣り合わせの存在なんでしょうね。

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