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第1話

 数学担当の纐纈は50過ぎの醜く太った中年男で、鼻の穴から白髪交じりの鼻毛がもじゃもじゃ飛び出しています。身なりにかまわないことが男らしいと勘違いしている人、たまにいますよね? そういう類の人物かと推測されますが、学校の教師は生徒たちの御手本になるべき人物でないといけません。それとも生徒たちを笑わせてやろうとギャグでやってらっしゃるのでしょうか? まったく面白くないのですが。ただ下品なだけですし、そんなことはないと思いたいところですが実はハサミの使いかたがわからないのではないかと本気で心配です。


 チンパンジー以下の知能で高校の数学教師をやってらっしゃるとは、ずいぶんと厚かましい話ですよね。いくら低能な数学教師だとしても厚顔無恥という四字熟語くらいは知ってらっしゃると思うのですが。私の両目が確かなら面の皮は厚いように見えますし、恥も知らないみたいような感じもいたします。とにかく、本当に下品な真似だけはやめていただきたい。あの鼻毛、申し訳ないですけど殺意を感じるといっても過言ではないほど。いっそ呪い殺してあげようかな? この私、冬鎧瑠奈ルビ・とうがいるなは呪術師としての力を秘めているのです――秘めているから、なかなか表に出すわけにはいかないのですが。でも、私ならきっとできる、できる

に決まっています。覚醒さえすれば間違いなく世界一!


 しかし、いまは秘めたままにしておきましょうか。まだ覚醒してないし、そんな予兆すらないですから。かわりに私のお小遣いで払える金額で仕事を引き受けてくれる凄腕の殺し屋がいてくれると助かります。報酬の支払はスイス銀行でなどと難しいこと言わなくて、ゆうちょ銀行振込みOKな超一流スナイパーとか、どこかにいないでしょうか? 


 纐纈は黒板を叩きました。正確には、そこに書かれた因数分解の問題の上ですけど。


「冬鎧、この問題を解けと言ってるんだ、聞こえてるか?」

「……………………………………………………………………………………………………」


 だけど、私は何も言いませんでした。


 当たり前のことでしょう、なんで下品な鼻毛の指名に答なければならないのでしょう? そんな理由、どこにもありません。ないといったら絶対にないのです! 私が少しだけ数学が苦手というのは事実です。そこは認めなければなりません。だから、黒板に書かれた数式にちょっと戸惑ったのも本当のことです。でも、ちゃんと考えたら答えは簡単。たかが因数分解の分際で私を困らせようとは、なんて僭越な行為でしょう。こんな程度の低い問題、本当なら秒殺なんです、秒殺。私が本気スイッチONにしてフルパワーで考えたら10秒……いや、3秒で正解してみせます。


 いま、ちょっと本気を出す気になれないだけで。


 明日からがんばる――って、いま決めました。


 自分で決めたことは守らないといけません。私は自分で決めたことすら守れない駄目人間ゴミ屑人間ではないからちゃんとやります。明日から本気出すと決めたからには、絶対に明日から。いまではありませんし、今日でもありません。指名された問題はやればできますけど、あえてやらないのです。


 纐纈は渋面を作ってみせました。


「こんな程度の問題もわからないのか……子供には無限の可能性があるわけだが、底辺のほうの可能性ばかりというは悲惨だな。ホームレスとか、刑務所いきとか。俺と同じ歳になって四畳半の風呂なしポンコツアパートでアルバイト生活なんて泣けるぞ、半分の歳にもならない学生アルバイトに命令されながら、どんな馬鹿でも阿呆でもできる単純労働を朝から晩までやるわけだ」


 毎日毎日つまらない勉強を教えるのだって単純労働だと思うんですけど? どうしても知的労働と主張したいのでしたら去年の今日、何をやっていたか思い出してみればいいのです、今日と同じことをしてましたよね? あるいは2年前の今日も3年前の今日だって、10年前の今日も版が違うだけの学習指導要領を教卓の上に置いて、いま黒板に書いてるのと似たような数式を前にしてましたよね? 生徒の顔ぶれが違うだけで。そういう偉そうな台詞は文部科学大臣とは言いませんが、せめて校長くらいには出世してから口にしても遅くはないんじゃないでしょうか?


 だいたい、私が鼻毛の年齢になったころには大豪邸に住んでる予定なのです。桁が1つ2つ違う年収で、ビジネスではベンツのセダン、プライベートはジャガーのオープンカー……じゃなくてメルツェデスとジャギュアーだった……まあ、どういう仕事でそんなに稼ぐのかは未定ですけど。もちろん、未定というのは、まだ定まってないというだけで、そんなことできないという意味ではありません。三段変速しかついてないママチャリで通勤している、どこかの安月給の公務員でしかない馬鹿な数学教師とは違うのです――こういう自慢はしたくありませんが、私の家は結構お金持ちですし。もしニートになったとしても親が死んでくれさえすれば外車くらい好

きなだけ買えるほどの遺産がもらえるでしょうね。だいたい、いまだって使い切れないほどの資産があるだろうに、両親揃って仕事大好き、いえ、大好きと言うより、もはや中毒と言ったほうが適切でしょう。早朝から深夜まで働き、場合によっては徹夜して、休日? なにそれ? みたいな日々を送る仕事中毒あるいは仕事依存症なので、いまこの瞬間にも最終的には私が「今日は気分がいいのでガチャ1000回連続してまわそうかな?」などと盛大に無駄遣いする予定のお金をドンドン稼いでくれています。無駄遣いするお金を稼ぐのは、それこそ無駄な行為なのですが、仕事に取り憑かれている両親には理解できないらしい。


「……………………………………………………………………………………………………」


 だけど、私は何も言いませんでした。


 さあ、勝負です。このまま黙ってたら纐纈が諦めると思いますけど、ずーっと私を立たせたままにして、明日を迎えることができたら、しかたないから問題に答えてあげましょう。なにしろ明日から本気を出すと決めてますし。


 でも、残念な情報が一つ。この高校の授業は50分単位で、残り時間は30分しかありません。そして、現在時間は午前11時30分。これが午後11時30分――というのなら劇的なのですが、まさか高校の数学の授業を夜中にやらないですしね。なんにしても、この数学の授業の最後まで私を立たせておいたところで明日には絶対にならないのです。


「……………………………………………………………………………………………………」


 だから、私は何も言いませんでした。

 ただ黙って俯いています。


「まったくゲームは少し上手いみたいだが、取り柄がそれだけってのはどうもね。別に数学じゃなくてもいいが、国語でも、英語でも、日本史でも、なんだっていい。直接学校の教科でなくてもTOEICとか、PC検定、簿記、情報処理、あるいは世界遺産検定みたいなものでもいいから資格にチャレンジするとか、ほんのわずかでも他人に誇れるものを身につけろ」


 ち。ち、ち、ちょっと、ちょっと待ってください! 何か、いま聞き捨てならない発言があったような。ゲームが少し上手い? はぁ? 意味わからな過ぎです。私が少しゲームが上手い……なるほど、だったら少しでなく上手い人を教えていただけないでしょうか? 生徒にものを教えるのが仕事なんですよね、でしたら、この私、冬鎧瑠奈にスゴくゲームが上手い人がどんなレベルなのか、ちょっとばかり教えてくれてもいいと思いますけど。


 あのですねぇ、はじめてネトゲにデビューした小学五年生から私は一度も布団で寝てないのです。コントローラーを握ったまま寝落ちしたことは何度もありますけど。その間にモンスターに襲われて殺されたことだって数えきれません。食事だって片手でつまめるものしか食べませんし、休日はせいぜい1日1食です。10秒くらいなら大丈夫という瞬間を狙ってキッチンまで走り、冷凍ピザを電子レンジに放り込み『あたため』のボタンを押す。しかし、次に10秒キャラを放置できる隙がなかなかなくて、完璧に冷めきったピザをつまむのが日常の食事。場合によっては1日分の食事がポテトチップス1袋ということだって珍しくありません。あるいはメロン

パン1個とか、カロリーメイト1箱とかね。ゲーム好きのオタク=デブという図式が世間にはあるらしいですけど、本物のゲーマーは太るほどカロリーをとる時間なんてあるわけがないのです。ごはんを食べる時間があるならゲームやりたいのだから。


 飲み物はペットボトルを箱買い。言うまでもなく炭酸に限ります。ちょっと小腹が空いたとき、ゴクンと一口やれば炭酸が胃で膨れてくれる便利な飲み物です。さらに空になったらトイレに使えるのもお得なポイント。男子と違って女子の場合は最初の一本は半分に切って漏斗にするなど、ちょっとした工夫が必要ですが。トイレなどという場所は後でまとめて中身を捨てにいく場所にすぎません。


 で、そういう私が少しゲームが上手いとしたら、スゴくゲームが上手い人って、どういう人なんでしょう? 私以下の、夜は布団で眠りたいし、食事は三食とりたいし、お風呂にもトイレにもいきたい、そんな駄目ゲーマーならよく見ますけど。逆に私以上って? 課金無双な奴とかでしょうか? それって強いかもしれませんが、ゲーマーとしてどうなんでしょう? 美学というものがなさすぎです、そんなの。あるいは無職ニートで1日24時間、1年に365日ずっとゲーム世界に閉じ籠ってリアルでは必要最低限の時間しか過ごしてない人もいるようですけど、それは人間としてどうなのでしょうか? という話になりますよね。


「まったく地球の危機だったとき暢気にゲームやってた奴はこれだから」

「……………………………………………………………………………………………………」


 しかし、私は何も言いませんでした。


 一度だって暢気にゲームやったことはありません、と怒鳴りつけてやりたい気持ちでしたけど。だいたいその地球の危機にしたって、最後に世界を、この日本を救ったのは私たちじゃありませんか。みなさんオロオロとパニックになって、大切なデータの詰まったパソコンが壊れただの、銀行の預金データが消滅して誰がいくら預けたかわからなくったの、電気が止まった、テレビが受信できない、メールが送れない、電車の運行が滅茶苦茶、飛行機が落ちた、ミサイルが飛んできた、なのにパトカーも救急車も呼べない、そんな文句を言うだけ。政府とか、警察とか、自衛隊とか、そんなところを声高に非難する――自分では何もしないでおいて。


「薗芽、お前が答えろ。勇者様らしく助けてやれよ」


 纐纈の発言に教室のあちらこちらから笑い声が聞こえてきました。おもしろいから笑ったというより、馬鹿にしているようなニュアンスで、嘲笑というか揶揄というか、笑うというより嗤うという感じ。指名された生徒に対する嗤いなんですけど、神経の鈍い鼻毛は自分の冗談がウケたと勘違いしたようで、嬉しそうに表情が緩む。50年以上も生きてきて、しかもその半分以上を教師やってるのに、いまだに生徒にウケたいのでしょうか? そこまで切実に笑いを求めてるのでしたら、さっさと教師辞めて芸人にでも転職したらいいと思います。安物のスーツを着た、いかにも堅そうなオッサンが服の早脱ぎを披露して、そのあと裸踊りでもして見せたら、いま

と同じような冷たい笑いに包まれることでしょう。だけど、やっぱり纐纈はわかってないらしく、さらに言葉を続けます。


「ほらほら勇者様、さっさと立って」


 クラス中の生徒から笑われながら薗芽学武(ルビ・そのめまなぶ)が立ち上がり、まごついたように黒板と自分の机に広げた教科書の間で視線を何度も往復させ、何か言いかけて、急に口をつぐみました。背丈は男子の平均くらいはあるのでしょうが、ガリガリに痩せた貧相な体格で、度の強い眼鏡をかけた顔はブサイクというほどでもなく、かといってイケメンでもなく、ひたすら地味なだけ。もし全国の高校生をランク付けするなら、300万人中で150万から200万番の間をうろうろするのがせいぜいです。


 ところが、こいつは戦闘系ギルドでも最先端のゲーム攻略特化ギルド『不朽の囚人』のギルドマスターにして、サイバーダイブ型VRMMORPG『フューチャー・アース・オンライン』で最強の剣士エバーラスティング……のはずなんですけど、その中の人はリアルではがっかりする小心者なのです。貧弱な体格は私だって同じようなもので、ごはんよりゲームを優先してしまった結果だからしかたないとしても、そのイジイジとした性格はなんとかならないものでしょうか? 大規模集団戦の指揮をとらせればかっこいいのに、まったくガッカリさせられてしまいます。


 誰とも組まないので有名な究極のソロプレイヤーの私に声をかけてきて、『ユトレスクの迷宮攻略戦』をはじめ、いくつもの大規模集団戦にゲスト参加を要請してきたくせに。ここは一つ、私にかわって纐纈にガツンと食らわせてくれないものでしょうか。剣で勝負したら絶対に勝てます、この私が保証します……まあ、リアルで教師相手に剣で決闘を挑んだら補導とか、逮捕とか、いろいろ面倒なことになりそうですけど。


 それ以前に剣がありませんね。ストレージに収納されてさえいればメニューウインドウをポチポチと押していくだけで装備できますし、エバーラスティングだったら伝説級でも幻想級でも、れっきとした名前つきの名剣を何本も持っているでしょうが。だいたい、こんな低レベル数学教師なんか安売りで有名な武器屋の店頭に並んでいる最低ランクの短剣でも充分でしょう。つまらない人間を斬っても剣が穢れるだけでもあります。ただ問題はリアルで剣を手に入れる方法ですよねぇ、剣をドロップしそうなモンスターがこの近所をうろついているなんて情報は聞いたことありませんし、あとは武器屋で買うしかないですけど……どこで売ってるんでしょう? 模

造刀でしたらアニメショップのコスプレ用品コーナーで見たことありますけど。


「春丘、旦那が困ってるみたいだぞ、かわって答えてやれよ」


 纐纈が次に指名したのは春丘月乃ルビ・はるおかつきのでした。やはりフューチャー・アース・オンラインでは不朽の囚人に所属していて、『絶望の力をふるう翼』と書いてミドガルズオルム・ディヴァイダーと読み、略してミドガという痛々しい厨二キャラ名ですけど最強の魔法師として超有名な存在でした。ギルマスであるエバーラスティングを補佐するサブマスターでもあり、ゲーム内では結婚していた間柄なのですけど……この女もはっきり物を言わないといいますか、はっきりどころかまったく言わないというほうが正しいくらいの無口で、ゲームの中では私も何度となく喋ったことがあるのですが、リアルでは会話が成立したことは……ええっと

、何回あったでしょう?


 艶々と輝くようなロングの黒髪に、目鼻立ちもそれなりに整ってますから、まあまあ美少女なんですけど――もちろん私ほどじゃないとしても。


 そして、私は持ってない秘密兵器を持っているのです。脂肪なのです、脂肪。男性という生き物はなぜか腹部の脂肪をマイナス評価するくせに、胸部の脂肪は大きくプラス評価するのですが、そういう意味で月乃は男子高校生の夢といってもいいでしょうね。この学校の女子の制服はセーラー服なのですが、リボンが遠い遠い。


 再び纐纈が黒板を叩きます。


「あう、あ……ああ……」


 どんだけコミュ障なんだよ、という返答です。


 この私というか、冬鎧瑠奈のフューチャー・アース・オンラインにおいての写し身である呪術師・夜照ソフィンの唯一のライバルなのに。私は冬鎧瑠奈。アルファベットで表記すればLunaで月の女神のことです。で、春丘月乃も名前に月の字を持ちます。これはどうしたって前世から戦うことが運命だと決められているようなものですから、天の定めによって決まったライバルでしょうに、それがコレとは……なんて残念な女だろう、こいつにもガッカリです。


「言わなくてもいい、書け」


 月乃は首からぶらさげたホワイトボードに手をかけました。なんで、そんなものを首からさげているかといえば、彼女は成績は悪くないのだから、そこそこの頭脳を持っているはずなのに、なぜか破滅的に忘れ物が多いのです。宿題は必ず忘れるし(もちろん今日も忘れた)教科者や辞書など(今日は消しゴム。筆箱は持ってきて、しかし消しゴムだけ忘れて学武に半分もらっていた)毎日なにかしら忘れ物をします。それで、ちょっと前にブチ切れた教師の一人から首からホワイトボードでもさげておいて、忘れそうなことは全部書いておけ、ついでに人と喋るのが嫌なら筆談でもしてろ、と怒られて、本当に小型のホワイトボードを首からさげているのです。

いまも『本日の予定 部活 宿題(数Ⅰ 古文) 明日の予定 日直』などと書かれたホワイトボードをさげてました。そんなの守らなくてもいいのに、と思うのですけど。まあ、それはそれとして、月乃はホワイトボードに答えを書こうとして、すぐに前へ出て、チョークを握り黒板に答えをスラスラと書いていく。


 その開法を見て、纐纈は頷きました。


「やればできるじゃないか。だが、受け答えは小学生よりヒドい。それどころか犬より劣るな。お前みたいな連中はたいていそんなふうだが、それで許されると思うなよ。むしろ絶対に許さないからな。お前のそういうところをなおすために、この学校があるといっても過言ではない」


 絶対に過言だ! と決めつけたいところですが、完全否定できないのは悲しいところです。この矢作川高校は全寮制で外出には許可が必要で、指定された携帯電話以外は禁止というバカバカしい校則がありました。その許可される携帯電話というのがキッズフォンなどと呼ばれる、幼稚園児か、せいぜい小学生が使うことを前提とした、通話とメール、そしてフィルタリングソフトでガチガチに固められて、面白そうなところには絶対に繋がらない仕様のネットができるだけの簡易式携帯電話か、同じようなスペックで機械オンチな年寄り専門機のラクラクフォンだけなのです。


 いまどきの学校はどこでも生徒は教科書とノートを兼用するタブレットを使い、教室には電子黒板があってリンクしているのに、矢作川高校は教科書もノートも紙、いまどきペーパーです。もちろん鉛筆で手書きなのです。黒板もレトロな深緑の板にチョークで書き、一杯になったら黒板消しで拭って消すのです。


 さすがにネット環境がまったくないのでは不便なこともあるということで図書室には設置されていますが、図書委員が何時何分から何時何分まで誰が使用したか記録をとっているので(もちろんノートに鉛筆で書く)勝手にフィルタリングソフトを外してしまうわけにもいきませんし、閲覧履歴が学校側に筒抜けになっていますから下手なところにはいけません。翌日の教室で公開処刑されたいなら御自由に「エロ画像」でも「写真袋」でも「無料動画」でも検索すればいいのですが。学校側から睨まれたとしても、みんなからエバーラスティング以上の勇者様と称えられる可能性もありますし――もちろん男子限定です。女子からはムカデ以上に嫌われます、絶

対に。


 しかし、エロ以上に目の敵にされているのはゲームなのです。矢作川高校ではゲームは絶対悪。なぜかというと、生徒たちは全員フューチャー・アース・オンラインという、1999年7の月に世界最終戦争が起きたもうひとつの地球が舞台で、街は廃墟になり、科学技術は衰退しきっているが、かわりに魔法が使えるようになった人類が、現在の動物とは似ても似つかぬ凶悪なモンスターの闊歩する世界で冒険を繰り広げるという、ファンタジー系の大規模多人数同時参加型オンラインゲームのユーザーだったからなのです。


 この矢作川高校の入学式の日、教室で自己紹介したとき最初の安立某がいきなり「俺はオクシー。所属ギルドは「KAKURENboy」で、ゲーム的には職業とかジョブみたいなのはないけど俺的には聖騎士のつもり。もちろん光属性の魔法が得意で闇属性はほとんど使えん」などと言い出しました。そうしたら次の伊藤某も当然のようにキャラ名や所属ギルドで自己紹介をします。三番目の男子生徒になってようやく「岐阜の瑞浪第一中学からきた井上耕治です。趣味はゲームが好きでしたが、最近は音楽のほうに興味があります。いまは聞くだけですが、いつか楽器の演奏にもチャレンジしてみたいと思います」と普通の学校でする自己紹介になりました。

もちろん井上耕治は「おまえは卒業が近い」と纐纈に褒められ、その前の二人は怒鳴られ、ついでにこんな学校なんだから全員キャラ名と所属ギルドがあったらそれも告げるようにと強制されて、知りたくもなければ教えたくもないリアルをバラすることになってしまったのでした。


 バンバンバン、と纐纈は黒板を叩いて教室内の視線を自分に集めました。そして、上を指しました。つまり正面の壁の上部に掲げられた矢作川高校の標語です。


「私たちは二度とゲームをやりません」


 クラス全員で唱和します――本当にやってられません。

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