32.聖女への手紙
あれから少し経ち、セバスチャンの厳しい指導の元、ジェーンとジェシーの姉妹はメイドの仕事を覚えていき徐々に慣れてきた。
そんなある日、ドワコは城への向かう。馬車での移動はメイド教育のためで強制ではないそうだ。ドワコの意思で移動方法は自由に決めていいとセバスチャンは言っていた。結局、馬車での移動は、あの時1回のみで後は徒歩で移動している。今日はジェシーをお供に徒歩で城に向かっている。
城の貴族用の入口に入ろうとした時、後ろから声をかけられた。
「どうかお願いです。この手紙を聖女様に届けてください。」
貧民層だろうか・・・身なりが良くない。ドワコより背の低い幼い少年に手紙を渡され、勢いで受け取ってしまった。その光景を見ていた衛兵が出てきて少年を取り押さえた。
「貴族門を通る方と言えば、どういうお方かわかるだろ。失礼だぞ。」
そのまま少年は拘束されて連れて行かれそうになった。ドワコはあわてて衛兵に声を掛ける。
「私もこんな身なりですが、この門を通らせていただいていますので、ほかの貴族の方ならわかりませんが、失礼に当たるほどではありませんよ?」
確かにドワコの身なりは貴族に見えない。どちらかと言うと冒険者風だと言ってもよい。貴族令嬢が着るようなフリフリとしたドレスは、元おっさんとしては気が引けるので着る気がない。
ただ、普通の冒険者とは違う点といえば、それに不相応なメイド服を着た従者を従えているのが違うところだ。
ドワコは衛兵に頼み少年を開放してもらった。
「良かったな。たまたま渡したのが優しいお方で。本来なら拘束されて牢屋送りだぞ。」
衛兵が少年に対し警告する。
「そこまでの覚悟をして手紙を渡しに来たんですね。私が責任をもってお届けしますね。」
ドワコが少年に優しく語りかけた。
少年は解放されて安堵したのか泣きながらドワコに言った。
「どうかお母さんを助けてください。お願いします。」
「それじゃ私は行きますね」
門の前にいる少年の視線を感じながらドワコは城内へ入った。
着替えを済ませて聖女の執務室へとドワコとジェシーは入った。
「お嬢様申し訳ありません。本当はあの場では間に入らないといけないはずでしたが、急だったので動けませんでした。」
「気にすることは無いですよ。仮に悪意があった者でも遅れは取りませんから。」
「そう言ってもらえると助かります。次は動けるように頑張ります。」
「さて、先ほどもらった手紙を読んでみましょう。中身は手紙だけのようですね。」
ドワコが慎重に封筒を開封する。中には1枚の手紙が入っていた。
「せいじょさまへ ぼくはおかあさんと、いもうとのさんにんでくらしています。このまえおかあさんがおおきなけがをしてしまって、はたらくことができなくなりました。おかねもなくておいしゃさんにみてもらうことができません。どうかせいじょさま、ぼくたちをたすけてください。」
所々、読みにくい所もあったが要約するとこんな感じだ。誰かに字を聞きながら書いたような不揃いな文字だった。
「という事らしいね」
「お嬢様どうされるんですか?」
ジェシーがドワコに聞いた。
「これも何かの縁かな。ちょっと様子を見に行ってみましょうか。」
「目立つといけないからジェシーもお着替えね」
とこからともなく冒険者風の衣装を取り出す。
「前にメイド服を作る時に採寸したものを使って作ってるから多分大丈夫だと思うよ」
「そうではなく・・・なぜそのような服を持っているかを聞いたのですけど・・・」
「こんな事もあろうかと・・・・じゃだめ?」
「そういう事にしときます」
抜け出す時に使えるように作っておいた冒険者風の服装に着替えた2人は、城から出て手紙に書かれていた住所を目指した。
「ここはなんというか・・・こんな所があったんだ」
ドワコがその区画に入って驚いた。メイン通りから外れ奥に入った所にその区画があった。周りは高い建物に囲まれ、ボロボロの平屋建ての長屋が所狭しと建っている。衛生状態も良くない感じで、強烈な悪臭が漂っている。
「私の住んでいた集落もひどかったですけど、ここはそれ以上かもしれません。」
ジェシーが自分の生まれ育った故郷と比べて声を漏らす。
幸い治安は悪くないようで、所々で活気にあふれた声がする。建物はボロボロだか、家は継ぎ接ぎしながらだが補修されており、区画が荒れている感じはなく貧乏ながらも真面目に生活をしている印象を受けた。
「とりあえず少年の家に行ってみましょう」
「お嬢様、おそらくこの家かと。」
ジェシーが手紙に書かれていた家の前で言った。
コンコン
「すみませーん。どなたかいらっしゃいますか?」
ドワコがドアをノックする。
「どなたですか?」
小さな女の子が出てきた。やせ細っていてあまり栄養状態は良くなさそうだ。たぶん少年の妹かな?
「突然来てしまってごめんなさいね。お母さんはいる?」
狭い家なので本人にも聞こえたらしく奥から声が聞こえてきた。
「すみません。私は怪我をしており動けませんので、どうぞお入りください。」
奥から母親らしき人の声が聞こえ、ドワコとジェシーは部屋にお邪魔させていただく。
中には横になって動くのも厳しい感じの少年の母親がいた。その横で妹がちょこんと座っている。
「はじめまして。とある御方に頼まれまして、お怪我をされたと聞き様子を見に来ました。決して怪しいものではありませんので・・・」
「はぁ・・・せっかくのお客様なのに満足な応対も出来ず申し訳ありません」
「ちょっとお怪我の具合を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「お医者さんでしょうか?あいにく家には満足にお金を払えるだけの余裕がありません。」
「私は医者ではないですよ。あと、お金をいただくことは一切ありませんのでご安心ください。」
「そうですか・・・先日、仕事中に怪我をしてしまい、それから体が思うように動かなくなってしまいました。」
「どこか強く打ち付けたとかそういう感じかな?」
「上から落ちてきた物に挟まれてしまいまして・・・幸い近くにいた人に助けられたのですが、それ以来、足が動かなくなってしまいました。」
「そうですか、それはお辛かったですね。」
患部を見せてもらった所、大きな痣があって腰に大きなダメージが入って神経がやられてしまっているようにみえた(素人感覚だけど)。
これなら魔法で治せるかな。
「これなら何とか治せそうです」
「治るんですか?」
「おかあさん治るの?」
半信半疑で少年の母親と妹は言った。
「それじゃいきますね」
「ヒール」
ドワコは魔法書を取り出し詠唱した。
母親が淡く光り大きな痣が消えた。
「もう大丈夫だと思いますけど、動きますか?」
「痛みが消えました。体も動きます。ありがとうございます。なんとお礼を言って良いものか・・・。」
母親が涙を流してお礼を言う。
「おかあさん動けるようになったの?」
「もう大丈夫だよ・・・心配かけたね」
ジェシーも貰い泣きをしているようで目が赤くなっている。
「それじゃ用事も済みましたので、私たちは失礼しますね。あとこれ、良かったら食べてくださいね。」
簡単に食べられる食料を取り出し母親に手渡し、ドワコとジェシーは家から出た。
少し歩いたところでジェシーがドワコに話しかけてきた。
「お嬢様、私、魔法と言う物を初めて見ました。人の為に役立てるのって何と言いましょうかとても良いものだと感じました。」
「困っている人を助けるのが今の仕事だからね」
そんな会話をしながら城に帰っていった。
ドワコたちが城に戻った頃、少年が家に帰ってきた。
「ただいま」
「おにいちゃんおかえり」
「おかえりなさい」
妹とお母さんが出迎えた。
「おかあさん、動けるようになったの?」
「なんか知らない人が来て治してくれた」
妹が答えた。
「手紙見てくれたんだ・・・聖女様」
「聖女様?」
母親が聞き返した。
「お城にいる聖女様に手紙を書いたんだ。おかあさんを助けてくださいって。書けない字もあったけど、わからない字は友達に教えてもらったよ。それでお城に入ろうとしていた知らないお姉ちゃんに手紙を渡してもらうように頼んだんだ。」
「あなたお城でそんなことをしたの?そんな事をしたら捕まってしまうわよ。」
「うん。捕まりかけたところをそのお姉ちゃんが助けてくれた。」
「なんという事でしょう・・・そんな事が・・・聖女様ありがとうございます」
先ほどまでここにいた2人の少女の事を思い出し、お城の方を向いて母親は感謝の言葉を述べた。




