明日の為に勝利を掴め
大気中の含有物と同化する硝煙。死の匂いは凶器からせず、死体から立ち込める。
エグザムは木々を縫い闇を移動していた、道中索敵装置を使い進路を確認する。
(情報が正しいなら、装甲兵や人造サイボーグが居る。)
企業正規軍と傭兵集団で編成される彼らは、企業側の一般的な陸戦戦力だ。約四百名で構成された集団は近辺の都市から派遣された者達ばかり。そんな彼らに多数で奇襲を仕掛けた現地反乱勢力は、例外を除き民兵で構成される。
(奇襲が成立していたあの状況で、攻めあぐねている。)
エグザムは別働隊の可能性を想定する。
(民兵を囮に、背後か退路から仕掛ける。常套手段だな。)
企業団の前線守備隊が全滅するまでに合流を急ぐ。主兵装に追加弾倉を装着し射撃変速機を調整、半自動射撃状態にする。
発砲音が聞こえ素早く身を伏せる。
(近い。銃声から民兵だ。)
包囲網に接近したと判断したエグザム。罠や索敵装置の有無を確認する。戦闘の痕跡や敵の死体が無い事から、状況を推測する。
(動体を補足。5、7。)
音と目視で標的を捕捉した。なお増える数、軽装備の民兵であると確認。躊躇わず接近する。
(流通している硬芯弾か強化炸薬が妥当だ。)
民兵の体格や栄養状態から装備と戦術の妥当性を評価する。最終確認を済ませ、接近戦を開始する。
(お前からだ。)
音も無く飛び掛り首根っこを掴み握りつぶす。悲鳴を上げる事無く草むらに優しく寝かせる。
(練度が低い、後方警戒も連携も悪い。栄養状態から十分な思考が出来ていない。)
次々に絶命していく敵、左手が赤く染まる。周辺環境を確認し敵味方の展開状態を探る。
(やはり風下か、これは時間稼ぎだ。本命がどこかに居る。)
掃討した敵から装備を調達する。長口径突撃銃と照明や煙幕装備、体にそれらと弾倉をベルトで固定した。
(この妨害電波は味方の物か。)
通信妨害を確認したエグザム、右手を味方へ向け通信を試みる。
「こちらOS1、応答せよ。」
傍受を避けるため一度だけ呼びかける。間を置き返答が返ってきた。手短に状況を伝え、警戒を促す。
(懸案解決。派手に行く。)
この妨害下で民兵集団の通信装置が機能しないことを確認。エグザムは個別に固まっているだろう近くの敵集団へ接近した。
「後ろに居るぞ。」
敵兵の位置を確認し、エグザムは大声で叫ぶ。完全に振り返る前に突撃銃と重機関銃で掃討する。
(さあ逃げ惑え。)
距離を離しながら馬鹿正直に追撃する民兵を射殺する。一度に殲滅せず、少しずつ確実に減らす。
(指向、放射系波長を無期限探査。)
高性能索敵機械を持つ敵を探す。民兵の装備でエグザムを加害することは可能で、企業部隊の重装備で強化装備を無力化する事も可能だった。
(補足対象二百を排除)
擬似人格から殺害数が報告され、身体機能を確認したエグザムは反撃に移った。死体から同一規格の弾薬を補給し、突撃銃だけで殲滅して行く。
(致命的な戦力差を把握していない。)
元は農民か、と民兵達の情報収集力を予想するエグザム。彼は民兵達に物理的に戦力差を教える。
(周辺を強制走査、五秒間。)
潰走する民兵を見送り、周辺の索敵を行なう為に熱量の残る死体に隠れる。
(通信妨害は解けた。安全を確認し合流する。)
打ち上げられた照明弾や発炎筒と炎があたりを照らす。遠方に活動中の味方を確認した。
「OS1より部隊通信兵、南方より合流する。」
返信を待たず通信を切る。識別信号を出し、誤射されないよう低い姿勢で移動した。
「日の出の星所属。通称OS1、確認した。」
四十名程度に重火器類で構成された前線守備隊の隊長は、手短に応対した。部隊は負傷者の対応人員と見張りを残し、主力と思われる別働隊を追うために分散していた。
「了解、俺も追撃に加わる。」
追撃命令を受けたエグザムは林の奥へ消える。残った人員は死傷者を近くの基地へ運ぶ為、移動を開始する。
(伏兵が居るだろう。固まって逃げる筈は無い。)
木に寄り添う敵装甲兵の死体から標的を分析する。
(武装と識別装置が無い。持ち去られた後か。)
罠を警戒しながら点在する戦場跡を離れる。発見した死体を尻目に走るエグザム、相対速度を計算して予想地点を割り出す。
(足の遅い敵兵の死体が多い、銃声の位置から完全に補足したようだ。)
逃げ切れない者は味方に任せ、足の速い標的を探す。強化された足で瞬く間に稜線を越える。サイボーグの足でも、彼から逃れる術は無い。
そこは集合地点の様で複数の影が居た。草むらに擬態した彼は様子を伺う。
(五体。作戦会議中か、見張りは一体。)
電子機器等の破壊を目的とした中性子爆弾を二つ投げる。起爆時間を調整されたそれは狙い通り効果を発揮した。
「動くな。」
一人を除いて射殺し、残った一人から情報を貰う。
(解析中...完了)
脊髄部にナイフで過剰電流を流し強制拘束した。痙攣する肢体から脳郭を切除し、直接情報を奪った。
(やはり雇われ者か。)
深夜。前線基地は静まり返っている。活動しているのは見張りの歩哨と無人機のみ、エグザムは屋内で休憩していた。
(求人条件は二つ。殺人と単独行動に慣れているか。)
経験から珍しくも無い求人条件と内容に、彼は気に留めなかった。
(北方都市でのサービスの提供。だった筈だ。)
それがこの有り様だと実感するエグザム。彼は任期早々激戦区に配属された事を不審がる。冷静に考察し、装備の売買に対応した店員を怪しんだ。
「君に新しい依頼を出したい。」
基地司令は前触れも無く説明を始める、内容はシンプルだった。
「要塞化した町。つまり反乱軍の本拠に潜入し、帝国のスパイもしくは情報提供者を攫って来い。」
報酬は弾むと言い寄越した情報は、漏えいを防ぐため最低限の内容しか無かった。
日の出の二時間前。説明を受けた後、栄養カプセル類と保水液で食事し、装備を整え単身出撃した。軽車両で山間部から帝国側へ移動し、徒歩で町がある谷を見渡せる位置まで来る。
(許可は出た、困難なら抹殺しても問題ない。)
司令から譲歩を引き出すのに苦労したエグザムは崖下を見渡す。資料と敵兵から得た情報を参考に、作戦を練る。
(垂直無懸垂で岩場降り、岩陰を使い接近する。入手した装備で擬装し厳重警戒の目標宿舎を目指す。)
擬態し素早く崖を降下する。突き出た岩伝いに崖斜面を降りる。岩に姿を隠し自然に出来た起伏のある地形を利用して接近した。
木を隠すなら森へ、なら人間は何処へ。
擬装を解き持ってきた民兵の装備に着替える。銃は彼が鹵獲した物を、外套は支給された物を着る。脱いだヘルメットを腰に下げ、統一証と思われる鉢巻を右腕に括る。
(まだ十分な戦力が居る。外部から補充している様だ。)
数度の戦闘で多くの人員を失っても、街中に灯る明かりや警戒中の人員は多い。高台に在る建物の軒下に隠れながら彼は侵入ルートを模索していた。
彼は不安要因を排除する為行動を起こす。建物の裏道を確認しながら進む。時には巡回を装い通りを横断、進入の痕跡を消し空き家に入る。
(ここでいいだろう。)
空き家は臨時の武器庫になっていた。入り口にセンサーを仕掛け、二階から周囲を観察した。陽動と砲撃部隊の現在位置を時間から推測する。
(大よそ中間地点か。)
陽動兼合図用の時限式爆弾を設置し、移動を再開する。軒下で警備をかわしつつ屋根伝いに目的の宿舎へたどり着く。
(警備が厳しい。王道的な侵入路も無い。)
止むを得ず探査装置を起動する。手足から得られる若干の振動と、放出された素粒子から内部構造を把握した。エグザムは対象者達の所持品から候補を絞る。
分かり易くて助かったと感謝したエグザム。対象は複数の金属製容器を持参していた。
(存在の有無も身元も不明な人攫いは初めてだ。いや一度だけ有った様な。)
対象を監視しながら装備を戻し姿を隠す。用心しながらベランダに下りると、就寝中の標的を確認した。
静寂を爆音がかき消す。指定した時間通り作動を確認したエグザムは、鍵を開けた窓から進入する。
「敵襲か。」
突然の音に目覚めた男は背後に居たエグザムに麻酔針で眠らされる。
昏睡した標的を尻目に行動するエグザム。部屋の入り口を家具で塞ぎ男の所持品を回収、道具で開けた窓から男を担いで飛び降りる。屋根伝いに街の外まで最短ルートを進む。
(騒がしいな、同情するよ。)
飛び交う怒号と悲鳴。消火作業を尻目に走るエグザムは、薄っすらと明るい上空から飛来する物体を検知した。
山の稜線に日が昇る。無事軽車両の場所まで辿り着く。砲撃で町は炎に包まれ至る所に瓦礫が散乱していた。
(妨害電波を確認。上手くいったか。)
手筈通り近くの反乱軍野営地に陽動部隊が奇襲を仕掛けていた。彼は標的の男を荷物と一緒に荷台に固定すると車を発進させる。来た道を逆走し、燃盛る街を後にした。
無線封鎖の中無事前線基地まで帰還したエグザム。荷物と車を引き渡すと司令に召喚される。
「ご苦労。作戦は上手くいったよ。」
笑顔でエグザムとその体に賞賛を送る。手つきがいやらしい。
「また一仕事頼むよ。これを運んで欲しい。」
中身不明の取っ手が付いた箱を渡される。厳重に施錠が施された頑丈な箱だ。行き先は近くの都市にある施設を指定された。
新たな依頼を受けた彼は輸送機へ乗り込む。輸送機は行き先の都市から貨物を運ぶため飛び立つ。
(本来の任地へ向かう訳だが。)
貨物室は空でパイロットと二人旅だ。エグザムは箱を観察する。
「書類の重さでは無いな。」
パイロットから目的地までの所要時間を聞き、短い仮眠を取った。
山脈から広がる平原にその都市は在った。ゼンマイ式の機械時計に似た構造をした都市。幾つかあるそそり立つ建造物を中心に、かみ合った歯車の様に円形の区画が上下左右に並ぶ。
「アナトリアへようこそ」
機内にアナウンスが流れる。パイロットが旅行客用の広域無線だと知らせてくれる。
「大きいな。どれだけ人間が住んでいるんだ」
パイロットは詳しく教えてくれる。直系は十五キロ、人口は十万人らしい。旧文明が造った謎の宇宙建造物を地表へ落下させて再利用しているらしい。
「完全循環型の都市船だったと噂されてるよ。」
エグザムは記憶にあるそれらと随分違う形状に違和感を覚える。
「あんた日の出の所属だろ。あそこに新しい支部が出来たって聞いたぞ。」
短く肯定する。彼も詳しいことは知らない。
多層構造物が並ぶ光景は空から見たより圧巻だった。
「最下層は貯水湖になっているのか。」
環状の外縁構造物の先へと川が流れ海と繋がっている。
(宇宙船なら下に何か埋まっていても不思議ではない。)
踵を返し目的地に向かう。指定されたのは行政区ではなく、日の出の星支社がある巨大な構造物だった。
19~21時に更新すると言ったがあれ「わああぁぁぁー...」 必ずしも事実ではない。