戦えエグザム!
その身に宿る闘争の力。寿命すら克服した意思は彼を楽園へ向かわせる。
宿泊五日目。エグザムは都市群北にある交易拠点に居た。この一帯はオアシス4の貿易事業を一手に引き受ける戦略要衝、人と物が行き交う商業都市だ。
(資金に余裕がある。今後に必要な物が有れば、迷わず調達する。)
自然エネルギーを運動エネルギーに変換し保存する動力炉。境界を示す高い柵を背に、露天商が並んでいる。興味を引かれた彼は近寄った。
商品を物色している客らやの後ろから、各露店の出品物を調査する。嗜好品や土産物等の娯楽品が多い中、興味深いものに出会う。
「店主、これはいくらだ。」
熟成された旧文明の消毒液を入手した。かつて安価で調達し易かったそれを、ワンコインで買ったエグザム。
(使用期限は過ぎているが、保存状態は良い。)
調合に使えそうな材料を手に入れたエグザムは、他の露天も見て回った。
危険な消毒液以外めぼしい物は見つからず、他の区画へ移動する。当ても無く彷徨っていると旅行者とおぼしき一団を発見、旅行代理店と思われる施設は混雑していた。
(詳細な地理情報を忘れていた。)
店先に在る掲示板や資料媒体を調べるエグザム。星の地理情報を記す各種資料を側頭部の記録装置に入力する。視覚野から記録しつつ、自身も資料に目を通す。得た情報からは旧文明の名残を感じさせない。
飛行機械から有機炉用と書かれた資材を下ろしている。圧縮推進器と流体力場が青と赤色の光を放つ。
今彼は広大な飛行場の片隅に居る。多くの機械を観察して現在の科学技術と文明実態を調査する為だ。経済を回し、消費を促す為に創られた汎用技術は、資本経済の必需品。
「太陽系時代後期に似ている。ゴミを創り消費するためにあったあの時代は、傭兵達の全盛期。」
夢を追った者たちを思い出し、彼はこの星と文明の未来を考える。
(文明はこの星から再出発出来るのだろうか?)
柵越しにエグザムは傍観していた。
民間軍事企業と言われるそれらは、彼が物心付く前から存在した。内容はどうあれ安全保障をサービスとして提供する企業集団は、エグザムにとって身近な存在であった。
(資本の武器庫に相応しい。これでまともな装備に変えられる。)
建物内にある休憩所で、紙媒体の資料を片手に座る。主に陸戦を想定した量産品が載っている。
(技術的に互換性の有る物が多い。これなら今のお古と交換できそうだ。)
記されていた情報は、旧時代から現代へ円滑に戦術技術が推移したと物語る。
エグザムは台の上に交換する装備を置く。清掃された防護服と装甲服一式、分解した兜と周辺部品。半裸になった彼は持っていた予備の一体防護服を着る。
「年季の入った旧規格品ばかりですね。」
装備を手に取りながら若い彼は感想を述べる。この手の物に余念が無いようだ。
「大体これ位になるよ。」
渡された計算機を見て納得したエグザムは売却に応じる。
「言われた物を持ってきたから好きなの選んで。試着室はあっち。」
量産用の規格で構成された戦闘服と装備一式の中から必要な物を選び確認した。
「少し待っていて、集計するから。」
総額は予算内だった。現金で支払いを済ました。
彼は量産品を好む。替えが利き汎用性に富んでいたら尚更いい。今回選んだ品もそうだった。
泊まっている部屋で機器の微調整を行なう。取分け電子機器の調整に時間を割く。
(新旧の演算記録機構は問題無い。)
新品の装甲ゴーグルには今までに得た多くの情報が表示される。頭部は兜状から密閉式の複合装甲ヘルメットへ変わっていた。
(防護能力は以前より低下しているが、重要視する必要は無い。)
装甲体積は大幅に減り、代わりに繊維素材で全身を覆う。表層は剥がした擬装帯で覆い、見た目が若干細くなる。
「電子装置の目処は無い。主兵装を調達出来ただけマシか。」
強化型の重機関銃が彼の新しいパートナーと成る。彼は左腕に巻いた腕章を見る。
(久々の感覚だ。)
只の出張所だと思っていた建物には、見慣れた掲示板があった。
(体調は万全に近い。戦場に挑む頃には復調しているだろう。)
個人傭兵の募集に目を釘付けにしたエグザム。装備を新調したあの企業は、所属傭兵の派遣をしていたのだ。
(宿を出払う日に出立する。あと二日何をして過ごすか。)
簡単な求人条件や任地と内容は、報酬など気に為らない程彼にとって魅力的だった。
三日後の朝、エグザムは迎えに来た車で空港へ向かっている。
彼の新しい所属先は、新興企業集団で構成される財団〈日の出の星〉。近年急成長した企業で構成され、民間軍事分野に参入して間もない勢力だ。
「詳細は以上です。何か質問は?」
新興だからか運転手が説明係のようだ。
「撤退時の手順と情報を、それだけだ。」
独自判断で頼むと返答される。撤退は基本無いと判断したエグザム、急いでくれとだけ答えた。
以降無言のまま目的地へ走る。エグザムは脳内で状況を予測していた。
(あと二十分。危険空域に入ったな。)
赤色灯が点く。輸送機の機内には操縦者と彼を除いて誰も居ない。貨物室には満載された戦術物資とエグザムが固定されている。あまり知られてないが、輸送戦略上無機物も有機物も同じ貨物になる。
(夜間降下作戦か、生身で経験したのは何時だったか。)
南から北へ数時間、弾薬類の危険物と一緒に降下する破目になった彼の心境は複雑だ。
企業団の勢力圏は二つの大陸に進出している。西と北の大陸だ。広い領土は内外に複数の紛争地を抱えている。彼が向かうのもその一つ、北大陸に在る一国家の国境沿い。武装蜂起した原住民を支援する帝国と事実上の国境争い。
「聞こえるか荷物さんよ。通信が入ったからつなぐぞ。」
合流予定の部隊から降下地点の変更が知らされた。どうやら突発的な戦闘に入ったらしい。
「こちらOS1。了解したこちらから合流する。」
パイロットに予定軌道を変更してもらい、固定具を外し離れる。。
「聞いたぞ。敵の後方に降下するってぇ、あんたも頭イカレテルナ。」
何時もの事だと軽く流す。物資降下空域に接近し隔壁が開く。
「対空兵器が怖いから、最高速で旋回する。機会は一度きりだ合図したら飛べ。」
投下されて行く物資を尻目に、短く了承を伝える。予備で持たされた非常用の落下傘を背に待機する。
「飛べ。」
短くカウントされ勢い良く飛ぶ。高空から投げ出されたエグザムは、小さく丸まり衝撃波をやり過ごす。体勢を維持したまま自由落下した。
緑で覆われた下界には都市等の光源は見当たらない。代わりに燃盛る炎がちらほら見える。
(光学類熱探査、目視で遠距離。全装甲、熱外適応開始)
擬似人格が電子波長越しに素早く対応する。装備と一体化した彼は加速体勢に入る。
「あれか。」
地上から無秩序に広がる各種波長を読み取ると、敵味方の識別と落下予測地点を割り出す。
(規定高度。開け。)
定め予想していた高度を通過、擬似人格が警告する。だがまだ開かない。
(減速だけで問題無い。)
地平線が迫る、留め具を外し傘が展開する。若干の負荷を感じ高度の確認をする。
(戦闘に夢中か、先に落とした物資が囮になったな。)
惑星重力を考慮し地上30メートルで落下傘を切り離すし、そのまま落下する。
小高い丘を登りきる。エグザムは奇襲攻撃中の敵集団を双眼鏡で観察する。
(陸戦兵器は見当たらない。歩兵のみ。)
数の多さに留意して作戦を立てる。
(敵集団の戦意低下を誘い、撤退させる。指揮官を排除後、脅威順に潰していく。)
所持弾数から最低殺害数を割り出し双方の退路を確認する。エグザムは完全擬態状態で狙撃を開始。二百メートル程度の距離なら外す事無く命中する。通信機を落とし崩れる指揮官。
続いて狙撃能力がある標的を狙う、防御能力の薄い首を狙う。
(命中。命中...)
重機関銃から短い間隔で放たれる硬化強靭化した金属合成弾は、寸分たがわず標的に命中し貫通。頭が飛び首から血液を噴出し倒れる。
(索敵停止。)
特定地点の敵を掃討し終わる。射撃を止め様子を見る。
「想定効果有り。そのまま来い。」
火器類で武装した軽装備の兵士が複数やって来る。装備からして民兵か斥候だろう。次の動きがあるまで待機するエグザム。浮き足立つ敵は彼の罠に陥る。
(光学情報、無制限に赤追尾。)
光学装置が捕らえた敵を次々赤色で追尾する。数が増え続け30を超えた所でエグザムは行動を起こす。
(精密・高速連射用意....可能。)
毎秒十発の連射速度で射撃を開始。擬似人格が動作を補助、一発ずつ標的に命中する。数秒連射し身を隠す。
(誤差は許容範囲、やったか。)
木々を移動するエグザムは味方と合流するため遠回りをする。