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墜ちた傭兵  作者: 戦夢
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全ては己の為に

彼は所詮只の傭兵。お人好しでも偽善者でもない。

天井の空調循環用の羽が回る。古風な喫茶店で店内には数人の人間と小人、名前の知らない種族で賑わう。どうやら常連のようだ。個人客用のテーブルで食事を取るエグザム。他の客の話に聞き耳を立てながら、昼間のことを思い出す。


(古そうな張り紙に、都市内外の機能維持を担う人員を募集していた。予想はしていた。妥当な内容だ。)

個人または複数において、野生化した亜種や害獣指定された動植物の駆除を行なう場合、環境科に届け出なければならない。それだけの内容だった。

(あの事務員は、暇そうにしていた。)

担当課の受付で話を聞いたエグザム。駆除活動の大半は土地や施設の管理者等が専門家を雇い代行させる。環境科に回される依頼は、公共施設内や依頼料を出せない者が大半だった。緊急の場合は保障局から部隊が出るらしいが、最近は少ない。活動は民間主導で行なわれていた。


(民間のハンター組織に入る気は無い、俺は基本一匹狼。)

事務員は壁に張ってある二つの古い依頼を紹介した。水素発電所付近の地下下水道網の定期清掃兼偵察。南方都市の無人地熱発電所の定期駆除。無期限と書いてある用紙は酸化していた。

(毒をもって何とやら。亜種には亜種をか。)

内容から二つとも達成可能と判断したエグザムは、近い方の下水道案件を受諾した。


翌日の正午、装備を整え都市間バスで目的地に向かう。依頼は現地で受諾、報酬も現地払い。

車窓の一方は湖畔、反対側は何らかのパイプラインが映る。単調な景色が続き暇な彼は、静かに闘志を燃やす。


「そんじゃ局に知らせてくッから。頼んだよ。」

そう言って作業員は入り口を閉じる。光源は僅かで暗闇が支配する。

関係事務所で依頼の説明を受けた。

(思っていたより広い、暗渠か用水路だな。)

明度を上げ鮮明な視界を保つ。足音を立てず一定の歩幅で進む。

(まずは生態の有無を確認、排除してから死骸を流す。)

周囲に擬態し僅かな痕跡も見逃さないよう注意する。やがて大きな用水路に出る。

(有毒ガスを検知。恐らく対象の物だろう。)

たんぱく質等の塊であるそれらは、肉塊と呼ばれている。生活排水から特定の有機物を抽出する手段の一部として、意図的に放たれた集合型生物。五感の中で唯一ある臭覚を使い、取り込める物を集めて回る。

(発生するガス濃度からして素早く切断する必要がある。)

目標を探しつつ、順路を進むエグザム。対流が無い空間では、比重の重いガス成分が底に溜まっている。持ってきたマッチを腰より低い位置で点ける。火は直ぐに消える。一帯の酸素は少ない

(聞いた通り可燃性のガスだ。この先だな。)

段差を梯子で降りた先は区画ごと汚水に浸かっている。膝まである水位に多くの肉塊が蠢く、酸素を排除したその空間は巨大な培養槽だった。

「多いな。始めよう。」

追加エネルギー槽から直接供給された動力で体を動かす。片手に専用のチェーンソーを持ち対象を切り刻む。肉塊は痙攣しながら小さくなってゆく。

(時間が掛かる、この軟らかさなら可能か。)

左拳に力を入れる。間を置いて僅かな赤い光を纏うと、振り下ろす。果実を潰した様に肉塊がはじける。

(消費エネルギーは許容値、問題ない。)


区画全ての肉塊を処理したエグザムは、集めた残骸を排水路へ流す。やがては回収され発電所を廻すエネルギーになる。先は長いと悟った彼は、先へ進む。


(情報では侵入者が居た筈だが、痕跡は見当たらない。)

得られた情報から鉱物生命体の一種と推測した彼は、特有の磁気波長を探す。

(此処にも居ないか。他の餌場か?)

肉を挽きながら周囲を警戒する。侵入者の排除までは依頼に無い。記録した地図を確認し着実に順路を進む。


此処の地価下水道は、何らかのモルタルと鉄材で補強されている。等間隔にある支柱からは、穴を掘り進んで構築したトンネルの類ではない。発電所と一体構造ではないかとエグザムは推測した。


(気付かれた。)

道半ばで搭載センサーにノイズが走り、微弱な電磁波を感知した。すぐさま探査装置を切り、その場を離れる。

(此方に敵対する意思は無いが、どう来るか。)

柱上部の出っ張りに身を隠す。擬態迷彩で待機していると、向こうから姿を現した。

(四足の鉱物生命体。一体だけか、複数の可能性もある。)

大きさから単体では脅威にならない。エグザムは通り過ぎるのを待った。

(最後に人外と交戦したのは何時以来か。地下闘技場の時だったか?)

鉱物生命体に定型は無い、分解や合体が可能。ある時は巨大な要塞で、ある時は修復機械にもなる。人間と同じ様に集団を形成できる。

(闇を好むやつ等からして見れば、ここは絶好の環境だ。)

今回は交戦を避け、監督者に報告だけすると決める。エグザムは先を急ぐ。


曇り空は赤く照らされている。予定経路を徒破したエグザムは、出口から空を見上げた。

(時間通りだ。報告する前に体を洗浄しよう。)

清掃作業者用に設けられた、簡単な密閉洗浄室に入ったエグザム。出ると時間通り中年の監督者が歩いてくる。

「お疲れ様。で結果は?」

急かす監督者に、仕事内容を報告する。

「またやつか、こりねぇな。了解した、事務所で報酬を受け取ってきてくれ。」


守衛に身分証を返し。最寄のバス停へ向かう。報酬は紙切れ一枚だった。

「何時の時代もお役所仕事はこれか。」

窓口への手続きを明日に回し、帰路に着く。


兜と荷物を足元に置き椅子に座る。カウンター越しの店主に注文する。

「金はここに。」

飲食店兼宿屋な雑居棟はエグザムの仮の住まい。

「マスター、亜種について何か面白い情報は有るか?」

カウンター席で料理を待つ彼を、誰も気に留めていない。

「亜種ね、最近は見なくなったな。見たところ旅人の様だが、街にはまだ来たばかりか?」

「ああ。西の方から来た。亜種に興味がる。」

会話しながら手早く調理するマスター。香ばしいに匂いがする。

「以前誰かが話していた、北で亜種を集めているらしい。」

詳細を聞くが、知らないと答えるマスター。エグザムは硬貨を二枚置く。

「マスターの感想を聞こう。」

「あまり知られてないが、二十年前の東方大陸戦争で多くの亜種が活躍したらしい。」

マスターは続ける。

「当時の企業報道は戦果ばかりを伝え詳細は分からなかったが、後に多くの噂が流れた。」

噂では、行政府直属の極秘部隊が活躍。東方の部族連合は生物兵器を投入等々。

「噂ばかりだったが、ある帰還兵がその情報を話してくれたよ。」

その帰還兵は強化された多種多様な生物と交戦したらしい。

「戦争は勝った事になっているがどうなったやら、あれから東方の開発は聞かなくなった。」

エグザムは話を総合して相槌をうつ。

「次の戦争は人外の戦いになるのか。」

そうかもな、と答えるマスター。彼はその人外に料理を出した。


食事を済まし部屋に戻る。身支度をし、マスターとの話を思い返す。

(昔は戦争が当たり前に起きていた。随分平和になったものだ。)

「まだ情報が少ない、どう集めたものか。」

エグザムは生存戦略を探っていた。


宿泊三日目。やはり早朝から活動するエグザム。荷物をまとめ安全保障局へ向かう。

「これを頼む。」

下水を探検し貰った証明書を環境科の窓口へ渡す。

「こちらが報酬です。」

見た事無い若い女性の事務員から、報酬を受け取り確認する。同時に南方の依頼を受諾する。

「了解しました。先方へ連絡します。」

通信機越しに詳細を聞き、仕事が始まる。


管理会社から詳細情報が送信される、依頼区間の見取り図だ。受諾してから一日間を置き、朝早に依頼を始める。

植生豊かな山岳地帯にある施設は広大だった。全てが無人化され、都市へ電力を供給している。施設は一箇所に集約しておらず、百近くの構造物に分散配置されている。

(単独ローラー作戦を始める。)

彼の孤独な戦いが幕を開ける。敵は施設で放牧されている各種家畜動物を襲う、肉食動物と亜種だ。ここは豊かな植生を利用して牧畜が行なわれ、生態系を保つため、大型の捕食動物も放たれている。捕食動物は達成数があるが、亜種は例外なく駆除しなければ為らない。


動体を検知するのに時間は掛からない。エグザムの策敵能力もさることながら、多くの生物が生息していた。

(標的を視認。)

事前情報に有った多足類の亜種を発見したエグザム。位置を確認し、接近を試みる。全長三メートル弱ある動体には、多数の足が生えている。先祖同様足は速い。

(虫型か、足は速いが逃しはしない。)

ある程度接近し最低限の予備動作をとる。瞬間加速し植物をなぎ倒し目標に近づく。

(貰った。)

警戒している標的に対し、汎用拳銃で対物科学エネルギー弾を撃つ。

「感触は変わらない。腕も鈍ってはない様だ。」

崩れ落ちた標的を尻目に、次の獲物を探す。広大な探索範囲を前に銃声など構って居られなかった。


施設上部から自由落下するエグザム。ナイフを構え標的に肉薄する。

「こいつで最後だ。」

後転宙返りで着地するエグザム、倒れた最後の目標からナイフを抜き取る。

(八時間か、長かった。)

捕食動物三頭と亜種十六体を始末した彼は、開始地点へ向かう。

(消耗は許容範囲内。サイクルは良好。)

身体機能を確認しつつ、取りこぼしが無いか探す。常に擬態している彼を発見するのは難しい、優れた聴覚を持つ者にはその限りではない。

(熱源は全て対象外素粒子探査も同様、残るは。)

一通りの索敵機能を使い、周囲を観察する。懸案は外れ、何事もなく目的地へ到着する。


引継ぎの者とすれ違う、防疫の為に全身を洗浄した後、管理会社所有の飛行機械で施設を後にする。眼下に流れる景色を眺めエグザムは、一つの疑問に思い当たる。

(清掃に駆除、傭兵のやる事では無いな。)

これは妄想科学小説。エグザムの歴史がまた一ページ。

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