流れ着く
情報を得るため奔走する。その重要性を彼は知っている。
総長の家一階〈応接間〉
「名前からして、ここは新興集落なのか?」
不利な質問を避けるたに、先制攻撃。
「新興?、まぁ二世代前までそうでしたな。」
最悪を免れたエグザムは安堵する。
対話している人物はオーマまたはオォマ、とてもややこしい。当人曰く、荒野の町の総長をしている。話を聞くに世襲制ではないらしい。町は遥か北方の経済圏から何らかの事情で流れ着いた者で構成されている。貧困、犯罪、世捨て人、無法者やその他。
「エグザムさんはどちらから?」
エグザムの時間稼ぎは終わった。
「あぁ、西の方から当ても無く。〈汗〉」
「ほぉ、どおりで珍しい格好をしている訳ですね。」
密閉兜の中、すました顔で取り繕う。
「慣れれば強力な手段です。」
総長からエグザムの顔は見えないが、両者口元がつり上がる。
「こんな場所ですが今も外からの定住者を受け入れています。かつて機械技師や学者をしていた者などおります。エグザムさんもどうですか、歓迎しますよ。」
音声と立体液晶に浮かび上がる魅惑の文字に揺さぶられるエグザム。
「...私はぁ、やる事があるので定住は無理ですが、その技師を紹介してもらえるかな?」
総長は理由を問う。
「この鎧は拾ったもので、詳しい訳ではない。それに身の上の都合で世界情勢の情報が必要なんだ。」
嘘ではない、内心つぶやくエグザム。
「残念ですね。ですが長旅の用ですか。分かりました。」
総長は彼に年老いた機械技師を紹介した。名はイザーク、若い頃世界中を旅していた。多くの技術的な遺産と出会い、見識と技術を鍛えた物知り爺さんだ。
イザークの書斎兼暖炉前である物を見せるエグザム。
「これについて知っている事を教えてほしい。」
直径10ミリの高速運動エネルギー弾。通称貫通運動弾を出す。
「これは...圧縮反応成形弾の一種か?」
肯定するエグザム。
「現在これを扱ってる勢力か組織があれば教えてほしい。」
複製できるかと聞かず、曖昧に質問する。
「武器コレクターぐらいだろうな。保存状態は良い、売るのか?」
「複製できる者を探しているが、居ないのなら処分する。」
銃等の火器類は消耗品だ。使い捨てる為にある。補給が出来ない物を持ち続ける事は出来ない。
「その装備から見て相当な額で売れるだろうが、ここでは無理だ。」
何処で買い取ってくれるか聞くエグザム、イザークは答える。
「近くで東にある商業都市。又は都市から北側に広がる通貨流通圏だろうな、もっとも。」
彼の話を総合すると、荒野の町など地方の集落では物々交換による経済活動が主流。食料など日用品や生活雑貨程度のやり取りしか無く、骨董品の取引には適さない。二十年前に戦争があり、通貨による経済圏が縮小したらしい。その他人生経験によるうんちく。
「このご時勢、それを欲しがる連中は山ほど居るだろう。何処で見つけた?」
腹を括ったエグザムは真実を話すべきか検討。行動に移る。
「ぁ..何をする!」
彼は銃口を老人に向けた。緩やかな動作で首上部の急所を狙う。
「いや、失礼ながら試させてもらった。今から話す内容は他言無用で。」
銃で脅しつつエグザムは自身と身の上に起こったことを話す。汎流体式立体液晶には動揺と興奮を隠し切れない老人の状態が表示される。
話が終わり周囲の状況を監視しつつ、銃口をおろす。
「いい年した老人を驚かすとは、常識を疑うぞ。」
「俺は既に何億と殺してきた。傭兵でなくなろうとも生き方は変わらない。」
額の汗をふくイザーク、他から見ても心中穏やかではない。誰からも同情されるだろう。
彼の情報に今度はエグザムが驚く。
「時を渡った者は珍しくない。文明が星に流れ着いた時から度々現れた。歴史に登場する者も居る。」
エグザムは真実を語ったことに後悔はしていない。
「わしも旅先で見てきた、何度もな。長くなるが知りたいのなら話してやる、どうだ?」
一晩中二人は語り合った。イザークは人生で見聞きした事を、エグザムは知っている人類史を。彼らが得た情報は無意味なものではなかった。
銀河文明時代から人口冬眠等で時を経た者は多く居た。二千年近く前に殆んどの者は目覚め、以後の経済活動に参加する。時が過ぎると目覚める者は減り、最後に確認できた者は約千二百年前だった。
エグザムは話の過程で重要な情報を得る。彼が傭兵として生きたあの文明は、銀河自体の変動により衰退した。人類は長い混乱の後、居住可能な星々へ散っていったらしい。過程で多くの情報が失われ、技術は移り変わった。
この星で今も受け継がれる多くの事象は、取り巻く環境に応じて最適化されたものばかりだった。そう決して滅んではいない、ただ進化し続けただけ。
多くの情報を得たエグザムは、今後の予定を模索する。
翌日イザーク宅を後にしたエグザム。一週間後に交易商の商隊が町に来ると教えられ、同伴する為に必要な準備をする。
(滞在に必要な寝床と食料、商隊の情報は総長か。)
家の前で体操をしているオーマに必要な情報を聞いた。
「あぁ分かったが条件がある。」
高い身体能力を使い畑を耕す。彼は病欠で減った人員の補充で農作業を行なう。
「何時の時代もクワなのか。」
比較的素早く耕して行く。
(今後どうするか。怪しまれずに済む方法は見つかった。有機強化や生体改造された人間は少なからずいるらしい。問題はこの装甲服と装備だが。)
エグザムは時代に馴染む方法を決めた。結局、旅人に広く流通しているマント等必需品を携行すれば良いだけの事だった。
(装備も必要の無いものはいずれ処分する。)
黙々と耕す彼を見て、多くの者は畑を耕すロボットに見えた。
それから一週間、彼は主に農作業や肉体労働に従事。領域の警備に狩の偵察に活躍した。時に川を泳ぎ原野を走る姿は、ある種の恐怖を感じさせるもだった。
ある時に木の棒切れを持った小さな少年が戦いを挑んできた。年も名前も分からないその子は言った。
「どうやったら強くなれるの?」
逡巡したエグザムは腰にある刃渡り二十センチ弱のナイフを抜き、地面に落とす。
「拾ってみろ。拾えたらお前は強い。」
掴み持ち上げようとするが、上がらない。当然だ、それは強化繊維を引き裂き高密度の構造物に刃を立てる専用装備、重量七キロ強ありエグザムは無理と分かってと持ち上げさせた。
「体が大きくなればそれを持ち上げれる様になるだろう。その時強さは何か考えればいい。」
観念したのか去って行く少年。その背中を見つめふと考える。
(物資闘争を極め、戦力を最小強靭化させる技術をこの身に宿した。流れる体液には多くの人命と時間が刻まれている。真の強さを求め戦った弱肉強食の時代に、強さほど曖昧な物はないと分かった。)
人類史は戦いの歴史、それを知った時彼は闘争の中で己の存在意義を求めた。
(ある種贅沢な思考をしている現状を幾度経験したことか。匂う、血がみなぎる気配がする。)
戦いと休息を繰り返してきた彼は、次なる戦場を意識した。
商隊の第一印象は機械化されたおんぼろ馬車だった。
商隊との取引はつつがなく終わった。エグザムは町と狩で手に入れた物品を使い、隊の同伴を許された。
(四脚式の牽引装置か、聞いた通り交通インフラは都市内だけのようだ。)
馬のような機械に牽引される荷車が大小六つ。
(そうだあのエレベーター残骸跡から伸びた車輪跡、誰だったのか聞くのを忘れた。)
最後尾の荷台に一人、緩やかに流れる景色を見るエグザム。町の誰かから貰った旅人装備に身を包み素性を隠す。
(経済圏に合流後、本格的に稼業を再開する。飛行機械は有るなら、またパイロットになるか。)
知った情報からこの星で文明を構成できる種族は人間だけではない。
一つは小人と呼ばれる種族。かつて人類が遺伝子改造によって生み出した人間の派生種。産業用や極地適用を目的に作られ全銀河に波及する。見た目が小さいだけで、寿命や生殖期間は人間と同じ。
一つは鉱物生命体。定型は無く何らかの物体に擬態している。銀河じゅうに進出する過程で人類が遭遇した。起源はある恒星系にあり大人しい種族。その生態系により人類とは蜜月関係にある。
一つは亜種と呼ばれる。特定の種族を指すものではなく、進化の過程で意図的に操作された遺伝子を持つ者の総称。〇〇の亜種と呼ばれる。
(人類がこの星を見つけたときは、とても住める環境ではなかった。地球惑星化には最低でも一世紀は掛かる。多くの知類が繁栄していたあの時代からすれば、ずいぶん少なくなったものだ。)
傭兵は掃除屋と呼ばれていた時代を知るエクザムは、残念でならなかった。
目的地へ揺れる旅を続けるエグザム。道すがら荒野や原野、険しく雪の積もった山岳地帯を目にし過酷な現実を目の当たりにする。
(荒野の町、流れ者の地。確かに人間や他の生物が住むには向いていない。)
出発してから半月、幾つかの村を経由し目的地に着く。エグザムの容姿は誰も気にも留めないほど荒み、まさに旅人だった。
以前訂正は面倒だからしないと書いたが、「あれは嘘だ。」