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墜ちた傭兵  作者: 戦夢
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目覚めの時

どれ程科学が発展しようとも色褪せぬ物がある。人はそれを「古き良き」と呼ぶ。

文明とは大河が育む大地に立つ。崖から俯瞰する草木の少ない荒地に、その二文字は無い。


(今の肉体は万全ではない。携行食糧と水分の残量からまだ数日は心配ない。)

カプセルが埋もれていた洞窟から一週間、徒歩で東へ移動していた。長い眠りから覚めた彼は使用不能の電子機器を見限り、この星の少ない情報を頼りに生存可能環境を求める。目覚めた当初、表示された凍結期間に絶句。故障を疑い調査すれば、エネルギー残量の枯渇により自動自然解凍したことに気づく。


(千年以上か。いや解凍期間も含めると最低でもあと二・三百年掛かっているはずだ。)

表示計は年単位で3桁までしか表示されない。


(この一帯は降水量の少ないサバンナ地帯の筈だ。星の両極にある氷が殆んど溶けたか、俺が眠っている間に又何処からか大量の水を運んできたのか。今の装備では大気圏の厚さを計測することは出来ない。)

踏みしめる足元には、背の低い草花やコケ類が自生している。地平線まで草原や林という程でも無いが、かつての面影は無い。

エグザムは歩く。かつて自らが攻撃した軌道エレベーターが在るであろう場所まで。


(コレを使う機会が無かったのは幸いと言うべきか。突発的な戦闘にエネルギーを消費したくは無い。)

カプセルの中には長期間の単独行動が可能な備品を置いていた。個人携行武装、対科学・放射線防護兼強化服、単独野戦用装備一式、汎用食塩水、保存食、医療品とその他。

(道中人や文明生物、大型動物に会えず痕跡も無かった。見かけたものは鳥や昆虫ぐらいか。)

飛翔する猛禽類を見たとき、咄嗟に銃を構えたものの、光学機構が捕らえた情報が正確に伝わらず機会を逃してしまった。

(生体電圧と波長が安定していない。頭と頭部部品さえ万全なら、広範囲の索敵が出来るのに。)

背嚢に括り付けた関係装備に諦めと、ある種の疑問をぶつける。

(少エネ状態であの山を登ればきっと見える筈だ、アレが。)


一歩一歩坂を踏みしめるエグザム、彼はエネルギー節約のため徒歩で慎重にを登る。最短経路でも難所や行軍にエネルギーを食う場所は避け、時には戻り確実に進む。山の中腹で一晩を明かし早朝に行軍再開、地形の把握に努めようやく山頂までたどり着く。


眼下には崩れ周辺施設と共に廃墟と化し、植生の楽園へと変わり果てた施設基地。北方の山脈には昇降塔の残骸が続くように点在している。

「おぉ、バベル。」

柄にも無く叫ぶエグザム、古参とあろうものが不慣れな手つきで背嚢から簡用転写機を取り出し撮影。ついでに自撮りも忘れない。我に帰った当人は転写された用紙を片手に現像されるのを待つ。


双眼鏡越しに目ぼしい物が無いか確認するが、距離が有り施設付近に霧が出ていて見えづらい。

(目論見が外れたな。あの残骸を調べつくす前に物資がなくなる...いや、可能性に賭けるか。)

その体は先端医療・戦術・汎用工学技術で出来ている。まだ純粋な人間であった頃には存在しない科学技術を知っている。疲労や損耗、侵食や損傷等に対して人外な再生力を持つが、欠点もある。その生理機能を維持するには持続的な栄養摂取、取り分け多くの栄養素を必要とする。一つでも欠如栄養素があれば機能は低下、他の機能からエネルギーを回す為にドミノ式で能力が低下する。これらは生物に当たり前にある要素だが、エグザムの様な特定強化された者は違う。摂取したエネルギーを栄養素へ再生産、循環し各機能に分配する。人型では在り得ないサイクルを彼らは持っている。 

(捕食階級の鳥がいる以上、地球型環境は再現されている。ニクガアソコニアルハズダ。)

下山の道順を確認し、すばやく目的地へ移動する。たんぱく質の為に!


三日後の早朝

必要な物資を手に入れたエグザムは旅支度をしている。水や食料は確保出来たが、使える装備品は無かった。

「星団か何者かがあれを破壊したようだ。勿体無いが俺には関係ないことだ。」

腑に落ちない点が有るものの、今の彼にはすべきことがある。


行動可能な範囲を探索したエグザムは、水源とおぼしき場所で雌鹿の様な動物を捕獲。以後拠点とした。原型を留めている施設は何処ももぬけの空、大掛かりな装置類や備品の家具に至るまで何も無い。どうやら持ち去られた様だった。幾つかの施設は後の時代に立てられたらしく、建築技術や様式がバラバラで統一性が無い。中には朽ちた木造家屋があった。

(施設の損壊は絨毯爆撃と艦砲射撃が妥当。襲撃は複数回行なわれた、おそらく立て篭もった反乱軍を掃討したのだろう。)


ある程度探索した結果、重要な収穫があった。白く硬くなった粘土上の一部に車輪と人の足跡を派遣した。エグザムがここに来るまで雨は降らなかったが、触れた感触から十日以上経過している。痕跡は東の高原へと伸びていた。ただ彼にとってこれは必ずしも幸運とは言えない。

(願わくば敵性存在で無ければ良いが。)


進路を再び東へ歩き出すエグザム。これまでのエネルギー消費量から換算して二週間弱の物資を背に、わずかな痕跡をたどり続ける。


「(口笛)♪~♪ー」

どこか荒野に似合う口笛を響かせエグザムは往く。重装備で枯れ草や土を踏み締め足早に進む姿は、旅人より無法者だ。進み続け一週間、痕跡は二日前の焚き火あとだけ。昨日降った雨と強風で道標を見失い、矛盾する勘と経験だけで進むが気分は良い。歩き続けていれば闘争で血が沸き立つことも無く気楽でいい。

(景色は悪くない。写真に残そうか。)

転写機は仕事の為にある物だが、今の彼には無縁の話。


次の日エグザムは道を逸れ、周囲を見渡せる高台に陣取った。

「現在地と。経路。方位。」

枯れ枝で地面に簡単な地図を書く。太陽と衛星二つ、簡単な星図から現在位置を想定する。

(古いが惑星情報は手元にある。ある程度の居住可能地は絞れるはずだ。)

中腰姿勢で双眼鏡を使い周囲を策敵、地図と比較しながら用を足すエグザム。かつて稼業で見聞きした見識と知恵を活用する。

(北東に約五十キロ)

可能性の高い方向に目星を付け歩き始める。例え人が居なくとも、捕食可能な生物が居ればいい。


二日ほど掛かり目的とする地域に到達。道中骨だけとなった生物の死骸を複数発見した。彼は生物学者でも考古学者でもないが、中には人間に近い特徴を持つ骨があった。

「動作良し、波長感度良好。起動する。」

体調が安定し環境にも馴染んだので装備を装着、電子戦装備を試す。

(上手く言ったようだ。)

汎流体式の画面には、肉眼と変わらない光景が映し出される。

「熱赤外線、生体探査、遠距離。」

音声入力で指示。瞬間幾つかの動体を観測、職業病ですばやくうつ伏せになる。

(山の向こうか。川と農業施設、いや只の畑か今居る台地からでは集団の居住地は見えない。しかし確かな存在を確認した)

「装甲、防護から擬態へ。」

全身と装備品がカメレオンのように変色、無機質な地面と同化する。ここから彼の長い戦いが始まる。


「ブヒ、ブホッ、コホー」

眼前を山羊か羊か曖昧な生物と尾の長い猪による混成部隊が通過する。

(先頭にいた大柄な農夫か、後方にいる少女のどちらかが指揮官だ。)

エグザムは茂みの中で一方を無力化し、残りを捕縛し情報を喋らそうと考えていた。此処までたどり着くまで複数の集団と接敵したものの、単独でなく多人数で行動していた。

(言語は共通汎用語である以上通じるはず。ん?)

至近距離に熱源を感知、真後ろだった。


ソイツは生物兵器の一種だった。毛自体が周囲の温度と同化する熱量素子を持ち、その毛は気候に応じ直ぐに生え変わる。高い知性を保持できる愛玩動物の派生型。飼い慣らせば従順だが野生化すると先祖返りし群を成す。汎用大型犬ヘルハウンド、軍と官職で人気の遺伝子改造種。

(今この星で俺は異質な存在だろう。特定の宗教概念によっては異端者か救世主。今騒ぎを起こしたら、不利益を被る可能性もある。)

振り返らずエグザムは腰のポーチから聖遺物を取り出す。ヘルハウンドの嗅覚は鋭い、犬以上だ。

「ほらポチ、大人しくしていてくれ。」

後方に切り替えられた視覚情報を頼りに、保存用合成肉をチラつかせる。地獄犬は興味が惹かれた様で、左右に首を振る。

「上手くいったようだ。ハッ」

動体レーダを失念していた。正面直近、茂みの境に鉈の様な刃物を構えた人間がいた。

「うちの子に何食わそうとしているの。」

任意の電子波長で画面を正面に戻した彼は、さぞ困惑した顔をシテイタダロウ。



そこは人口三百人前後の川沿いにある街だった。近辺の物流経済圏から離れ、流民によって造られた集団。主な産業は無く小規模な放牧と耕作と狩猟採取により運営されている。

結論から言うと、エグザムは客人として統治者の住居へ案内された。途中で幾人の村人と接触したが、目立った反応は無かった。

(強化装備を見慣れているのか?)

頭から足先まで多目的装甲で覆われている強化生体兵器を見て、驚きも動揺もしなかった。

(まるで訓練された民兵だ。物件は所謂自然共生派達が用いる物に似ている。)

多くの家屋は太い木材等で組まれ、石ではない石材で補強されている。統治者いや村長宅も同様、他と違う点は大きな三階建だった。


「ようこそ客人、荒野の町へ。」

目覚めて三週目にしてようやく目にした生活圏に、若干不安を覚えるエグザムであった。





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