文明を再考する
厳しい環境は彼に何を見せるのか。
組織の技術部から新装備の実地試験を受けたエグザムは、山脈の北に広がるサバンナ地帯に居る。危険区域に足を踏み入れた彼は野戦装備に身を包み単独行動中だ。
「音声記録を開始する。」
日付と現在時刻や位置を録音。試作携行武装を起動した。
「エネルギー出力安定、起動に成功した。」
彼が両手に所持しているのは、純エネルギー兵器だ。簡単な骨格に試作の出力収束機構を取り付けた実在粒子透過兵装。無機物を素通りし有機物を高出力電流で焼き殺す事が可能。反物質系の妨害を受けると無効化されてしまうが、高い威力を持っていた。
(危険物を託され危険地帯でのサバイバルが始まる。何時もの事だ。)
乾燥した大地を彷徨う、索敵能力を駆使し被検体を探す。広い実験場は背の低い草木が点在している。
(この環境下で対象を発見するのは難しい。)
南の森林地帯とは違い、生物の個体数が限られていた。照り付ける太陽は地平線に見える水源地帯を照らす。光が屈折し蜃気楼が確認できた。
「水源を発見、実験対象を探しに行く。」
射撃待機状態を維持しつつ、水場に向かうエグザム。酷暑での使用も織り込み済みの様で、新兵装は安定している。
岩に姿を隠し水場の周囲を伺う。送られた情報からは何も発見できない。予想に反した現状に疑問を持つと、原因が判明した。
「目標を識別、亜種の類と認定。効力試験を始める。」
八十メートルほどの距離を青い光が伸び、狙った軟体生物をこんがり焼く。筋繊維が熱収縮し丸く縮こまる。周囲を警戒し安全を確認すると、燃えている標的に近づいた。
(亜種か、放出された成分から食っても問題無い。)
これから数日間サバイバルをしなければ為らない彼は、貴重な栄養源を獲得した。
遠隔調理器具の性能を目の当たりにし腹も膨れた彼は、最終目的地がある北西に向かう。徒歩で行軍する為移動速度は遅い。手に持つ試作兵器は遺跡等から得た技術概念を参考に、博士や兵器開発班が手がけた代物だ。試作段階で重量が増し扱える者を選ぶ為、彼に話が回って来た。
(循環系に異常なし。生体波長も良好。)
照り付ける日差しをもろともせず足早に進む。力強く大地を踏み締め足跡を残すエグザム、意図的に追跡し易い用に痕跡を残した。
太陽が中天を過ぎ、地表温度がピークを迎える。歩いていると草むらに囲まれた車両の残骸を発見した。
「古いな、襲撃されたのか。」
辺りを一周してから調査する。一部が朽ち果て弾痕が残る車体に、目ぼしい物は残っていなかった。
残骸を後にし進路上の岩山を登る。武装を背中に固定し足場の強度を確認しながら頂上を目指す。迂回するより突破した方が早いと決断したエグザムは、重量をものともせず登り詰めた。
高さ五十メートル程の頂上から周辺を観察する。道中と同じ環境が続いている地平線に砂煙が見えた。
(鳥類の集団だ、多い。)
二足歩行で走る鳥達を発見したエグザム、南へと向かう彼らは追われていた。大型のヘルハウンドの群に追われる鳥たちを眺めながら彼は思案する。
(この一帯は狼たちの縄張りか。残念ながら身軽では無い今、遭遇する可能性が高い。)
危険を承知で彼は新兵器の実地試験を続ける事にした。
太陽が傾き乾いた大地を赤く染める。
(赤いな、良い色だ。)
複数の乾燥植物から伸びた影で街の輪郭が再現される。無休で歩き続ける彼は夕日を見ていた。
「遅かったな。」
多くが赤く輝くこの一瞬に、そいつらは現れた。
「残念だが今回は予備の食料をやる訳にはいかない。」
彼の周囲を地獄犬達が取り囲む。早くから追跡を察知していたので冷静に対処するエグザム、一帯に青い稲妻が乱れ舞う。幻想的な光景は、使用されている技術が超科学の産物だと物語った。
次の日も歩き続けるエグザム、前日と大差無い光景に既視感がちらつく。定期的な水分補給を済ませ身体に馴染ませる。現在彼の体は周辺の大気温より低い、身体機能を低下させ周辺の熱を取り込みエネルギーとして消費していた。
(上手く調整できた。今日も健全に活動出来る。)
乾燥した空気と太陽光は、あらゆる生物の水分を奪う。酷暑環境に対応可能な彼には無縁な話だった。
「定時報告、予定どおりの過程を遂行中。」
提出用資料に録音する、記録した言葉は最も多く録音した内容だ。
(残り半分。予想したより脅威との接触は少ない。)
歩いている大地に人工物は少数だった。
歩き始めて三日後、エグザムは目的地に到着する。
「目的地を視認、調査に向かう。」
音声記録に時間も記録し、任務の最終段階に移る。これまで複数の在来生物と亜種を焼殺し、情報を収集した彼は総仕上げに掛かる。
(情報どおりの外観だ。放棄され長い間野ざらしになっている。)
複数の居住棟が乱立した廃墟から、かつての生活感は漂って来ない。所々崩れ砂に埋もれる残骸から長い年月を伺わせる。
エグザムは試作兵器の情報収集とこの都市跡の異常調査を命じられていた。
「微細信号を探知した。恐らく妨害電波の一種と推測する。」
およそ二週間前にこの都市遺跡から何等かの信号が発せられた。以降断続的に観測される現象に、アナトリアの管理局は日の出の星へ調査以来を出した。
大型の倉庫入り口の前で立ち止まる、彼は隣の塔を見上げた。
(電波の発信源はあそこか。)
発信源を突き止めたエグザム、慎重に入り口を開ける。予め探査したとおり中は空だった。中に入り周囲を調査すると、足元に反応があった。
(地下へ続いている。下に大規模な空間がある様だ。)
傾斜した物資搬入路の側面階段を下りて行く。光源は無く完全に闇に包まれた空間に出た。
(誘き寄せられたのか。)
粒子と熱探査のみで周囲を探る、脳内に反映された内部構造から軍事施設と推測した。
(装備を変えて良かった。帰りに回収できれば問題ない。)
電子透過砲は入り口に置いて来た。早々壊すわけにはいかなかった。
天井の高い空間に出た。エグザムは僅かな駆動音を捕らえる。
(この音は、何かの補助動力音か。)
大きな支柱に隠れながら辺りを見渡す。光学センサーを切り替え、何らかの監視網の有無を確認する。
(反応が無い。壊れているか動力が死んでいる。)
音源を頼りに接近すると、何かの残骸を認識した。素早く物陰に隠れ辺りを伺う。
(罠だ、熱と動体あと光に反応する奴だ。)
厄介な類に遭遇したと愚痴るエグザム。調べ手居ると罠の正体に気付く。
(装甲型多脚兵器。何かに寄生されているが、恐らく鉱物生命体だろう。)
こちらに気付いていない事を確認下エグザム。着ている隠密用装備から対象の索敵能力を弾き出した。
(懐に接近してプラズマ爆弾で焼殺す。)
いやらしい敵の配置に簡単な作戦を練ると、気付かれる限界まで接近した。
大きく息を吸い、体組織を活性化させる。身体機能を戦闘態勢に置き膝を折る。
(機会は一度だけだ。三角跳びで上に退避する。)
大きく寄生箇所へ跳躍し爆弾を埋め込む。反動で起爆芯を捻じ込み自身も飛び上がる。上手く行き二階の窓をぶち破り中に突入するのと同時に起爆した。
(沈黙を確認。周辺に反応無し、音源は途絶えた。)
部屋から下を眺める。多脚兵器は煙を燻らせ鎮座していた。
電波を出していた存在を排除。エグザムは罠に掛かったであろう先客達を調べる。
「損傷が酷い、昔の発掘者の様だ。」
得られる有用な情報は無く、他の区画に移動した。
程なく彼は重要区画に辿り着く。完全に隔離されたその区画には手動式の隔壁から入る事が出来た。
生物標本が浮かぶ水槽をいくつか眺める。自身が情報保管室に居る事を推測しながら、辺りを物色する。
(何故かは知らんが、厳重に管理されていたようだ。)
置いてある備品と運用レベルが合わない事に違和感を覚え詳しく調査する。隅に偽装された扉を発見した。
(荷重型開閉装置だ。俺の得意な分野で良かった。)
壁に足を掛け全力で解除棒を引っ張る。ゆっくりとだが確実に動作する装置に壊れていないと安心する。
関門を突破した彼は先へ進む。逃げてゆく空気から、永らく封印されていたと判断した。
薄暗い緑色の照明に照らされた部屋にそれは在った。光り輝く球体に近づいた時、擬似人格が反応する。
(私は次世代型記録思考装置です。現在無所属、記録欄に情報有り。)
「噂には聞いていたが完成していたのか。」
体組織と擬似人格が活性化しているのが分かる。目の前の物体がエグザムに負荷を掛けていた。彼はその正体に目星が在った。
「擬似亜空間に展開された実在量子内宇宙。所有者に同化し膨大な量の情報を与える。」
柄にも無く興奮するのは光球の影響によるものだと感じつつ、口を動かすエグザム。目の前には旧文明の遺産、超科学の結晶が浮いていた。
(所有者にエグザムを認定します。)
回路を開き手で触れる。右手に流れ込む光を確認し脳内波長を同調させる。
(了解。本体の移植を開始します。)
全身を巡る量子信号体に意識をゆだねるエグザム。感知能力が停止し意識が途切れるのが分かった。
魔法って超科学だよね(迫真)。