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親切なノイバラ

 そこから程なくして、私の行く手は大きな壁に阻まれた。

 手に持つ提灯の灯りで左右を照らし、静かに上に持ち上げてみる。それは、圧倒的な緑の壁だった。

 見上げるほどに大きく、蔓が幾重にも絡まっている。左にも右にもずっと、そして私の身長の遥か上の方まで、その緑の壁は広がっていた。その蔓の間に、白い可愛い花と、小さな赤い実が点々と付いているのが見える。

 それは、ノイバラの壁だった。

「わぁ」

 あまりにも立派なノイバラの森に、私は呆然とした。暗くて全体が見えないのがとても残念だ。

「いやはや。少し狭いですが、参りましょう」

 ノイバラの根元から、トッドが顔を出して私を呼んだ。

 見れば、ちょうど膝下くらいの所に、トンネルのように道が開いていた。私は屈んでトッドが顔を出している部分を照らしてみた。

 そこには、ちょうど自分が通れるくらいの小さなトンネルが開いている。

「さぁ、どうぞ。気をつけて。お荷物は私がお預かりしますよ」

 ランドセルを降ろして、背後のレオに手渡す。

「灯りをこちらに、私が前から照らしましょう」

 ホタルブクロ提灯を、トンネルから顔を出しているトッドに差し出す。トッドは提灯を持ったまま、するすると、トンネルの中を後ろ向きに歩いていく。

「さぁ。どうぞ。膝をついてゆっくり行けば大丈夫です」

 レオが、トンネルの入り口のイバラの枝を少し持ち上げてくれた。

 私はさらに身を屈めて、こわごわトンネルの中を覗いてみた。

「大丈夫、怖くありませんよ」

 トンネルの真ん中辺りで、ホタルブクロ提灯をかざしながらトッドが手を振っていた。緑色のトンネルの壁が、ほのかな光に浮かび上がっている。

「う、うん」

 私は小さく頷いて、大きな深呼吸をした。それから意を決して、トンネルの中へとおそるおそる体を潜り込ませてみた。

 入ってしまうと、トンネルの中は案外広く、それに不思議なことに、少しも棘が引っ掛からない。

「あぁ、びっくりした。もっと棘が引っ掛かったりするのかと思った」

 拍子抜けするくらいにあっさりと、無事にトンネルを通り抜けてしまった。

「でしょう? このノイバラは私達のことをよく分かってくれているのですよ」

 ランドセルを背負ったレオがすぐに追いついてきて、誇らかに胸を張った。

「分かっている?」

「いやはや。ノイバラ達は、我々が危害を加えないことを分かっているんです。だから協力的なんですよ。だから、我々には棘を向けたりしませんよ」

「ふぅん……そういうものなの?」

「えぇ、そういうものです。我々は、この森の動物や植物みんなと、とても上手くやっています」

 ノイバラを抜けたところは広い草むらの広場になっていて、その先に再び黒い壁が立ちはだかっていた。

「また壁?」

 ここまでずっと歩き通しで、さすがに疲れてきていた。ノイバラの壁を抜けたと思ったら、今度は黒々とした崖。崖の表面にはこれまた幾重にも、蔦が絡まっている。

 高い崖だ。上の方は夜の闇に溶けてはっきりとは見えない。どのくらいの時間がたっているのか見当もつかなかったが、まだ先があると思ったら、急に体が重くなってきた。

「いやはや。もう着いたも同然です」

 そんな私の気持ちを察したのか、トッドは少し笑いながら、無造作に目の前の蔦をめくった。

 その瞬間、広場の草の上にオレンジ色の光がこぼれた。蔦のカーテンの向こうに洞窟が口を開いていて、その中から、光がこぼれてきたのだ。

「この洞窟は、世界バケネコ協会日本支部が置かれている場所なんですよ。いろいろ施設も充実していて、日本全国のバケネコたちが、訪問します。本日の葬儀は、この中の大ホールで行われることになっています」

「お疲れだとは思いますが、時間が無いので急ぎましょう。入り口は狭いですが、中は広いから心配いりません。それに、今日はこのように、中にはちゃんと灯りが灯っていますから心配いりませんよ」

 心配している私の足をポンポンと叩いて、レオがにっこりと微笑んだ。

「いやはや。とはいえ、絶対に我々から離れないで下さいね。迷ったらそう簡単には戻って来られませんから」

 トッドが『くれぐれも』という顔で注意を促した。

「う、うん」

 こわごわ頷く。

「ねぇ、でもどうして? 危ないところに行くの?」

「いえ。危ないと申しますか……」

「ここまでは、誰でも簡単に来ることができてしまうんです。まぁ、相当にイバラに引っ掻かれる覚悟があれば、ですがね。ですがこれからは、許可を受けた者しか入ることが出来ないのですよ。もちろんあなたは許可を受けていますから入るのには問題はありませんが、中が複雑な作りになっているのです。ですから、慣れないと迷ってしまうのですよ。特にあなたのような『人間』には難しいのです」

「う、ううん。分かった」

 私は、ごくりと唾を飲み込んだ。洞窟の中で迷子になって数年後に骨で発見された、というのを、いつだったかニュースで聞いたことがある。

「まぁ、そこまで心配する必要はありません。今日は中も明るいですし、我々も、気にして歩きますから。ご心配なら、私のシッポを握っておいでなさい」

 レオの長い尻尾が私の前に差し出された。

「さぁ。それでは参りましょうか」

 今度は私の前をレオが、そしてしっかりと尻尾を握りしめた私、その後ろをトッドが歩く形となって、一列となって洞窟の入り口をくぐった。

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