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サクラの秘密

 鼓笛隊の練習が終わって外へ出ると、辺りは夕焼けに染まっていた。

 小学生最後の運動会を控えて、鼓笛隊の練習にも力が入る。朝はグラウンドでドリルの練習。放課後は音楽室で曲の練習。と、九月に入ってから毎日、鼓笛隊中心の生活が続いていた。

 私が入っているクラブ『鼓笛隊』は運動会の花形だ。普段は朝礼での校歌演奏などの地味な仕事しかないけれど、運動会では華やかなドリル演奏を披露する。私の担当は先頭を歩いてバトンを振るうドラムメジャー。いわゆる指揮者だ。マーチングリズムをリードする重要な役で責任は重大。室内の熱気に長時間あたっていたから、夕方の涼やかな風が気持ちいい。

「じゃぁ、また明日ね」

 橋の手前の三叉路で友人達と別れると、そこからは一人だ。

 マーチのリズムを刻みながら、家への道を急ぐ。

「も…」

 橋を渡って少し行ったところで、私は呼び止められたような気がした。

 慌てて振り返ったが誰もいない。

 空耳なのだと思ってもう一度歩き始めると、何歩も行かないところでまた声がかかった。

「もし」

 今度はもっとはっきりと、確実に言葉として聞こえた。

 辺りを見回すが、やっぱり誰もいない。

 一瞬背中が寒くなった。

 確か、夕暮れのこの時間を「逢魔が時」というんだった。

 図書室で読んだ『妖怪の不思議』という本には、妖怪や物の怪は、「もし」と一回しか言わないと書いてあった。そんな知識が頭の隅を掠めた。その本には、妖怪に遭遇したとき どうしたらいいのか、対処法は書いてなかった。

走って逃げる?

 そう決意した刹那、

 ガサガサガサ

 道路脇の草むらから、何かが目の前に転がり出てきた。

「いやはや。お嬢さんびっくりさせてすいません。こいつがいきなり声をかけたりするものですからね。いやはや、ほんとすいません」

 三角の耳に長いヒゲ。私の前で丁寧に詫びてくれているのは、間違いなく猫だった。鼻の周りの黒い模様が、まるでヒゲのように見えるブチ猫だ。

 あまりにも突然の事で、私の頭はさらに混乱した。

「いやはや、それにしてもお嬢さんが気丈な人で本当に良かった。お嬢さんじゃなければ、きっと走って逃げてしまわれたでしょうからね」

 黒と白のブチ猫は、短い尻尾をブルルッと振るわせてその場に腰を下ろした。首に赤いバンダナを巻いている。

「私だって今、走って逃げようとしてた」

「おや、そうでしたか。それは大変」

 今度は、ブチ猫の隣にいた尻尾の長い猫が声を上げた。全身ミルクティーのようなきれいなベージュ色だ。こちらは、斜めにポシェットのようなものを下げている。

「驚かせてすいませんでした」

 長い尻尾を前足に絡めるように座って、丁寧に頭を下げた。

「いやはや、間一髪というわけですね。よかったよかった」

「話が通じる方で良かったですよ」

 二匹の猫達は顔を見合わせて安堵の声をあげている。

「時に、お嬢さん」

 ブチ猫の方が再び私に話しかけてきた。

「お嬢さん、サクラばあさんのご身内の方ですよね??」

「サクラばあさん?」

「そうそう。たかはしサクラ。大屋の名前は確か……たかはし、としひろ……」

「高橋敏広? それって私のお父さん!」

「いやはや。やはりそうでしたか。ではお嬢さんがサクラばあさんのところの」

「美香」

「ばあさんから時々伺っておりましたよ。お嬢さんのお話は。いやぁ、よかった」

「いやはやそれにしても。この度は御愁傷様です」

 きょとんとしている私に構わず、ブチが続けた。

「御愁傷様です」

 尻尾の長い猫の方も神妙な顔をして頭を下げる。

「ごしゅうしょうさまって? もしかして、サクラ死んじゃったの?」

 サクラは近頃かなり元気がなかった。具体的にどこが悪いとか、そういうのではない。獣医さんも「たぶん、老衰でしょう」と言っていた。

 サクラは、ママが結婚した時に、イングランドのグランマ、つまり私のおばあちゃんから譲り受けてきた白猫だ。ママの話だと、ママがまだよちよち歩きの頃から一緒にいた、ってことだし、その上ママが主張するには、サクラはもっと前から家にいた、って。

 でも、そうするとサクラは、既に四十歳は軽く超えていることになる。

 実際、ネコがそんな長生きするわけないし、パパはそのことを全く信じていなかった。

 そのサクラが、夏に入った頃から元気が無くなって、餌もほとんど食べなくなっていた。しかも、外に出かけると一週間は帰ってこなかったから、そのつど私達は、「サクラはどこかで死んじゃったんじゃないか」、って気を揉んだ。それでもいつの間にか帰ってきて、自分のベッドの上で眠っている。

 先月最後に帰ってきた時は、どうやって自分で歩いてきたのかしら? っていうくらいにぐったりしていた。それ以来、サクラは日がな一日眠っている。

 そのサクラが、ついに死んでしまったと言うの?

「いやはや。ご存知ない? そのご様子では学校帰りですな」

 こくり

 私が頷くと、二匹は、

「それでは仕方ない」

 再び顔を見合わせて頷いた。

「ちょうどよかった。これからお嬢さんをお迎えにあがろうと思っていたのですよ」

 尻尾の長い方が言った。

「大変残念ことですが、サクラばあさんは、本日の朝九時二十二分に、お亡くなりになられたのです。それで、ご葬儀が今夜行われるのです。サクラばあさんは何しろ物知りで皆さんに慕われていたので、いろいろな役員をしてましてね。今夜はそういうわけで公葬を行うのですよ。親族の代表として、お嬢さんに参加していただきたい。というのが、サクラばあさんのご遺言なので。なにぶん、月の関係で、今日ご葬儀をしなくてはいけないのですよ。急にで申しないのですが参加してもらえますかね」

 役員?

 公葬?

 遺言?

 月の関係?

 とにかく分からないことがいっぱいだ。しかし、ブチが、あまりにも丁寧な口調でそう言ったので、ついつい私は承諾してしまった。他ならぬ、大好きなサクラの頼みだという言葉も、私の背中を後押しした。

 気がついた時には、ランドセルを背負ったまま、二匹が出てきた草むらの中へ歩き出してしまっていた。

その他の作品が殺伐としたものばかり書いているので、安心して読めるほのぼの系の作品を載せてみます。連載にしていますが、短めです。

アンデルセン童話のような、西洋の香りのする物語(に、なっているといいなぁ)。

魔法使いと、その使い魔としての猫。中世から変わらぬ魔法使いと猫との関係性を背景にしています。猫の不思議な魅力にメロメロです。

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