5話 その後の流れ
ハイトの父親が倒れた事を切っ掛けとして、興昌はハイト達の家に間借りすることとなった。行く当ても資金もない興昌にとっては嬉しい申し出だったが、大丈夫かと母親のネリスさんに尋ねたところ、
「一人増えたってどうってことない」
と笑われてしまい、これ以上抵抗するのは大人げないと思い直し、素直に甘えさせてもらうことにした。ハイトの家族はハイト、セファー、レンの男二人女一人の三兄弟に、母親のネリスさん。そして父親のノースさんの5人家族だ。家族で牧場と農場をやっており、生産したチーズや牛乳を売って生活している。間借りする場所は何処かと尋ねると、敷地のとある場所にとノースさんが案内してくれた。連れていかれたそこには、古い倉庫のような建物が建っていた。
「これなんです?」
「俺の爺さんが建てたものだ。絵を描くのが好きだったから、敷地の一角にアトリエまがいのものを立てたんだ。もっとも、爺さんが死んで物は全部処理しちまったし、誰もここまで来ないから長い間放置されてたんだ。まあでも、立てつけ自体はよくできてるから、手を加えりゃ住めるようにはなるさ」
「へえ~」
そう言って笑うノースさん。興昌が中を見てみると、一瞬埃のにおいが立ち込め、長い間使われていなかったのが分かる。だが言葉通り柱や梁といった構造材に年月による劣化はなさそうだった。基礎もしっかりしており、問題はなさそうだった。
「改装には一月半ほどかかるらしい。それまで寝かされてた部屋で我慢してくれ」
「ここまでしてくれて文句なんてありませんよ。お世話かけます」
「いいってことよ!何かあったら相談してくれや」
「はい、ありがとうございます!」
居候生活が始まった。当面の家賃は体で支払ってくれていいとネリスさんが言ってくれたので、毎日農場と牧場を手伝うことにした。体験したことはあったが連日の重労働で疲れ果ててしまった。少しでも楽をしようと空き時間を利用して、牛にひかせる鋤や、高枝切狭のようなものを作ってみた。できたものをノースさんやセファーに見せたところ、便利だと喜んでくれた。作業効率も高まり、これで楽になったと思った矢先、村長が尋ねてきた。
「興昌君。頼みがあるんだけど?」
「何でしょうか?」
「ノース達に作った道具とやら。あれうちにも作ってくれんかね?」
何でもノースさんと飲んだ時にそのことを自慢されたらしく、欲しいと頼んだら酒に酔ったノースさんに、「興昌んとこに金もって頼んで来い!」と言われたらしく、その通りお金まで用意してきた。断ろうとしたら土下座までされてしまったため、とりあえず一旦帰ってもらって、3日後来る時までに作ることになった。仕方なく興昌はノースさんに作ったものと、おまけに動物除けの鳴子が付いたロープをこしらえた。受け取りに来た村長はとても喜んでくれた。
「ありがとう興昌君」
「いえいえ」
「こんないいものが作れるんだったら、これ売っちゃえばいいのに」
「え?」
「いやね。これをそれなりの値段で売ればいい商売になるんじゃないかな、と」
「…それは考え付きませんでした」
「だったら今からやればいいよ。みんなに宣伝しとくから。じゃ~ね~」
「あっ、ちょっと、村長!?」
返事を聞かずに行ってしまった。そして予想通り次の日から多くの村人が道具を買いにやってきた。楽になるために道具を作ったのに、その道具のせいで忙しくなるとかどういう事だよコンチクショウ!、と心の中で悪態をつきながらも真面目に道具を作り続ける興昌。最終的にはセファーやレンの手助けも借りつつ何とかかんとか全ての制作を終え、手に入れたお金を集計してみるとなんと銅貨100枚にもなった。セファーに聞いてみると、一日の大人の生活費用が銅貨5枚から6枚らしいから、1月は働かなくてもいいだけの資金を手に入れてしまった事になる。
「何とか片付いたな」
「でもこんなにお金になるとは思わなかった」
「ほんっと、意外よね~」
それぞれ感想を述べるセファーとレン。
「これでお金の心配はなくなったな」
「どういう事?もう買ってくれる人はあまりいないけど?」
「そうだよ、新しい道具でも作るの?」
二人の疑問に対し、手を振りながら答える。
「確かにもう同じ道具は売れない。でも、それでいいのさ」
「…?意味わかんない?」
「セファー、お前、この銅貨がどうやって作られたものか知ってるか?」
そう言って一枚の銅貨を摘み上げてみせる。
「知らない。使えれば関係ない」
「そういう事なんだよ。この道具を使えるからって、その道具の作り方まで知ってるわけじゃない。作り方を知ってるのはここにいる3人だけだし、修理できるのも、また然りというわけだ」
「そっか、壊れたら修理に持ってくる。その時に修理代としていくらか…」
「レンは理解が早いな、正解だ」
レンに対してぱちぱちと拍手を送り、銅貨の入った袋を持って興昌は立ち上がる。
「どこへ行くんだ?」
「ああ、改装している大工のところに持って行ってこちらの注文を聞いてもらうんだ」
「修理作業をする場所でも用意してもらうのね」
「お見事!」
2か月後、倉庫の改装が終わり、興昌が生活する小屋として変貌を遂げた。予定より期間が延びてしまったのは、興昌がなんだかんだと作業に口を挟んできて、その要望に可能な限り答えた結果である。宣言通り修理のためのスペースを作ってもらい、そこで作業を行うことにする。負担を考えてかなり値段を低めに抑えたものの、使用頻度が高いためか頻繁に修理の依頼が来るため、家賃を差し引いてもかなりの額のお金が手元に残ることとなった。そこで、時折訪れる商人から材料や加工道具、書物などを買い取ることにした。加工道具を揃えたことによって、今まで作れなかった新たな道具を作成することが可能となり、儲けはさらに上がった。その分、書物に懸ける金額は増えていった。興昌はこうして、明るいうちは作業をして、暗くなったら書物を読みふけるという生活リズムを着実に積み上げていった。
「今最高に充実してるなー!」
書物に目を通しながら声を出す。図らずも興昌は、安定した暮らしを手に入れることとなったのであった。