4話 治療の行方
「うん、ゴメン。もう一回言ってくれる?」
理解ができずに聞き返してしまうハイト。この世界では普通の反応だろう。
「だからカビだって、カビ。早く採ってこい」
聞き間違いであってほしいというハイトの願いは儚く砕け散った。病人にカビを与えるという発想が信じられないようだった。
「そんなことして大丈夫なの!?」
「大丈夫だ、問題ない。チーズに生えた青カビは普通に食ってるだろ?心配すんな」
「だったらそれを食べさせれば…」
「量が足りない。効果が出るまでどれだけのチーズを食べさせる気だ。直接使う方が量が少なくて済むし効き目も早い」
「だからって…」
まだ何か言いたそうなハイトだったが、次の興昌の言葉によってその考えは吹き飛んでしまう。
「早くしないと、親父さん、死ぬぞ」
「!!」
「さっき2時間って言ったのは事実だ。薬を与えるのは早ければ早いほどいい。ここでお前が駄々こねてる時間が長いほど、助かる可能性は低くなっていくんだ」
「…」
「分かったなら早く行け。お前の手で、親父さんを救って見せろ」
無言でハイトは来た道を走って引き返していった。家に向かったらしい。それを見送った興昌は、
「さて、調合用の機材はどこかな…」
と、ごそごそと道具を探し始めるのであった。
興昌が一通りの道具をそろえたころ、村長たちがいくつかの薬草が入った瓶と一冊の本を抱えて戻ってきた。
「すまない、遅くなってしまった。普段は先生ぐらいしか入らないから散らかってて…」
言いながら持ってきた物を机の上にならべる。
「これは疲れた時に効く薬草。それは熱を下げるものだね」
「この瓶に入った粉は?」
「砂糖だよ。それを混ぜないと大の大人でもなかなか飲んでくれないんだ」
「苦いんですか」
「そりゃもうね、きついよ」
村長が顔をしかめつつそう言った。ふと興昌は一緒に持ってきた本に目を留める。
「この本は…?」
「それにはどの薬草が何に効くのかが書いてあるんだ。それを見ながら探してきたんだ」
「へえ~」
相槌を打ちながら本を開くと、かなりの数の薬草がご丁寧に挿絵付きで解説してあった。それを見るに、名前こそ違っていたが、地球でおなじみの薬草もかなりの数確認することができた。
「興味深いが、今はそんな場合じゃないな。ハイトに薬の材料を採ってきてもらっているんだが…」
「お待たせ!」
ハイトが勢いよく戻ってきた。手には青カビが山と入ったバケツを抱えている。
「よくやった!それだけあれば十分だ」
「カ、カビですか…?」
戸惑う村長を無視して、興昌はハイトから受け取ったカビや、村長が持ってきた薬草をすりつぶし始めた。
「村長、水を汲んできてくれ。飲めるやつな」
「は、はい」
「ハイト、そこにある瓶とってくれ」
「この粉が入ってるの?」
「そうだ」
カビと薬草をすりつぶしたものの中に水と砂糖を加える。よくかき混ぜたのちに器に入れ、病人の口に流し込む。最初は興昌がやっていたが、途中からハイトと交代し、興昌は薬作りに専念することができた。ハイトの母親やセファーも戻ってきて、総出で看病は続けられた。効き目があったようで、だんだんと痙攣や発熱は収まっていき、夜明けごろには穏やかな寝息を立てるまでになった。
「…峠は越したな。もう心配いらないだろう」
息を吐きながらそう呟くと、ハイトが泣きそうになりながらかじりついてきた。
「興昌さん、ありがとう!」
「大したことはしてない。命を助けてもらったからな。そのお返しだ」
「いやいや、あんたのした事は大きいよ」
ハイトの母親が歩み寄ってきた。
「あんたはあたしたち家族の大切な人を救ってくれた。その事に変わりはないよ。旦那を救ってくれてありがとうね。感謝するよ」
「頭を上げてください!俺だけではうまくいかなかったかもしれません。ここにいる全員が力を合わせたからうまくいったんです。なあ、セファー」
「え?…あ、ああ…」
突然の指名に驚くセファー。
「お前は父親が倒れたから、自分が責任もってなんとかしなきゃいけないと考えた。そこまではいい。でもな、自分一人だけでどうにかしようとするな。それには限界がある。人の力を借りる、この事を頭に入れておくように」
「…そうだね」
口調が穏やかになる。こっちが素なのだろう。
「幸いにもこの人は健康だ。これから先、そう簡単に死ぬような人じゃない。お前は、この人が生きている間に、まだ足りないものを学んでいけばいい。焦るな、時間はたっぷりあるんだからな」
「…ああ。頑張る…」
ようやくセファーが笑顔を見せる。兄弟だけあってハイトとよく似ている。
「さて、早速で悪いが。セファー、お前の母さん達を外に出してくれないか?」
「?…分かった…?」
セファーに頼んで女性陣とハイトにご退室願う。ここから先はちょっと見せられない。
「あの?何するんです?」
村長が尋ねてくる。興昌はある器具を準備しながら答える。
「最後の仕上げをするんですよ」
「最後の仕上げですか?」
「ええ。症状は治まりましたが、原因となった菌はまだ体に残っています。そこで、口から取り込むよりも効率よく薬を送り込んで完治させようと思いまして」
「なるほど…」
「すいませんが、患者をうつ伏せにして、その状態で固定してくれませんか?」
「…はい?」
「暴れられると困るんですよ~」
その手には、油の塗られた浣腸用の機材が構えられていた
診療所に向かって走ってくる人影が一つ。白衣を着ているところを見ると、先生と呼ばれている人であろう。まっすぐ走っていたが、セファーたちの姿を見るとスピードを落とし、息を整えてから話しかけてきた。
「はぁ…遅く…なりました…」
「先生、どうされたんですか?」
セファーが尋ねる。
「往きに使った山道が崩れて通れなくてね。回り道するはめになってしまったんです。…それより、患者は?」
先生の問いかけに母親が答える。
「大丈夫になったよ。知恵のある人がいてね、その人のおかげでよくなったんだよ」
「そうですか、なら良かった。その人は?」
「中にいるよ」
「なら私も挨拶を…」
そう言って先生が扉を開けようとした途端、中から言葉で表せないような絶叫が起き、思わず全員後ずさりしてしまう。あとから分かった事だが、その音量すさまじく、村の端の家の住人が飛び起きるほどだったという。その迫力に誰も中に入ろうとはしなかった。真実を知る3人に聞いても、一人は記憶をその時の記憶を喪失し、一人は笑顔で「何でもないよ」としか語らず、残りの一人も決して語ろうとしなかったため、正体は謎のままである。
なんかごめんなさい。