3話 活躍開始
勢いよく入口のドアを開けて入ってきたのは、顔にまだあどけなさを残した青年。年は20歳前後だろうか。中肉中背で、長袖長ズボンを着こんでいる。余程急いできたのか、肩を大きく動かして息をしている。
「セファー、どうしたの?そんなに慌てて?」
奥から一人の女性が出てきた。恰幅のいい気の強そうな人だ。その人を見るなりセファーと呼ばれた青年は今にも泣き出しそうな顔をしながら言葉をつづける。
「母さん。父さんが…、父さんが大変なんだ!」
「どういう事!?」
「セファー兄ちゃん、どうしたの?父さんに何があったの!?」
ハイトもその話に加わる。二人の顔を見て少し落ち着いたのか、セファーが少しずつ言葉を絞り出す。
「ついさっきまで一緒に山でキノコを採ってたんだけど、村の入口で急に苦しみだして、倒れこんじゃったんだ。今診療所に寝かせてる。とにかくきて!」
「分かったわ、すぐ行く。ハイト、留守番お願いね!」
そう言ってセファーとハイトの母親は走って行ってしまった。一人取り残されてそわそわしているハイトだったが、そんなハイトに近づく人影が一つ。
「ハイト?こんなところで何してるの?ドアも開けっ放しで」
「レン姉ちゃん!!」
かぶりつくようなハイトの様子に少し驚いた様子のレンと呼ばれた人は、ハイトの姉なのだろう。背はハイトより頭一つ分ほど高く、髪を背中まで伸ばしている。年はセファーとハイトの間ぐらいといったところか。
「父さんが倒れたって、さっきセファー兄ちゃんが母さんを呼びに来たんだ」
「嘘…」
「ホントだよ!僕は留守番してろって言われたけど落ち着かなくて…」
「どうした?」
ハイトが振り向くと、そこには興昌が立っていた。
「興昌さん、もう動いていいの?」
「ああ、もう動いても大丈夫だ。それより、何かあったのか?騒がしかったが…」
「実は…」
ハイトは事の詳細を興昌に伝えた。それを黙って聞いていた興昌は話が終わるとこう切り出した。
「分かった、助けてもらった恩がある。何か役に立てるかもしれない。これでも医学をかじったことがあるからな」
「本当!?」
実際は試験さえ受ければ免許はとれるし、医学についても教え込まれたがな、と心の中で呟く。
「本当だ、案内してくれ」
「分かった!!案内するね!!あ、レン姉ちゃん、留守番よろしく!!」
「ちょっと!」
レンが止める暇もなく、二人は駆け出していた。
そのころ診療所。ベッドに寝かせられている男性が一人。呻き声を上げながら全身を震わせている。おそらくハイト達兄弟の父親であろう。そのベッドを囲むようにして四人の男女が看病をしている。そのうちの二人はセファーと母親だ。
「村長、先生はいないのかよ!」
「すまない、先生は今隣町まで往診に行っていて、明日にならないと帰ってこないんだ」
「長雨で行き来できなかったから患者さんが多いのよ」
村長と呼ばれた中年男性が申し訳なさそうに答え、その隣の女性が補足を加える。素人目に見ても重篤な症状の中、明日まで満足な治療ができないとなると、状況は絶望的だった。
「だったら俺がやる!」
「落ち着きな、セファー!あんたがどうこう出来る問題じゃないんだよ!」
「そうだぞセファー君。第一、君を含めたここにいる人間で、医術を知っている人はいないんだ。下手に我々が手を出したら大変な事態になるかもしれん」
「今隣町に早馬を出してもらったわ。4時間ほどで戻ってくる。先生が帰ってくるまで何とか持たせるのよ」
「2時間も持たないな」
突然の声に驚く一行。声の主はたった今扉を開けて入ってきた興昌であった。後ろにはハイトもいる。
「誰だあんた!いきなり来て出鱈目言うな!」
「ハイトが川で助けた人だよ、ねえハイト」
「うん!それより興昌さん、本当なの!?」
「ああ。こいつはツツガムシ病、って言っても分からんか。かなり危険なヤツだ。靴を脱がしてみろ。刺された跡があるはずだ」
半信半疑といった様子だったが、興昌の自信に満ちた表情を見て、靴を脱がしてみるセファー。すると興昌の言葉通り出来てまだ新しい切り傷を見つけ、目を見開く。
「…あったぞ」
「おそらく裸足で山でも歩いたんだろう。その時に菌を持ったダニに刺されて発症したんだろう。違うか?」
「…ああ、ついさっきまで二人で山にいた」
「ならほぼ確定だな。事態は一刻を争う。協力してもらおうか」
「待てよ、知ってるような口ぶりで!」
「医学についてはかじったことがある。あんたらよりは詳しいと思うが?」
「ぐっ…」
反論され、言葉に詰まるセファー。そんな中、興昌は頭の中で考えを巡らせていた。
(こいつに効果的なのは抗生物質の投与。これで完治まで持っていけるし、少なくとも命の危機は回避できる…。だが抗生物質が発見されたのは地球では20世紀に入ってから…、おそらくこの世界ではまだ研究しようとすら行われていないだろう。だが材料さえあれば…)
「…こいつに対する薬を作る。その薬ならこいつを治せるはずだ」
「本当か!?何が必要だ?」
表情が明るくなる一同。いの一番に村長が尋ねる。
「村長さん、だったか?あなたはここの診療所で体力を回復させる薬草がないかどうか調べてくれ。少しでも時間を稼ぐ」
「分かった。母さん、手伝ってくれ」
村長が奥さんを連れて奥に消える。興昌はほかの人にも続けざまに指示を出す。
「ハイトのお母さん」
「何だい?」
「油ありませんか?植物の種を絞って作ったような油」
「…心当たりがある。探してくるよ!」
「分かりました。…セファーだったか?お前も手伝え!」
「…どうすればいい?」
「ここでお湯を沸かせ。大きな鍋にたっぷり水入れてな」
「…用意してくる」
そう言って部屋を出ていくセファー。一人残されたハイトが興昌に聞いて来る。
「興昌さん、僕にも手伝えることない?」
「ある。一番大事なのが」
興昌はハイトの方に向き直って続ける。
「何?何でも言って!」
「この村に牛を飼ってる人は居るか?」
「いるよ。ていうか、僕の家も飼ってるよ」
「なら話は早い。チーズ作ってるか?」
「もちろん」
「そこにカビが生えているはずだ」
「カビ?」
「ああカビだ。青色のカビだ。そいつを持ってこい、大量にだ。そいつがこの薬の鍵になる」
訳が分からず首をかしげるハイトに対して、興昌は不敵な笑みを浮かべるのだった。