14話 向き合うということ
全ての褒賞を授与し終えた日の夜、興昌は一人バルコニーに佇んでいた。これでバーリナとの戦いにおける処理はすべて終了であり、明日からはまた、前進を続ける日々が再開する。
「・・・次は、内戦への介入、か・・・」
これまでのテイニッシュ公国の国力では、本国での内戦に介入できるだけの力はなかった。だがバーリナとの戦いに勝ったことで、その大きな力を取り込んだおかげで、国力は大きくなった。
バーリナの全てを取ったわけだはなく、いまだに占領した地域の完全な統治が完了したわけではないが、それでもなお、内戦を続ける両陣営と互角に戦えるだけの力はある。
興昌としても内戦が続くのは歓迎できない事であり、宰相としての野心や損得勘定を抜きにしても、内戦によって荒れている国や国民を憂いているアリスを応援したいと考えている。
「此処に居たのですか」
振り返ると、そこにはアリスが佇んでいた。ずいぶんと深く考えていたせいか、アリスが声をかけるまで存在に気付かなかったことに対し、興昌は苦笑する。
「一応片付いたからな」
「そうですね。ここにはもう慣れましたか?」
「そうだな。どうしてそう思う?」
「口調が大分砕けてきました。素で話せるようになったのなら、そうなのではないですか?」
「なるほど、確かに」
そう言って二人で笑う。
「まあ、ようやく一段落ついたんだ。こうしてたそがれるのも、しばらくないだろうからな。それでだ」
「それは…」
「ああ。次はクラッフェ王国内戦への介入だ」
その話題を持ち出すと、アリスの表情が曇る。
「・・・そう、ですか・・・」
「こればっかりは仕方がない。これ以上、国内で力を消耗し続けることには意味がない。下手をすると、外からの圧力で国自体潰れかねん。バーリナがそうしようとしてたんだ、他にしようとしてる国がないとは言い切れんからな」
「・・・」
「・・・」
アリスの反応を見て、言葉を続け辛くなり、興昌は頭をかく。しばしの間無言が二人の間を支配する。
「なあ、アリス」
「何でしょうか?」
意を決し興昌はもう一度、アリスの方に向き直る。その表情は真剣だ。
「お前はこの後、自分の家族を手にかけるかもしれない。それでも後悔しないか?」
そう、この内戦は血で血を洗う不条理なもの。こちらは勝者になるつもりでいる。ゆえに、敵となる自身の家族を切る覚悟はあるか否か。興昌は、それをアリスに聞きたかった。
是と答えたらそれでよし。否なら論外。迷っているならゆっくり考える。だが、アリスの決意は興昌が考えていた以上だった。
「・・・内戦が始まった時から、覚悟はしていました。いつかは私も戦わなければいけないのだと。ですが、私に戦う力はなかった。この戦いを止められないという不安と、手にかけなくてもいいかもという期待が入り混じってました」
とつとつと語るアリス。その言葉には、強い意志の力が感じられた。
「そんな中、興昌、あなたと出会いました。本格的に命が危なかった時にさっそうと現れて助けてくれた。でも、そんな時思ってしまったのです。『ここで死んでしまった方がよかったのではないか』、と」
正直、興昌は驚いていた。アリスと出会ってから今まで、アリスが自分の内面を語ることなどなかったからだ。だからこそ、興昌はアリスの言葉に真摯に耳を傾けていた。
「興昌を連れていくことにしたのは、ある意味気まぐれでした。ただ、何かが変わってくれたらいいなと、そう思ってました。ですが、興昌は私の想像の遥か上を行っていました。目まぐるしく回りが変わっていくのはとても驚きで、とても新鮮で、とても楽しかった」
「バーリナと戦うのだって、以前の私では無理だと思ってました。戦う前から逃げていたでしょう。でも興昌がいたおかげで、勝てるかもしれないと、そう思えたのです。まさかあんな結末になるとは思っていませんでしたが」
「この数日、私は怖かった。これまでは力がないから内戦には関わらなかった。家族に刃を向けずにすんでいた。でももうそれは言い訳にはできない。今は力を持っているのだから。いつ誰が内戦に介入しようと言ってくるか怯えていました」
うつむいているが、泣いているのは確実だろう。アリスの肩は震えている。
当然だ、と興昌は思っていた。まともな考えの持ち主なら、家族と戦争をしたいとは思わないだろう。それが、片方が必ず死ぬと分かってれば、なおさらだ。
「ですが-----」
そう言ってアリスは興昌を見つめる。泣いているものの、その目は一点を見つめている。
「もう迷いません。これ以上、私の家族のせいで国民が苦しむのは間違っています。家族を止めるのは、同じ家族でなければいけないのです」
「そうか・・・」
興昌は再度問いかける。
「本当にいいんだな?お前はこれからずっと、家族を手にかけたという事実とずっと向き合っていかなくちゃいけない」
「当然です」
「だったら宰相としては何もない。ただ主に付き従うだけだ。ここからは一人の人間としてだ」
これまでとは違い、優しい表情でアリスに向かい合う。今まで見たこともないような興昌の表情に、アリスも面食らってしまう。
「・・・苦しい時は頼ればいい。悲しい時は泣けばいい。恥じることはない、当たり前なんだから。忘れないでほしいのは、一人ではないという事だ。お前の回りには必ずお前の見方がいる、そうだろう?俺以外の奴もきっとそう言うだろうな」
そう言ってアリスの肩に手を置く。
「だから心配すんなよ。主の命に答えるのが、臣下の務めなんだから」
涙をぬぐってアリスは答えた。
「…そうですね、はい。その通りです」
そう言ってアリスは笑う。憑き物が落ちたような、さっぱりとした感じだ。
「・・・明日、みんなを集めます。そして、本当のことを言います」
「本当って、あの事か?」
「はい。これ以上隠し続けるのは厳しいですし、隠し事をしていたのでは、信頼など得られませんし」
「そうだよなあ。アンジェラとか気づいてそうだしなあ」
この事を告げるという事は、もう後には引けなくなる。興昌は、アリスからその覚悟を感じ取った。
だったら、臣下としていう事はないと、興昌は思った。王がこれだけの覚悟を示しているのだ、従わない理由などなかった。
「…今日はもう遅い。明日からまた忙しいんだ。早く寝た方がいいぞ」
「分かりました。では、お言葉に甘えて。興昌、お休みなさい」
「お休み」
アリスはバルコニーを出て、滞在している客間へと向かう。
「-----ありがとう」
小さく呟いたその言葉は、夜の闇に溶け、興昌には届かなかった。
「…」
一人になった興昌は、バルコニーから本国の方を見つめていた。
「家族に手をかける、か…」
先ほどアリスが言った言葉を反芻し、思いをはせる。
「…させねえよ、そんな事。そのために俺がいるし、そのための独自戦力だ」
興昌は踵を返し、自分の部屋へと戻っていく。
「…女に泣かせる事をさせるなんて、見過ごせるわけないだろ」
-----家臣としても、男としても。
そう誓いを新たに、興昌は内戦介入への歩みを進める。




