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異世界にて天下を目指す  作者: 清水作朗
3章 人生50年
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12話 手に入れたものとその代償

ユリーカを引き抜いたことによりようやく、興昌の机に積み上げられていた書類の山は目に見えて減り始めた。興昌一人では単位時間あたりに処理できる量に限界があったが、二人となったおかげでこれまでよりも処理効率が上昇したのは言うまでもないだろう。

興昌としてはもう少し楽ができるよう人材を探していたかったが、積み上がっていく書類を前にして諦めざるを得なかったのである。スティーブン一人でこれの相手をさせ続けるほど、興昌は薄情な人間ではないのだ。


「何とかこいつらを片づけるめどが立ったな」

「そうですね。結構大変でした」


簡単そうに言ってのけたユリーカだが、実際のところ興昌より多くの書類をさばいていた。


「俺より多い量の書類を捌いておきながら、『結構大変』の一言で済ますか、普通?」

「私の方は単に量が多いだけです。複雑な判断を必要とするものはほとんどクノカネさんに任せてしまいましたから」

「それは仕方ない。ここに来てまだ日が浅い以上、面倒なのはこっちでやるのが道理というもんだ」


ユリーカには獲得した土地に点在する街々の資料や、それぞれ納められる税の確認などを処理してもらっていた。こういう類の物は一つ一つは手間がかからないものの、圧倒的な物量で襲い掛かってくるのがほとんどである。そこまで一つの書類に時間をかけていられない現状、ユリーカの存在は興昌にとって非常に頼りがいがあるのである。そのため興昌は、熟考を要する書類に時間をかけて臨むことができるようになったのである。

ちなみに興昌がいない間、ほぼ一人で書類と格闘し続けた勇者スティーブンは、現在その無理がたたって寝込んでおり、復帰まで数日かかるという事だ。医者の診断では、過労と知恵熱であるという事であった。寝言で、『…書類が襲ってくる…』と言っているのを聞いてしまったユリーカは、スティーブンの身を案じずにはいられなかった。


「…スティーブンには申し訳ないことをしたなあ。後で見舞いの品でも持って行ってやるか」

「間接的とはいえ、その原因を作ったのであれば、それが宜しいかと」


第三者の声がし、二人がそちらを向くと、丁度シャーロットが部屋に入ってきたところであった。


「久しいな、シャーロット」

「まだ開戦から二週間もたっていませんよ、興昌様」

「そうか、まだそれだけしか経ってなかったのか」

「ところで興昌様、そちらの方は?初めて会う方ですが?」

「ああ、そうだ紹介しよう」


興昌はシャーロットとユリーカに、お互いの事を紹介した。勿論、ユリーカの勧誘の件は適当にぼかしたうえで、であるが。

興昌の説明をうんうんと聞いていたシャーロットが、少々の不満を乗せて語り掛ける。


「なるほど、分かりました。…人手不足という言い訳に付け込んで勝手に人を増やしたという事が」

「あの時はまじでやばかった、まじで。事後承諾になってしまったことはすまないと、アリスに伝えておいてくれ」

「心得ました。と、言いたいところですが」

「何か不都合でもあるのか?」

「ええ。とっても」


そこに新たな人物の声が聞こえる。が、その声の主は今ここにいるはずがない、興昌はそう思っていたために反応がほんの一瞬遅れてしまった。それが結果を左右した。


「三十六計逃げるに…」

「逃がしません」


逃亡を図ろうとした興昌だが、いち早く動いていたシャーロットに取り押さえられてしまった。そして、最後に現れた声の主---アリスは興昌に声をかける。


「ごきげんよう、興昌。仕事の方は順調ですか?」

「ひ、久しぶりだね」

「さっきシャーロットも言ったじゃないですか。まだ別れてからそんなに経っていませんよ」


フフフ、と笑うアリスだったが、興昌は気が付いていた。笑っているのは声と口だけであり、目は一切笑っていないという事に。

一瞬。ほんの一瞬だが、興昌はアリスの背後に不動明王を見た気がした。

それは錯覚かも知れなかった。が、今興昌の目の前にいるアリスがそれに勝るとも劣らない怒気を発していることに変わりはない。


「…お、怒って、…らっしゃるので…?」

「いいえ。別に、私が書類に追われている間に自分が楽をするためにスティーブンに仕事を押し付けた挙句、探してきた人手に自分より多くの書類を処理させていることになんて、怒っている訳ではありませんよ。ええ」


怒っていた。アリスは怒っていたのである。

アリスが興昌と別行動をしていたのには理由がある。興昌が新たに獲得した土地で書類に追われていたのと同様に、アリスもまた、本拠地であるテイニッシュで書類に追われていたのである。しかも、内政担当であるスティーブンはこちらにいたのだ、苦労の比は語るまでもないだろう。

不幸中の幸いだったのは、向こうの書類のほとんどは外交に関するものであったため、アンジェラが頑張ることで何とかなっていたようだが、アリスにも少なくない負担が行ってしまったことは変わりようもない事実であった。


「書類整理が終わった後、アンジェラは知恵熱で倒れてしまいました。うわごとで『…書類が迫ってくる…』とうなされているアンジェラを見るたび、当主として申し訳なくなります」

「それは分かってます。だからこそ、少しでも負担を減らそうと…」

「それが違うのですよ」


どうやら事は興昌が考えていた以上に大きくなっているようである。何せこれまで公国の政治の中枢を担ってきた人間が二人も倒れたのである。

公国の長として。また、一人の人間として。二人が倒れるきっかけとなった興昌に対してアリスが怒るのは、至極当然のことであった。

無論、興昌も申し訳ないとは思っていた。ただ、双方の考え方に齟齬があったのである。

興昌の考えとしては、どうあがいても厳しいのは変わらないのだから、書類を捌く人間を見つけて来るまでは何とかしのいで、見つかったら一気に片付けるつもりだった。事実、ユリーカが来た後は、スティーブンの負担も減っている。

だが、アリスはじめ家臣一同としては、この原因を作った張本人である興昌に処理してもらうものだと考えていた。そう考えていたのである。


「…結果はどうであれ、二人が倒れるまで仕事をしていた時にあなたは人材捜索と言って仕事をしていなかったのは事実。罰は受けてもらいます」


そう言ったアリスが手を叩くと、扉を開いてメイドが入ってきた。服装にはおかしな点は見当たらない。ただ一点普通のメイドと異なる点は、その表情が顔を覆う仮面によって窺う事が出来なかったという一点のみである。


「…何?」

「我が館が誇る特殊メイドです。連れていきなさい」


声をかけられてメイドは動く。シャーロットに拘束させられていた興昌の両脇を抱えると、ずるずると引きずり始めた。


「待って!?俺どうなるの!?」

「とりあえずはCランクでいいでしょう。シャロ、後は任せます」

「承知いたしました。行きますよ」

「嫌だ!このままだと俺どうなるの!?話聞いて!?」


何とか連れていかれまいと抵抗する興昌だったが、多勢に無勢。なすすべもなく引きずられていく。今の興昌には、”メイド”は”冥土”と同じ意味であった。


「大丈夫です。すぐに慣れますから」

「た~す~け~て~く~れ~!」


興昌の声がどんどん小さくなっていく。今まで見ることしかできなかったユリーカが恐る恐る尋ねる。


「…一体、何をするんですか…?」

「ただのOHANASHIですよ、ご心配なく」

「は、はあ…」


発音がおかしいかと思ったが、それについて聞いたら、自分も同じ目に合うのではないかとの思いから、ユリーカは質問をぎりぎりで飲み込む。


「まあ。何はともあれ、興昌が連れてきた人です。能力は確かなのでしょう。これからよろしくお願いますね、ユリーカさん?」

「…あ、はい。…よろしくお願い致します…」


そう言って二人は握手を交わす。

アリスは満面の笑みであったのに対して、ユリーカの笑顔はどこかぎこちないものであったが。






その後、物凄い悲鳴がどこかから聞こえたが、誰の物かは誰も気に留めなかった。

この一連の騒動によって、全体の指示を一手に担っていた興昌も倒れてしまったため、褒賞の授与はまたしても先送りになってしまった。


「…ざまあみろ…」

「間違いなくお前の自業自得だと思うんだがなあ…」


ある意味今回一番の被害者は、あちらこちらで奔走しているにもかかわらず、いまだに褒賞のほの字にもありつけていないクリスだと考える人がいたりいなかったり。

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