11話 まだ見ぬ目標
興昌は今、トールとユリーカの二人と向き合うような形で机を挟み、正対している。
「…それで、私を取り立てるというのは、どういう意味でしょうか?」
切り出したのはユリーカだ。興昌が応じる。
「言葉通りの意味です。私は、あなたを自分の家臣として迎え入れたい。そう考えているのですよ」
「なぜ私なのですか?他にも優秀な人物ならいるでしょう?」
「現在文官の数が足りていないのが現状でして、そんなに余裕がないのですよ。ですから、採用してすぐに動かせる人材を欲しているのです。あなたは現在、どこにも属していない。能力の方も、トールからお墨付きをもらっています。その結果、私が此処に居るという訳です」
「あなたの仕業ですか…」
「はは…」
ユリーカがトールをにらみつけ、トールは乾いた声で笑う。
「…まあいいです。ところで、なんでそんなに忙しいのですか?さっきから気になっているのですが」
「戦後処理です」
「戦後って…。どことどこが戦ったんですか?」
「テイニッシュとバーリナ。テイニッシュが勝ってバーリナは滅んだ」
「本当ですか!?」
ユリーカが食いつかんばかりに興昌に詰め寄る。
「ああ、まじだ。だから今俺はこの人の下についてるわけだ」
「え!?あなたは一体…?」
「これでもテイニッシュで宰相を務めている」
興昌がそう言うと、エリシャはさらに身を乗り出して興昌に問いかける。
「本当に、バーリナは滅んだんですか!?」
「あ、ああ」
ユリーカは興昌の襟をつかみ、前後に揺らす。見掛けに寄らず力があるようで、興昌の顔色はどんどん悪くなっていく。さすがにまずいと思ったトールが助け船を出す。
「おい、ユリ。それぐらいにしておけ。興昌が気絶しちまう」
トールにそう言われて、ユリーカはハッと気づいたようで、慌てて興昌の襟を離す。
「す、すすすすみません!つい…」
「ゲホ、ゴホ…。大丈夫、大丈夫…」
大丈夫とは言ってはいるが、興昌の視点は安定しない。
「ま、まあ。そんなわけで、さっさとこの混乱をどうにかしたいのです。でも人手が足りない。だからこうして人探しに奔走しているという訳なんですよ」
「なるほど、事情は分かりました」
「では…」
しかし、と興昌の言葉を制止し、ユリーカは言う。
「一つ、腑に落ちないことがあります」
「何でしょうか?」
「あなたは、私をあなたの家臣として取り立てたいと言いました。何故、テイニッシュではないのですか?あなたもそこの宰相であるなら、普通はそうするはずですが…?」
「そういやそうだな。俺も、あんたの下に水軍という形で取り込まれてる。何か意味でもあるのか?」
「それは…」
明らかに興昌の声が上ずる。何とか表情は崩していないが、痛いところを突かれたというのは見て取れる。
「何か深い理由があるようですね。その理由を教えてください。それ次第では、あなたに仕えるのもやぶさかではありません」
真剣な面持ちで興昌を見つめるユリーカ。目線を合わせないようにしていた興昌だったが、長い勝負の末とうとう根負けし、ため息をつく。
「はあ~。…分かった。正直に話そう」
「それがあなたの素の口調という訳ですか」
「ああ。君も楽にしてくれていい。ここからは宰相ではなく、『俺』としての理由だからな」
そう言って興昌は姿勢を崩す。
「これは誰にでも言っている事ではない。俺が見極めた人間にしか言っていない事だ。今までに言ったのは一人だけ、アリスのみだ」
「あんたの上司か」
「一国の王子に対して、『上司』はいかがなものですか…」
「口調は崩していいけど…」
「これが素なもので」
微妙な空気になったのを、エヘン、と咳払いをして興昌は続ける。
「今回バーリナを攻めたのは、俺の野望の始まりですらない」
「そうなのか?」
「そうだ。そして、今荒れてる本国の内戦を鎮めて統一してようやく始まりだ」
「野望とは、もしかして…」
興昌は勿体ぶるように間をたっぷりと取って、はっきりと宣言した。
「…天下を取る。それが俺の野望だ」
そう躊躇いもなく言い切った興昌に、ユリーカは疑惑の、トールは興味の視線で応じる。
「天下とはまた大きく言いよったな」
「当然。やるからには中途半端なんて認めない。徹底的にだ」
「本当にできると思っているので?」
ユリーカの尤もな質問に、興昌はあえて不遜な口調でこう告げる。
「…根性論だが、こんないい言葉がある。『出来ないと思うからできないのだ、できると思うから出来るのだ』とな」
「…」
「国を。いや、自らの領土を持った人間なら一度は考えるだろう。この領土を、もっともっと増やしたいと。トールも考えたことぐらいはあるだろう?」
「まあな。もっとも、俺らじゃバーリナには勝てなかったけどな」
「そう。いつかは必ずそれに待ったをかけるものが現れる。その時に勝てるかどうかはさして重要ではない。真に重要なのは、それとどう渡り合うかだ」
「外交、という訳ですね?」
「正解。勝てないのなら、いつか勝てばいい。だが、その”いつ”まで相手が待ってくれるかという保証はない。外交によってその時間を稼ぐのだ。そういう意味では、外交は剣と鎧の代わりに、ペンと口八丁で相手と斬り交わす戦いに等しい」
興昌の語りは止まらない。
「人の人生なんてあっという間だ。どっかで見ているかもわからない神様にとって、人間の一生なんてあっという間なんだろう。人にとっての50年は、神様にとって1日かもわかんない。だがな、そんなことはどうだっていい。俺はただの、”一人の人間”で終わってやるつもりなんて毛頭ない。久野金興昌という人間がいたという足跡を残したい!」
一通り興昌が話し終わり、場に静寂が訪れる。
「その足跡が、天下を取ることだと、そう言いたいのですか?」
「そうなるな」
「そうなるな、って…」
「俺は宰相だからな。これがもし、音楽家なら長い間に亘って聞き続けられる曲を創ればいいし、発明家なら偉大な発明を世に送り出せば良い」
「国を預かる人間だから、この世全てを自らの国の下に置くってか?」
「ああ。それに、これが達成されれば、お前らにだってメリットはある」
興昌はまずトールを指さし、
「国がでかくなれば、それだけ入ってくる金も相当なものになる。するとだ、お前に出せる報酬も多くなるし、」
「むう…」
次いでユリーカを指さし、
「土地が手に入れば、それを分配するかもしれない。手に入れることができれば、君の悲願に近づくという事でもある」
「…」
「そうだろ?元王女サマ?」
「…知っていたのですか?」
「戦うにあたって、バーリナの事は徹底して調べた。その中に、あんたの情報もあった。どこにいるかは分からなかったが、まさか人材創作の網に引っ掛かるとは思ってなかったがな」
やれやれといったふうに興昌は手を上げる。表情も崩れる。
「だからと言って諦める訳ではない。変わらず俺は君を勧誘する。要求するのはただ一つ、俺の部下となること。この一点のみだ。報酬として、ふさわしきだけの領土を提供するのも吝かではない」
それも一瞬、あっという間にその表情は真剣なものとなり、国を預かる施政者として相応しきそれとなる。
興昌は驕っている訳でも、ユリーカを見下している訳でもない。ただ単に、国の利益となるであろうことに真摯に向き合っているだけである。
「…分かりました、いいでしょう。ですが…」
「口約束では不安か?だったら後で書面でも…」
「いえ、そういう訳ではありません。あなたは信用にたる人のようですし」
それに、とユリーカは一旦言葉を切る。
「あなたの野望がどこまでの物なのか、見てみたくなりました」
「それは光栄だ。見せられるものになるよう、精進するとしよう」
「ダメになるようであれば、すぐに喉元噛み付きますからね」
「おいおい、いいのか?反乱を起こすっていってるぞ、こいつ」
「そうなったらそれまでという事だ。それに、それもまた一興だ。」
「ふふ、そういう事です。では」
笑顔で手を差し出すユリーカ。
「…交渉、成立だな」
興昌はその手を取り、固く握手を交わした。




