10話 心からの叫び
「興昌、褒賞の件についてだが…」
「クリスか、それなら3日後の午後からまとめてやる。それまでに戦果とかまとめておくから」
「それに伴う昇進について…」
「ガルラビューに一任するからよろしく」
バーリナとの戦闘が終了して1週間。興昌はいまだに膨大な量の書類との格闘の日々を送っていた。
「興昌さん。こちら側の税の管理についてですが…」
「頑張れスティーブン。大体の方向性は前に説明しただろ、その方向にもってけ」
「複数の国から使節が来ておりますが、いかがいたしましょうか?」
「アンジェラにすべて任せる。俺はこんなだから、適当にあしらっといて」
現在、アリスは本拠地である公国に戻っているため、最高責任者は興昌ということになっている。そのため、最終的に書類全てとにらみ合う事となっているのだ。
「宰相閣下、治安の悪化についてあちこちから苦情が…」
「独立した治安維持部隊を設立する。クリスと相談して」
「複数の商人による組合が乱立しており、商取引に混乱が見られますが…」
「組合を統一しろ。それぞれから人を引っこ抜いて合議制にしとけ。スティーブンに回せ」
それだけでなく、国内からの陳情にも目を通して対応をせざるを得ず、興昌は馬車馬のごとく働かざるを得ない。
「宰相閣下…」
「宰相殿…」
「興昌…」
「興昌さん…」
「宰相…」
「…」
「…」
「…」
「うがああああああああああああああ!!!!」
そんな日々が続き、とうとう興昌の忍耐力が限界に達した。
「もう嫌だああああああああ!なんで俺に持ってくるかなあ!?確かに俺は宰相だよ?国内の安定に働くのは当然だよ?それが役人の仕事なんだから。下の奴らは仕方ない、上の判断を仰がないといけないんだから。問題は奴らだ。それなりに各々に裁量権を認めてるよ?そのはずなのになんで一々こっちに判断を仰いでくるかなあ?そっちが忙しいならこっちはもっと忙しいってことぐらい分からないかなあ!?専門的な知識は俺よりもあるはずなんだからそこんとこきっちりしてよ!!馬鹿なの?馬鹿か!?馬鹿なんだろ!!」
頭を掻き毟りながら興昌は叫ぶ。
「あれだ。圧倒的に文官が足りない。ガルラビューはこういうのはできないし、クリスはクリスで俺が指示した治安維持部隊の設立に奔走していて呼び戻せない。アンジェラは今引き抜いたら外交に大きな損害が出る。スティーブンと俺しか書類の相手できる人間がいない。アルフレッドやシャーロットはアリスについて行っちまったからなあ。一刻も早く人手を増やさないと、この先絶対にやばい。特に俺が。過労死する」
宰相になってから時間を作っては人材を探していた興昌であったが、早々見つかるはずもなく。バーリナと戦うのが決定的になってからはそれも行えておらず、圧倒的な人材不足となっていた。
この世界にまで来て死因が過労死とか、笑えない。前の世界でなんで死んだか興昌は覚えてはいなかったが、体が無意識に危惧しているという事は、それに近い状態だったのだろうとは、容易に想像できた。
「まあ、そんなすぐに見つかる訳ないのは分かってた事だが。俺の直属になるんだ。凡庸な奴なんてこっちからお断りだ。優秀な奴じゃないと探した意味がない」
興昌が探す際に出した条件は、『一つでいいから、比類のない能力を持っていること』、もしくは、『複数の分野で優秀な結果を残していること、あるいはそれを証明できる人物がいること』であり、その際『身分、性別は問わない』であった。
正直えり好みはしていられないが、迎えるからには優秀でないとという思いからこのような条件となった。最後の条件は、出来る限り間口を広くする理由でもあるが、暗に『身分差別は許さない』という意味も含んでいた。
「おーす。興昌よ、いるか?」
「トールか。返事する前に入ってくるなよ」
「細かいこと気にすんなよ」
そんな時、興昌のいる部屋にトールがやってきた。
「何の用だ?こちとら忙しいんだ。用がないなら帰ってくれ」
「つれないこと言うなよ」
「大体、こないだまた連絡するって言ったろ?」
興昌がそう言うと、トールは身振りでそれを否定する。
「いや違う。今日はそれで来たんじゃない」
「じゃあなんだよ?」
「さっきまではそうだったんだが、気が変わった。あんなのを聞いちまったら、こっちも気が引けちまう」
「…聞こえてたのか?」
「まあな」
トールにそう言われ、興昌は頭に手をやる。
「…まじか」
「あんな叫びは久しぶりに聞いたな。まさに、心からの叫び声だったな」
「仕方ないだろ、実際その通りなんだから」
「そこでだ、俺にいい考えがあるんだが、聞くか?」
「正直うまくいくかは不安だが、聞くだけ聞いてやろう」
side 興昌 in
俺は今、トールに連れられ、ある場所に向かっていた。
「本当なんだろうな?俺の求めてる人材がいるっていうのは?」
何でも、トールの知り合いに俺の出した条件に当てはまる人物がいると言うので、その人物に会いに行くところだ。
「心配すんなって。間違いない」
トールとはまだ会って間もないが、こいつが意味のない嘘をつくような人間とは思えない。
普段の態度はあれだが、これでもバーリナ経済の中核を担った水軍のトップだ。人を見る目はあるのだろう。疑問が消えたわけではないが、とりあえず信じてみようと思う。
「それで、その人はどういう人なんだ?」
「ああ。2年ほど前に上から預かれと言われて預かったんだ。どっかから人質として連れてきたんだろうが、詳しく聞く暇もなくてな」
「で、今回…」
「死んじまったからな。人質にする意味もなくなったと言う訳だ」
なるほど。
「人質だからな。あんまり外の情報は与えてなかったんだが、少ない情報で的確に情勢を判断してやがった。頭は回るのは間違いない」
「ほうほう」
「俺は紹介だけだ。交渉はそっちでやってくれ」
「勿論。そこまで世話になっちゃ悪いからな」
話しながら歩いていると、目的地に着いたようで、トールの足が止まる。
「ここだ」
「…水軍の人質なんだよな?なんでこんなとこに?」
そこは、水軍が拠点としている港から陸地側に少し歩いた場所だった。
「どこにいるかはっきりさせろって言われたからな。船で連れまわされてどこにいるか分からなくなるのが怖かったんだろ」
「そんなもんか」
トールは入口で見張りをしていた水軍の兵士に声をかけ、中へと入っていく。
「おーい。ユリー、いるかー?」
そう声をかけると、一泊置いてから、
「大きな声を出さないでください。もっと小さな声でいいと言っているでしょう」
奥から一人の女性が現れた。黒髪を背中まで伸ばしており、きりりとした表情からは知性を感じさせる。前もってトールに教えてもらわなければ、とても人質とは思わなかっただろう。
トールとのやり取りからして、奔放なこいつの扱いに困っている、といったところだろうな。具体的にたとえるなら、クラスの美人な学級委員長といったところだな。
「まあいいじゃないか」
「よくありません。いつも言っているではないですか」
「まあ茶番は置いといて、だ。今日は真面目な用事があるんだ」
そう言ってトールは、俺を前に押す。
「この方が、お前に用があるんだと」
「私に、ですか…?」
彼女が俺の方を見る。
「あなたとは、はじめまして、ですね。私はユリーカ・スートバートと言います」
そう言って手を差し出してくる。俺はその手を取り、
「はじめまして。自分は久野金興昌と言います。今日ここに来たのは-----」
-----あなたを、私の家臣として取り立てるため、です。
いきなり爆弾を起爆させた。さて、釣り上げるとしましょう。
side 興昌 out




