9話 迅きこと
敵の大将を討ったという知らせは、すぐさま興昌たちに届けられた。その知らせを受けて、残っていた兵たちから安堵の声が出始める。だが、興昌とアリスは表情を崩さない。
「よっしゃあ!すぐに行動に出るぞ。アリス、用意はいいか?」
「はい、いつでも!」
「早急に敵の心臓を掌握する。者ども、ついて来い!」
興昌とアリスは、残っていた守備兵の一部を連れて館を出発した。目指すはバーリナの首都、ゲンギである。
「ゲンギまでどれくらいかかる?」
「馬で駆けて6時間ほどでしょうか。兵を連れていくとなると、それ以上かかるかと」
「了解した!まずはクリスと合流する」
ペースよく馬を飛ばしたため、あっという間に戦場にたどり着いた。そこではクリスが、部隊の再編に取り組んでいた。
「クリス!いるか!」
「興昌!…それに、殿下!?どうして!?」
アリスの登場に、クリスは目を丸くする。
「話はあとだ。今すぐ動かせる兵は出れ程だ?」
「…死者は少ないがけが人が多い。それにみんな疲れている。今すぐとなると、三百ほどしか動かせないだろうな」
クリスには千の兵を預けていた。陽動部隊だけあって、損耗も大きかったのだろう。あちらこちらに地面に倒れこんでいる兵士の姿が見える。
クリス自身も、目立った怪我はないようだが、鎧はあちこち傷がつき、返り血を浴びている。
「それでいい。一緒に来てくれ。急いでいるんだ」
「急いでいるって、どこ行くんだよ?」
「ゲンギ」
そう答え、興昌は一足先に馬を走らせる。
「…はあ!?」
クリスがこの言葉を理解するのに、少々の時間を必要としたのは仕方がないことだろう。何とか言葉の意味を理解し、ガルラビューに負傷した兵士の撤収を任せ、動ける兵士をまとめてクリスが動き出した時には、興昌はかなり遠くまで行っていた。
「なんでまたゲンギに急ぐ?」
道中、兵を連れたクリス達がなんとか興昌に追いついた際、連れてきた兵の息を整えながらクリスが興昌に尋ねた。
「理由があるからな」
「それを聞いているんですよ。私にもまだ教えてくれませんのに」
「さっさと話せ」
はぐらかそうとした興昌だったが、アリスまで敵に回り、観念したように話し始める。
「今回バーリナからぶんどるのは、バーリナその物の予定だ」
「…は?」
興昌の斜め上すぎる答えに、クリスは再び目を丸くする。アリスも、驚きを隠せない。
「すまん、なんだって?」
「だから、バーリナという国をぶんどるんだ」
「お前何考えてんの!?」
「説明してくださいね」
アリスからの言外の圧に耐えかね、興昌は理由を語りだす。
「そもそも、うちの公国はあまりよろしいとは言えない。塩湖はあるが、それだけだ。土地が肥えている訳でもないし、何かの鉱脈がある訳でもない。あまりいい土地柄とは言えないんだよ」
「ぐぐぐ…」
事実とは言え、はっきりとそう言われて、アリスは苦い顔をする。だったら聞かなきゃよかったのに…、という言葉を、興昌は寸でのところで飲み込む。言ったらまずいと、興昌の本能が警鐘を鳴らしたのだ。
「だが、バーリナは違う。広い耕作地帯を持っているだけじゃない。大きな川に良質な港があり、水運にも適している。その土地と港、それらに関わる人をぶんどろうと考えたわけだ」
「なるほどな」
かの武田信玄も言ったように、一番大切なのは金でも土地でもなく、人である。興昌は、現状自分たちが最も欲している人手を取るつもりでいたのだ。
「だが、バーリナはこっち以外にも問題を抱えている。下手をしたら漁夫の利をかっさらわれるかもしれない。だから、この戦いの結果が広まる前に、とれるものをとっておこうと言う訳だ。幸いなことに、向こうの首都はこちらから目と鼻の先にある。まずはそこを抑えようと思ったわけだ」
「なるほど、確かにそれはいい考えですね」
「目標は首都のほかに、港二つと砦二つ。広い土地もできる限り持っていく」
時刻はすでに日付が変わった夜中。暗い道の中馬を走らせていると、ようやく明かりが見えてきた。
「ようやく向こうの領土ですか」
「クリス、兵を少しここに残して、事情を説明してほしい」
「分かった」
クリスが指示を出すと、10人ほどが列を離れていくのが見えた。
「もう少しだ!お前ら気張れよ!」
応、という声がする。疲れは見えるが、士気は衰えてはいないようで興昌は安心する。
「さあ、一気に行こうか!」
興昌は自分にも言い聞かせるように、そう声を上げた。目指すゲンギは、もうすぐそこ目で迫っていた。
結論から言って、興昌たちは予定通りゲンギを占領することができた。当主の血筋の人間や過激な考えの奴らはすでに国内から逃げ出した後だったが、残っていた役人たちの協力を得て、目標の対象は手中に収めることができた。これにより、バーリナという国は地図の上から消滅することになった。
「諸行無常だな」
「どういう意味ですか?」
「なるべくしてなったって言う意味だ」
港二つと砦二つに加え、本拠地である公国の5倍にも及ぶ広大な土地を手に入れた。かつてのバーリナの領地の6割にも及ぶ広大な土地である。経済的な面から見ると、バーリナのほぼすべてを手に入れたと言って過言ではない。これまでとは比べ物にならない収入が見込めるだけあって、興昌はよだれが止まらない。
東側の領地は、どさくさの中で盗られてしまったが、元々重要な土地ではなかったこともあって、興昌は無視した。
「今は新しく取った土地の把握が優先だ。余力が出れば取り返せばいい。どうせ大した土地じゃないんだ」
「それもそうですね」
「川を越えてくるようなら迎え撃てばいい。戦力はこちらが多いんだからな」
現在旧バーリナ国の情勢は極めて不安定である。もともと東方に火種を抱えていたせいもあり、こちらが取りこぼした土地を巡って小競り合いが続いている。幸いなことにこちらには目立った混乱は起きていないが、いつ対岸の火事がこちらに飛び火してくるかもわからない。ガルラビューが東奔西走しているが、いかんせん人材が足りない。早いとこどうにかしないといけない問題だ。
悪い話ばかりではない。バーリナの下部組織であり、半ば独立勢力に近かった水軍がそっくりそのままこちらに下った。バーリナの経済力を支えてきただけあって、その力は小国に匹敵する。そんな勢力がこちらの下につくという事実に、興昌も驚きを隠せなかった。
「なんでこっちに素直についてくれたんだ?」
そう疑問を感じた興昌は、現在の仕事場である旧バーリナ王居城に面会にやってきた水軍のトップである、トール・ユングに尋ねてみた。
トールは、水軍をまとめる長だけあって、立派な体つきをしていた。まさに、カリブの海賊のようないでたちだ。
「前の奴が気に入らなかった。あんたは気に入った。それじゃ不満か?」
「いや、十分だ」
「そう言ってくれるとこっちもありがたい。前の奴は無理難題ばかり押し付けて、碌に褒賞もよこさなかったからな」
「活躍してくれれば出すものは出すさ。詳細はまた後日伝えるから、今日はもう帰っていいぞ」
そう言うと、トールは応とだけ言って部屋を出ていった。今後の目標において、水軍という存在はとても便利なものである。何とかして確保しようと思っていたが、こうもあっさりと手に入れてしまうと、興昌としても気が抜ける。
「まあ、結果的に手に入ったからよしとするか」
これまではガルラビューやクリス、多くの武官や兵士たちが頑張ってくれた。ここからは、文官の仕事だ。そう興昌は意気込んで、トールが訪れたことによって中断していた書類整理を再開した。




