8話 賽は投げられた
今回の相手はかませ犬です。だから戦闘は短めです。
決して、戦闘描写が苦手だからとかそういうわけではないです。はい。
「この3日間はあっという間に過ぎていったとも思えるし、今までの人生で一番長く感じたかもしれない」
と、興昌はのちにこう語っている。敵が来るまでの3日間は過ぎ、前方の視界には向こうが陣を敷いている様子が見て取れる。
興昌の予想通り、バーリナの軍勢は丘の頂上に陣を敷き、その前方に軍を配置した。
「前方の軍は約六千といったところか…」
現在興昌は、アリスの館からこの光景を見ていた。ここしばらくは忙しく、執務室で寝泊まりする日々が続いていたのである。
「これが終わればゆっくり寝られるかな…」
そうのんきなことを呟いていると、こちらに走ってくる兵士の姿を興昌は捉えた。
「宰相閣下、王子殿下がお呼びです」
「分かった。あと、閣下は要らんといっただろ」
兵士にそう伝えて、アリスの部屋に向かう。ちなみに、アリスが王女であるということは、まだ一般には公表していない。だから肩書は、いまだに王子である。
「失礼する」
そう言って部屋に入った興昌が見たのは、憮然とした表情のアリスだった。
「ご機嫌斜めのようだな」
「これを見ればそうなります」
そう言ってアリスは興昌に持っていた紙を見せる。それを受け取った興昌は目を通し、
「…降伏勧告か」
「興昌の言ったとおり、相手はこちらを舐めきって居ます。使者には館の前で待ってもらい、現在返答を考えています」
「答えは?」
「勿論否です。が、ただそう言うのもあれなので、何か皮肉のきいた言い回しはないかと」
「なるほど。なら、いい文句があるぜ」
「でしたら、教えてください」
興昌はたっぷりと間を取り、こういった。
「馬鹿め、だ」
「え?」
「馬鹿めと言ってやれ」
有名な宇宙の船乗りの言葉そのものであった。
「これ以外にいう事はあるか?相手はこちらを馬鹿にしている。なら、こちらも向こうを馬鹿にしてやればいい」
あっけらかんとそう言った興昌を見て、しばし呆然とした後、アリスは大声で笑いだした。
「…アハ、アハハハハハハ!」
「そんなに笑う事か?」
興昌の問いに対し、しばしの間笑い続けてアリスは、目じりに涙を浮かべながら返した。
「…アハハ、ええ、まあ。そんな返し方を思いつくのは興昌ぐらいでしょうね。今まで聞いたこともありません。いいですね、それ。採用しましょう」
そう言ってアリスは、その一言だけ書いた紙を折りたたみ、侍従を呼びつけた。
「これを表の使者に」
「かしこまりました」
侍従が部屋にいる間は体裁を整えていたアリスだったが、部屋を出てからまた笑い出した。
「アハハ…、まだおかしいです」
「ツボにでもはまったか?」
「いえ、そういうわけでは。…思えばここ最近は、心から笑っていなかったかもしれませんね」
「やることが多くなったからか?」
「それもありますが、やはり、命を狙われるというのはとてもつらいですね」
アリスは目を伏せる。
(やば、地雷踏んだな)
興昌は表情に出さないまでも、内心悔やむ。アリスの命を狙っているのは、もしかしたら彼女と同じ血を持つ家族かも知れないのだ。その事に気が付くのが遅れた、興昌自身のミスだ。
「…俺は無責任なことは言わない主義なんだが」
興昌のつぶやきに反応し、アリスは興昌を見る。
「結果が良いにこした事はないんだ。ハッピーエンドかどうかは保証できないが、ベターエンドには必ず持って行ってやる。心配するな」
「…ありがとうございます」
「じゃあ、俺はやることがあるから」
「はい。お願いします」
興昌は部屋を出ていこうとして、ああ、と思い出したように言った。
「知ってるか?数ある動物の中でな、人だけが”笑う”ということができるんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。それっぽい顔はできるが、厳密には笑ってないんだ。…それができないのは、悲しいことだな」
最後のつぶやきは、ドアの音にかき消されてアリスには届かなかった。
時間がたち、間もなく日没という頃合い。
興昌たちは、後方に回り込むため、戦場を大きく迂回して移動する兵団を見ていた。
「…うまくいくでしょうか…?」
「やれることはすべてやった。後は奴らを、ガルラビューとクリス達を信じてやるしかない」
現在館には最低限の守備兵しか残っていない。出来る限りの兵を攻撃隊に割いた結果だ。
「大丈夫、うまくいくさ」
「その自信はどこから来るのですか…」
「人事は大いにつくした。あとは天命がどうなるかだが、こればかりはどうにもなる訳でもない。だから、必要以上に不安がることもないわけだ。それに、上の不安は、下を大いに不安にさせる。こういう時は堂々と構えていたほうがいいのさ」
ハッハッハ、と興昌は笑う。
「うらやましいです。私にはそんなことはできません」
ふむ、と興昌は顎に手を当てて思案する。
「…これは俺の理想だからな。個人の理想が違うのは当然だろう」
「そういう物ですか?」
「お前はお前の理想を持っていればいい。それが間違ってたら、家臣たちが正してくれるさ」
「私は…」
「少なくとも、此処に居る人間でお前を馬鹿にしてる人間はいない。間違ってたら、ちゃんと訂正しれくれる奴らばかりだ。良い臣下に恵まれてるよ、お前は」
興昌はそう言ってアリスを慰める。
「個人の能力は、伸ばそうと思えば伸ばせる。でも、人と巡り合うというのは運でしかない。お前はついてるんだよ。自信を持て」
「…だとしたら、私は彼らにとってふさわしい王になるべきなのですね」
「分かってきたじゃん」
何にしてもだ、と興昌は締めくくる。
「今は家臣を信じて待つ。それが王の仕事だ」
「はい!」
二人はまた軍勢の動きに目を配らせる。日没は刻一刻と迫っている。
side ガルラビュー in
ワシは今、バーリナの背後を突くべく、戦場を大回りに迂回して進軍しとる。そのせいで時間はくったが、襲撃の予定時刻には間に合うことができた。
「全員おるな?」
「はい、五百名、そろっております」
配下にそう尋ねる。脱落者はなし、か。士気の方は問題ないようだ。今頃クリスの奴が反対側から突撃をかける頃合いじゃろう。
いい具合に雲も出てきたわい。こりゃ、こちらに分がありそうじゃ。話では月を隠す程度だと聞いておったが、ずいぶん厚い雲に覆われておるな。こりゃ一雨来るかもしれんのお。無論、それも歓迎しよう。
鬨の声が聞こえてきたわい。陽動部隊が動いたようじゃ。
「聞こえたな?こちらも動くぞ。これより私語厳禁、音を小さくしてできる限り奴らに近づくぞ」
それに対し、全員が無言でうなずく。
音に気を使うというのは神経を減らすわい。ずいぶん長い距離を歩いたような気もするが、振り返ると山を下りた程度しかたっておらんかった。
陽動部隊は作戦通り、一当てして引いたようじゃな。敵の追撃をうまくかわしながら引いておる。
「…雨か」
振るかと思っておったが、やっぱり降ってきおった。
「今が攻め時ぞ。者ども声を上げろ、敵の喉元をかき切るぞ!!」
応、という掛け声とともに、敵の本陣へなだれ込む。雨音がこちらの足音を掻き消してくれたのだろう、敵の本陣まで肉薄しても向こうは気づく様子を見せない。発見されたのは大分近づいてからで、見張りの兵が慌てた様子で声を出す。
「て、敵襲---」
「邪魔だ!」
すり抜けざまに剣を抜き、首を切る。声を出されてしまったせいか、敵がこちらに向かってくる。だが、数は多くない。
「狙うは大将の首のみ、取ったものには褒美が出るぞ!」
本陣にいた敵兵はは千といったところだろう。クリスの奴がうまく敵を惹きつけてくれたようだ。こちらの声を聴いて、向こうも反転して攻めてくるだろう。
勢いは完全にこちらにあった。向こうは怖気づいて逃亡する者もいる。こちらも被害はあるが、士気は高い。そも、これは元々売られていた喧嘩なのだ。大なり小なり、民にバーリナへの不満があったのだろう。
「敵の大将を討ち取ったぞー!」
宇井に、そんな声が戦場に響く。味方がうまくやったようだ。正直この手で斬れなかったのは不満だが、勝てたのだ、良しとしよう。
敵はその声に完全に戦意をそがれた様で、我先にと戦場から逃げ出している。
「ワシの仕事は果たしました。後は頼みますぞ、宰相閣下…」
あの方は完璧に流れを読んでおった。この後も、下手は起こさんじゃろう。むしろ、次に何をしでかすか分からんからこそ、あの方は面白い。
あの方について正解だった。まだ抱えておる問題はあるが、そう思って間違いないじゃろう。
side ガルラビュー out




