2話 チート拒否
女神(OTOKO)の口から語られた内容は、耳を疑う内容だった。せっかく異世界に転生するというのに、その転生する世界は魔法や冒険者、モンスターといったお決まりのファンタジーに付き物の要素が一切ないというのだ。こちらに悪気があったわけではないが、向こうにはこの件に関してこちらを糾弾する権利がある。神は頭を下げた。
「申し訳ないけど、あなたがこの世界に転生するというのは確定事項なのよ。もちろん、それなりの対応はさせてもらうわ。神の恩恵、あなた方が言うところのチート?ももちろん与えるわ。魔力とかそういったものとかはできないけれど、一撃で山脈を砕いたりとか、一跳びで海峡を飛び越したりとか、相手の考えを読めたりとか、そういった形でのチートならいくらでも用意できるわ。ほかには……」
言葉をつづけながら、神は興昌の方を向いた。話し始めてから一つも反応を示さないので気になったのだ。怒っているのか、嘆いているのか、はたまた呆然としているのか。結論から言えば、興昌の反応はそれらのどれでもなかった。
「…面白い」
腕を組み、鋭い目つきで何か考え事をしていたのだろう。そしてその姿勢のまま、口だけをニヤリと動かし、小さかったが確かにそうつぶやいたのだ。面白い、と。
「どうしたの~?」
「面白い、そういったんだ。魔法がない、モンスターがいない、それがどうしたっていうんだ?冒険者になれない、ファンタジーの要素がない、上等だ。別にそんなものがなくたって、俺は一向に構わない。そんなものがなくたって、俺は異世界暮らしを満喫できるだろうしな。それに俺はゲームとかそういったものはほとんどやらなかったからなあ、そのあたりの知識に疎い。そういった理由からも、この異世界に行けるのは嬉しいんだ」
「さ、さいですか…」
ハハハハハハ、と高らかに笑う興昌のテンションに少しついていけなかった神だったが、すぐに話を再開する。
「じゃあ~、さっそくだけどチートの話を…」
「要らん」
こけた。神は思わずこけた。
「今…なんて?」
「必要ないといったんだ。せっかくファンタジー要素のない異世界に行けるのに、なんで自分がファンタジー要素にならなきゃいけないんだ。あと人の考えぐらいなら読めるから。表情とか仕草とか声のトーンとかで大体わかるから」
「そう言われてもねえ…」
そう言って女神(OKAMA)は頭を抱えてしまった。
「問題でもあるのか?」
「建前と本音、どっちから聞きたい?」
「じゃあ…建前から」
「本来その世界のモノはその世界の中にしかないものだから、違う世界にとっては害になってしまうかもしれないのよ。だからモノを別の世界に送り込むときには、そうならないように情報を書き換えてあげるの。この時書き換えた情報だけだと安定まで時間がかかっちゃうから、神の恩恵、チートを使って、情報が安定するまで保護させるのよ。だからチートを加えた方がいいのよ」
「なるほど、本音は?」
「チートを与えないと上からの評価に響くの!」
大声に驚き、耳をふさいだが、キーンという若干の耳鳴りが起き、顔をしかめる興昌。
「上からの評価って、あんた神様だろ?」
「神にもいろいろいるのよ。私は中間管理職みたいなものよ」
「ホント大変なんだな」
「分かってくれた?」
「分かった、わかった。少し時間をくれ」
しばし考えたのち、興昌が口を開く。
「…あんたと会話できるようにしてくれないか?」
「いいわよ、でも私も忙しいから話がしたいときにできる保証はできないわ。あと頻繁にやられても困るから一日一回程度になるけど、いい?」
「問題ない。あと、向こうの世界での基本的な知識が欲しいんだが?何も知らないと怪しまれるし、記憶喪失というのにも限界があるしな」
「大丈夫よ~、向こうの世界に着いたら何かしらの方法で伝えるから」
「そうか、ありがとう」
「いえいえ、おかまいなく~」
そういうと神は、光る画面を目の前に出すと、キーボードをたたくように何かの作業を始めた。
「なんでチート要らないって言ったの~」
作業をつづけながら興昌に聞いてきた。
「…そう言われた事があるからさ」
「というと?」
「俺の家族は学者の一族らしくてな、両親、祖父母を含めた親戚の多くが教職や研究者なんだ。そうじゃない人間は、その人たちを支援するために会社を経営して利益を出して、研究資金を用意している」
「すごいわね~」
「俺も小さいころから学問であるか否かを問わず、膨大な量の知識を教え込まれたよ。学校の授業でそれの邪魔をしないようにテストの点は常に百点とらなきゃいけなかった。テストの勉強のための時間すら惜しかったから、テストを出す先生の出題傾向とか全部読み切ることにした。そうやってずっと勉強せずに百点取り続けてたら、いつの間にかチートって呼ばれてた」
「なるほど、だから…」
「友達も作らず、遊びにも手を出さず、ずっと勉強ばかりしてきて残ったのは知識だけだった。むなしくなっちまった。だからチートなんていらねえ。この知識を目的としてじゃなく、手段としてとらえれるようになりたいんだ」
「なんか、ごめんなさいね」
そう言って光る画面を閉じると、興昌の体から光の粒子が現れだした。
「これで転送に必要なことはすべて終わったわよ。もうすぐあなたの行く世界に転送されるわよ」
「分かった。いろいろ無理言って悪かったな」
「そんな~、もともとこちらの勝手なんですから、気にしないで~」
「そう言われると助かる。あ、最後に一つ」
神の方に向き直って尋ねる。
「まだ俺の行く世界の名前を聞いてなかったな」
「そうでした。…あなたの行く世界は《ガイディア・ローゼ》です!久野金興昌さん。異世界での生活を楽しんできてください!いってらっしゃい!」
「ああ、行ってくる!」
言い終わった途端、興昌の体が輝き、光が消えた時にはもう、興昌はそこにいなかった。