7話 疑問の正体
ドアをノックする音が聞こえる。ハイトが向かおうとするのを手で制止して興昌が立ち上がる。
「俺が出るよ」
玄関へ向かい扉を開ける。開けたそこには、村長が立っていた。
「村長、どうしました?」
「興昌君か。ちょうどいい、君に用があったんだ」
「俺ですか?」
「ああ。急病人なんだが、先生が留守でね。君に代役を頼みたいんだけど、いいかな?」
「構いませんよ。そういう事なら伺いましょう」
出てきたハイトに事のあらましを伝えて家を出る。途中道具を整えるために診療所に寄った時、村長からこんな言葉が投げかけられる。
「どうも普通の病気とは様子が違うみたいなんだ。できるだけの準備はしておいてくれ」
「分かりました」
「後、興昌君は口は堅い方かね?」
その言葉に作業の手を止め、顔を村長に向ける。
「好き好んで言いふらしたりはしませんけど、それが何か?」
「…いや、気にしないでくれ」
「はあ」
「宿屋に宿泊なされている。準備ができたなら急ごう」
「…なされている?」
村長の口から出てきた敬語にふと疑問を抱く興昌。相手は村長より格上の人物なんだろうか。そんなことを考えていると、あっという間に宿屋に着く。いつもと変わらぬ風景だったが、違う所を上げるとするならば、宿屋の周りを兵士が取り囲んでいることだ。4人といったところか。少々物々しい雰囲気を醸し出している宿屋の中へ村長に連れられ入る興昌。病人は貴族とかそのあたりの身分の人間なら、さっきの村長の言葉にも納得できる。最上階に上ると、ある部屋の前にも見張りの兵士が立っている。そのドアを村長がノックすると中から返事が来て、
「失礼します」
と村長が部屋に入る。遅れないように興昌も続く。部屋の大きさは20畳ほど、この宿屋で一番高い部屋だ。中にいたのは3人の男女。一人は腰に剣を帯びた青年。よく鍛えられており、無駄な肉が一切そぎ落とされたような体つきをしている。年は興昌と同じぐらいだろうか。意志の強そうな目でこちらを見つめている。もう一人は60代ぐらいの男性。白髪交じりの髪をきれいに整え、身なりのいい服装をしている。最後の一人は部屋のもう一つのドアのそばに立つ女性。メイド服姿で、切れ長の目、整った顔立ちからクールビューティーという言葉がぴったりとあてはまる。年下だと思われた。
「みなさん、医者を連れてきました」
「村長、そいつが医者ですかい?」
村長の言葉に、青年が反応する。いぶかしむ様子で興昌を見ながら、
「若造じゃないか」
「こらこらクリス。若造というが、君と対して年は変わらなさそうだがね?」
「だけどよアルフレッドさん。こいつじゃ不安だぜ」
アルフレッドという老紳士が窘めるが、クリスという兵士は興昌に指をさしてそう言い放った。メイド姿の女性にも同意を求めにかかる。
「シャーロットさんもそう思うだろう?」
「村長殿が連れてきた方です。腕は確かなのでしょう」
シャーロットと呼ばれたメイドが村長の方を向く。
「ええ、もちろん。興昌さんは素晴らしい方です。2年前にこの村で伝染病が流行った時も、的確な治療をして、犠牲者の数を少なくしてくれました」
「話を聞く限りいい腕をしておるようだが、反論はあるかのう?」
「ぐっ…」
「おっと自己紹介がまだでしたな、失礼」
老紳士が興昌の方に向き直って、自己紹介を始める。
「私、アルフレッド・サヴァンと申します。隣で膨れているのはクリス・ガスラ。騎士を務めております。奥がシャーロット・ホワイト。ご覧の通りメイドをしております。3人とも、殿下に仕えております」
そう言い終わり、アルフレッドは腰を折る。
「殿下、ですか?」
「左様。このテイニッシュ公国を治めておられる、クラッフェ王国第二王子、アドルフ・マキアット・ラ・エール・クラッフェリート殿下に仰せられます」
「…はい?」
興昌から漏れた声は相手には聞こえなかったようだ。帰りたい。説明を聞き終わり、興昌が抱いた感想だった。お偉方だとは思っていたが、まさか王族とは思わなかった。だが話を聞いてしまった以上、返してくれるはずがなかった。興昌は極めて平静を保っているような感じで話しかけた。
「…患者はどこに?」
「殿下は奥の部屋で休んでおられます。シャーロットさん」
「はい。こちらになります」
アルフレッドに促されると、シャーロットが近くの扉を開ける。今いる部屋の半分ほどの大きさの部屋に、ベッドが二つ置いてあり、その奥側に「殿下」は寝かせられていた。
「…失礼します」
とりあえず挨拶はして入る。しなくてもよさそうだったが、後ろからの視線が怖いのですることにする。近くで見ると、苦悶の表情を浮かべている。額には大粒の汗をかき、高熱を出しているのは火を見るより明らかだった。近くの椅子に腰かけ診察を始める。
「…症状がでたのは?」
「今日の昼頃です。毎年近くの森で狩りをしており、その帰り支度をしている最中でした」
(この時期はいつもか。だからあの時も…)
転移してきたとき襲われた理由がようやく分かった興昌だった。
「兵士が破傷風ではないかと疑い、その通り足に切り傷があったため、急いで戻ってきたという訳です」
「拝見しても?」
「構いません」
そう言ってシャーロットが毛布の裾を少しめくる。そこから見える足には、確かに何かで切ったような傷が見て取れた。
「熱のほかに、症状は?」
「今は落ち着いておりますが、時折激しい痙攣に襲われます」
「では安定しているうちに、喉の奥を見たいのですが?」
「分かりました、いいでしょう」
「では殿下、口を大きく開けてください」
殿下は素直に口を開ける。喉を見ながら、興昌は違和感を感じていた。
(症状は確かに破傷風だ。…だが典型的なあれが見られていない…。これはもしかして…)
「倒れる前に、何か変わったことは?」
「いえ、特になかったと思われます」
「肩が凝ったとか、呂律が回らなかったりとかは?」
「ありませんでした」
二人からそう聞いた興昌は、違和感の正体を見抜き、見えないようにニヤリと笑う。
(…なるほどな)
「おいどうなんだ、治せるのか?」
クリスが問い詰めてくる。興昌は一旦立ち上がって、
「おそらく。…村長、ちょっと席を外してもらえますか?」
真剣な表情でそういうと、何も聞かずに村長は部屋から出て行ってくれた。
「さて、これから話す事はここにいる人間だけの秘密です」
そう前置きしてから語りだす。
「結論から言うと、これは破傷風ではありません」
「どういう事だ!」
「落ち着きなさいクリス」
「だがな…」
いきり立つクリスをなだめながらシャーロットが尋ねる。
「根拠があるのですね?」
「はい。まず、先ほど尋ねた、肩こりや呂律が回らないといった症状がみられないという事。さらに、口を開けてといった時、問題なく口が開けられたということ。これらは破傷風では考えられない事です。よって、破傷風ではないと判断しました」
「しかし、ならなぜ倒れたのです?」
アルフレッドの問いかけに、笑いながら答える。
「この場合、考えられることはただ一つ。それは…」
「「「それは?」」」
一呼吸置いたのち、最悪の答えを吐き捨てる。
「何者かが破傷風に見立てて王子殿下を毒殺しようとしたんですよ。暗殺未遂です。それ以外に考えられませんね」




