第六話
うぅ…言語力が…
蓮「…あの…アレコスさん…。」
アレコス「ん?どうした?」
休憩所での5時間の休憩。
蓮はアレコスにおずおずと話しかけていた。
蓮「アレコスさんはさっき、第二近距離職[ブローダー]だって言ってましたけど…どういう意味なんですか?」
アレコス「あ?あー!そうか!そうだよな。お前はBHOをプレイしてたわけじゃないもんな。」
蓮「はい。近距離職ってことは俺と同じなのは分かるんですけど…」
蓮達と行動するフリーランスのメンバーは皆転職をしている。
転職というのはある程度レベルが上がる事で可能になるイベントのひとつで、今までよりも格段に強いスキルを覚えたり、新たな攻撃、防御手段が増える。
基礎能力も全体的に上がり、簡単に説明するならば「強くなる」のだ。
このBHOでも転職システムは存在する。
基本BHOにはファイター、ポインター、マジシャンの3つの職業しか存在しないが、その職業によって複数派生が存在する。
例で言えばファイター。
レベルが20になると、[流転職結晶]というアイテムを使うことで、スキル同様にその個人の戦闘スタイルに応じた職業へと自動で転職する。
仮に自動で選ばれた職に転職し、満足しなかった場合でも転職してから3Lv以内であれば他の職に無償で転職する事は可能である。
再転職する人はほぼ居ないと結果が出ている故、この戦闘スタイルに応じた職の選出はかなり精度の高いものであるのは言うまでもない。
アレコス「よっしゃ、じゃあ第二次職だけだが距離職についておしえてやる。おい舞戦。お前確か[クレーター]だったよな?俺が話し終わったら魔法職も教えてやれ。」
舞戦「えー?あー…まぁいいよ?」
蓮「お願いします。」
アレコス「じゃあまずは近距離職からだな。朝倉、今のお前は第一次近距離職[ファイター]だ。そしてレベルが20になった状態で[流転職結晶]って物を使うと[ドラグナー]、[ウォーロード]、[ナイト]、[ライトスレイブ]、[デュアルセイバー]、[スカウト]辺りに勝手に転職する。ここはかなり重要だから俺の話をよく聞いとけよ。まずはウォーロード、俺の職業だが、基本的にはお前と何ら変わりがない。だけどひとつ大きく変わるところがあるんだよ。」
蓮「大きく変わる所…?」
アレコス「そう、それは装備する武器が大きくなるんだよ。」
蓮「大きくなる…ですか?」
蓮は自分が持つ[unknown]を見詰め、それが巨大化し、それを装備すると言う想像を浮かべた。
アレコス「多分その想像で合ってる。詳しく言えばファイターってのは他の職と比べて3つ装備出来るだろ?」
蓮「そうなんですか?」
アレコス「鎌とか斧とか無いけど短剣とか大剣とか、軽さとか大きさが違う装備は出来るんだよ。基本形は殆ど同じだから斧とかの実装より簡単だったんだろうな。」
蓮「へぇ…」
アレコス「話を戻すぞ。ファイターは短剣と片手直剣、両手大剣を持つことができる。そして第二近距離職[ウォーロード]になった時、短剣の大きさは片手直剣の大きさに、片手直剣は両手大剣の大きさに、両手大剣はそれ以上の大きさに変わるんだよ。」
蓮「………どういうことです?」
アレコス「言ってるそのままの意味だ。ただコレの凄い所は体感重量が短剣ならデカくなっても短剣の、片手直剣なら片手直剣の重さって事だ。」
蓮「…と言う事はウォーロードでの短剣は片手直剣の大きさだけど分類は短剣で、軽くて振り回しやすいってことですか?」
アレコス「察しがいいな。そういうことだ。大剣と片手直剣にもそれは言えるからな。」
蓮「なるほど…それじゃあ、えっと…デュアルセイバーはどうなんですか?」
アレコス「デュアルセイバーは大剣とか大きい剣を装備出来なくなる代わりに、2本剣を装備できる職業だな。ファイター時代に覚えていたスキルはデュアルセイバー用のスキルに変わるものもあるし、戦闘方法とかもガラッと変わるんだよ。」
蓮「ファイター時代に覚えていたスキルが変わる…?」
アレコス「そうだな…例えばお前はもう覚えてるだろう[ヒット]だが、デュアルセイバーでは[スラッシュ]って名前に変わる。[スラッシュ]は両手の2本の剣それぞれ1撃ずつ強化されるスキル。思い切りたたっ斬ってスキルが終了する[ヒット]と違って間隔を開けて片方ずつ相手に[スラッシュ]を当てる事も出来る。ウォーロードは近距離戦闘が得意だがこのデュアルセイバーは中距離から近距離戦闘を得意とする。攻撃回数と移動速度が強化されるパッシブスキルも覚えやすいのも特徴として報告されてる。まぁその分1回の攻撃力とかはウォーロードよりも格段に下がるがな。」
蓮「ウォーロードからデュアルセイバーに転職するってのは出来ないんですか?」
アレコス「一応出来るは出来るが、結局最初に選ばれた職に戻す奴が大半だな」
アレコス「まぁ、近距離職の説明はこんな物か。それじゃあ舞戦。バトンタッチだ。」
舞戦「んー…でも似たような物だから職業の説明だけで良いかな?」
蓮「はい。お願いします。」
舞戦「俺はマジシャン系統の第二魔法職の[クレーター]って奴なんだけど…まぁ簡単に言うとウォーロードと同じでスキルの規模とか攻撃力が変わるだけだな。武器は変わらず杖か魔法石しか装備できないし…。」
蓮「魔法職ってどういう物なんですか?エレメント系モンスター達は幾つか属性が有るみたいですけどそれは魔法職にも?」
舞戦「そうそう。クレーターの系統だと一括して[皿]って呼ばれるんだけど[火皿]とか[風皿]とかあるね。ちなみに俺は[雷皿]」
蓮「…皿?」
舞戦「そう、皿。よく魔法使いってソーサラーって呼ばれたりするじゃん?それを略して皿。らしいよ。」
蓮「あぁ。なるほど。じゃあもちろんそれぞれの属性に特徴とかが…」
舞戦「うん。あるね。属性は5つあるんだけどね。火と水と風と雷と土。火はMPをごっそり削って大ダメージを与える魔法ばかり、水は回復とか支援系の魔法が多いね、もちろん攻撃魔法も覚えるけど数は少ないよ。風はダメージは少ないけど発動が早くてMP消費も少ない…まぁ手数多い職だね。雷は遠距離からチクチクダメージ与えれる魔法を覚えるよ。流石にポインターとか遠距離職には敵わないけどね。最後の土は唯一物理攻撃判定のある魔法を使えるよ。その分他の属性に比べて有効範囲は狭いから結果的距離詰めないといけないけどね。」
蓮「そう言えばクリスタル系モンスターを一掃するには反対属性の範囲魔法を打てばいいって習いましたけどそれぞれ反対魔法があるんですか?」
舞戦「そだねー。火の反対は風だし、水の反対は雷だからね。ちなみに土は物理に属するから反対属性はないよ。」
舞戦「さて、取り敢えずクレーターの説明終了。次はそうだな~…[アーティスト]の説明に入るよ」
舞戦「アーティストはデュアルセイバーと一緒でスキルがガラリと変わる職業だ。主力は歌、と言っても実際に歌う人は殆ど居ない。まぁ自分の周りの敵を攻撃したり、仲間に支援効果を掛けたりが基本的だな。」
舞戦「ただアーティストの弱点は防御力の無さだな。基本味方との協力無しではろくに狩りは出来ないレベルでね。何故ならアティの攻撃にはノックバック効果が無いからね。それなのに紙防御でソロ狩りなんかすればすぐに死んじまうしな。」
舞戦「でもその分パーティー狩りになるとかなり頼りがいがある職だな。回復効果のある歌スキルを覚えていれば回復も出来るしな。まぁ今では滅多に見ない職業だけどね。」
蓮「え…?どうしてですか?」
舞戦「そりゃそうだろ?だって紙防御なんだぜ?死んだら死んじまうってのにそんな職業やってれば死にに行くようなもんじゃねぇか。」
蓮「じゃあアティをやってた人たちは今どうしてるんですか?」
舞戦「自分が接続者なのを隠してる奴が大半だろうな。対策本部も自己申告されないと分からないからな。」
蓮「……それじゃあ今全世界で接続者として戦ってる人たちは全員自己申告した人なんですか?」
舞戦「又は非接続者の振りをしていたが、ログインした所を他の接続者に見られて報告された奴らだな。後者は接続者として戦うか否かの選択を迫られるんだよ。多分お前も聞かれたはずだぜ?」
蓮「えっと…聞かれなかったです…」
舞戦「あ……そうなの?」
蓮「俺の場合は、本部で俺が接続者として今後戦っていくか、それともこのまま普通の人間として生活するかの会議があったらしくて…」
アレコス「朝倉の場合仕方がないだろう。非接続者が接続者になるとは未曾有の出来事だったからな。」
舞戦「まぁ君の事を知らない接続者は多分いないだろうな…俺も聞いたときは本気でビックリしたからな。」
舞戦「ともかく、この世界の接続者達は皆最終的に戦うことを選んだ奴らだ。普通の生活を送りたい奴らは送りたい奴らで戦わない事を選んで生活している。」
舞戦が布団に包まりながら話をまとめ始めた。
それを見た蓮とアレコスは適当に話を切り上げ、布団に包まった。
舞戦とアレコスからはすぐに寝息が聞こえ、それに釣られるようにして蓮は沈むように眠っていった。
~ピラミッド入口前~
遂に作戦が決行される。
既に蓮以外は既にクリアしている為、大まかなマップ、モンスターの出現位置はある程度把握している故先頭は蓮、そのすぐ後ろを他9人が歩くことになっている。
モンスターの出現位置が近づけば蓮に報告し、最初の攻撃を仕掛けさせる。
そして攻撃のヒットを確認後すぐに後退し、皆に敵のHPを削ってもらい、蓮の攻撃で倒せるHPになった瞬間に蓮の[シンク]でトドメを差す。
これが通常戦闘と移動の方法。
そしてボス戦、つまりスフィンクス戦ではタンク役であるファイター職が憎悪値を稼ぎ、ポインター職が遠距離から攻撃。魔法職は状況を見て攻撃、回復を行うと言うボス戦では基本的な戦術となった。
本来ボス戦は大人数で挑むものだが、今回は3人パーティー2つに4人パーティーが1つと少ない。
しかしピラミッドの推奨レベルは10。今回のパーティーの平均レベルは蓮も含めて17。人数不足を補うには十分なレベルだ。
ピラミッドのダンジョン構成は地下探索系で、ゲーム実装当時では地下10階が最下部、つまりスフィンクスがいる場所であった。
このゲームでのシナリオダンジョンには3つの種類がある。ボス直行系と迷宮系。そして今回の地下探索系。
ボス直行系はダンジョンに入るとすぐにボスが構えており、戦闘が始まる。
地下探索系は少し入り組んでいる作りで、階段がある。
層がある構造になっており、ボスのいる最終層は10,50,100のどれかになる。
迷宮系は階段は無いが、代わりに道が地下探索系よりも複雑な上にマップがランダムで変化する為、マッピングがかなり重要になる。ダンジョン自体も広い為何時間、何日と掛かる場合もある。
蓮「それじゃあ…開けますよ?」
先頭を歩く蓮がピラミッドの中へと続く扉に手を掛けた。
皆が首を縦に振った事を確認し、手に力を入れる。
石と石が擦れ合う重々しい音を立てながら扉はゆっくりと開いて行き、少しずつ見えてきたピラミッド内部は暗闇で先が見えない。
蓮が扉を最後まで開けると、少し先の所の壁に掛けてある松明ににポッと灯が点き、周囲を照らした。
マッピングが開始されたのだ。
蓮はもう一度後ろを振り返り、アイコンタクトを取ってピラミッドへと足を踏み入れた。
~ピラミッド内部。階層3~
ノエル「前方にモンスターのpop地点。気をつけて。」
ノエルが蓮に指示し、それを受けた蓮は腰に据えた片手直剣[unknown]を引き抜き、構える。
構えのまま前進していくと、前方からガシャシャ、ガシャシャとリズミカルに金属と金属が軽くぶつかり合う様な音が聞こえ始めた。
その音はだんだんと大きくなり、マッピングが完了することによって点く蝋燭の明かりに反射してか、キラキラと光る何かが蓮達に迫っていた。
蓮はその光を見るや否や地面を蹴り走り出す。
蓮が移動したことによりマッピングが進み、光の一番近くの蝋燭に火が灯り、その正体が見えた。
少し錆びているのか赤茶色の部分が所々に見えるが、全体的に銀色で、大きさは人間の1.5倍と行った位の大きい蠍がそこにいた。
[IronLittleScorpion]。大きさは大きめだが、このピラミッド内の言わば雑魚キャラだ。
蓮達がピラミッド内部に入ってから5体目で、蓮も基本的な攻撃パターンは把握し、ファーストアタックとラストアタックだけの戦闘参加だけではなくそれ以外でも時折攻撃している。
今回も同じでまず蓮が[ヒット]で攻撃。するとアイアンリトルスコーピオンは蓮へとタゲを合わせる故蓮は一度後退し、アレコスやNONO、朝比奈に攻撃してもらいタゲを移す。
タゲが朝比奈に行った場合、レベル12の朝比奈では少しスコーピオンの攻撃は痛い為、蓮と同じく後方へ下がり、アレコス又はNONOにタゲを移させる。※痛い=ダメージが大きい事。
そしてタゲが2人のどちらかに行った場合後は簡単で、タゲを取り続けながら戦う。
ちなみに遠距離職と魔法職だが、遠距離職はタゲが2人のどちらかに行ったのを確認し次第攻撃を開始し、魔法職はもしもの為にいつでも回復魔法を打てるように攻撃はせず、戦場を見守る。
スコーピオンが瀕死の状態になったら、近距離遠距離共に攻撃を止め、蓮のラストアタックを待つ。
それを感知した蓮は今の所一番攻撃範囲が広い[シンク]を放ち、出来る限り安全にスコーピオンを撃破する。
今回のスコーピオンも流れ通りに撃破し、陣形を直して先へと進む。
マッピングが進んでいる証拠である蝋燭が進む事でまた火を灯していった。
~ピラミッド内部。階層7~
蓮「あ、またレベルが上がった。」
蓮達がピラミッドに入ってから4時間が経過した。
モンスターへの対処も連以外の全員が把握していた為苦戦することなく倒し、蓮は2、朝比奈は1もレベルが上がっていた。
これで蓮はレベル9。朝比奈はレベル14になっている。
本来、発現フィールドを消滅させる為に倒すモンスター達ではこれほどレベルが上がるものではない。
何十回何百回と発現フィールドに出現する敵を倒してやっとレベルが上がるものだ。
では何故これほど上がりやすいのか。それはこのダンジョンが他とは違うモンスターが出現するからだ。
SDにはそのSDでしか出現しないモンスターが多く居る。
通常でも出てくるモンスターも居るのだが、SD内だと防御力、攻撃力が大幅に増幅されている。
簡単に言うと、SD内のモンスターは通常よりも格段に強いのだ。
それ故に経験値も多く、レベルが上がりやすい。
事実、朝比奈のレベルは1しか上がっていないが、接続者の中で案外高い位置にいる。
BHOは10レベルからかなりレベルが上がりにくいゲーム。
フリーランス達の様なレベル20に行くには相当な時間が掛かるのだ。
だが、スキルの習得はレベル依存では無い為、レベルが上がって居なくとも戦闘が終わった時に覚える事も多い。
蓮「あ。」
SEと共に画面が出現する。その画面には[スキル。[シャドウレイジ]を習得しました。]と書かれている。
蓮「新しいスキルも覚えました。シャドウレイジっていうスキルです。」
全員「!?」
蓮がスキル名を口にすると、全員が蓮の方へ驚きの反応を見せた。
蓮「え?何?どうしたんですか?」
ノエル「シャドウレイジってファイター職でも結構レアなのよ。遠距離職では割と良く見掛けるスキルではあるんだけど…。ファーストアタックとラストアタック取らせ過ぎたかしらね…」
蓮「えっと…ダメなスキルだったりします?」
ノエル「そうでも無いけど、タンク役が多いファイター職では腐る事多いかもしれないわ。」
蓮「どういうスキルなんですか?」
ノエル「シャドウレイジは、相手からの憎悪値を一度無くし、敵に見つからない状態、ハイド状態になるスキルよ。無論その状態で攻撃すると、前よりも少し多めの憎悪値とハイドは解けちゃうけど、シャドウレイジを発動してから次の一撃のみだけど攻撃力がかなり強化されるの。」
蓮「味方にタゲ押し付ける代わりに隠れて大ダメージ出せるスキルって事ですかね?」
ノエル「そうね…ちなみにシャドウレイジの場合はスニーキングアタックは発生しないから気を付けてね。」
蓮「分かりました。でも聞く感じ結構強めのスキルな様な…」
ノエル「CTが少し長めだし、遠距離職ならともかく君は近距離職だしね…なんとも言えないかな…」
CT、クールタイム。
スキルはMPを消費して使うものだが、連続して使う事が出来ない。
スキルを使用すると、再度使用するまでに少し時間を要する場合があり、その時間の事を一般的にクールタイムと呼ぶ。
蓮「皆に隠れてばかり居たからかな…」
ノエル「まぁ強いスキルであることは間違いないから、喜んでおいて良いと思うわ?」
ノエルの励ましを受け、蓮は頷くが、微妙なスキルを習得してしまったという不安感を拭えないまま足を進めていった。
アレコス「そこの曲がり角、そこに近づくとモンスターがpopするから気をつけろ。」
蓮「了解です。」
アレコスの指示を受けて蓮は鞘に収めていた[unknown]を引き抜く。
警戒しながら進むと、音もなく昆虫の様な足が角から姿を見せた。
蓮「…っ!」
蓮はそれを見ると全力で走り、その足に向かって斬りかかった。
攻撃がヒットし、31と数字が飛び出す。
数字を確認した蓮は直ぐ様バックステップしてアレコス達に前線を譲る。
だが、アレコス達は動かない。
ジッと眉間に皺を寄せながら敵の様子を伺っている。
足だけ見えていたモンスターは攻撃を受けたことにより蓮にタゲを合わせ、角から姿を出して蓮の方へと向かっていく。
モンスターは蜘蛛の様な足を肩甲骨の部分から四方へ4本生やし、その足で宙に浮いているかの様に見える赤黒い人の形をした肉の塊だった。
名前は[MeatSpider]。
NONO「…え?」
モンスターの姿を見た途端、NONOは小さく声を上げた。
それを耳にした蓮はフリーランス達の方へ振り向く、そこには皆目を見開き、まるで予想していなかったとでも言わんばかりの顔がズラリと並んでいた。
蓮「なにしてるんですか!!」
蓮が叫ぼうとも皆一様にモンスターを凝視し続けるだけ。
それを見た蓮は「チッ」と小さく舌打ちし、向かってくるミートスパイダーへと視線を移した。
ミートスパイダーは4本の足を器用に動かしながらいつ攻撃が開始されるか分からない所まで蓮達へと向かってきていた。
すぐに蓮はまた前線へと走り、一番近くの足を切りつけ、そのままモンスターを通り過ぎ、ある程度離れた場所で振り向いて剣を構える。
蓮にタゲを取っているミートスパイダーは通り過ぎていった蓮へと体の方向を合わせ、グッと屈んだ。
一見防御に見える体形故、蓮は怪訝な顔を浮かべるが、突如ミートスパイダーは4本の足に力を込め、突進を繰り出した。
その突進は凄ましい速さで、不意を突かれた蓮は咄嗟に避けようと横にジャンプするも間に合わず、下半身部分に直撃し壁に叩きつけられた。
蓮「ごっはっ!!」
蓮の視界ではHPが満タンの状態だったにも関わらず6割もごっそりと減っていた。
それに加え、壁に叩きつけられた事で気絶状態に陥っていた。
気絶状態とは数秒間から数分間全ての行動が出来なくなる状態。
毒や混乱もかなり厄介なのだが、スタンはその中でも一番危険な異常状態なのだ。
回復薬の使用はおろか移動、防御、攻撃なども全て実行不可能になる。
今回蓮が受けたスタンは軽いモノで、約12秒間の拘束だけだった。
このリアルオンライン事件でのBHOには拘束時間の短い[ライトスタン]とプレイヤーの意識自体が飛んでしまう[ヘビースタン]がある。
[ヘビースタン]となると数分から数十分とかなり長い間行動不可能となってしまう。
もしそれが混戦状態や戦線が押されている状況であれば死は回避出来ないであろう。
だが[ライトスタン]だとしてもそれは変わらない。
戦場での数秒間の硬直は避けなくてはならない。ましてや今の蓮はなおさらだ。
恐らくレベル差はそれほどではないが、今蓮がいるのはSDなのだ。通常のモンスターとは段違いに強いモンスターが出現する。
ミートスパイダーの攻撃が防御性能高めの防具を装備していても6割も削れてしまうのだ。相当に強いモンスターであることは間違いない。
ミートスパイダーは突進攻撃を終え、体の向きをスタンで動けない蓮に合わせ、また身を屈めた。
先ほどの屈めてから突進までのチャージタイム、そして突進の速度を考えると確実に蓮のスタンが終わる前に攻撃を食らってしまう。
蓮「─っ……シャドウレイジを……」
スキルを使用しようとするも、スタン状態故に反応は無い。
だがその時、ミートスパイダーの背中が突如爆発した。
もっちゃん「ごめんなさい!ボーっとしちゃってた!」
爆発の後、遠距離職のもっちゃんの声が響き渡った。
ミートスパイダーは攻撃を受けたことによりタゲを蓮からもっちゃんへと移したのか蓮とは逆の方向へ体を向け、その体を屈ませた。
もっちゃん「させないよ!っと!!」
もっちゃんはカカトでコツンと地面を叩く。
すると地面からズルズルと大きな大砲が現れてきた。
遠距離職の遠距離スキル。[アハトアハト]
実際にある対空砲のアハトアハトを呼び出し、一発だけ敵に砲撃するスキル。
クールタイムが2分とかなり長めだが、その分攻撃力と射程距離はかなりの物だ。
ミートスパイダーはそれを知ってか知らずかもっちゃんへと突進を繰り出した。
だがそれと同時にアハトアハトの召喚が完了し、直ぐ様もっちゃんはアハトアハトを射出した。
轟音と共に打ち出された弾丸は吸い込まれるようにミートスパイダーへと直撃し、821と数字を吐き出させた。
だが、それにも関わらずミートスパイダーは突進を止めず、凄ましい速さでもっちゃんへと突進していく。
もっちゃん「えぇ!?うっそ!?アーマーついてるとか!?ちょっとタンマ!!タンマタンマ!!!!」 ※アーマー:特定のスキルなどによるノックバックや怯みの無効化
慌てふためるもっちゃんに容赦なくミートスパイダーは突進を続けて行くが、その途中で突進の速度がガクンと落ちた。
ジャック「遠距離職でタゲ取るとか自殺行為かよ全く…」
魔法職、ジャックキャットが水属性魔法。[オイルプール]を発動させていた。
目標付近に粘着性のある液体を撒き、移動速度を低下させる阻害魔法。攻撃力は全く無いが、あらゆる場面で活用できる魔法スキルである。
もっちゃん「おお!!!助かった!それじゃあアレコス後は頼んだ!!!」
アレコス「任された!」
ミートスパイダーの動きが鈍くなったと同時にアレコスが前に出、スキルで攻撃しタゲを自分に移させる。
戦況は最初は乱れはしたが、それからは作戦通りに進んでいった。
ただしラストアタックは蓮ではなく朝比奈が取っていた。
朝比奈「ゴメンね蓮君。ラストアタック取っちゃって…」
蓮「いや…別に気にしてないけど…。でも─」
言葉を切り、フリーランス達に顔を向け
蓮「最初何でタゲをとってくれなかったんですか?作戦では俺がファーストアタックをして後退、タゲが移ったのを確認したら攻撃を再開って流れだったはずですが…。」
蓮が問うと、フリーランスと朝比奈までもが顔を暗くさせた。
ノエル「…実は…あのモンスター。確か[MeatSpider]だったかしら?あれを見るのは本当に初めてなの。」
それに同意するように蓮以外の全員が頷いた。
蓮「え…?」
フリーランス達は少なくとも一度はこのダンジョンをゲーム実装時代にクリアしているはずなのだ。
だがそれにも関わらず皆が初めてという事はありえない。
希に出現するレアモンスターという線も確実に無い。理由は倒した際、蓮達が取得したアイテムのショボさだ。
普通レアモンスターを倒せば幾つかレアアイテムを落とす《ドロップ》はずだ。
だが、ミートスパイダーを倒した際に獲得したアイテムは1021VANと防御力を一時的に上げるアイテム[プロテクトウォーター]だった。 ※VAN:BHO内でのお金
プロテクトウォーターはこのピラミッド内の敵からも希にドロップするアイテム。故にレアモンスターだと言う可能性は極めて高くなる。
それにもしもレアモンスターだったとしてもフリーランス達ならWikoPediaを確認しているはずだ。
だのに、このミートスパイダーは初見だと言うのだ。
蓮「つまり…?新しいモンスターってことですか?」
ノエル「………そう…なのかもしれない…。でもありえない…BHOは完全にデータが飛んじゃっているんだし新しいモンスター何て出現できるわけがない…」
アレコス「おいおい。それを言ったら今この世界で起きているリアルオンライン事件にも言えるじゃねぇか。そんなこと言ってたらキリがねぇぞ。」
ノエル「だけど…」
NONO「ノエル。例え新しいモンスターだろうと強さはそれほどじゃなかったじゃない。それにだからといって今更引き返すってのはできないでしょう?」
アレコス「おい、あのモンスターが新種か否かは今は無しにしようぜ。無駄に難しいこと考えて言い合うよりも今はピラミッド攻略に専念しよう」
ノエル「…っ。………すぅ…」
NONOとアレコスに諭され、ノエルは目を瞑り深呼吸をする。
ノエル「うん。ごめんなさい。ちょっと予想外な事起こり過ぎてテンパってるのかも。」
NONO「うん。それじゃあ行こうか?」
ノエル「うん。行こう。」
ノエルはすぐに背筋を伸ばし、奥へと続く通路を見つめた。
フリーランス達は何度となくこう言った場面に陥ってきたのだろう。
だが、そこで完全に冷静さを失い、動揺していてはそれはくぐり抜けない。
そういう時こそ冷静に、現状を把握し、対応していく。
彼らフリーランスはそうやって戦ってきたのだ。
~ピラミッド内部。階層10。最下層ボス部屋前~
あの後から特に新しいモンスターもトラブルもなく順調にしたの階層へと続く階段を見つけてゆき、遂に無事全員ボスの部屋へと続く扉の前にたどり着いた。
もっちゃん「やっと着いたね…残りの時間は?」
アレコス「…残り時間は結構残ってるぜ。」
もっちゃん「それならここ一帯はモンスター沸かないし一回スフィンクスの攻撃パターンとか色々整理しておかない?」
ノエル「そうね…みんなも疲れてると思うし休憩を入れた後作戦会議を始めましょうか。」
ノエルの言葉に皆頷き、それぞれ地面に座るもの、寝転ぶものと休憩を取る。
蓮と朝比奈はそれぞれ寝転び、体の緊張を解す様に全身を揉みほぐす。
朝比奈「なんだか…大変なことになっちゃったね。」
突如朝比奈が蓮に話しかける。
少しウトウトしかけていた蓮は生返事で「あぁ…」と返した。
朝比奈「でもここまで来れた。うん。来れた。」
朝比奈「きっとボスもちゃっちゃと倒せるよね。」
蓮「………」
完全に飛来した睡魔に負け、寝てしまった蓮を見、朝比奈は薄く笑い。
朝比奈「お休み、蓮君。」
同じように朝比奈は目を閉じた。
他のフリーランス達もいつの間にか全員地面に伏せ、休息を取っていた。
残り52時間。進行率、70%。
次はボス戦です。お楽しみに。