第十八話~裏見の滝~完結
全3話のつもりでしたが短くなったのでひとつにまとめました
蓮は、巨大な浅い川の真ん中に立っていた。
足首まで透明な水が流れ、一見穏やかな景色。
だがそれは現実のものではなく、発現現象によって発生した、裏見の滝という名前のシナリオダンジョン。
蓮たちの前には大きな洞窟が大きく口を開けており、中の様子は全く見えない。
蓮「…なぁ?まじぇく。シナリオクエストって=《イコール》シナリオダンジョンって訳じゃないのか?」
シナリオダンジョン、裏見の滝が出現してから約16時間後。現場には約30人のフリーランス達が集まっていた。その誰もがレベル25上の接続者達だ。
今回もピラミッド同様に殆どの人間がクリアしたことがあるダンジョンであるが故、任務通達が来た接続者は裏見の滝のダンジョン構成や大まかな出現モンスターなどの復習をした後、各々で別れすぐにPTを作り、集合するという所までは1時間もかからずに終えることが出来た。
だが、問題なのは”BHOで出現するはずのない他ゲームのモンスター”の対処法だった。
そのモンスター達は接続者達がそのモンスターが出るゲームをプレイしていない限り、簡単に攻撃パターンを読むことは難しい。
故に前回のピラミッドの時のように推奨レベルを遥かに上回るレベルを保持していても簡単に殺されてしまう。
今回の”すぐにPTを作ってから集合”という案を出したのは、今現在この裏見の滝ダンジョン攻略の場で最高レベル保持者である”まじぇく”の提案である。
ちなみにまじぇくは他のPTからの誘いを全て拒否。蓮はやはり気味悪がられ、一人となっていた。
他のフリーランス達がテキパキとPTを組んでいる間、蓮はかなり手持ち無沙汰だった為、真っ先に思った疑問を手の空いているまじぇくへと問いていた。
まじぇく「そうだね~。BHOが”終わる”寸前までに私たちプレイヤー達が挑む事が出来たのは全137個シナリオクエストがある内のたった50個までなんだけどね?」
まじぇく「その内の7割ほどは通常のフィールドにいるモンスターからドロップするアイテムを集める採取クエとか村人を巡ったりするクエとかがいくつかあって、それの最後にやっとシナリオダンジョンがあるって感じだよ。」
蓮「へぇ…そうなのか。全然知らなかったよ」
まじぇく「rain君はBHOやったことないもんね…分からなくて仕方ないよ。むしろ今君がここに居ることが結構可笑しい事なんだけどね。」
蓮「…? そりゃ何でだよ?」
まじぇく「普通の接続者は君の様に自ら地下ダンジョンに潜ってレベリングしないの。そりゃそうでしょ?死んだら死んじゃうんだから。みんなそれぞれ与えられた護衛地区を守ってる。」
言い終わると、まじぇくは蓮から離れ、集団の中心部へと移動を始める。
そして中心部へ付いた時、両腕を上に上げ、パンパンと手を鳴らし、注目を集めた。
皆がまじぇくへと意識を傾ける事を感じ取ったまじぇくは、皆に聞こえる様に大声で話し始めた。
まじぇく「えぇっと。殆どの人はPT組み終わったと思います!それでは今からGPTを組みますのでPTリーダーの方は話が終わった後に集まってください!」
まじぇく「それでは、今回の攻略方法を発表させていただきます!よろしいですか!」
まじぇくが問うと、辺りはシンと静まり返った。
その中から、「まずはその攻略方法を聞かないと文句も何も言えないぞー!」と言葉がポツリと返る。
それに便乗し、他の人間達も少しざわつき、まじぇくに攻略方法の説明を催促する。
まじぇく「そうですよね。それじゃあ説明させていただきます。」
裏見の滝は迷宮系のダンジョンで、推奨レベルでの攻略に必要な時間は約1時間~3時間と言われています。この時間はWikoで調べた結果なので信頼できるかと思います。
そして、今回は最高39レベルから最低25レベルまでが集まりました。
推奨レベルを遥かに越えた人員です。
ですが、このダンジョンにかける時間は5、6時間と考えております。
その理由は何か、それはやはり他ゲームのモンスターの出現です。
このモンスター達は、対処のしづらさやパラメータ不明なところも有り、大変危険です。
なので、慎重に進むことは必然だと考えたのです。
団結力はそれぞれ何度もクエストをクリアしてきたフリーランス達なのですから見知らぬ顔があっても職業さえ把握できていれば問題ないと思います。
今回、私にPTを送ってくれた方々、本当にありがとうございます! ※PTを送る:PTへの誘いのメッセージを送ること。PTに勧誘すること。
私が皆のPTを断ったのは、皆があまり良く思っていない”rain”と組む為、です。
第一人数が30人ぴったりなので、四人PT7つに、二人PT1つで丁度ですし、この場で最高レベルの私であればrain君を守ることもできます。
さて、攻略方法ですが、今回は迷宮系ということで各自、分かれてもらおうと考えています。
全員固まって行動する事も考えましたが、それでは5、6時間では収まりきらない。
各自分かれて行動し、中央にある休憩広場に付いたPTが私に連絡。私から各PTリーダーに通達し、休憩広場に合流。
そこで戦力の確認を行い、あってはならないことですが、何処かのPTに欠員が出た場合、そのPTの平均レベルを見て他のPTから補充を行います。
そしてその後も各自分かれて攻略、ボスの部屋が見つかれば、休憩広場と同じ様に私に通達してください。
途中他のPTと鉢合わせた場合、PTリーダー同士でマップの更新をし、マップを埋めてください。
以上です。よろしいですか?
「一つのPTが全滅した場合はどうするんだ?」
その場合は全滅の可能性を見た瞬間に私に通達してください。近くにいるPTに向かうように伝えます。
「通達出来なかった場合は…?」
………それは私が把握できますのでその時点で各自に通達し、警戒するよう声をかけます。
場が静まり返った。
だが、今は恐らくこれが最適な攻略方法であると皆理解したのか、それ以上の質問や苦情は出なかった。
ダンジョンへは各PT一定の時間を開けて入ることになった。
一定の時間が経ち、次のPTはグラパのPTリーダーのまじぇくのマップウィンドゥを見て前のPTがどの方向に行ったかを把握し、被らないように出発する。
蓮はまじぇくとPTを組み、攻略の準備を整える。
いくつかのPTが既に潜り、マップの道を更新させていく。
迷宮系ダンジョンはかなり大きく、また一回一回通路が変わっていく。
故にピラミッドの様にどこからどういう敵が出てくるのかを把握することは出来ない。
また、ピラミッド同様今回も蓮は最低レベル。推奨レベルを10も上回っているとは言え、この30人の中で一番死ぬ確率は高い。
だが、それと同時に一番やられにくいとも言えた。
それは今回のパートナー、まじぇくの存在があるからである。
全世界の中で二番目にレベルが高く、午後の緑茶曰く一番戦闘能力が高い接続者。
そんな人間がパートナーである故、これ以上なく安全なPTでもあった。
まじぇく「さて、それじゃあ私たちも潜ろうか?」
すべてのPTが潜っていった所で、まじぇくは首を傾げながら蓮に問う。
蓮「あぁ。分かった。」
言うとまじぇくは踵を返し、ダンジョンの入口へと向かう。
ピシャッピシャッと水を踏む音を響かせながらぽっかりと開いた巨大な穴に足を踏み入れる。
洞窟の入口に入り、少し歩いた所で外からは見えなかった中の景色が突然見えるようになった。
中は蓮が思っていたよりも明るかった。
見ると通路の両端に青緑に光る鍾乳石が下から生えてきており、その鍾乳石が均等間隔で立っていた。
洞窟の地面自体も濃い青色に所々が光っており、美しい。
蓮「わ……ぁ…」
蓮もこの光景には目を奪われた。その様子を見たまじぇくはクスリと笑い、
まじぇく「綺麗でしょ?このダンジョンを作った人が洞窟とか滝とかが大好きらしくてね?その人の趣味なんだって。」
蓮「へぇ……すごいな…。」
洞窟の様子に呆けている蓮の腰をパシンと軽く叩き、前に進むよう促す。
それに蓮は驚き、ビクッとなるがそれによって我に帰り、まじぇくと共に先へ進む。
先へ進む、といっても殆どの道は先に入っていったPTによってマッピングされ、中央の休憩広場を見つけるのも時間の問題だった。
すでに一番最初にPTが突入した時間からは1時間は経過している。
皆慎重に進んでいるとは言えそろそろ中間地点、休憩広場の発見があってもおかしくはない。
蓮とまじぇくは他のPTが全て無視した小道などをマッピングしていき、マップを完全なモノにする。
かなり時間がかかる作業だが、休憩広場が見つかるまでじっとしているよりかは数倍マシだろう。
まじぇく「おっ!」
突如まじぇくは驚いたような声を上げた後、嬉しそうに空中に手を遊ばせた。
蓮「どうかしたのか?」
まじぇく「見つかったの!休憩広場!!5時間目標だったのに速い速いっと!!」
まじぇくが言い終え、空中で(エンターキーを叩く様に)大げさにリアクションを取る。
すると、蓮の視界にメッセージウィンドウが表示され、そこには
まじぇく[GPT]─[H:8]にて休憩広場の入口を発見。[F:2]の分岐路から進んでいくと到着するはずです。
とあった。
蓮「えっと…GPT?H:8?」
見たことのない専門用語がいくつか出てきたことにより、蓮は困り顔でまじぇくに顔を向けた。
まじぇく「GPTはグランドパーティーの略。同じPTだと[PT]になるんだけど、グラパのメンバーからのチャットだと[GPT]って表示されるのよ。」
蓮「それじゃあ…この[H:8]とか[F:2]っていうのは?」
まじぇく「それはマップの区切りの番号だよ。マップを見るとわかると思うけど、マップはマス目で区切られてるでしょ?」
蓮「えっと、今開くから少し待って。」
マップウィンドウを呼び出す。すると、まじぇくは蓮の真横に並び、指を差しながら説明を始めた。
まじぇく「マップがマス目で区切られてるのは一見すればわかるけど、その端によく見るとこういう風にA、B、C、って上に伸びてるでしょ?」
確かにマップの左端のマス目の隅にAとアルファベットが振られている。
まじぇく「これがY軸。そして、マップの下には番号が降ってあるでしょ?これがX軸。」
まじぇく「マップは方向を変えても向きは変わらない。私たちが北から東を向くと、東が前のマップになる。だからマップのアルファベットと数字はグラパのメンバー全員に通じるの。」
蓮「へぇ…」
まじぇく「……うん。説明してたらみんなからの了解の返事も全部来たから、そろそろ行こっか?」
蓮「え?あぁ、そうか。悪いな。色々説明させて…」
まじぇく「rain君はBHOやってないんだもん。しょうがないよ─っと!!」
しょうがないよ。を言い終えた瞬間。まじぇくは突如蓮の肩に手を乗せ、優しく横にずらしながら右足を踏み込み、剣を引き抜き逆袈裟斬りを放つ。
片手直剣にしか見えないサイズの短剣は逆袈裟斬りの中間当たりで何かを弾くような金属音を響かせた。
その後、蓮を後ろに控えさせる状態に移行し踊るように短剣を回す。
剣が踊るような動きを見せる中、その途中途中でやはり何かが弾けるような金属音が鳴り響く。
8発程音を響かせた後、まじぇくの剣舞は止まり、脇目も振らずに前方へ[ラインムーブ]を発動。
洞窟内故の暗さのせいか、まじぇくはすぐに蓮の視界から消えた。
だが、そのすぐ後に少量の経験値を取得するメッセージが流れる。
そして、パシャパシャと水を踏むような音と共に暗闇からまじぇくが現れる。
まじぇく「ここらへんは鉄砲魚がいるから面倒くさいねぇ…。でもユニーク出すmobだからなぁ…。」
蓮「…何ぶつくさ言ってんだ? それに今のは…何したんだよ?」
まじぇく「独り言! 何したも何も敵を倒しただけだよ?」
蓮「……そうじゃなくて。なんでマップにも視界にも見えなかった敵の攻撃が分かったんだって事」
まじぇく「あ、聞きたい?」
蓮に聞かれた瞬間、まじぇくはニヤァと怪しげな笑顔を浮かべた。
蓮「………やっぱいいや。」
まじぇく「あー!ごめんなさい!言う!言うよ!言わせてください!!」
蓮「…で?」
まじぇく「えっへへへ~」
笑いながらまじぇくは耳元の髪をかき上げ、耳が見えるようにする。
そこには、小さなイヤリングがついており、形は目玉と十字架が組合っている様な少し変わった形。
蓮「…これは?」
まじぇく「[クリアリングイヤリング]!!」
蓮「……そんなドヤ顔で言われても価値とか分からねぇって」
まじぇく「そう…だった。えっとね。ポインター専用スキルでクリアリングってあるでしょ?」
蓮「知らん。」
まじぇく「あるのよ!自分の周辺の敵の位置をリアルタイムで把握できるって言う良スキルが!」
蓮「分かった分かった、それで?」
まじぇく「それはさっき言ったみたいにポインター専用スキルなんだけど、このイヤリングはファイターだろうがマジシャンだろうが使えるようになるの。」
蓮「へー。すげーなー。」
まじぇく「しかも持続時間は付けてる間ずっとだよ?」
蓮「マジかよ!!ハンパねぇなそのイヤリング!!」
まじぇく「やっと凄さ分かったでしょ?」
蓮「チート装備じゃねぇか!何?売ってんの??」
まじぇく「そんな訳無いじゃない…。これは超!激!レアアイテム![サーチャー]ってモンスターから0.002%でドロップする装備なのだぁ~!」
蓮「売ったらいくらになる?」
まじぇく「700Gは余裕かなぁ…。」※ゲーム内でよく使われる数のいい方。千は1K、百万は1M、十億は1G。この場合は七千億。
蓮「げ…ゲーム内通貨だよな?」
まじぇく「当たり前でしょ!?」
蓮「うーん。ダメだ、それが高いのか安いのかいまいちわかんねぇ」
まじぇく「えっとね?大体敵を倒せば100カノン貰えるでしょ?それが─」※カノン:BHO内での通貨。
蓮とまじぇくは、否、まじぇくは蓮にゲーム内での通貨の価値や[クリアリングイヤリング]がどれほど手に入れにくいものかを話し続け、その話は中間地点の休憩広場に着くまでだけに留まらず、休憩広場で蓮が腹ごなしを終えるまで続いた。
一ゲームとして存在していたBHOの中には食事という行動をすることが出来た。
大抵の街には必ず一軒店が存在し、そこではゲーム内通貨を支払い、食事を取る事ができる。
もちろん本当に食事を取っている訳ではない。
リアルで接続している、所謂ユーザーの胃の中には何も入らないし、栄養が吸収されるわけでもない。
ただの自己満足であり、ゲーム内通貨、つまりリアルマネーではないモノで味を楽しめる故である。
味はDIGを通して感じることができる。
味だけではなく、食感、匂いなども完全再現とは言わないが、再現されている。
空腹感もそれなりには満たされるのだが、現実に物を入れているわけではない故にあまりに長時間BHOをプレイしていると、リアルの体に悪影響が及んでしまう。
脱水症状、飢餓などである。
その場合、その症状の前兆が現れ始めた時点で、DIGに外部接続による睡眠状態を強制的に解除される。つまりBHOやその他のゲームの様な”意識を入れて遊ぶゲーム”から強制的にログアウトさせられるという事だ。
だが、今のBHOの場合、その強制ログアウトは実行されることはない。
その理由は、今まででは”意識”をゲームの中へ入れている、つまり体を置いてゲームに入る形だったが、リアルオンライン事件でのBHOは”体も一緒に”ゲームの中に入れる形となっているからだ。
ゲームに体を入れている間、体は言わば封印状態にされており、現実に出現したゲームにログインしたその瞬間よりどれだけ時間が経とうと、体の水分の1mlも減ることはない。
しかし、長い間BHOにログインしていると、減るはずのない腹が減るような感覚に陥る。
それは今まで人間として三食、もしくは二食を毎日食べてきた”習慣”が起こす仮想の感覚。
その感覚は、物を見、物を噛み、物を飲み込むという”食べる”行動によってそれは解消されることが多い。
今、休憩広場にあるお食事処で仮想の空腹を紛らわせている蓮も、言わば習慣による空腹に襲われたからこそ、物を食べているのである。
蓮「(決してこのどうでもいい話を落ち着いて聞くために飯屋に入ったわけじゃねぇ!!!)」
心の中で蓮は叫ぶ。だが、まじぇくの話は終わりを見せず、ペラペラとイヤリング(今は既にイヤリングではなくそれを落とすモンスターの攻略方法に変わっている)について話している。
蓮「…なぁ。もう少し落ち着いて飯食わせてくれないか…。」
まじぇく「何言ってるのよrain君!これからが一番いいところなんじゃない!」
蓮「良い所も糞もねぇよ!!何分喋ってんだよ!!飯食ってる気分にならねぇよ!!」
まじぇく「うー!…うー!わかったよぉ…じゃあrain君がご飯食べ終わるまで待つよぅ…」
蓮「終わってからも出来れば遠慮したいんですがねぇ!?」
頬を膨らまし、黙りながら見つめてくるまじぇくを見、諦めたように食を進める。
パクパク…
じぃぃぃ…
パクパク…
じぃぃぃ…
蓮「(く……食いづれぇ…!!)」
その後、げっそりしながら食べ終えた蓮を待っていたのは、待った時間チャージされたマシンガントークだった。
裏見の滝に突入した全てのPTが集まり、再度集合し、突入する。
ダンジョン攻略前半の様子で行けば、かなり早い時間でボス部屋を見つけることができるだろう。
残り時間は一日以上も余裕がある。少し慎重に探索することもできる。
だが、このダンジョンは既に攻略している人間が殆ど故、BHO以外での敵mobが出ない限り蓮以外のPTは前へ前へ進んでいくだろう。
最初のPTが出発してから4つめのPTが出発する時、最初のPTから一つのチャットが送られてきた。
サフラン[GPT]─[O:1]にボス部屋の扉発見。
全員「はやっ!?」
ボス部屋を見つけてからおよそ数分後。
先にボスがいるであろう扉の前に接続者30人が集まった。
まじぇく「すごいですね…こんなに早く見つけるなんて…。」
サフラン「まぁ…な?」
最初に出発し、そしてボス部屋を発見したパーティのリーダー、サフランは胸を張って言った。
サフラン「このダンジョンは俺の庭みてぇなもんだからな。」
まじぇく「………」
蓮「…?まじぇく?どうした?」
サフラン「んっふっふ。rain君よ。そう言えば君は特異接続者でこのゲームをプレイしていなかったな。」
蓮「…え?なに?俺そんな呼び方されてんの?」
サフラン「非接続者から接続者になるなんて、まずありえない事だからな。そう呼ばれても不思議では無いし怪しまれても仕方のないことだ。」
蓮「好きで接続者になった訳じゃねぇんだけどな…」
サフラン「まぁそんなことはどうでもいい。問題はこのダンジョンのボスだ。」
問題。という単語を使った割にサフランはニヤニヤといやらしい顔を浮かべていた。
対してまじぇくは、眉間に皺を寄せ、苦い顔をしている。
まじぇくの他にも、蓮が見渡すと、女性接続者数名が同じような顔をし、男性接続者はそわそわと落ち着きが無かった。
サフラン「今回は俺がボス情報の確認を取る。」
蓮「…はぁ。」
サフラン「今回のボスの名前は[Mudslime]というモンスターだ。」
サフラン「かなり大きいが、動きは鈍くて攻撃も読みやすい。一部だけな?」
蓮「一部?」
サフラン「そう。一部。後で話してやる。」
サフラン「こいつは少し厄介な体質で、物理攻撃でのダメージはある条件を満たさなければ通らない。」
サフラン「ある条件とは、魔法の水属性の異常状態[氷結]が付加できる攻撃を与えること。だ。」
サフラン「ここにいる30人の中で[クレーター]は4人もいる。仮に水魔法を取っていなくとも倒せるし、4人のうち一人でも水魔法を取っていれば確実だ。」※クレーター:魔法職マジシャンの第二次職。魔法スキルを使いこなし、属性は火、水、雷、風、土に分けられる。
サフランは4人のマジシャンに属性を聞くと、その内2人が水を取っている事が判明した。
サフラン「よっしゃ。これで前の様なイレギュラーな事態にならなければクリアは確定だな。」
フン。と短く息を吹き。それまで真剣な顔から一転し、ニヤァ~といやらしい顔になる。
サフラン「それでは?さっき言った一部の攻撃の説明と行きますか?」
蓮「………」
サフラン「[Mudslime]の警戒すべき攻撃は二種類ある。一つはフィールドにいる全員に[鈍足]の異常状態を付加させてくる[溶ける]攻撃。」
サフラン「溶ける攻撃の[鈍足]は氷結系魔法を与えていれば使用頻度が少なくなる事が検証されているし、仮に[鈍足]になっても攻撃を避けることは簡単だ。」
サフラン「そして?もう一つが[拘束]という攻撃だ☆」
パチンとウィンクする。
蓮「…聞くに結構厄介な攻撃なんじゃないか?」
サフラン「ぅいっひひひ…これがよ?全然厄介でもなんでもないんだよ。」
蓮「…それなら警戒すべきも何もないじゃねぇか。」
サフラン「あぁ。男は、な?」
蓮「…?」
サフラン「この[拘束]という攻撃は[Mudslime]が[女性接続者]に触手を高速で伸ばす攻撃なんだが…」
サフラン「これに捕まればな?触手が[女性接続者]にまとわりついてな?エロいの何の!」
蓮「」
サフラン「捕まった方もヌルヌル感とまさぐられてる感で……とにもかくにもいいんだよ!エロいんだよ!!」
蓮「」
蓮が振り向くと、女性接続者達はまるで親の仇の様にサフランを睨みつけていた。
蓮「…もしかして…さっき俺の庭とか言ってたのは…」
サフラン「ん?あぁ。俺はこのダンジョンが大好きでな?始めたばかりの初心者の手伝いで何回も何回もこのダンジョンをクリアしてるんだよ。」
サフラン「クリアしていく内にこのダンジョン構成のパターンってのがわかってきてな?」
蓮「…だからこんなに早くボス部屋が見つかったのか…。」
サフラン「今回はあのまじぇくも居ることだしなぁ。張り切った張り切った。」
蓮「……あんたすげぇオープンな?」
サフラン「エロに正直で何が悪いんだよ?」
蓮「それにしたってもうちょっと抑えろよ…。」
サフラン「エロに生き、エロに行動し、エロの為に努力する。男ってのはそういうもんだろ?俺はエロの為ならどんな努力も惜しまない!あぁ、法律に反しない程度でな?」
蓮「…はぁ…。」
蓮が溜息をつく。その後ろでは男性接続者達はその言葉に心を打たれてか、泣きながら賛美の言葉を投げていた。
*
サフラン「………」
ボスに挑戦する前、暴走(?)し、はっちゃけていたサフランの姿はそこになかった。
不機嫌に顔を歪め、眉間に皺を寄せながら”元”シナリオダンジョンだった場所に立っている。
大きい洞窟も今は姿を消し、本来あるべき街の姿を取り戻していた。
サフランが不機嫌な理由。それは彼が楽しみにしていたイベントが発生しなかったからであった。
数十分前…
シナリオダンジョン、「裏見の滝」のボス[Mudslime]に挑み始め、数分が経った。
全体的にレベルが高く、戦闘能力もそれぞれ高いフリーランス達のおかげで何のハプニングもなくボスのHPは減っていった。
[溶ける]攻撃も、食らったメンバーをそれぞれが上手くカバーし、誰ひとりHPが赤くなることも、黄色になる事も無かった。
このままのペースを保っていけば、かなり安定した状態でボスを倒す事ができるだろう。
だが、そんな状態に関わらず、メンバーの中にはある種の緊張を孕んでいた。
男はソワソワと、女は少しビクビクと。
そう。この[Mudslime]の特殊攻撃[拘束]を危惧しての事だ。
この[拘束]は予備動作がなく、加え速度も速い為避ける事がかなり難しい。
では避けることは不可能なのか、という問も出るだろう。
その答えは「NO」である。
BHOのwikoに掲載されている文を参照すると、
Mudslimeの[拘束]攻撃は予備動作がなく、事前に判別する手段は無い。
しかし、攻撃が発生した瞬間にMudslimeがノックバックを受けることにより、攻撃がキャンセルされたことが報告されている。
また、拘束攻撃が男性プレイヤーに当たった場合、その拘束攻撃を受ける筈だった女性プレイヤーへの拘束攻撃はキャンセルされる事も確認された。
つまり、拘束攻撃は特定の条件によって回避する事が可能なのだ。
今、サフランが不機嫌な理由はおおよそ分かるであろう。
確かに、確実に、Mudslimeは部屋にいる全女性プレイヤーに対し[拘束]の攻撃を放った。
だが、その瞬間に一撃、Mudslimeにノックバック効果のある攻撃が当たった。
それを放ったのは、他でもなくサフラン本人であった。
[拘束]には予備動作がない。
故に、見分けることは不可能である。
場面はサフランがスキルを9つ使った所。
サフランの職業は「ショットランサー」。遠距離第二次職である。
手に持つ大きな銃の銃身からは煙が出始め、次の攻撃を放てば武器のクールタイムが発動することの予兆であった。
サフランは、最後のスキルを放つ為、かかとを地面にカツッと立てた。
その瞬間、地面からとても大きな、人の身長の3倍はあろうかというほど長い銃身を持つ銃が出現した。
直ぐにその銃から爆音と共に巨大な銃弾が飛び出し、Mudslimeに向かって飛んでいく。
ショットランサーの、確認されているスキルの中で特別攻撃力が高く、クールタイムも長いスキル。[アハトアハト]
銃弾を撃った後は直ぐにポリゴン片となって姿を消したが、そのとてつもなく大きい銃弾はMudslimeに当たる瞬間まで近づいていた。
だが、その瞬間。
Mudslimeはその場にいた女性プレイヤーに手を伸ばしていた。
その手は届くことはなく、アハトアハトの銃弾がMudslimeを貫き、全方向にその体を飛び散らせた。
サフランがBHOをプレイしていたのはレベル22の時。
サフランは忘れていた。
武器が変わっていることに、エンチャントが強くなったことに。
彼が放った[アハトアハト]の威力は彼が思っていた以上に高くなっていた。
[アハトアハト]はMudslimeのHPを0.5割も削り、倒してしまったのだ。
サフラン「ぁ…。」
小さく声を上げる。
サフランの視界にはボスを倒したことにより取得経験値と取得金額が表示されていた。
周りの女性プレイヤーを見渡すも、絡まれた女性プレイヤーは一人も居らず、[拘束]の攻撃が中断されたからか、体にMudslimeの破片が付いているだけであった。
サフランはガクリと膝を付き、一粒、涙を零した。
涙が落ちた所からダンジョンの消滅が始まり、いつしか裏見の滝だったそこはガラリと姿を変えていた。
蓮「………」
膝を付いているサフランに蓮は近づいた。
それを察知したサフランはポツリポツリと語りだす。
サフラン「俺はな?あのMudslimeが愛おしくて愛おしくてたまらなかったんだ。」
サフラン「俺にあんな素晴らしい光景を見せてくれるあいつが、とてつもなく好きだったんだ。」
サフラン「だから俺はBHOがまだゲームだった時、毎日のように会いに行った。もちろん、女プレイヤーを連れてな?」
サフラン「毎回変わるダンジョンの法則性も覚えるほどに、毎日…毎日…。」
サフラン「皮肉だよな…。それが、本当に最後に会える時に、そのトドメが俺だなんて…」
蓮「………」
サフラン「…笑うなら笑えよ。」
蓮「…いや、あの、何の話?」
サフラン「………。ちょっと、空気読もうか?」
進行率:100% 死者:なし
裏見の滝ダンジョンクリア後、大西洋の一角に巨大な発現現象を確認。
近くにいる接続者の情報によると、[カンガウェルド]という街であることが判明。
後日、調査隊を設立し、派遣する。
次話は少し時間が経ってからのお話になります。