思い込みと勘違いは、ほどほどに。
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個人客用の客室には、なぜかあの人がいます。
まさか、昨日の件で来られたのでしょうか――いいえ、考えすぎですね。ディアに会いに来たんでしょう、きっと。もしくは、ただたんに普通のお客様として来られたのかもしれませんね。そうですよ、きっとそうですよ。テッラもいっていたではないですか、お客様って。テッラなら、婚約者様、というと思います――ディアが婚約したことは知っていますからね。
――でも、前者ならわたしが入るのははばかれますね。恋人同士の邪魔になります。体調面は確かに心配ですが、もう少し一緒にいさせてあげたい――それが姉心というものです。
しかし、後者なら?後者なら遠慮なく代わらせていただきますよ。お客様が“妹の婚約者”だろうが、“婚約者”ではなく“お客様”として来られたなら話は別ですからね。
(問題はどうやって判断するか、ですよ)
……どうやって判断しましょうか。テッラなら、扉の向こうを探ってすぐに答えを導きだしそうですが。あいにくと、わたしは彼女のような特技はありませんからね……。はて、どうしたものでしょうか。いつまでもこうしているわけにもいきませんし。ここは思いきって、いってみますか?
「では――で、僕はこれで」
「――で。――次は――ますね」
わたしがどうしようどうしようとあたふたしている間に、商談?が終わったのか、声が近づいてきます――こちらに。ええ、こちらに!扉にですよ!
(ああぁ、どうしましょう?!)
「では、そのようにお願いいたしますわね」
「私は自信がありませんけどね……」
「何を今更おっしゃっておられるんですの?当初の目的の手段から離れたとはいえ、行き着く先はひとつということは変わりませんのに」
「あなたはいつも余裕で笑っておられる。私もあやかりたいものだ」
「あら、おかしいことを。ことの言い出しっぺはそちらですわ」
「のったのはあなたの従妹と、あなたの叔父夫妻だ」
「もうここまできたら一蓮托生、後戻りはできませんのよ。結果に向けて、打てる手は打ちできうる最良の方法をとる。――商売の基本ですわ?」
「あなたには頭が上がらない」
「あら、ずいぶんと弱気になられましたわね?」
「――いつものことですよ。では、また」
「ええ、また次の商談でお会いしましょう?そのときは色好い返事をお待ちしておりますわ」
「ええ、頑張りますよ」
「――ナディア。そこに隠れているのはわかっていますのよ」
「………」
――わたしの勘違いのようです、どうやら。
「オリヴィア姉様……」
扉から出てこられたのは、金髪に青い目のがっしりした大柄な男性と背の高いすらりとした気の強そうな日に焼けた赤毛の美女――ランドン氏と妹ではありませんでした。よく似た声の方と、従姉のオリヴィア姉様でした。とりあえず近くの飾り棚の影に隠れたのですが、姉様にはバレバレでした。
「ディアナのお見舞いにきたら、驚きましたわ。ジョナサンがナディアが倒れたっていうんですもの。顔出しに来たテッラが看病しているというし、そこへお客様でしょう?ディアナはふらふらしながら相手し始めるし、ジョナサンはあなたを呼ぶといいきかせても、ディアナがわたしが対応する、お姉ちゃんに心配かけないでと聞かないんですもの。――その様子なら、テッラはわたくしが来たのは知りませんのね。あの子なら得意のあれでわかりそうなものですのに。よほど、あなたの看病に集中していたんですわね。まぁとにかく、らちがあきませんから、とりあえずわたくしが対応しましたのよ」
――情けないです。
姉様は、ため息をつきながら肩をすくめ、こちらを見ました。
「まあ、あなたが倒れるのも久しいから、ディアナがここぞとばかりに張り切ったのでしょう。あの子、ジョナサンとテッラの制止もふりきりましのよ?ジョナサンがお客様に次回にといってもあの子が首を横にふるばかり」
「ディアは、頑固で猪突猛進なところがありますから。一度そういったら、なかなか考えを変えませんし、そのまま突っ走ってしまいます。いつもなら、わたしか母が止めるんですが」
わたしが苦笑すると、姉様は呆れた、といって両手を腰にあて天を仰ぎました。もうやってらんない、姉様のという意志表示です。
「まぁ、お得意先のランドン氏だったから、なおさらですわね。お得意先の方にきちんと対応したのよ、とあなたに胸を張りたかったんですわね、きっと」
――ちょっとまって姉様?!
「ランドン氏??」
「あら?他のどなただと思いましたの?」
「えっと…」
「まあ、どなたと間違ったかはどうでもいいですわ。でも、ナディア?」 姉様が、真剣な顔でこちらを見ます。うぅ、怖いですよ……。
「お得意先の若様の顔はきちんと覚えておきなさい。あの方は、ランドン商会の若様、レイナード様ですのよ。ディアナでさえわかっていましたのよ。跡継ぎのあなたがわかっていなくて、どうしますの?」
――姉様のお説教が始まりました。
姉様は、父方の従姉です。18である私たち姉妹よりも5つも上で、昔から営業面で我が家を手伝ってくれていました。今では、営業担当の若者たちを教育する立場です。
「仕方がありませんから、もう一度、わたくしがお客様に対する態度を教え込んであげますわ。そのままでは我が薬問屋マディンバラの質が疑われますからね。来週から、昼過ぎは二時間ほど開けておきなさい。いいですわね?」
――ぐうの音も出ませんとも。
――そのあとはいうまでもなく、姉様から長々と見舞いという名の説教をプレゼントされました。
それにしても、残った疑問がひとつ。
『ことの言い出しっぺはそちらですわ』
『のったのはあなたの従妹と、あなたの叔父夫妻だ』
――姉様と、若様が話していた内容。これは、どういったことなのでしょう?若様の発言の、姉様からみて従妹、それはわたし達姉妹です。しかし、わたしはランドン商会の若様の顔すら知りませんでした。なら、若様のいう従妹はディアの方になりますよね。
……父と母、そしてディアと姉様、ランドン商会。
――わたしの知らないところで、いったい何を……?
最後までご覧いただき、いつもありがとうございます。
今回キースは出ません。出ると思った方、すみません。
また話数がのびそうです…連載は難しいですね。
伏線が回収しきれません。まだ転のままです…




