返答に困ります。
「でも、おまえの幸せはどうなんだ?」
――帰路の途中、ヴェインがそんなことをいいだしました。
「わたしの幸せ?それは」
「まて」
答えようとするわたしの言葉をヴェインが遮りました。しかもため息までつかれましたよ。なんですか、そのあからさまに大仰なため息は。
「何ですか?」
わたしはむっとしました。なんで遮るんですか。
「わたしの幸せはディアの幸せとかいうな。俺がいいたいのは、自分をころしてまで得る幸せが本当に幸せなのかってことだ。それに、俺もあいつもおまえがそこまですることを望んでいない」
どこか切なそうにヴェインはいいました。ヴェインのいうあいつとは、ディアのことでしょうか。
「おまえがあいつの幸せを望むように、あいつもおまえの幸せを望んでいる。自分の幸せはおまえの幸せだって。おまえらは、自分をころしすぎてんだよ」
「――それは、わかっているんです。お互いが、お互いの幸せを、過剰なまでに自分をころしてまで望んでいること」
「いや、おまえはわかっていない、ナディ」
ヴェインが眉間を寄せて、切なそうな、思いつめた表情で訴えてきます。うう、そんな顔で見ないでください……!
「だからこそ、です。わたしはお姉ちゃんだから、あの子がこれ以上自分をころさなくてすむように、いっそう努力をするんです。あの子はからだが弱い。いつ体調を崩してもおかしくないんです、これ以上無理はさせたくはない」
「おまえは、全部を担うのか?ディアに負担がいかないように。あいつは気づくぞ。おまえがどれだけ内緒にして、裏で頑張っていても、あいつは必ず気づく」
「気づかないようにするんです」
「無理だ」
ヴェイン、さっきからなんなんですか…!発言といい、距離といい、……近いです、なんでお話するのにだんだん距離を詰めるんですか!?
――ヴェイン、あなたでもこれだけはゆずれないんです……!だから、そんな顔をしないでください……!
いつもわたしたちのことで頭を悩ませてしまい、たくさん迷惑をかけているあなたには、今以上に心配させたくはないんです……。だって、あなたは、わたしたち二人の大事な幼友達です。かけがえのない大切な存在なんです。気まずくなりたくはありません。
「譲れないって顔をしてる」
だんだんと近寄られて、ついに壁際まで追いやられました……背後は壁、前はヴェイン。拳ひとつ分の距離しかあいておらず、しかもヴェインは両手を壁につき、私を囲んでしまいました。に、逃げれませんよ、どうしましょう…?!
「おまえだって、あいつほどじゃないがからだが弱い。すぐに疲れて、すぐに倒れるのは目に見えている。いまでもそれなのに、さらに背負ったらどうなるんだよ」
――はい、まったくです。反論、できません。
「ナディ」
うわあ、うわぁ、近い、近いです、近いですってば!吐息まで聞こえます、拳ひとつ分の距離までなくなりました!
「どうしても譲れないなら」
あぁ、近いですってばぁああ!!
「おまえの隣に立つ権利を俺にくれ。おまえが倒れそうになったら、俺がそのまえに支える。おまえがやりすぎないように、自分をころしすぎないように、支えさせてくれ」
――えぇぇ!?
まさか、まさかこれは、世間一般でいうあ、愛の告白というものなのでしょうか!?ヴェインが、わたしにですか?!確かにヴェインは大切な存在なんです。けれども、それは恋愛感情ではなくてですね、たぶん…自分でいっててわからなくなってきましたよ。
とにかく、おしめを一緒にかえてもらっていた頃からの仲なんですよ?兄か弟みたいな感情で接していたので、わたしはいまとても困惑しています。そもそも、親友だと思っていました。兄弟に近い、幼友達で親友、そして最大の理解者。ちなみに、たぶんディアも同じ認識だと思います。
それにしても、あぁ、頭がまともに動きません……だいぶ混乱しているようです、わたしの頭。もう少しで理解できる範疇が、越えてしまうのではないでしょうか……?
「返事はいつでもいい」
ヴェインは優しくそういって、ゆっくりとわたしを解放してくれました。
「すまん、混乱させたみたいだ。答えは、ゆっくり考えて、落ち着いたらでいい」
――そして、にっと笑って。
「混乱して戸惑うおまえも、たまにはいいな。じゃあな」
――とても余裕な笑みで去っていかれました、はい。
わたしは、しばらく口を開けたまま立ち尽くしていました。
次に会うとき、どんな表情をして会えばいいか、とても悩みます。
「どうしろというんですか、もう……」
「まずはお屋敷の中に入られたらいかがでしょうか、お嬢様。まだ外は寒くございますゆえ、お風邪を召されてしまいます」
「ひゃああああ!!」
あぁ、びっくりしました…。いつのまにか、我が家の門前まで来ていたんですね。ああ、だからヴェインは帰ったのですか。
ジョナサンは、我が家に執事として仕えてくれています。わたしが生まれる前から我が家に仕えてくれているそうですよ。たいへん忠義に厚い人です。ですが、ジョナサン、いつもいっていますけど。
「ジョナサン、毎回毎回、気配を消して近づくのやめてください…」
……心臓に悪いですから。
「このジョナサン、仕えるマディンバラ家のご家族に、何も思い煩うことなく、つつがなく過ごしていただくために、常に空気のようにと努めております」
――相変わらず斜め上な回答をありがとう、ジョナサン。
「ですからお嬢様、是非ともお屋敷の中へ。顔色が悪いですゆえに。――もちろん、あの小僧やらがお嬢様を苦しめた結果を除いて、ですが」
――み、見られてましたぁぁあ!!
「じ、ジョナサン、どのあたりから見ていたの……」
「すべてにございます」
――だああああ!!穴、どこかに穴はありませんか?!
「あの小僧やらが、お嬢様に何かをやらかしはしないかと、不肖ながらこのジョナサン、影から見張っておりました。すべて、お嬢様をお守りするためですぞ」
「………」
――もう、何も返答できません。ジョナサン、文字通り影から見ていたんですね。見ていたのなら、壁に追いやられた辺りで助けて欲しかったです、ジョナサン。




