あなたは間違っているんです。
勘違いや思い違いというものは、実に恐ろしいものだと、私は思います、神様。
「――で、僕と結婚してくれるよね、ディア」
ここは、王都でも若い女性に人気のあるカフェです。お食事の味も良いんですが、かわいいことにこだわるお店なんですね。内装、運ばれてくるお料理の見た目、そしてウェイトレスさんの制服。どれをとっても、女性に人気の童話のお話をモチーフにしているんですよ。毎月、そのモチーフが変わるんです。だから、毎月毎月通う女性が絶えないんですね。
「聞いてる、ディア?」
そんな可愛らしい店内にて、わたしはとある男性と相対しているわけなんですが。わたしは、彼の話などそっちのけで、初めてくる店内を楽しんでいたんです。だって、この人とまともな会話をする自信がないんです。だから、現実逃避というものも兼ねてました。本来なら、現実逃避の気持ちなど込めずに楽しみたいものです。
さて、放っておくのも時間が問題です。うまくいく自信はないのですが、うまくいくことをお祈りして、現実に向き合うことにしましょう。
私の目の前に座るのは、さらさらの金髪と宝玉のような紫色の目をした、中肉中背の若い男性です。彼のお名前はキース・ランドン、王都に拠点を構える富豪ランドン商家の三男坊ですね。見目もよい、お金持ち。この組み合わせなら王子さまのように思い、若い女性は夢を見てしまうんですが…実際は夢を見てしまいましたけど。現実は、そらさずにきちんと見ないといけませんよね、まったくです。
「申し訳ありません、聞いておりませんでしたわ。お店がかわいくて、目移りしてしまいまして」
でも、なかなか言い難いですね…見目が無駄に良いと困りましたね。
この方、婚約者です。先日、お見合いをしたんですね。元々この方は乗り気ではなかったそうなのですが、両親の仕事の取引の都合上避けられないお見合いで、まあ結果としては、上々だったんですね。こうして何回も席をもうけ、気持ちを確かめあい、婚約に至ったわけですから。
「――もう一度いうよ、僕と結婚してくれるよね、ディア?」
彼が、真剣な表情でこちらを見つめます。その目が潤んで、情熱的です。見目がよいのがさらに拍車をかけますね……!う、陥落してしまいそうです……そんな表情でわたしを見つめないでください……!それでも、なんとか持ちこたえないといけません、ええ!
彼に最初あったあとに、後悔してから、もう二度と揺るぐもんかと決意を胸にしたんですから……!
「いいえ、貴方とは結婚はできません」
言い切りました!わたし、偉い、よく頑張った!……言い切った途端に少しだけ目をそらしてしまったのは、ご愛敬ですからね?
「どうして、と聞いてもいいかな?」
揺るがない真剣さで、彼は続けます。わたしはさらに揺らぎかけました。とても、やばいですよ……耐えるんです、耐えるんですわたし!
耐えないと、いけないんです。彼は決して手が届いてしまってはいけない人だからです。なぜなら――――
「わたしは、ディアではありませんから」
――あなたと見合いをしたのは、ディアであってわたしではありませんから。
この一言をいいきるまで、泣きそうになりました。泣いてはいけないんですが、泣けてきますよね。だって、わたしは彼が求めたディアではないんですから。わたしが恋した相手は、わたしを通してわたしじゃない人を見ているんですから。だから、勘違いはさっさとといて、訂正を入れないといけません。このままでは勘違いが誤解に発展しかねませんから……。彼がわたしをディアだと思い込んでいるという夢は終わりです。わたしが、彼にこれ以上夢を見てしまわないためにも。
「申し訳ありません。ここにいるわたしは、あなたに今までお会いしていたディアではありません。今日は、彼女の代理できました。お初にお目にかかります、わたしは、彼女の姉です」
自分でいってて、胸が痛くなってきました。だって、彼が、キースが、切なそうに目を背け、ため息をついているんですから……。騙したわけではありませんが、辛いです。騙したわけではないけれど騙してしまったような気持ち、彼に嫌われてしまったんだという悲しい気持ちで、胸が痛みます。そして、ディアと彼を素直に祝福できない自分に対して、気持ち悪くなるんです。彼はさっき、素直な気持ちを吐露していました。それは、ディアに向いていました。彼の気持ちは、ディアのものなんです。
「今日は、妹は部屋から出れなかったんですよ、貴方に会いたくて、嬉しすぎて熱を出してしまいましたから。それでも、会いたかった、会えなくてごめんなさいという言葉を伝えに、わたしは来たんです」
そう告げながら、わたしは席をたちました。頑張って笑顔を保っていますが、そろそろ耐えられそうにありません。限界が近づいています。
「ですから、さようなら。ディアを怒らないでくださいね」
彼を見ずに、駆け出しました。後ろで、彼が待ってという声が聞こえてきますが、待ちません。ええ、待てませんとも。
わたしはカフェを出ると迷わずにカフェの近くの路地に逃げ込みました。まっすぐ走って、角が来たら右へ折れ、また角が来たら今度は左へ。そんな感じで道を違えないように進みます。たまに後ろを振り返りながら――彼は追ってきてはいませんでした。追われないように、わざとわかりにくい道順を選んでいるんですけどね。
それでも、追ってきてほしかったという気持ちと、追ってこられて何がしたいんだという相反する気持ちで、さらに胸が締め付けられ気持ち悪くなりました。いつのまにか泣いていたようで、ぼろぼろと涙が頬を伝っていました。きっとお化粧がすごいことになっていますね。母がいっていた、“お化粧をしたら絶対泣いてはいけない”という言葉を身をもって実感してしまいましたよ。それを逆手にとって、“お化粧をして泣けない状況を作る”おまじないはあだになりましたね。
「いつまで泣いてんの」
今わたしがいるのは、ある人と落ち合う場所でした。王都のこどもたちが遊ぶ、路地裏の小さな広場。そこの空き箱に、ある人は座っていました。
「ディアも、姉を苦しめることをするな」
ある人――幼友達のヴェインが苦々しく吐き捨てました。彼は、妹のことが嫌いではないのですが、“お花畑”な思考回路がたまに許せないそうです。無邪気に、周囲に迷惑をかける行為をしてしまう妹を。妹は愚かなところもあるかもしれませんが、それをひっくるめて“ディア”です。彼女は裏表がなく、あまりにも真っ白で、誰にも敵対感情を持たない様子は、見ていて眩しい存在です。
「ディアだから、いいんです。ディアが悲しまなかったらそれでいい」
「相変わらず、お人好しだな、おまえは」
「これはディアよしっていうんですよ」
苦笑するわたしに、彼も笑います。
「そうだったな、おまえは双子のお姉ちゃんだからな」
「ええ、そうですよ。一緒に生まれたんですから。彼女の幸せが、わたしの一番の優先事項なんですよ?なにせ、わたしの半身ですから」
――ヴェインに伴われ、帰路に着くわたしは気づきませんでした。私たちの後ろに、彼がいたことを。彼が、今にも泣きそうな複雑な表情を浮かべた顔で、こちらを見ていたことを。そして、そんな彼を、わたしの後ろにいたヴェインが振り向き様ににらみ返していたことを。
初連載です。緊張します。