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皇紀973年12月14日午前11時10分 帝都北東上空 穹凰甲板

◆皇紀973年12月14日午前11時10分 帝都北東上空 穹凰クオウ甲板


『エレベーター、上げるぞォ』


 ガゴンとロックの外れる音が響き、上甲板へとエレベーターが上昇していく。頭上では装甲がゆっくりと開いていき、日の光が差し込んでくる。


「じい。颯飛ソウヒは1人でも操縦可能だ。無理に――」

『何度も申したはず。心配は無用』


 阿澄のかたくなな返事に、雨宮涼はため息を1つ吐くとなんとはなしに苦笑が漏れた。


 Dリバースの占拠する舫凰ホウオウが帝都に入り、国政議会ビルを破壊してから遅れること数分――という距離まで穹凰クオウは詰め寄っていた。穹凰クオウの位置からも帝都に立ちのぼる煙はしっかりと確認が出来、レーダーには舫凰ホウオウの姿を捕らえている。この位置から、主砲による攻撃も可能ではあるが、帝都への被害を考慮すると、実施する訳にはいかなかった。


 そこで、74式の支援空輸機である颯飛ソウヒを用いて、一足先に颯刃ソウジンを乗り込ませることにする。


 颯飛ソウヒの操縦は、颯刃ソウジンからの遠隔操作で行うことが出来るが、パイロットが乗り込んで直接操縦した方が良い。とは言え、開戦反対派に人員の余裕がある訳は無く、涼は1人で行くつもりであった。発進の準備を進めていると、阿澄がヘルメットを持って颯飛ソウヒへと乗り込む。何をしているのかと問えば、自分が操縦するという。涼や周囲の人間は止めるのだが、押し問答になり、時間に余裕がある訳でも無いため押し切られる形となった。


 エレベーターが上昇しきると、上甲板にあるカタパルトと連結される。


颯飛ソウヒ、出るぞ』


 ゴッという音と共に、カタパルトが颯飛ソウヒを押し出すべく一気に加速させる。涼は、頭上から掛かるGに身を強張らせた。



「頼むぞ」


 穹凰クオウ艦橋で、浦部中佐が呟く。


「レーダーに感。ロックされています!」


 レーダーの艦橋スタッフが、勢いよく振り返り報告する。


「方位3、ジグ。回避航行」

「アップ30、回避ーッ」

「敵、攻撃開始」


 小城原おぎはら大佐がジグザグ航行による回避運動を指示する。ここで言う方位3とは、正面を9つに区切り大まかな進行方向を示し、右斜め上方に当たる。回避運動に移った直後、穹凰クオウがいた空間をかすめるように敵砲弾が通過、近接信管が働き炸裂する。その大型弾頭の爆発は、回避運動に移っていた穹凰クオウの巨体を揺すった。焔凰エンオウからの主砲――420mm三連砲塔による攻撃だった。


「左舷損傷ッ」

「ダメージコントロール、被害状況を知らせ」

「左舷、180砲塔いちはちまる220砲塔にーにーまる、艦底ハッチ5門損傷。負傷者若干名」


 近接信管により爆発した砲弾は、穹凰クオウ左舷、180mm三連砲塔、220mm三連砲塔、下部発射口5門を損傷させた。穹凰クオウは、空中へと浮かぶ必要があるため、極力軽くしている。そのため、要所以外の防御に関して、心許ないところがあった。


「詳細は?」

「180砲塔、220砲塔、共に使用可能。艦底ハッチは開閉困難とのことです」

「開閉困難だと。くそ、やってくれる」


 穹凰クオウから反撃するには、もっと接近する必要がある。もっとも、焔凰エンオウ側も舫凰ホウオウ下部に合体しているため、相手に上昇されると遠距離攻撃を行う手段を無くす。ミサイルによる攻撃という手段もあるにはあるのだが、チャフやフレアといった回避手段があるため、遠距離の場合、命中率は激減する。お互いに接近しつつ、相手の上をいかに取るかということが命題だった。


「問答無用で撃ってきましたな」

「帝都を破壊しているような連中だからな」


 遠距離攻撃が可能な舫凰ホウオウ焔凰エンオウペアに対し、穹凰クオウ側は、その身軽さが優位な点である。相手の頭を押さえるべく、回避航行を取りつつ上昇していった。



 一方、舫凰ホウオウ側は、穹凰クオウが上昇しようとしまいと、追撃を行うのは難しい状況となっていた。舫凰ホウオウは、八家菅原やえすがわら基地から緊急発進した69式戦闘機 雷飛ライヒとの戦闘に突入していた。とは言え、既に一方的な状況へと移り変わっており、雷飛ライヒ部隊は壊滅の一歩手前であった。緊急発進した雷飛ライヒは、警告が主目的であった。舫凰ホウオウ側は、雷飛ライヒとの通信を開くこと無く、一方的に攻撃を開始。その問答無用な初撃の時点で、雷飛ライヒ側の半数が失われた。



「じい、操縦を代われ」

『大丈夫、です。それに、颯刃ソウジン、では、視界が悪いッ』


 颯刃ソウジンを載せた颯飛ソウヒが、舫凰ホウオウの弾幕を避けるように右へ左へとロールする。阿澄は操縦が出来るとは言え、整備士であり、涼が操縦した方がマシにも思えるが、颯飛ソウヒに横たわるように括り付けられた颯刃ソウジンからの操縦では、どちらがマシかは微妙な所であった。下が正面になるような形で座っているため、モニターの視界情報と一致しないGが身体に掛かる。そのため、咄嗟の判断が下しにくいといった問題をはじめとして、細かい問題が散在していた。また、阿澄が言うように、モニターでしか周囲を確認出来ない颯刃ソウジンコックピットでは、この弾幕の中を飛ぶのは困難なことが容易に想像出来た。


 ガガッという甲高い音と共に機体の制御が失われ、ロールを止めることが困難になった。右翼側の補助翼、スポイラー、昇降舵を損傷し、ちょっとした挙動に大きく振り回される様になる。舫凰ホウオウに接近したがゆえ、密になった弾幕に引っかかったのだ。


「じい、上部のドックに突っ込め」

『了、解ッ』


 更に密になった弾幕に突っ込む形となったが、致命的な損傷を受けること無くドック内へと侵入する。さすがにドック内まで銃座は設置されておらず、攻撃に晒される事は無くなった。しかしながら、ここに到達するまでに両翼を損傷し、まともに舵を切ることも難しくなっている。ドガッと派手な音を立てながら、壁に激突し、擦過による火花を散らしながら上甲板へと落下していった。壁面の各種パイプを傷つけ、蒸気やオイルが噴き出し降り注ぐ。


「つぅッ、――じい、大丈夫か?」

『な、なんとか』


 雨宮涼は、首を振りつつ、自身と阿澄に怪我が無いことを確認すると、颯刃ソウジンを動かし、上に覆い被さるような形になっている颯飛ソウヒの下から這い出した。ほぼ中間地点のやや艦尾寄り――艦首側内壁まで180メートルといった所だろうか。颯飛ソウヒのコックピットハッチが歪んでしまっていたため、颯刃ソウジンにて破壊、阿澄が外に出る。


 集音センサーがゴゴンッという音を捉えた。艦尾両舷のエレベーターが上昇し、2機の双嶽ソウガクが動き出す。


「じい、走れッ」


 阿澄は、艦首側正面上部に位置するドック内作業指示所へと向かって走り出す。涼は、颯刃ソウジンを艦尾の双嶽ソウガクへと向け、接敵するべく移動を開始した。双嶽ソウガクが40mm機関砲を連射する。こんな物が人に命中したら、ひとたまりも無い。阿澄のいない側へと颯刃ソウジンを移動させ、射線を誘導する。空を切った弾丸が、ドック内に弾痕を残す。上甲板はともかく、内壁に装甲板は付いていない。そのため、内壁に走る配管を傷つけ、蒸気とオイルが噴き出す。その蒸気が颯刃ソウジンのカメラを曇らせた。それと同時に、双嶽ソウガクから姿をくらませる役目も果たす。


 敵双嶽ソウガクが蒸気へと近づく。直後、蒸気をまといつつ飛び出してきた颯刃ソウジンが、ピタリとガリニウムランチャーを構え、双嶽ソウガクへと放つ。双嶽ソウガクが素早い反応を見せ、上体をひねる。しかし、それでも避けきれず、胸の部分を溶解させつつ転倒した。爆発こそしない物の操縦不能におちいり、無効化に成功する。次の1機へと向かおうかというその時、再度、ゴゴンッという音を立てつつ、エレベーターが上昇し、更に2機の双嶽ソウガクが姿を現した。


「くそッ」


 いくら舫凰ホウオウのドックが広いとは言え、戦闘を繰り広げるには窮屈と言わざるを得ない。3体の双嶽ソウガクからの射線が、颯刃ソウジンへと向かう。いくら颯刃ソウジンが身軽で素早く動けるとは言え、攻撃を避けきることは難しい。肩や脚に40mm機関砲が命中し、コックピット内にガンガンッと音が響く。



 阿澄は、息も絶え絶えになりながらドック内作業指示所へと繋がる階段下まで走り付いていた。20メートルはあろうかという外階段を見上げる。落ち着かない呼吸を少しでも整え、大きくため息とも付かない息を吐くと、指示所を見据え駆け上がり始める。舫凰ホウオウの構造に詳しくない阿澄ならば致し方ないことであったが、少し奥にエレベーターが設置されていた。



 突出していた双嶽ソウガクに対し、颯刃ソウジンのスピードを活かし懐へと潜り込む。ガリニウムランチャーを2射し、右肘、腰部を撃ち抜く事に成功する。これで敵、双嶽ソウガクは2機に減った訳だが、颯刃ソウジンの集音センサーがゴゴンッという音を背後に捉える。先ほどの双嶽ソウガクを、前方2機の方へと蹴り飛ばすようにして弾幕の盾とし、背後へと振り返る。


 黒いHArTSが1機、エレベーターから降りてきた。颯刃ソウジンに比べると無骨なデザインではあるが、腕部と脚部に独特の球体と円柱状の突起が付属していた。その装備は、形状からガリニウムドライブであると推測が出来る。涼は知らないことであるが、その黒色のHArTSこそ、もう一種の74式候補 影刃エイジンであった。


「新手、――新型かッ」


 先手必勝とばかりにガリニウムランチャーを放つ。さすがに、そう簡単に命中するとは思ってはいない。思ってはいなかったが、敵HArTS――影刃エイジンは、涼の想定外の機動を見せる。


 目に付くような溜め動作も無しに、颯刃ソウジンを遙かに超える高さに飛び上がったのだ。とんぼを切るかのような機動を見せたかと思うと、ドック内壁を蹴り飛ばし颯刃ソウジン目がけて突撃してきた。影刃エイジンは、両腰に装備された打突兵装を引き抜き、両手で構える。涼が颯刃ソウジンを後退させ、攻撃を避けようとした瞬間、影刃エイジンの機体が加速した。


「なにッ」


 後ろへと転がるようにして倒れ込むことで攻撃を避ける。このチャンスを逃すまいと、影刃エイジンがたたみかけるように追撃を行う。そのまま、2回、3回と右後方、左後方へと転がるように回避し、距離が開いたところで影刃エイジンに相対した。


「なんだ、こいつ。動きがおかしい」


 涼は、その影刃エイジンの動きに翻弄されつつも、颯刃ソウジンのスペックに助けられ、ギリギリのところで回避に成功していた。



 一方、ドック艦首方面では、自分の脚を腕で押し上げるようにして、阿澄がドック内指示所に到着する。指示所内に人の姿は無く、コンソールへと近づくと、素早くスイッチを確認し、目的のスイッチを押下した。



「ガイドビーコン受信ッ」

「来たか!」


 穹凰クオウ艦橋スタッフの報告に、小城原大佐が、艦長席キャプテンシートから腰を浮かせる。


「ビーコンに従って、上部ドックへ侵入せよ」

「了解。機関、最大船足」


 一気に最大船足へと加速し、その身体にGが掛かる。舫凰ホウオウに接近するに従い、対空砲火が穹凰クオウの装甲を叩く。主砲クラスでは無いため、その攻撃を物ともせずまっすぐ舫凰ホウオウへと突き進んだ。



 颯刃ソウジンとの戦闘をしていた影刃エイジン――D-1と呼ばれるDリバースは、視界の隅に穹凰クオウの影を捉えた。まっすぐとこちらへ向かってくる穹凰クオウに違和感を感じ、素早く周囲を探る。程なくして、指示所に明かりが点いていることに気がつく。


「ビーコンを発信したかッ」


 影刃エイジンは、メインのガリニウムドライブの他に、両手両足に各1基、ガリニウムドライブを搭載している。その5基のガリニウムドライブを制御することで、従来のHArTSでは考えられなかった機動を取ることが可能となっていた。その制御は、決して簡単な物では無かったが、影刃エイジン開発陣は、その難行をやり遂げていた。D-1は、影刃エイジンをドック内指示所より高い位置まで飛翔させる。その高さは、従来のHArTSでは考えられないような高さであった。


 飛翔に使用していたガリニウムドライブを切り替え、回転方向へと軸を切り替える。そして、そのまま打突兵装を突き出す。身体の回転によって産まれた勢いを打突兵装に載せ、さらにえぐるような回転を腕に加える。指示所のガラスを突き破り、部屋の奥をも貫いた打突兵装は、その動きに素直に従った。打突兵装が指示所をかき混ぜるように動く。


『じいッ!――じい、返事をしろッ。じいッ!』


 颯刃ソウジンのスピーカーから、涼の叫びが響く。D-1は、指示所に突っ込んだ打突兵装を引き抜くと、影刃エイジンを上甲板へと着地させた。涼には、その兵装に付着している液体が、オイルなのか阿澄の血肉なのか判断が付かなかった。



「ビーコン、消失ッ」


 穹凰クオウ艦橋にて、スタッフが叫び声を上げる。舫凰ホウオウまで、目と鼻の先――という距離で、ガイドビーコンが消失した。


「構わん。このまま突っ込め」

「りょ、了解ッ」


 小城原大佐の命令に、一瞬、躊躇ためらいながらも、すぐさま実行に移す。舫凰ホウオウの対空砲火が艦橋を叩き、鈍い音となって艦橋内に響き渡る。


「相対20、減速3――」

「落とすな。突っ込め」

「え?」


 突っ込めという小城原大佐の声に、機関士が驚いて振り返る。市ノ瀬少佐が何を振り返っているとジェスチャーで知らせ、前を向かせる。


「総員、対ショック」


 小城原大佐が、マイクで簡潔に知らせる。その数瞬後、舫凰ホウオウの上部ドックへと衝突し、衝撃が艦内を襲う。斜め上方から甲板とぶつかるようにして侵入した穹凰クオウは、その甲板との摩擦で火花を上げながらドック内を進んだ。斜め上方から舫凰ホウオウを押し下げるような形で侵入したため、艦首が上がる。衝突の衝撃は下へと逃げるようにして拡散した。


 ドック後方に布陣していた双嶽ソウガク2機は、迫り来る穹凰クオウの巨体に為すすべが無かった。1機は、はね飛ばされ、ドック内壁へと衝突、バウンドしドック内へと落ちたところを穹凰クオウに挽き潰された。もう1機は、穹凰クオウが少し斜めに侵入してきていたため、内壁との隙間に入り込んだがゆえに、りをかけられ爆発した。


 多少、右斜めからの侵入であったため、内壁を押し広げるような形で斜めになり、奥までしっかりと乗り付けること無く、100メートル余りを残し停止した。


「工作班、作業急げ。HArTS部隊、出撃ッ」


 市ノ瀬少佐の指示が飛ぶ。その指示に従い、穹凰クオウの正面ハッチが開くが、衝突で歪んだのか開ききらない。内部から双嶽ソウガクが、正面ハッチを破壊する。HArTS部隊とは別に、人員用ハッチから、工作班が下艦し、舫凰ホウオウ甲板ハッチへと向かう。



 D-1、操る影刃エイジンは、穹凰クオウの突入が終わり、正面ハッチが開くのを見やると、素早く行動に移った。ガリニウムドライブをフル稼働させ、ハッチから出てこようとしている双嶽ソウガクに対し、速度と機体重量を乗せた一撃を叩き込む。その強烈な一撃は、双嶽ソウガクの胸部装甲を圧し、貫き、破壊した。D-1は、打突兵装を引き抜くため、火花を散らし、痙攣している双嶽ソウガクを蹴り飛ばす。その機体は、後ろに控えていた双嶽ソウガクにぶつかった。そして、影刃エイジンが、その機体へと飛びかかる。頭部から胴へと突き抜けるような一撃を加え、その機体も沈黙する。一瞬の出来事だった。


 雨宮涼は、ガリニウムランチャーを撃つことが出来ないでいた。この位置から撃ってしまうと、穹凰クオウ艦内へと撃ち込むことになってしまう。そのため、腰の打突兵装を引き抜き、影刃エイジンに接敵するべく走り出す。ひねるようにして突き出しの一閃――しかし、素早く察知した影刃エイジンには避けられてしまう。とは言え、一旦、穹凰クオウ双嶽ソウガク部隊との距離を置かせることに成功する。沈黙した機体を脇に避け、後続の部隊が40mm機関砲を斉射する。D-1は、その攻撃を影刃エイジンの特性を活かし、躱しきった。


 追撃を行うべく移動を開始した瞬間、ガクンと大きく舫凰ホウオウが揺れる。穹凰クオウが斜めに突っ込んできたことにより内壁が歪み、その歪みが下部の焔凰エンオウ固定具に不具合を生じさせていた。後部固定具が、いびつな荷重に耐えかね吹き飛び、焔凰エンオウが前方にぶら下がるような形となっていた。ギィィィィィと中部、前部固定具が悲鳴を上げる。


穹凰クオウ艦長、小城原である。焔凰エンオウ舫凰ホウオウの乗艦員は、速やかに当艦に移乗されたし。繰り返す――』


 工作班により接続された艦内放送を用いて、小城原大佐が退艦指示を下す。それこそ沈みかけの艦と化している焔凰エンオウからは、鼠が逃げるかのごとく退艦が始まる。恐怖政治よろしく、銃を持って脅していたDリバースが、その場に留まるようにと銃を構えるが、留まったところで身の危険がある焔凰エンオウの乗艦員は言うことを聞かなかった。多勢に無勢で押し込まれ、次々と制圧され、退艦を急ぐ。――多少の犠牲は出たが、穹凰クオウへの移乗が始まった。


 舫凰ホウオウ艦橋では、いくつかの血溜まりが作られていた。生き残った艦橋スタッフ達は、肩で息をしつつ、怪我をした仲間の救出を行う。幾人かの艦橋スタッフに混ざり、Dリバースも血溜まりに沈んでいた。少なからずの犠牲を伴いつつ、艦橋を取り戻したのだ。


「早く穹凰クオウに移るんだ」

「待って。さっき大佐から連絡があったの」


 穹凰クオウへの移乗を止められる。そのスタッフの言葉に足を止める。


「この艦の自動航行装置を湾内へ向けて欲しいって」

「なるほど」

「それじゃぁ、仕方ないな」


 その話を聞いたスタッフが、自分の持ち場に戻り自動航行装置を設定する。彼らにかかれば、なんら難しいことは無い。ものの数分で設定を終了する。


「さぁ、脱出だ」


 その声に従い、次々と艦橋を後にした。最後の1人が、振り返り敬礼をする。そして、生きている者のいなくなった艦橋では、各種計器だけが明滅していた。



「くそッ。また左にッ」


 ガリニウムランチャーを放とうとした瞬前、影刃エイジンが左へと回り込む。その動きは、従来のHArTSでは考えられない機動をしており、地を滑るかのように滑らかに、かつ、素早く涼の死角へと回り込み、攻撃を躱していく。そして、その躱す勢いを打突兵装に乗せ、味方双嶽ソウガクへと叩き込む。また、1機、味方のHArTSが影刃エイジンの攻撃を受け、その重量を物ともせず吹き飛ばされていった。


「今だッ」


 影刃エイジンが、攻撃を双嶽ソウガクへと叩き込んだ瞬間、奴の動きが止まる。その止まった機影に向け、ガリニウムランチャーを放った。味方には申し訳ないと思いつつも、今はこの化け物を仕留めるのが先だと思われた。


 影刃エイジンは、腕を軸にするかのように宙を回る。そして、そのまま、ガリニウムランチャーの砲身へとかかと落としを叩き込んだ。砲身が潰れるように歪みつつ、下へと向けられ、ガリニウムランチャーの熱線がぶれる。そして、その熱線は、そのまま上甲板に穴を穿うがった。熱線が航空燃料のパイプを焼く。切れたパイプの端から炎を吹き上げ、甲板下で灼熱地獄と化した。上甲板に穿たれた穴の周囲が盛り上がり、一気に炎が吹き上がる。その炎は、動力伝達オイルをも焼き、難燃剤を物ともせず、炎へと変えた。パイプの中を伝い、熱せられたオイルが吹き出し口で燃え上がる。やがて、それは各所で吹き出していたオイルを炎に変えた。


 そんな炎に照らされる中、最後の双嶽ソウガクが動きを止める。炎の中へと倒れ込み、その身を焼く。そして、それは機体の爆発という結果を引き起こした。


 ガクンッと舫凰ホウオウが揺れる。その直後、バキンッと甲高い音が鳴り響き、大きな振動が伝わってきたことから、何か異変があったと誰もが理解した。



焔凰エンオウ、落下していきますッ」

「なにぃ」


 穹凰クオウの艦橋で、スタッフの声が響く。その直後、重量物が落下した音が、穹凰クオウの艦橋にも聞こえてきた。


「被害状況を確認しろ」

「は、はいッ」


 小城原大佐の指示が飛ぶ。市ノ瀬少佐は、外部カメラモニターへとかじり付き、落下現場の様子を探る。モニターには巨大な水柱と土煙が立ち上っているのが映っていた。


「これは」

「浄水場に落下したようです。上羽うえば浄水場です」


 水柱が撒水さっすいとなり、土煙を抑え込んでいた。土煙が立ちこめ状況の確認が困難になる事態が避けられている。焔凰エンオウが落下したため、浄水場はかなりの被害ではあるが、最悪の事態は避けられたと言って良い。水柱によって、火災の被害もある程度押さえられるだろう。


「状況確認は継続」

「ハッ」

「発艦準備。当艦は、これより離脱する」


 小城原大佐から指示が飛ぶ。それを受け、通信オペレーターが味方HArTS――颯刃ソウジンへと通信を行う。



『雨宮准尉、撤退だ』


 穹凰クオウから颯刃ソウジンへと通信が入る。撤退とは言うが、涼には、敵HArTSがすんなりと見逃してくれるとは思えなかった。


「ここで、こいつを押さえますッ」

『しかし――』

穹凰クオウが落とされる訳にはッ」

『――解った。すまないが先に行かせて貰う。健闘を祈る』

「了、解」


 通信を行っている最中にも、颯刃ソウジンへと迫る影刃エイジンを回避する。D-1は、颯刃ソウジンの動きから、相手が左側をかばうように動いていることに気がついていた。そして涼も、敵が自分の死角へと回り込むように移動していることには気がついていた。モニターの映像では視差が関係しないため、片目でも何ら問題は無いのだが、動きに影響が出るのは致し方ない。


 穹凰クオウ舫凰ホウオウから離れるべく、ゆっくりと後方へ浮き上がる。ギギギと金属が引っ掻くような音が響く。内壁に突っ込むような形で着艦していたため、そこから抜け出す際、引っ掻いているのだろう。D-1が、そうはさせじと影刃エイジンを走らせる。


 涼は、ガリニウムランチャーを斉射、結果的に影刃エイジンの進路を妨害する。D-1は、必要最低限の動きで、その攻撃を躱す。が、先刻の影刃エイジンのかかと落としによって潰れた砲身から射出された熱線は歪んでいた。ホースの先を潰したかのように、熱線が拡散する。収束していないため、飛距離は伸びないが、D-1の予測より広範囲に拡散する。拡散した粒子が、左腕のガリニウムドライブに無数の穴を穿つ。針金しか通らないような穴ではあるが、気密性が失われ、機能不全に陥った。


 影刃エイジンは、左腕のガリニウムドライブの動きが止まったことにより、バランスを崩す。急に重しとなり、回転の軸が斜めになったかのような不自然な回転をしたかと思うと、後ろへ大きく退き、颯刃ソウジンとの距離を取った。


 その間に、穹凰クオウは、舫凰ホウオウから離れていった。今では、舫凰ホウオウより、かなり上空に離れている。それは穹凰クオウが急上昇した訳では無く、舫凰ホウオウが高度を下げているからだった。先程来からの火災、爆発により、舫凰ホウオウのガリニウムドライブが損傷し、高度を維持することが出来なくなっていた。


 横からの爆発が、2機の間を切る。その爆発を目隠しとし、影刃エイジン颯刃ソウジンへ向け加速した。4基のガリニウムドライブを最大出力とし、今持てる最大の加速を機体へと加える。左腕のガリニウムドライブは損傷していたが、腕が損傷した訳では無い。両腕で打突兵装を構え、颯刃ソウジンへと飛び込んでいく。


 爆炎の中から黒い機体が飛び出してきた。炎を身にまといつつ、颯刃ソウジンへと迫る。涼は、奇跡的に軸をずらすことに成功する。それは全くの偶然と言って良かった。影刃エイジンの打突兵装が左肩を貫く。その勢いは、左肩を後方へと押しやる。肩の軸が荷重に耐えられずパキンッと甲高い悲鳴を上げた。


挿絵(By みてみん)


 影刃エイジンは、後方に着地すると同時に背後へと振り返る。颯刃ソウジンも、左肩が引きちぎられる勢いそのままに振り返った。


 颯刃ソウジンコックピット内では、ガリニウムランチャーの警告音が鳴り続いていた。温度センサーが警告を出し続ける。周囲の火災で冷却が間に合わなくなっていた。一瞬、センサーの表示へと視線を切ったときだった。視界から影刃エイジンが消える。


 その直後、背後で大きな爆発が起こった。背後から照らし出され、目の前にHArTSの影が伸びる。それは、颯刃ソウジンの影だけでなく、背後で打突兵装を振りかざす影刃エイジンをも照らし出していた。素早く颯刃ソウジンの頭にガリニウムランチャーを付ける。そして、頭を吹き飛ばすように放った。


 影刃エイジンが大きく振りかぶり、颯刃ソウジンへと打突兵装を突き入れようかという瞬間、――颯刃ソウジンの首から上が吹き飛び、影刃エイジンの胸へと突き刺さる。その一撃は、コックピットの上をかすめるようにして、影刃エイジンの胴体を焼き切った。コックピットには直撃しなかったが、砲身の潰れたガリニウムランチャーから放たれた熱線は、小汚く拡散していた。拡散した粒子が、コックピットに無数の穴を穿つ。それは、そのままコックピット内のD-1をも穿っていた。穴を穿つと同時に肉は焼かれ、出血はほとんど無かった。ただ、確実にD-1の命を、――それこそ、一瞬にして刈り取っていた。


 涼は、緊急時外部確認用の窓から外部の様子を伺っていた。メインカメラ、サブカメラを自分で潰してしまったため、自業自得ではあったが、自分に対し悪態を吐く。外部確認用の窓では、どうしても視界が悪い。その悪い視界で確認する限り、敵HArTSは沈黙したようだ。先ほどの攻撃で、砲身が溶けかけているガリニウムランチャーを投げ捨てる。


 舫凰ホウオウは、いよいよまともに飛んでいることもままならないようだった。徐々にではあるが、艦首が下がっており、上甲板の傾斜が大きくなってきている。涼は、視界の悪くなった颯刃ソウジンを艦尾へと走らせる。今が、どの程度の高度かは解らないが、このまま、舫凰ホウオウと共に落ちていく気は無かった。


 宙へと飛びだそうかという、その瞬間、――背後で今までに無い大きな爆発が起こる。背後から押しやられ、シートに押しつけられるようなGが掛かる。そして、Gから解放される。――颯刃ソウジンは、炎に焼かれながら宙へと放り出された。



◆同日 帝都 皇宮


 桜園帝――桜姫の元へと断片的な情報が入ってくる。国政議会ビルの倒壊、多数の死傷者、帝都上空での戦闘――どれも断片的ではあるが、その全てが凶報であった。つい先頃、上羽うえば浄水場に八凰艦が落下したという報告もあった。そして今、窓から空を見上げれば、八凰艦が湾内へと南下していくのが見える。炎を上げ、黒煙を棚引かせながら――徐々に高度を下げていた。


 桜姫のいる部屋まで揺るがすような大爆発が起こる。その余りの音に、思わず首をすくめ、目をつぶってしまう。恐る恐る目をあけ、空を見やると、先ほどの八凰艦が空中で前後真っ二つに割れていた。破片が周囲へと――その一部は皇宮へも降り注ごうとしていた。真っ二つになった八凰艦――舫凰ホウオウが、急速に高度を下げていく。


 その爆発の中から、いくつかの飛来物があった。その中に気になる物体――それはHArTSの様であった。きりもみ状に皇宮庭園の方へと落下していく。開戦反対派の兵士に何告げること無く、庭園へと向け走り出す。その余りにも突飛な行動に、兵達は対応が遅れた。あっと言う間に廊下を曲がり、視界から陛下が消え失せていた。


 颯刃ソウジンは、皇宮庭園へと落下していた。派手な音を立てながら庭園を破壊していく。その勢いのまま、池へと突入し、派手な水しぶきを上げつつ止まった。熱せられていた機体が、その水で急速に冷却され、周囲に蒸気が立ち上る。


 桜姫は、その機体に涼が乗っていると感じていた。自分でも説明は出来なかったであろう。が、絶対の自信があった。召し物が濡れるのも気にせず池へと入り、颯刃ソウジンへと近づいていく。機体は、まだ熱を持っており、熱いはずであったが、気にせず脚へと乗り、コックピットへと近づいていった。


「つぅ」


 機体を触った際に、火傷を負ったようだが、気にならなかった。両手で胴体――コックピットハッチを叩く。


「涼兄さま、涼兄さまッ」



 コンコンッと音が響く。明かりの消えたコックピット内に、集音マイクの拾ってきた音が流れていた。自分の名を呼ぶその声に、深く沈んでいた意識がゆっくりと浮上する。外部確認用の窓から差し込む光がゆらゆらと揺れていた。それはまるで雨上がりのようでもあった。


 先ほどから聞こえている声が、桜姫の物であると知覚し、それと同時に、胸に鋭角な痛みが走る。落ち着こうと深呼吸をするだけで走る痛み――どうやら、肋骨をやってしまったようだった。それでも何とか落ち着かせると、ハッチを開放する。圧縮空気が抜ける音が響くと、ゆっくりとハッチが開いてゆく。


 ハッチが開ききる前に、びしょ濡れになった桜姫がコックピット内に飛び込んでくる。池の水と涙でくしゃくしゃになってしまった顔を見た瞬間、涼は何とも言えない安らぎを感じていた。


「涼兄さま。兄さまッ」

「私は大丈夫です。桜姫は――」


 桜姫が泣きじゃくりながらも涼の顔に手を添える。その肌触りに違和感を感じ、桜姫の手を取った。そこには思ったより酷い火傷を負った手があった。


「なッ――」


 痛む肋骨に顔を歪めながらも外部スピーカーのスイッチを入れた。マイクへと言葉を発する。


「医療班ッ。すぐに来てくれ。陛下が火傷を負われた。至急――ぐッ」


 一気にまくし立てるように叫んだためか、肋骨が痛む。その痛さ、疲れ、左目の鈍痛――色々な物が重なり合って意識を刈り取ろうとする。残った右目に、驚いたような顔をしている桜姫が映り込む。そんな顔をさせるつもりは無かったのだが――と思いつつ、涼は意識を手放した。



『医療班ッ、早く。――誰かッ。涼兄さまを助けて。誰かッ』


 颯刃ソウジンのスピーカーから桜姫の叫びが鳴り響く。その必死さをまとった悲痛な叫びは、皇宮内の人間にも十二分に聞き取れる音量だった。


 やがて、御殿医、侍従、開戦反対派の兵士と言った人間が駆けつけ、桜姫をなだめ治療しつつ、颯刃ソウジンパイロットを救出する作業へと移っていった。



 後の歴史に、桜雪花おうせっかの乱と記されることになる二日間の内戦は、こうして終結した。軍上層部の暴走と、それに異を唱える有志の兵による内戦――たった二日間の内戦で、軍上層部の壊滅、政治中枢の喪失、帝国軍兵士、装備の損失、一千人におよぶ死傷者――決して軽くは無い傷を負った。そんな状態にもかかわらず、周辺各国につけいられることなく済んでいるのは、二日間という短い期間で終結したからであろう。また、桜園帝が健在であり、帝国臣民に語りかけ、内戦の拡大を防いだことが一役買っているというのが通説である。


 Dリバースによる反乱は、表沙汰になることは無かった。多数の人間が関わっており、情報を統制しきることは出来なかったが、その内容が余りにも非人道的であったため、誰も取り合わなかった。もっとも、一部週刊誌は大々的に特集を組んで報道を行っていたが、一大ムーブメントを起こすには至らず、自然と下火になっていった。


 この内戦は、帝国の傷となったが、乗り越える過程で帝国臣民一致団結を図ることができたゆえか、その後の桜園帝の治世に大きな乱れは起きなかった。世界の動乱に巻き込まれることはあっても、その荒波を乗り切っている。その影には、天宮寺涼の支えがあったとされている。


 偉大なる帝国に――繁栄と栄光のあらんことを――


Twitter @nekomihonpo


これにて本編終了となります。

次話は、おまけとなりますが、HArTSも戦闘シーンも出てきません。

そういうのを目的としていた方とは、ここでお別れとなりますが、お付き合いいただき、ありがとうございました。

おまけまで付き合っていただける方、あと少しお付き合いいただければと思います。


変更箇所

打突装備→打突兵装

音響センサー→集音センサー



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◆用語
(2013/06/02更新)
●人物一覧
(2013/06/02)




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