皇紀973年12月14日午前8時45分 帝都 国政議会ビル32階 対テロ緊急部会本部
◆皇紀973年12月14日午前8時45分 帝都 国政議会ビル32階 対テロ緊急部会本部
『――軍上層部の暴走は許しがたく、臣民――特に帝都の皆には、このような事態になってしまったことに深く、深くお詫びする』
TVに映し出された桜園帝が頭を下げる。つい先ほどから、桜園帝による緊急放送が始まっていた。皇宮からの緊急放送は、全ての放送より優先される。電源の入っている受像器であれば、自動的に切り替わる仕組みとなっていた。
「おい。どうなってる。軍部の説明と全然違うぞ」
帝都内にある国政議会ビル――その1フロアをまるまる使用し、対テロ緊急部会本部が設けられていた。その会議室は、実質的には内閣府に等しい状況となっており、ほぼ全ての大臣が集まっていた。また、他にも多数の有力議員が集い、国会と言われても違和感の無い様相を呈している。
陛下の放送が始まった直後、それまで喧々囂々としていた室内が、水を打ったように静まりかえった。が、放送が進むにつれ、それまでの軍部の説明と異なる内容に、騒然とし始める。
そんな中、内閣府筆頭大臣たる米岡は、軍務省大臣の名代として参加している佐官に説明を求めた。使いっ走りのくせに態度だけは人一倍であった佐官は、放送が始まってから急に縮こまっていた。
「い、今、本部に確認中で――」
もごもごと返事をするが、はっきりしない。名代として参加するからには、それなりの人間だとは思うのだが、こんなのが「それなり」の人間では、軍部もたかが知れる。事が済んだら、軍部の膿を絞り出さねば先が思いやられる。そもそも、今回のことで色々と頭が痛いというのに、まだまだ頭痛の種が増そうな先行きに米岡は頭を抱えたくなった。
「いいから、黒崎大臣をココへ呼んでこい」
「く、黒崎元帥は、現在作戦行動中に付き――」
佐官の言い訳に「かちん」と来た。勢いよく立ち上がり怒鳴りつける。
「帝国の一大事以上に何が重要だと言うのだッ。いいから連れてこいッ」
「ぐ、――ほ、本部に確認するッ」
怒鳴りつけられ、ビクッと身体を震わせたかと思うと、逃げ出すように――幾人かのお供を連れて会議室を出て行く。残された兵士の1人を睨み付けると、おどおどと周囲を伺い、どうしたらいいのかと路頭に迷っていた。こんなのが帝国の兵士とは――頭の痛い話だった。
◆同日同時刻 楠島基地 穹凰艦橋
『――事態になってしまったことに深く、深くお詫びする』
小城原大佐が見つめる先――艦橋のモニターに映し出された桜園帝が頭を下げる。弑逆されたとしていた軍の発表は覆された。小城原大佐は、この放送を艦内に隈無く流すことにし、放送開始直後から、艦内に流れ続けている。乗艦員は、各々の作業をしつつ、また、棒立ちとなりながら放送へと意識を向けていた。各所のモニターの前、モニターの無い所では、スピーカーから流れ出る音声に――意識を向けると言うより、意識を奪われていると言っても過言では無かった。
市ノ瀬少佐は、プリントアウトした書類を片手に艦橋へと急いでいた。先刻からの陛下の放送が気にならないかと言われれば、気になるのだが、それと同等か、それ以上に、平静ではいられない情報を入手していた。
艦橋に入ると、放送には目もくれず、小城原大佐の元へと駆けつける。普段の飄々とした態度からはほど遠い印象――軽く息を弾ませ、眉間にはしわを寄せ、小城原大佐の前に、持ってきた書類を叩きつけるようにして乱暴に置いた。その様に、小城原大佐をはじめ、艦橋内スタッフも驚く。
「し、失礼」
自分が不躾なことをしたと感じ取り、市ノ瀬少佐が謝罪を述べる。そのただならぬ様子に、艦橋内スタッフは、放送に注意したらいいのか、少佐の様子を注意したらいいのか困惑した。
「どうした」
「艦長、――開戦反対派に付くことを具申いたします」
「――どういうことか」
小城原大佐が、市ノ瀬少佐へと向き直り、じっと相手の目を見る。先刻までは、小城原大佐をそそのかしつつも、どこか真剣さの無い――冗談を交えつつ、最終的な決定は小城原に押しつけ、自分は命令に従うまで――という態度だったが、今の目には真剣さ――と言うよりも、焦燥感が浮かんで見えた。
「ここを見てください」
市ノ瀬少佐が、先ほど叩きつけるようにして置いた書類をめくる。そこには表組みとなったリストがあった。番号、状態、素体、結果――Dリバースのリストのようである。ページの真ん中くらいまで、廃棄という文字が並ぶ。
「Dリバースのリストかね」
「ええ。そうです。この途中からなんですが――」
市ノ瀬少佐が指差す先は、素体欄に記号と番号が記入されていた。そこから廃棄という文字は一気に減る。
「これがどうした」
「――傷病兵です」
市ノ瀬少佐が、眉間にしわを刻みつつ、絞り出すように説明をする。小城原大佐は、軽く混乱していた。傷病兵とはどういうことなのか――
「クローンじゃない――のか」
「ええ、そうです。初期はクローンですが、途中から傷病兵をベースとしています」
「――間違い無いんだな」
「残念ながら――」
焔凰に行った乗艦員が、Dリバースに関する資料を市ノ瀬少佐の手に届けた。その資料によれば、初期の十数体は純粋なクローン体であったようだ。ほとんどは骨格を維持できなかったり、知能に問題があったりと失敗作であった。早々に廃棄され、それでも実験は続けられた。しかしながら、1からクローンを培養していては時間と金を膨大に必要とする。その時間を短縮するべく、悪魔の計画が開始された。そして、その結果、傷病兵を素体とすることで様々な基礎部分の構築を省くことに成功する。
市ノ瀬少佐と共に資料の確認をしていた小城原大佐の手が、固く握りしめられる。それは悪魔の所業の記録であった。
「助けられると思うか」
小城原大佐が、市ノ瀬少佐に問いかける。問いかけてはいるが、答えは解っている。資料のさわりだけでも確認したのだ。解ってはいるが、確認せずにはいられなかった。
「専門家に聞かなければ解りませんが、――難しいかと」
「――そうだな」
小城原大佐が、大きなため息を吐き、目をつぶりながら天を仰ぐ。ゆっくりと目を開き、艦橋にいるスタッフを見回す。
「抜錨準備」
「ハッ」
市ノ瀬少佐をはじめとしたスタッフが敬礼で応える。小城原大佐は、マイクへと手を伸ばすと艦内への放送を行うのであった。
◆同日午前8時55分 楠島基地 滑走路
『くそ、飛び上がってしまったか』
『奥の格納庫がオープンしていきます』
『あれは、――舫凰か』
「――ホウオウ」
開戦反対派は、戦線を維持することが出来ず、じわじわと数を減らしていた。つい先頃、穹凰が上昇を開始していた。さらに、奥にある格納庫の天井が割れるようにして開いていき、中から焔凰と合体した状態にある舫凰が姿を現し、浮上していく。穹凰が戦場の上空へと向かっているのに対し、舫凰は基地から遠ざかる方向へと移動していた。前方に展開する双嶽、砲焔の部隊を睨みつつ、部隊の上空へとさしかかろうかという穹凰にも注意を払わねばならなかった。
穹凰艦橋では、小城原大佐は艦長席に深く腰掛けたまま、市ノ瀬少佐が、各種指示を出していた。
「舫凰の状況はどうか」
「当空域を離脱するようです」
「解った。引き続き注視するように」
「ハッ」
小城原大佐が艦長席から立ち上がり、指示を出す。
「ヒトハチマル、砲撃用意。目標、双方中央」
「砲撃用ー意ッ」
艦橋スタッフが命令を復唱し、砲兵へと伝達する。穹凰、両舷に配備された180mm三連砲塔、220mm三連砲塔が下方へと回転し、狙いを定める。
「威嚇砲撃、撃てッ」
「砲撃開始ッ」
ドンッと穹凰の船体を揺らし、周囲の大気を振るわす轟音が響いたかと思うと、その直後に大音響と衝撃波、そして、土砂が撒き散らされる。滑走路上に展開していたHArTS部隊に直接的な被害は無いが、その衝撃は、防御陣地から身を乗り出していたHArTSを吹き飛ばした。
雨宮涼の操る颯刃は、衝撃に吹き飛ばされること無く、被害を受けることは無かったが、パイロットは、あまりの衝撃に、一瞬、意識を奪われそうになっていた。HArTS各機は、今の大音響に集音センサーをやられたことだろう。
小城原大佐がマイクに手を伸ばす。その横で市ノ瀬少佐が次弾に関する指示を出す。
「次弾装填。及び、誘拡弾用意ッ」
「誘拡弾、用意」
穹凰下部の発射口ハッチ8門が開き、誘拡弾――誘導拡散弾と呼ばれる多弾頭ミサイルの装填が行われる。ハッチが開いたことは、地上――滑走路上で展開しているHArTSからも見て取ることが出来た。
『こちら、穹凰艦長、小城原である。双方、銃を収め、退いて貰いたい。なおも戦闘を継続する場合、威嚇では無く、実力行使に移る』
その滑走路上に展開しているHArTSに対し、上空から小城原大佐の声が降り注ぐ。その内容に、開戦反対派のHArTSは動きを止める。それに対し、Dリバース側は動きを止めること無く、進軍を継続する。開戦反対派は、それを見ると反撃を再開する。
小城原大佐による呼びかけは、一瞬だけしか効果が無かった。もっとも、小城原としても、その結果は想定内であり、特に落胆した様子を見せることは無かった。
「誘拡弾、ターゲット――敵HArTS部隊」
「目標、敵HArTS」
「撃てッ」
「誘拡弾、発射」
穹凰下部の対地弾発射口から、一斉に誘拡弾が発射される。誘拡弾は、そのフィンを細かく動かし、進行方向を調整しつつ、Dリバース側HArTS頭上へと飛来する。頭上、5メートルと言う所で、はじけるように誘拡弾が内包する小弾頭を撒き散らす。その弾頭は、落下のエネルギーと爆散のエネルギーを使って加速し、HArTSへと降り注ぐ。その弾幕は、Dリバースのポテンシャルを持ってしても避けきることは難しかった。
弾幕を回避するべく、高速後退を行う砲焔。二足歩行形態では、高速に動けないため、戦車形態への変形を行いつつ、脚部無限軌道が滑走路のアスファルトを噛む。だが、戦車形態になるということは、上から見た際の面積が増えると言うことであり、誘拡弾の餌食となってしまう。脚部を撃ち抜かれ、無限軌道が動作不能となり、誘拡弾の範囲から退くことに失敗、本体へと降り注いだ小弾頭により破壊される。
その横では、双嶽が驚異的な動きを持って、回避行動を取っていた。とは言え、決して軽量級とは言えない――むしろ重量級と言える双嶽では避けきることは不可能であった。左腕を頭上へとかざし、本体へと降り注ぐ弾頭を減らす。が、腕一本程度では、全身を覆うことはかなわず、本体にも被弾する。それでも、致命的な一撃を避けることには成功する。左腕は完全に破壊され、右肩のアーマーも吹き飛ばされ、脚部アーマーも損壊したが、動作には支障が無い。
他の双嶽も似たり寄ったりではあったが、まだ行動は可能であった。誘拡弾の攻撃と言うことを考えれば、驚異的な生存率であった。
「砲焔、全機沈黙。双嶽、7機が行動可能と思われます」
「――誘拡弾を躱すのか」
その戦果に市ノ瀬少佐がうなり声を上げる。一部の乗艦員は、その結果にほっと胸をなで下ろしていた。出港直前に、小城原大佐より、開戦反対派に与すると放送があった。反対する者は、急いで艦を降りるか、食堂にて待機、軟禁状態に置かれることを選択するようにと言われた。何人かの乗艦員は、食堂にて大人しく待機しているが、大多数の乗艦員は、艦長の指示に従った。また、蛇足ではあるが、不確定な要素にしかならない補充人員が搭乗する前に出港することにし、実際、出港した後だった。
急遽、敵対することになったとは言え、敵機を破壊することにためらいがあったことは間違いない。その敵機――Dリバースが傷病兵を改造したモノであり、侮辱された魂を救うためには、こうするしか道が無かったと知るのは、小城原大佐、市ノ瀬少佐をはじめとした極少数である。
開戦反対派は、突然の援護射撃に軽く混乱していた。しかし、それも一瞬のことだった。八凰艦である穹凰が味方になったという事実を理解するに至り、一気呵成に攻めるべきと言う熱を帯びる。そんな中、再度、穹凰から停戦を呼びかける放送が為される。
『双方、銃を収めよ。部隊を撤退させるなら追撃はしない。これ以上の被害を出させないで欲しい』
その放送を聞いても、Dリバース側は止まりそうに無かった。現戦力では、空中の穹凰に効果的な攻撃を行えないと判断し、開戦反対派の部隊を潰すことを選択したようだった。
「穹凰より攻撃アリ」
先の攻撃で、片腕を失った双嶽の中、Dリバース兵の1人が体内デバイスの無線機を用いて、D-1と通信を行うが、雑音が多く、判読は困難だった。Dリバースの部隊は、ピラミッド型の構成をしており、上位からの命令が無いと効果的な運用が行えないという欠点を抱えていた。今、この状況は、その欠点が露呈し掛かっていた。
「上位指揮系統との通信断。これより、D-23が上位として系統を再構築」
『敵、穹凰に攻撃の予兆アリ』
再度、穹凰下部より誘拡弾が発射される。8発の誘拡弾がDリバース達の頭上へと飛来し始めていた。各双嶽が回避行動に移る。先ほどの攻撃と違い、40mm機関砲を空中へと放ち、弾幕を形成する。弾幕に突っ込む形になった誘拡弾が、次々と空中で爆発する。それは、誘拡弾本来の爆発では無いため、小弾頭を撒き散らしていても威力は無い。かなり高い位置で撒き散らす形になったため、効果的な弾幕とは言い難く、Dリバースにしてみればスカスカな攻撃となってしまう。そのスカスカな小弾頭の隙間を双嶽が素早くすり抜ける。
『裏が取れた。穹凰は、こちらの味方となった』
開戦反対派の間にそんな通信が流れた。先ほどまで、後退しつつ戦線の縮小を図っていた開戦反対派としては、このチャンスを逃す訳にはいかなかった。
『上と連携して、一気に行くぞ』
上空からの誘拡弾を回避している双嶽に対し、横からの攻撃を加える。いくらDリバースが驚異的な集中力と反射によって、人並み外れた機動が可能だとしても、この攻撃は避けきれなかった。徐々にその数を減らしていく。――それでも、決して降伏すること無く、最後の1機まで徹底抗戦を図る。やがて――その最後の1機が沈黙し、楠島基地での戦闘は幕を閉じた。
◆同日午前9時20分 楠島基地 穹凰格納庫
「浦部中佐、お待ちしておりました」
市ノ瀬少佐は、そう言いながら浦部中佐へと手を差し伸べる。Dリバースの部隊を打ち破った開戦反対派は、補給と穹凰への搬入作業を急いでいた。そんな穹凰へ、浦部中佐が出向いていた。
「市ノ瀬少佐、――お世話になります」
浦部中佐は、そう返事をし、市ノ瀬少佐の手をしかと握る。搬入作業の喧噪の中、艦橋へと続くエレベーターへと向かう。
1個中隊――24機のHArTSを投入した開戦反対派であったが、結果、16機大破という散々たる結果だった。残った8機についても、大なり小なり破損している状態であり、搬入と同時に穹凰の設備を使用して修復を行っている最中である。
空中母艦たる穹凰であるが、その格納庫は最大12機――4個小隊のHArTSを格納する容積がある。現在の穹凰には、開戦反対派の持ち込んだ8機の他には1機も見当たらない状態だった。機体――颯刃がメンテナンス中のため、手持ちぶさたと言ってもいい雨宮涼は、格納庫上部指示所から庫内を眺めていた。その視界の隅でトレーラーが庫内へと登ってきているのが見えた。その荷台にはHArTSでは無く、74式の支援空輸機――颯飛が括り付けられていた。庫内で作業の指示を出していた阿澄が、トレーラーへと近づいていく。それを見ると、涼も下へと降りていくのであった。
「じい。颯飛を持ち込んだのか」
「若、――ええ、何とか間に合いましたな」
「かなり前もって移動させていたのか」
「何かの役に立つかもと、思いましてな」
涼は、そうかと返事をしつつ、颯飛が括り付けられた荷台を見上げる。HArTSの増援が一番良いのだろうが、無い物ねだりをしても仕方が無い。格納庫は空いているのだ。颯飛ぐらいあってもいいかという気になっていた。
「小城原大佐、我々への支援、誠にありがとうございます」
艦橋では、浦部中佐が小城原大佐に対し敬礼し、先の戦闘のお礼を述べていた。小城原大佐は、浦部中佐に椅子を勧めつつ、頭を下げる。
「遅くなって済まなかった」
「何を仰いますか。穹凰の支援があったからこそ、我々はこうして生き残れたのです」
「そう言って貰えると、多少なりとも救われる」
一瞬の沈黙が、場を支配する。その沈黙を打ち破るように市ノ瀬少佐が話し出す。
「それで、開戦反対派の指揮系統はどうなっているんです?」
「現場での最高位となると私だ」
「え?」
「誰が首謀者――と言う訳では無く、文字通り開戦に反対している一派でしかないのだ」
「烏合の衆――と言うと失礼かとは思いますが、まとめ役が中佐であると?」
「ああ、そうなる」
そのやり取りを腕組みしながら聞いていた小城原大佐は、その腕をほどくと浦部中佐へと視線を向ける。その様を見やり、なんでしょうと浦部中佐が応じる。
「そう言う事なら、我々も中佐の指揮下に入ろう。よろしく頼む」
そう言って、頭を1つ下げる。その言葉に浦部中佐、市ノ瀬少佐が慌てる。
「た、大佐。お待ちください」
「そうですよ、艦長。やはり階級が逆転するのは――」
「しかし、後から来た者が指揮権をかっさらうのはどうかと思うのだが」
確かに言わんとするところは解らないでは無かったが、2人で何とか押しとどめる。相談に相談を重ねた上で大佐の補佐という形で浦部中佐が入るという所に落ち着いた。
「それで、上層部連中は舫凰で立ち去ったと――」
浦部中佐が確認のために問うた。それを受け、市ノ瀬少佐が頷く。
「そうなのですが、ただ、――気になる情報もありまして」
「気になる?」
「Dリバース、――ああ、クローン兵と思っておいてください。あとで詳細はお伝えします。――そのクローン兵が返り血たっぷりで艦橋に指示を伝えに来たと言うのです」
Dリバースと聞いて、浦部中佐が不思議そうな顔をしていたので、そのような答えになった。
「返り血とは、穏やかではありませんな」
「どうも舫凰艦内で何かがあったと思われるのですが、詳細は不明です」
「彼らの行き先は?」
「帝都に向かうとの話です。が、その後、変更があったかは解りません」
「では――」
浦部中佐が小城原大佐の方を向くと、小城原大佐が頷くようにして応える。
「補給が済み次第、最大船足を持って奴を追いかける」
その発言に頷き応える一同。そして、市ノ瀬少佐が浦部中佐に問いかける。
「帝都と言うことは、陛下に害を為す可能性が高い訳ですが、――陛下は無事なんでしょうね」
「無事――だと思います。その――連絡を取り合って位置を特定される訳にもいかず――」
「なるほど」
「陛下をお守りするためにも、早急に奴らを止める必要があるな」
今は、少しでも作業を急がせ、一刻も早く追いつくしか手が無い状態であった。歯止めが効かなくなっている上層部が、これ以上の無茶をしないことを祈るのみであった。その上層部が、一掃されているという情報が開戦反対派に入ってくるのは、大分後のことである。
◆同日午前11時5分 帝都 国政議会ビル32階 対テロ緊急部会本部
「今更、登院とは、良いご身分だな」
八凰艦の舫凰がビル上空に近づく音が響いてくる。ビル屋上に乗り付けるつもりらしい。その傍若無人っぷりに内閣府筆頭大臣の米岡は嫌みの1つでも言わなければ、気が収まりそうになかった。
舫凰の艦橋では、D-1と呼ばれるDリバースが帝都を見下ろしていた。艦橋には数人のDリバースが銃を抜いて見回っており、既にシートのいくつかは血に汚れていた。艦橋のスタッフ達は、縮こまるようにしてDリバースの様子を伺っていた。
「焔凰主砲、装填仰角90、発射用意」
D-1が命令を発する。焔凰の主砲――420mm三連砲塔を仰角90度――この場合、焔凰は逆さまになるようにして舫凰と合体しているため、仰角90ということは、地面に対して垂直に撃ち下ろす形になる。
その命令に、スタッフが躊躇う様子を見せるが、Dリバースに銃で頭を小突かれると、渋々命令に従った。焔凰が主砲の角度を90度にすると、ドズンという音と共にビルに接地、ビル全体が軽く震える。
「撃て」
D-1が短く命令を発する。その短い命令と同程度に短い――しかし、鼓膜を押し破るような音が艦全体を揺るがす。その短い音を受けた側の被害は甚大だった。砲塔から押し出される空気がビルの上部を押し潰す。その直後、勢いよく押し出されてきた弾頭がビルの中へと突き刺さった。一瞬、ビルが膨張し、耐えきれなくなって破裂した。
32階にいた米岡は、ビル全体が軽く揺れた後、鼓膜が破れるのでは無いかと言う音を聞いた。その音を聞いたと認識した刹那、会議室の中央を何かが下へと突き抜けていった。その直後、降りしきる天井――降りしきる等という言葉では生ぬるい――天井を爆発させ、加速し投げつけたかのような――そんながれきの破片に貫かれ、水風船が割れるかのように弾け飛んだ。
数瞬の後、国政議会ビルは、文字通り粉砕された。ビルにいた大臣、議員、官僚、その他の一般職員を含め、多数の人間を大量のがれきの下敷きにした。多少なりとも生存者はいたのかも知れないが、そのがれきの山が生命を奪っていった。ビルの破壊は、政治中枢の破壊を意味していた。
Twitter @nekomihonpo




