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皇紀973年12月13日午後8時 帝都西部 幸七杜

◆皇紀973年12月13日午後8時 帝都西部 幸七杜さちなもり


「陛下、いましばらく、こちらでお待ちください」

「うむ。すまぬな」

「いえ」


 開戦反対派の兵士は、そう答えると、2人の歩哨を残し、周囲を調べるために散っていった。


 桜園帝――桜姫によるTV放送の後、軍部による否定放送があった。テロリストに脅された状態で撮影された物であり、陛下は、すでに弑逆しいぎゃくされた後である。テロリストの虚構に騙されてはいけない。という、桜姫の放送を否定する物であった。


 すぐにでも否定する必要があったのだが、軍部の動きが速かったため、各TV局を押さえられてしまっていた。陛下を伴って、そこに突入するなどと言う危険な選択肢は、陛下の命令でも採用する訳にはいかなかった。


 そのまま、帝都中心部に潜伏していては危険と判断し、40kmほど西へ移動した幸七杜さちなもりへと来ている。幸七杜は、帝都の高級住宅街として発展しており、閑静なたたずまいが広がっていた。しかしながら、いくら内戦状態下にあるとは言え、閑静な住宅街に軍用車両は不釣り合いであった。


 閑静な住宅街の中でも、ひときわ奥まった所に、その邸宅はあった。周囲の住宅とは一線を画し、かなりの広さの邸宅であったため、そのまま軍用車両で敷地内に入る。住宅街は、その不釣り合いな要因が消え去ったことで、元の閑静な姿へと戻っていった。


「誰もおらぬのか?」


 街灯の明かりも差し込まず、暗闇に包まれた敷地内――乗り付けた軍用車両の明かりと、兵士の懐中電灯だけが煌々こうこうと照っていた。建物に明かりは無く、薄明かりの中、浮かび上がるシルエットには生気が感じられなかった。


「今は、誰も住んでいないと聞いております」

「そうか」


 歩哨の答えに、軽く頷き返し、建物を見やる。時折、窓から内部探索を行っている光が漏れる。土地も建物も、かなりの広さで、誰も住んでいないのが勿体ないくらいだった。作りもしっかりしており、昔は――手入れの行き届いていた頃は、さぞかし立派な出で立ちだったであろうことが想像に難くない。


 建物の窓を見やると、カーテンが引かれ、雨戸を閉めているところであった。建物が広いため、雨戸を閉めるだけでも、それなりの時間を要した。大河内曹長が、桜姫の方へ歩いてくる。


「陛下。お待たせいたしました。内部の確認が終わりました。居間の方へお移りください」

「うむ。――特に問題は無いのだな」

「ハッ。幸いなことに電気も水道も生きております。誰も住んでいないとの事だったのですが、今でも時折、掃除がなされているようです」

「ふむ。――お邪魔する」


 大河内曹長に案内されつつ、建物の中へと入る。玄関ホールへと足を踏み入れると、暖かい光が満ちていた。掃除されているとの言葉の通り、空気にほこりっぽさは無い。思った以上にしっかりと手入れがなされているようだ。そのまま、リビングの方へと移動する。


「綺麗なものだな」

「ハッ。これならば、余計な手間も掛からず大助かりと言ったところです」

「よく、――このような建物を知っておったな」

「阿澄のおやっさん、――ぁ、いえ。阿澄殿の紹介です」

「――じいの?」


 阿澄の紹介と聞いて、改めて部屋を見回す。暖炉のレプリカ――中には機械式の暖房器具が鎮座していた――の上に写真立てがあることに気がついた。近づいて、そっと手に取る。日に焼けて古びてはいるが、子供と両親――家族の写真だった。桜姫には、その家族の顔に覚えがあった。


「――涼兄さま」

「ハッ、何か?」

「ぃ、ぃえ。なんでもありません」


 我知らず、口から出た言葉に、大河内曹長が問い返す。桜姫にとって、そこが涼の家だと知れると、急にわくわくと高揚し、すぐにでも見て回りたい衝動を抑えるのに一生懸命になるのだった。



◆皇紀966年1月12日午前6時 帝都 幸七杜さちなもり


『もしもし、天宮寺さんのお宅でしょうか?』

「はい」

『お子さんかな?――誰か大人の人を呼んできてくれないかな?』

「いえ、今、家には誰もおりませんので」

『えっ。困ったなぁ』

「どういったご用件でしょうか?」

『あー、えっと――羽是警察署の者なんですがね』


 そう言って語り始めた電話相手は、涼にショックを受けないようにと前置きをした上で、両親の死を伝えてきた。12日未明、飲酒運転により羽是港へ落ちたらしい。


 聞き込みの結果、前日の11日にホテルのバーで飲食、飲酒をしていたことが判明しているとのこと。そのまま、運転をミスし、自動車ごと海へと落下。酩酊状態のため、脱出することも出来ず、2人とも溺死した。身分証明書から身元は判明しているが、念のため、身元確認に来て欲しい――と伝えるだけ伝えて、電話は切れた。


 涼は、力なくのろのろと受話器を置くと、しばらくぼぅっと何も考えられずに突っ立っていた。どれだけの時間、そうしていたのか解らないが、気がつくと阿澄が目の前にいた。両肩に手を置き、涼に必死に呼びかけていた。


「じい――」

「若、気を確かに」

「あぁ、その――父さんと母さんが、死んだって」

「はい。ニュースで知り、飛んでまいりました」

「そうだ。身元確認に来て欲しいって」

「大丈夫です。まずは少し座りましょう」


 阿澄は、そう言うと、涼に椅子を勧める。涼は、その勧めに従い、ストンと力なく椅子に座る。その覇気の無い様子を見て、阿澄の目に涙が浮かぶ。


 その後、涼が気付いたときには、葬式の準備が進められていた。なんともぼやけた記憶を辿れば、誰かに食事を手伝われていた気もするし、特に深く考えもせず――むしろ何も考えず、それこそ泥のように寝ていたりもした。


 身元確認から、葬式の手配に至るまで、阿澄が行ってくれていた。天宮寺夫妻は、不審死と言うことで、一旦、警察預かりとなり、司法解剖を終えてからの帰宅となっていた。解剖の結果、血液中から大量のアルコールが検出され、飲酒運転による酩酊、運転ミスによる事故、及び溺死と判断された。


 その結果に、阿澄は疑問を持っていた。天宮寺夫妻が、そこまでお酒を飲むという事が信じられなかった。まったくたしなまない訳ではないが、そんなに強くなかったはずだ。


 しかし、警察の調査結果では、大量のアルコールを摂取したと思われるし、ホテルのバーテンダーの証言では、夫妻は、かなりお酒を飲まれていたとのこと。


 阿澄の頭に天宮寺忠明との会話が想起される。忠明が調べたところによると、皇家に連なる、宮森家、清水宮家が不審な最期を遂げ、両家の血脈は当代で途絶えてしまった。何者かが皇家の力を削ごうと暗躍しているようだと語っていた。


 その時は、お気を付け召されよと軽い気持ち――決して軽んじた訳では無かったが、今にして思えば、真剣さは足りなかった――で応じたことが悔やまれる。


 両家の事を踏まえて考えると、今回の事故も実に怪しく見えてくる。と、なると、嫡子たる天宮寺涼の行く末に不穏な影が見え隠れしてくる。


 天宮寺夫妻の葬儀をつつがなく終え、一段落付いたところで、天宮寺涼はリビングで物思いにふけっていた。物思いにふけるというよりは、何も考えていないと言っても良かった。両親の突然の死、自分のこれからどうやって生きていくのか――考えなければならないことは色々とあった。色々とありはしたが、どうにも、堂々巡りを繰り返し、進展しているとは言い難かった。


 ガチャリとリビングのドアが開くと、阿澄が入ってくる。


「ぁ、じい。その、――いろいろとありがとう」

「いえ、――若のことを思えば、この程度しか出来ない自分の身が情けなく――」

「そ、そんなことはないッ。じいがいてくれたからこそ――こうして葬儀も終えることが出来た」


 2人して、しばし黙り込む。幾ばくも経ってはいないが、一瞬と言うには長すぎる時間が経過した。阿澄は、軽く頭を振ると、しんみりとしてしまった気持ちを追い出し、涼へと向き直る。


「若。これからの事に関して、提案が」

「提案?」

「はい。――軍学校へお進みなされ」

「軍人になれと?」

「ご自身を護る力を手に入れるのです」


 阿澄は、涼に、ご両親の死に不審な点があること、宮森家、清水宮家のこと――そして、天宮寺家嫡子たる涼の身にも危険が迫っていることを告げた。自分の身を護るため、軍へと進む道を提示した。敵が何者かは解らないが、軍へと入ってしまえば、おいそれとは手を出せないのでは無いかと考えたのだ。


「お名前を偽った方がいいでしょうなぁ」

「名前を?」

「ええ、そうです。天宮寺という家名は、目立ちすぎますゆえ」

「それもそうか――」


 ああだこうだと考えた挙げ句、あまり本名から遠くなりすぎても、呼ばれた際に自分だと解らない可能性がある。そのため、本名をもじった「雨宮」を名乗ることにする。


 しばらくの後、唯一の生き残りであった天宮寺家嫡子が行方不明となる。その結果、皇家の血筋たる、宮森家、清水宮家に続き、天宮寺家も、その血脈が途絶えることとなった。ただ、その家屋敷は、定期的に掃除され、いつ家主が戻ってきても良い様に――ただただ静かにたたずむのであった。



◆皇紀973年12月14日午前2時 楠島くすじま基地 穹凰クオウ艦橋


「艦長起きてますか?」

「んぁ、あぁ」

「どうやら、お客さん、Dリバースを投入するようです」


 若干名の夜勤スタッフが、艦橋内であくびをかみ殺している後ろ――艦長席キャプテンシートを倒し、制帽で顔を隠して軽く仮眠を取っていた小城原おぎはら大佐に、市ノ瀬少佐が小声で話しかける。その顔を隠した制帽を軽く持ち上げ、市ノ瀬少佐の顔を見やる。


「Dリバース?」

「ええ、Dリバースと呼ばれている部隊があるみたいで」

「ふむ――Dリバースなぁ」


 攻撃を受けた穹凰クオウが、帝都から修理をしつつ北上し、その葉巻型の巨体を楠島基地に横たえてから早数時間が経過していた。破損箇所は、艦内の工作室程度では応急処置しか出来ず、基地に着いてから突貫で修理を行っている。小城原大佐達の言うところのお客さん――軍上層部のお歴々は、到着早々にも基地内司令塔の一角を占拠し、何やら作戦会議を開いている。小城原大佐率いる穹凰クオウ乗艦員クルーには、艦内待機という置き土産を残していった。


「先ほど、ちょっと散歩に行ってきたんですがね」


 その発言に、小城原大佐の片眉がつり上がる。当然、艦内待機という命令が出ている以上、艦外への散歩は許されていない。市ノ瀬少佐が「散歩」というからには、艦内の散歩――ということは無いだろう。


「知らない建屋が増えてましたね」

「ほう?」


 命令違反とは言え、情報は貴重だった。特にとがめることも無く、続きを聞く。


「まんま、D棟ってなっていたので、思わず苦笑してしまいましたよ」

「そこが、Dリバースの巣窟ってことかね」

「なんていうんですかね――病院、ぃゃ、保健所――って感じですかね」

「保健所――生物研究施設か?」


 その発言を聞き、小城原大佐は考え込むようにして目をつぶる。どうにもロクでもない考えしか浮かんでこない。


「Development of Clone soldiers by Brainwashing and Anticatalyst――だそうです」

「何?」


 ぽつりと呟くように、市ノ瀬少佐が発言をした。その内容を吟味する前に、少佐の方を見やる。


「Dリバースの正体ですよ」


 市ノ瀬少佐の顔は、苦虫をかみつぶしたかのようなしかめっ面だった。先ほどの内容が、Dリバースの正体だと言う――Clone soldiers――


「クローン兵か」

「ええ、そうです。Development of Clone soldiers by Brainwashing and Anticatalyst――洗脳と抗触媒を使用して開発されたクローン兵。それがお客さんの隠し球って訳です」

「――クローン兵は見たのか?」

「いえ、さすがにソコまでは」

「そうか」


 各国のコンセンサスとして、クローン人間作成の禁止という物がある。人道的な配慮、宗教上の理由、倫理問題――理由は様々だが、クローン人間は、超えてはならない一線と考えられている。もっとも、医学的な見地からの、組織培養という方面においては、各国が大っぴらにクローン技術を研究している。その裏で、クローン人間の技術研鑽を行っている可能性はある。まさか、自分の国――しかも、自分の属している組織が、その一線を飛び越え、兵士を作っているとは思っていなかった。しかも、洗脳と抗触媒――それが何かは解らないが、要は薬漬けにして兵士に仕立て上げていると名前が物語っていた。


「頭文字を取って、DCBA――それで、Dリバースか」

「ネーミングセンスが無いのは、間違いないですね」

「どうにもきな臭いな」

「ですかねぇ」

「そういう、きな臭い話は、現場の人間としては御免こうむりたいね」


 小城原大佐は、そう言うと再び帽子を顔の上に載せ、眠りにつく素振りを見せる。自分も御免被りたいと、市ノ瀬少佐が同意する。そんな2人に、艦橋スタッフの1人が、敬礼しつつ報告に上がる。どうしたと市ノ瀬少佐が応じ、その先を促す。


「ハッ。暗号化スクランブルされた通信を拾いました」

「拾った――ねぇ」


 市ノ瀬少佐が苦笑する。拾ったと言うことは、この艦宛の電文では無いと言うこと。暗号化されている通信を拾うということは、傍受し、解読したと言うこと。自艦宛ではない暗号化通信の解読という難問を、さも、そこに落ちてましたと言わんばかりに報告してくる。人のことは言えないが、少々、好き勝手しすぎでは無いだろうか――と、市ノ瀬少佐は考えていた。


上ヶ原かみがはら舫凰ホウオウに、途中、焔凰エンオウを回収させ、ココに向かわせるようです」

舫凰ホウオウ焔凰エンオウだと」


 報告を聞いていた小城原大佐が、顔の帽子を頭に戻しつつ、身体を起こす。市ノ瀬少佐は、八凰はちおう計画の各艦の事を想起していた。


 八凰計画一番艦、焔凰エンオウ――地上制圧を目的とした陸上艦ではあるが、島国である我が国においては無用の長物に等しい。大型ガリニウムドライブの実証実験艦の意味合いが強い。


 八凰計画二番艦、穹凰クオウ――空中母艦として、敵陣へいち早く橋頭堡を築くことを目的としている。ゆくゆくは、穹凰クオウ型を大量生産する腹積もりであったが、大型ガリニウムドライブを二基も必要とするため、高コストとなっており、頓挫している。


 八凰計画七番艦、舫凰ホウオウ――八凰計画艦の輸送艦として建造されていたはずだ。計画では、ガリニウムドライブを三基搭載し、他の艦を空中輸送する超大型艦となる。


「七番艦、完成していたんですね」

「いや、三番艦で一旦計画は凍結のはずだ」


 市ノ瀬少佐の感嘆を含んだ感想に、小城原大佐が応える。凍結との発言に、市ノ瀬少佐がいぶかしむ。


「八凰計画艦は金食い虫過ぎる」

「凍結されたはずが、実は続けられていた――と」

「結果から見れば、そうなんだろう」


 小城原大佐が憮然と応える。


 八凰計画は、大型艦に大型のガリニウムドライブを搭載する――金食い虫なのは解っていたが、当初の想定以上に金食い虫だった。さすがに軍部としても、湯水のように金を注ぎ込める訳では無く、計画は見直しを含め、一旦凍結された。――ハズだった。


 Dリバースといい、凍結された計画の密かな実行といい、どうにもきな臭い。陛下の放送の件も含め、上層部を信じて行動するという気が削がれることばかりだった。


「副長、――口の硬いのを何人か連れて、お客さんの様子を伺え」


 小城原大佐のその命令に、市ノ瀬少佐は驚いていた。市ノ瀬少佐としては、命令が無くても勝手に動くつもりでいた。まさか、小城原大佐から命令されるとは思っていなかったのだ。


「いいんですか?」

「構わん。今後、迅速に作戦をこなす上でも、状況は把握しておいた方がいいだろう?」

「まぁ、そうですが――そういう詭弁は、自分の役割だと思っていましたが」

「面倒な役目を押しつけていることには変わらんよ」


 そう言って、大きなため息を吐くと、小城原大佐は艦長席キャプテンシートを倒し、横になる。市ノ瀬少佐は、苦笑しつつも敬礼し、心当たりを叩き起こすために艦橋から出て行くのだった。



◆同日午前5時 楠島くすじま基地 南20km付近


 開戦反対派は、その決して多くは無い部隊を分散させていた。愚の骨頂とも言うべき策を採らされていると言ってもよかった。軍上層部が移乗した穹凰クオウを追撃したかったが、すぐに空中戦力を整えることが出来ず、北方へ移動していったという情報のみしか無かった。そのため、部隊を分散させ、穹凰クオウが寄港したと思われる基地へと派遣をしていた。


 楠島基地は、そんないくつかの選択肢の中の1つではあるが、基地の規模がそれほど大きくないことから、「まさか」と思われていた。とは言え、可能性があるため無視する訳にも行かず、大型空輸機 燕楼エンロウを1機派遣し、6機2個小隊の双嶽ソウガクを展開していた。


 山間の地形をうまく利用し、低空で侵攻した燕楼エンロウは、楠島基地南方40kmの地点でHArTSを展開した。その後、展開した2個小隊は、レーダーの目をかいくぐって北上する。元々、国内の各基地は、周辺国からの侵略に対する防衛に重きを置いており、内地への警戒網は穴だらけであった。いくら穴だらけとは言え、さすがにこれから先は察知される。そんなギリギリの地点が、この20km付近である。開戦反対派もこの国の軍人であるがゆえ、どこに穴があるかは熟知していた。帝都襲撃と同じように、上空から一気に侵入し、降下作戦を展開するという策もあるが、既に警戒されていると考えて間違いないと判断し、撃墜される危険を避けるため、採用されなかった。


第1小隊1号機(1の1)から各機、支援車両による偵察では、穹凰クオウらしき影が見えたとのこと。これより先、楠島の警戒網に入る。慎重に行動されたし』

「1の2、了解」

『1の3、了解』


 第1小隊1号機、阿土中尉の通信に対し、2号機の榎田少尉は簡潔に応えた。山間部から続く丘陵地帯、その雑木林の中を進んでいた。ここから先、雑木林が途切れ、楠島の街が広がっている。ここから、楠島基地までは20km近くあり、HArTSで接近するには無理がある。支援車両による偵察を実施し、ほぼ間違いないという確証を得てから、上空より一気に攻め込むべきではあるが、隠密行動で接近し、攻撃を加えるという方針になった。HArTS運搬用トレーラーにて接近するという手もあるが、一般車両と大きく異なるため、街中では目立つ。さらに、庫内から出撃するのに時間が掛かるため、デメリットの方が大きい。結局の所、あらかじめ部隊を展開し、攻め上るのが一番臨機応変に対応が可能とされた。


 2個小隊6機の双嶽ソウガクが街中を駆ける。7トン近い重量のHArTSが集団で移動するため、振動、騒音が早朝の街中に響く。ビジネス街を選んで進んでいるため、人通りは少ない。


 先頭を進んでいた、第2小隊3号機がハンドサインで留まるように指示を出す。追従している各機は、そのサインを見て周囲の建物の影に隠れつつ、周囲を警戒する。


 しばし、じっと周囲を警戒したが、特に変化は無い。無線を使わず、わざわざハンドサインで伝えてきたと言うことは、敵機が近くにいたという合図ではあるが、その肝心の敵機が見当たらない。


『2の1から、2の3。何があった』

『2の3。一瞬、センサーに感があったので――』

『こちら、1の3。センサーに感ありッ!』


 その通信とほぼ同時に、2号機のセンサーでも敵機を感知する。その数、2。――たった、2機ではないか。1個小隊にも満たない敵機に対し、こちらは2個小隊もいるのだ。圧倒的有利な状況に、榎田少尉は、安心しきってしまっていた。普通であれば、敵わないとみて引き返す。余計な戦闘をせずに済むのだ。


 が、敵機に引き返す様子を見せなかった。こちらへと向かってくる。相手のセンサーにも、こちらが捕らえられているはずだ。


『各員、戦闘用意。敵機を突破し、基地へと急ぐ』


 隊長機からの通信が入る。たった2機で、2個小隊の相手に突貫を仕掛けてきていた。当然、基地へ、不審機発見の方が伝えられているだろう。刻一刻と、時が経過する毎に、こちらの優位が切り崩されていく。悠長なことはしていられなかった。


 隊長機の指示に従い、十字砲火が可能な位置へと移動する。教本通りとも言える配置に、敵機2機は、それでも臆すること無く接近してくる。隊長機から、ハンドサインで銃撃用意が伝えられる。


 有視界に敵機が入り、銃撃開始という直前――先頭を走っていた敵機が反転し、後方を向く。威嚇の意味も含め、敵機の前方に射線の交点が来るように攻撃を開始する。後続の敵機が、前方の振り向いた敵機に衝突したかに見えたその瞬間、敵機が――双嶽ソウガクでは考えられない高さで宙を舞った。敵機が射線の交点を飛び越える。前方にいた敵機を踏み台にして、そして、踏み台の側は引っ張り上げるようにして上空へ放った。そして、射線を飛び越えたかと思うと、勢いそのままに第2小隊3号機に接近する。


 こうなってしまっては、十字砲火のメリットは無くなってしまう。同士討ちの危険があるため、攻撃を躊躇ためらっていた所に、もう1機も急速に接近していた。


 第2小隊3号機が敵機に向かって40mm機関砲を放つ。彼我の距離を考えれば、必中の攻撃――のはずだった。敵の双嶽ソウガクは、発射される前に軸線をずらした。


 3号機の攻撃は、敵機に命中せず、向かいにいた第2小隊2号機に叩き込まれる。2号機は、ダメージを受けつつも回避行動に入る。が、その回避先に、もう1機の双嶽ソウガクが立ちはだかる。その手には、既に打突兵装たる小刀が握られており、2号機は、その小刀にぶつかりに行くようにして衝突した。敵の双嶽ソウガクは、体重を乗せるようにして小刀を突き入れる。その先端に、7トン近い双嶽ソウガクが、両側から力を加える。突き立てられた側の複合装甲が歪み、圧が限界を超え、小刀の脇をこするような甲高い音を立てながら、その胴体へと飲み込まれていく。


 同士討ちフレンドリーファイアーをしてしまった第2小隊3号機が、慌ててトリガーから指を離す。攻撃を回避し、斜め左前方より接近してきた敵双嶽ソウガクが手で、3号機の頭をねじるようにして押しやる。無理な力を加えられ、ケーブルが断線、コックピット内のメインモニターの映像が途絶える。そのまま3号機の脇腹に、40mm機関砲を押しつけ、ゼロ距離で連射する。正面からの攻撃は、その装甲である程度防ぐことが出来るが、脇腹付近は、可動域の関係上、どうしても弱くなっている。そこにゼロ距離からの攻撃を加えられた。外装、脇腹に連続で被弾する音がコックピット内に響き渡る。やがて――それほど長い時間をおかず、その音はコックピット内から発生することとなった。


 あっという間に、第2小隊の2機が沈黙させられた。他の4機は、手出しをする余裕すら無かった。


 各機、同士討ちの危険があるため、40mm機関砲では無く、腰の打突兵装を抜刀する。数の上では、圧倒的に優位だった。1機に対し、2機で攻撃を仕掛ける。定石であれば、壁を背にする等、1対1になるように仕向けるところだが、敵は、一気に間合いを詰めてきた。各小隊隊長機が、それぞれの敵機に対し、上段から振り下ろす。


 1機は、振り下ろされる直前に、上半身を軽くねじり、その走行ラインを脇へとずらす。第2小隊1号機により振り下ろされた打突兵装は、目標を見失ったままアスファルトを叩き割った。敵機は、ねじるようにして発生した回転を、勢いそのままに第2小隊1号機の脇腹から胸部へ突き上げるようにして、打突兵装に伝え、押し込んだ。一瞬、第2小隊1号機の機体が浮き上がるような動きを見せつつ、動きを止める。敵機は、コックピットを斜め下から貫くようにして突き入れられた打突兵装を、ずるりと引き抜いた。


 もう一方、第1小隊1号機の攻撃を、上半身を屈めることでやり過ごした敵機が、間合いを詰める勢いを打突兵装に乗せ、正面――上半身と腰部の蛇腹装甲部分に突き入れる。コックピットを貫くように、斜め上に押し込めようとした攻撃を、寸前、腕を使い逸らすことに成功する。とは言え、腰部関節部を貫かれ、下半身の制御に支障をきたす。上半身をうまく支えることが出来なくなり、後ろへと倒れそうになるところを、第1小隊2号機――榎田少尉の機体が後ろから支える。


「隊長ーッ」

『バカモンッ!俺のことは――』


 打突兵装を引き抜いた敵機が、改めて1号機の腹部から胸部へ向かって突き入れた。それに伴い、ブツッと通信が途絶える。


「隊長ー!」


 第1小隊3号機が、打突兵装を投げ捨て、40mm機関砲に手を伸ばす。その腕――肩部関節に向かって、敵機が打突兵装を突き入れる。機関砲を手にした腕が、重さに耐えかね落下していく。


『うあぁぁぁあああっ!』


 無線から、3号機パイロットの慟哭どうこくが響き渡る。榎田少尉が、そちらに気を取られ、3号機の方を見やる。喉元から胸部へ向かって、打突兵装を突き入れられる3号機が見えた。それと同時に、先ほどまで聞こえていた無線が沈黙する。


 今度は、榎田少尉が慟哭する番だった。無線からは、小隊を輸送してきた燕楼エンロウから状況を求める通信が入ってきていたが、それに応える余裕は無かった。――数瞬後、第1小隊は全滅した。


Twitter @nekomihonpo


変更箇所

DBCA→DCBA(指摘感謝)

打突~→打突兵装


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◆用語
(2013/06/02更新)
●人物一覧
(2013/06/02)




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