皇紀973年12月13日午前10時 久慈丘インターチェンジ
◆皇紀973年12月13日午前10時 久慈丘インターチェンジ
『指示書の確認が取れました。おい、ゲート上げろー』
集音マイクが、車外の音を拾ってくる。雨宮涼は、双嶽に乗り込んだまま、HArTS運搬用トレーラー庫内にて待機していた。多少、引き留められはしたが、無事に検問を通過できたようだ。一安心し、知らず知らず握りしめていた操縦桿から力を抜いた。
帝都襲撃から数時間――検問で厳重なチェックを行ってはいるが、反乱勢力の全貌が判明していない現在、何が本当で何が嘘なのか解らない混沌とした状態となっている。先ほどの指示書にしてもそうだ。当然、ニセモノではあるのだが、確認した先にシンパが紛れ込んでいれば誤魔化せてしまう。仮に、誤魔化せなかったとしても、末端ではその判断は付かない。ゴネてしまえば、力押しでどうとでもなる――という大雑把な見込みで脱出計画が進められていた。
雨宮涼は、運搬用トレーラーと合流後、いざという時のため、双嶽にて待機――という名目で、コックピットに引き籠もっている。桜園帝――桜姫を、1人で放置する訳にはいかないからだ。桜姫は、先の戦闘で気を失ってから、現状、目を覚ましていない。合流後にざっと確認をしたが、特に外傷は無いようなので、少し安心した。とは言え、こんな狭いところから、早いところ解放してあげたいというのが正直な所だった。次の合流ポイントである長政の樹海までは、高速を飛ばしても1時間半は掛かる。
2台のトレーラーで移動しているが、片方は空荷で移動しており、戦力という点では、雨宮涼の乗る、被弾した双嶽しか無いのが現状であった。合流するまでは、唯一の戦力であり、気が休まりそうには無かった。
◆同日同時刻 帝国軍 軍令本部内 幕僚作戦会議室
「それで、蛆虫共の正体は解ったのかね」
黒崎は、少しも進展の見えてこない報告にイライラしながら、報告に来た情報部少佐に聞いた。黒崎直幹――帝国軍元帥にして軍務省大臣をも勤める帝国軍のトップである。そんなトップをはじめとし、帝国軍各大将や幕僚参謀長を前に、進展が無いことを報告しなければならない小島少佐は、開き直りに近い心境にあった。
「まだ解りませんだと!一体何をやっとるんだッ!」
梶原陸軍大将が、黒塗りのテーブルをドンッと叩きながら怒鳴りつける。分厚い天板が揺れる。小島少佐にも言い分はあるが、それをココで言ったところで何らプラスには働かない。それが解っているので、素直に謝っておく。
「帝都に侵入した敵機は、北に抜けたようです」
剣崎幕僚参謀長が、壁に掛けられた帝国地図を前に話し始める。丸めがねで柔和な雰囲気を出そうとしているのかもしれないが、その奥で光る細い眼が、神経質そうな性格を示していた。
「北に――だと。つまり、八十ヶ岳か上ヶ原基地の連中だと?」
「いえ、まだそこまでは解りません――が、ジャミングの中心が北に移動していることが解っています。もっとも、陽動である可能性も高いのですが」
「じゃぁ、そこを潰せ」
梶原大将の言い分に、剣崎は何を言っているんだと内心で嘆息しつつ、おくびにも出さない。反乱分子を馬鹿にするつもりは無い。反乱分子を馬鹿にすると言うことは、回り回って帝国軍が馬鹿であると言っているようなモノだ。
もっとも、梶原大将の発言は、馬鹿だと言わざるを得ない。確かに効果的ではあるだろうが、簡単に行える訳が無い。街中で撃ち落とせというのか。こういうのを押さえるために参謀が居るのだと、慰めにならない慰めをする。
控えめに扉がノックされ、士官が入ってくる。そのまま黒崎元帥へと近づいていくと、何事かを耳打ちする。その報告内容が、余りにも意外だったのか、士官の方へ向き直り確認を取る。その様子に会議室に緊張が走る。
「何かあったのか?」
梶原大将が、問いかける。その問いかけは、会議室にいる一同の意見を代弁していた。黒崎元帥へと視線が集まる。
「陛下が行方不明だそうだ」
その簡潔な発言は、会議室の時間を一瞬止めることに成功する。そんなことは意に介せず、黒崎元帥は言葉を続ける。
「取り敢えず、捜索はさせるが、今後の対応を決定したい」
「行方不明とはどういうことだ!いくら御所が広いとは言え、見付からないということはあるまい。側付きの連中は何をしていたんだッ!」
いち早く立ち直った梶原大将が、まくし立てる。その剣幕にたじろいだ――と、言うよりは、暑苦しさに辟易としながら、黒崎元帥が言葉を発する。
「今、捜させている。それよりも、コレをどうするか――だ」
「どうする――とは?」
「どう利用するかだ」
「利用だと?」
「そうだ。そう――例えば、反乱分子が弑逆した――と言うのはどうだろうか」
その発言を聞いた途端、先ほどとは違う沈黙、緊張が会議室内を支配する。弑逆――反乱分子が、陛下を殺害したとする。それが事実だとしたら、帝国に衝撃が走るだろう。
「し、弑逆――だと」
「あくまでも例えだ。例え。しかし、そう発表することで、反乱分子は重大謀反人だ。反乱分子共内部でも割れるかも知れん」
「いや、しかしだな――」
「この発表を持って、国家非常事態宣言の発令も可能となるだろう。まさか、陛下を弑逆するような連中に対して、邪魔するような輩もおるまい」
「そ、そうだ。その後、陛下が見付かった場合」
「見付からぬよ」
「何?」
「陛下は反乱分子に弑逆されたのだ。見付からぬよ」
黒崎元帥が、テーブルに肘を突き、前のめりになるようにして、会議室の面々を見回す。今の発言と、その視線により、他の面々は喉を詰まらせたかのように黙り込む。
「いつ、発表できるかね?」
「――ハッ。3時間――ぃぇ、2時間後には」
「ふむ、――そんなものかね。まぁ、いい。早めに頼むぞ」
「は、ハイ」
前のめりになっていた姿勢を、再び背もたれに体重を預けるようなゆったりとした姿勢に戻しつつ、葉巻を吹かす。フゥと吐き出された紫煙が、会議室内の人間に絡みつく。
「当然ながら、今、話したことは重大な機密に付き、墓まで持っていって貰うぞ」
「わ、解っておる」
絡みつく紫煙が、逃げられない鎖のように絡みつき、妙な息苦しさを感じさせていた。
◆同日午後1時半 長政演習場
雨宮涼たち一行は、その後、特に問題も無く、長政山の麓、樹海の中にある帝国軍長政演習場に到着していた。先行していた部隊との合流を果たし、双嶽1機で部隊を護るという心許ない状態は解消された。思っていた以上に気を張っていたらしく、雨宮涼は、コックピットの中で深いため息を吐いていた。
輸送トレーラーが格納庫に入り、外装が解放される。作業員が取り付き、各所の点検に入る。1人の作業員がコックピットをノックし、呼びかける。
「雨宮准尉、お疲れ様です。整備台へ移動します。ハッチ開けますか?」
『ああ、――いや、いい。私が移動しよう』
「そうですか。それじゃぁ、お疲れの所、申し訳ありませんが、お願いします。3号機、起動するぞ。整備台までの道、開けろー」
作業員の誘導に従い、双嶽を整備台に移動させる。雨宮涼が、コックピットから出ない理由をどう言ったモノかと悩んでいると、1人の作業員がやってきて、外の作業員たちに話しかける。
「3号機は損傷が酷いな」
「ぁ、阿澄さん。そうなんすよ。さすがに胸部装甲の換えは持ってきてないっすからねぇ」
「そうだな。よし、こいつは俺が見ておく。お前らは、他の号機の修理を急いでくれ」
「了解です」
作業員たちが、他の作業台へ向かう。周囲に他の作業員が居ないことを念入りに確認した後、コックピットハッチを開く。その開いたハッチに阿澄が頭を突っ込み、中の様子を伺う。
「若、ご無事ですか?」
「ああ、陛下は無事だ」
「若!その傷は!」
阿澄は、コックピット内に広がる血の臭い、そして雨宮涼の傷に気がついた。左目に巻かれた包帯、頬に深い切り傷――パイロットスーツの首筋や腿が血だらけになっていた。雨宮涼は、包帯の巻かれた左目の上へ手を持っていき、撫でるようにして答える。
「左目を持って行かれた。痛みは、麻痺していてよく解らん」
「すぐに治療をしなければ!」
「それよりも、まずは陛下だ。戦闘により気絶したままだ。少しでも早く、楽にして差し上げなければ」
「ハッ。そうですな。――今のうちに私の部屋に匿うことにしましょう」
2人は、こそこそと、慎重に桜姫を連れ出し、阿澄にあてがわれた一室へと向かった。道中、運の良いことに、特に見とがめられることも無く、無事に辿り着くことに成功する。桜姫は、いまだ目を覚まさなかったが、呼吸は安定しており、外傷も特に見当たらなかった。今しばらくは、寝かせておくことで意見の一致をみる。
涼の傷の治療をしようとしたところ、パイロットはブリーフィングを行うと放送が入った。血だらけのパイロットスーツから、真っ白なカッターシャツに着替え、ブリーフィングルームへ向かう。阿澄としては、涼の傷をしっかりと治療したかったのだが、あまり悠長なことを言ってられない現状ではある。自身も、現場を長く離れていい訳では無い。渋々、送り出すのだった。
ブリーフィングルームへ入ると、どうやら涼が最後のようだった。前に立っていた浦部中佐から、傷は大丈夫なのかと問いかけられる。
「ええ、左目は持って行かれましたが、大丈夫です。もっとも、3号機の方は、次の作戦では使えないかと」
「そうか。――戦力のダウンは痛いが、致し方あるまい。さて、まずは現状の説明から始める」
作戦の方は、一応成功と言えるレベルではあった。軍令本部の占拠は失敗。軍令本部内のシンパによる各種設備の占拠は、目的を達することが出来ず、撤退している。しかしながら、通信設備に細工を施し、解除までの時間稼ぎをすることに成功している。八家菅原基地の襲撃だが、大型空中戦艦穹凰の破壊には到っていない。しかし、こちらもシンパの工作活動が功を奏し、ガリニウムドライブの制御装置を一部破壊したため、おいそれとは飛び立てない状態に陥れることが出来た。
こちらの被害は、双嶽の大破が3、中破が1、小破が5という結果だった。小破の機体に関しては、早急に修理を行い、次の作戦へと投入する。また、ここ、長政の演習場に配備されている60式 剣鐳3機を部隊に加える。それに加え、各地から、先の作戦には間に合わなかった他の部隊が合流予定である。
次の作戦と言っているが、先の作戦の目的は、宣戦布告を回避し、帝国が戦争状態に突入することを防ぐことにあった。先の作戦では、宣戦布告を阻止することには成功したが、一時的なモノであり、再度、行おうとすることは間違いない。そこで、再度、今度は戦力を集中し、軍令本部を襲撃、上層部を押さえることを目的とする。先の作戦と違い、奇襲という訳にはいかず、相手側の徹底抗戦が予想されるが、諸外国との開戦をこころよく思わない人間は多い。まだ残っている内部シンパと協力し、今度こそ、確実に上層部を押さえる。――と、言うのが、次作戦の骨子となる。
一通りの説明が終わったところで、雨宮涼が手を挙げる。
「雨宮准尉、何か?」
「はい。ここからなら永岡まで1時間半、飛ばせば1時間の距離です。日岡重工の開発工場から新型を借りることが出来るかも知れません」
「日岡の――確か74式候補を開発中だったか」
「はい。開発者に知り合いがいます」
浦部中佐は、あごに手を当て考える。型落ちどころか、棺桶に片足を突っ込んでいるような剣鐳より、74式候補の新型機の方が魅力に溢れている。パイロットが湯水のようにいる訳でも無く、古びた機体の頭数だけあっても仕方が無い。とは言え、その新型機が確実に借りられるのか、また、動くモノになっているのかが解らない。新型機に賭けすぎても危うい。
浦部は雨宮を見やる。片目をケガしているため、戦力としてはワンランクダウンしているのは間違いないだろう。雨宮を日岡に派遣し、新型機を受領できれば良し。出来なくとも、戦力の大幅ダウンにはならないと結論づける。
「よし。雨宮准尉、――これから日岡に向かい、その新型機とやらを受領してこい」
「ハッ」
「作戦は予定通り決行する。新型機で隊列に加われ。急げ。時間が無いぞ」
「ハッ。了解しました」
雨宮涼は、直立、敬礼し、足早にブリーフィングルームを後にする。部屋を出ると、施設内の公衆電話に向かい、日岡の開発者へと連絡を付けるのであった。
◆皇紀965年3月7日 帝都 皇宮内庭園
「陛下におかれましては、ご機嫌――」
「おお、天宮寺の、よく参った。堅苦しい挨拶は抜きじゃ」
頭を下げ、恭しく挨拶をしている壮年の男性に対し、陛下――槎牙帝は、肩を叩き、挨拶を切り上げさせる。天宮寺と呼ばれた男性――天宮寺忠明も、苦笑を浮かべながら、それに応じる。まだ、少し肌寒さの残る3月の上旬、帝都皇宮内庭園では、梅が見頃を迎え、定例の梅香宴が開催されていた。招待客しか居ない園内とは言え、皇帝陛下の気さくな応対は少なからず耳目を集めた。とは言え、その相手が天宮寺だと知れると、客達も納得し、歓談に戻る者が多かった。
――天宮寺家。遙か昔、皇帝の血筋から枝葉に別れた家の1つである。かなり昔に別れたため、既に血は薄まっていると考えられており、皇位継承権を持つことは無くなっている。継承権が無いとは言え、皇帝に連なる家名であるため、――また、現皇帝とは、歳も近いため、懇意にして貰っている。
挨拶を終えると、槎牙帝は、天宮寺の後ろでカチンコチンに固まっている少年に気がつく。
「おお、それが息子じゃな」
「ええ。ほら、涼。陛下にご挨拶しないか」
涼と呼ばれた少年は、それこそ右手と右足が一緒に動き出しそうになるのを堪えるかのように、ギクシャクとした動きで槎牙帝の前に出ると、挨拶を述べる。緊張のためか、少し裏返ったような――平時なら、穴があったら逃げ込んでいたであろう挨拶であった。
「ふむ。緊張しておるようじゃな」
「仕方ありますまい」
「どれ、娘を紹介しよう。――桜。桜ァ。ちょっとこっちに来なさい」
槎牙帝は、後ろを振り返り、侍女からお菓子を貰いご満悦な表情の少女を呼ぶ。少女の方も、呼ばれたことに気がつき、顔を上げ周囲を見回した後、槎牙帝を見つけ笑顔で駆けつけてくる。
「なぁに、父さま?」
桜と呼ばれた少女が見上げた先には、見知らぬ親子――天宮寺親子が居た。その見知らぬ親子に対し、警戒心をあらわにし、槎牙帝の後ろに隠れる。
「おや、桜。天宮寺のおじさんの事は忘れてしまったのかい?」
「天宮寺のおじさま?」
父親にそう言われ、相手の顔を見やる。しばし、じっと見つめていたかと思うと、笑顔になり――
「天宮寺のおじさま!」
「ええ、おじさんですよ。ご無沙汰しております。姫」
忠明は、しゃがみ込み、桜と同じ目線になってから挨拶をする。その様子を笑って見ながら、槎牙帝が涼を紹介する。
「桜。このお兄ちゃんは天宮寺おじちゃんの息子さんだ」
「ほら、涼。挨拶をせんか」
「は、はい。えっと、桜姫、――初めまして、天宮寺涼といいます」
桜姫はどうしたらいいのかよく解らず、父親を見上げる。槎牙帝は、ほら、どうしたと笑顔で背中を押す。桜姫は、少し戸惑いながらも、おずおずと口を開く。
「えっと、――りょうにいさまって呼んでもいい?」
「ええ、構いませんよ」
「うん。りょーにいさま!」
「はい」
天宮寺涼と桜姫のファーストコンタクトだった。そんな子供達のやり取りを微笑ましく眺めながら、陛下と忠明は会話を続ける。
「陛下、宮森家の事故の件ですが――」
「何か解ったのか?」
「不自然な点が無いことが不自然です」
「よく解らないのだが?」
「一家が全員亡くなっているのです。証言を得ようにも得られない事が多々あっても不思議では無い。それにも関わらず、答えが用意されすぎている」
「なるほど。不自然よな」
「はい。シナリオが用意されているかのような印象を受けました」
「しかし、犯人は解らない。あくまでも事故だ――と」
「そうです」
2人の間に沈黙が訪れる。宮森家とは、天宮寺家と同じように分家の1つである――が、先日、一家全員が交通事故により死亡するという事件が起きた。今の忠明の話を聞けば、何者かに暗殺された可能性も否定できない。
「ふぅ。――折角の梅香宴ぞ。こういう話は無しじゃ。折角の晴れやかな気分が落ち込んでしまうわ」
「ハッ。確かに」
子供達はと言うと、涼が桜に引っ張られ、侍女の所でお菓子を貰っている。特に人見知りすることも無く、仲良くなっているようだった。そんな子供達の微笑ましい姿を肴に、酒を楽しむ――情景が歪む。
◆皇紀973年12月13日午後2時 長政演習場
「ん――ここ、は?」
桜姫は、何か夢を見ていた気がするのだが、思い出せないでいた。目を覚ますと、そこは見慣れない部屋だった。決して広くは無く、――むしろ狭い部類だろう。機能的ではあるのだろうが、狭さ故に雑然とした部屋。桜姫は知らない事ではあるが、そこは、阿澄国光にあてがわれた部屋である。
ガチャリと解錠する音が室内に響く。家主が帰ってきたと言うことだ。その音に、桜姫の身体がビクリと震える。しかし、入ってきた人物の顔を見て安心を通り越し、うれしさがこみ上げてくる。
「じい!じいではないか」
「おぉ、姫様。起きられましたか」
手に持っていた荷物を近くのテーブルに置き、ベッドで身を起こしている桜姫に近づく。阿澄が見たところ、特に不調を感じているようには見受けられない。
「どこか痛いところとかはありませんかな?」
「ん――うむ、問題無い。それにしても、じい、今までどこに――。それに涼兄さまは、どこに?」
「若――涼殿は、任務で永岡へ向かっておりますな」
「永岡――ここはどこで、現在の状況について説明なさい」
「畏まりました。陛下――」
阿澄は、ここが長政の帝国軍演習基地であり、反開戦派の一時的な拠点であることを説明した。また、開戦を行おうとする軍上層部に対し、再度侵攻作戦を行う予定であることも告げる。雨宮涼は、その作戦の一環として、永岡へ出向いているとも。
「それと――その、説明しづらいのですが」
「うん?」
「見て貰った方が、早いですな」
そう言うと、部屋に備え付けられたTVのスイッチを入れる。画面はL字構成で、帝都の被害状況を知らせていた。それよりも、メインの方に釘付けになった。
『――桜園陛下を弑逆したとして、テロリストに対し徹底的に――』
TV画面では、桜園帝――桜姫の死と、卑劣なテロリストに対し、臣民一丸となって不退転の決意で臨む事を告げていた。桜姫としては、行方知れずならまだしも、まさか、一足飛びに殺されるとは思っていなかった。
『――アメトリアのスパイとの繋がりも取りざたされており、引き続き――』
TVは、淡々とニュースを流していた。桜姫は、画面を見つめながら、どうなるのか、どうするべきなのかを考えていた。自分が生きていることを、この放送を許可した人間が知ったらどうするだろうか。そっと闇に葬るだろうか。また、自分が死んだと言うことで、こちら側に正義は無くなってしまっていた。臣民からの支持も得られないだろう。そもそも、内容が内容だけに、造反が起きていてもおかしくない。
阿澄の方を見やり、問いかける。
「じい。状況の説明を」
「はい。ニュースを見ていただいたように、姫様は弑逆された――とされています。そのニュースが流れてから、我々、開戦反対派内部で揉めております。各地のシンパから協力が得られるかも怪しくなってきています」
「解りました」
桜姫は、ベッドから立ち上がると、阿澄が入ってきた扉へと向かう。
「姫様、どちらへ」
「私を責任者の所へ案内なさい」
「せ、責任者の所ですか。どうされるおつもりですか?」
「私が生きていることを伝えなければなりません」
「兵にですか」
「いいえ。臣民にです」
「え?」
「さぁ、案内なさい」
「は、ハッ!」
阿澄は、桜姫の迫力に気圧されていた。気圧されつつも、桜姫がここまで育っていたということ――正しく帝として育っていたことに密かに涙するのであった。
ブリーフィングルームでは、堂々巡りの議論が続いていた。陛下が崩御されたのは事実なのか。我々が弑逆したのか。どこのどいつの仕業なのか。これでは我々に正義は無いではないか。それは既に議論では無く、烏合の衆、一歩手前であった。
不毛な喧噪の中、ガチャリとノブの回る音が響く。音に気がついた幾人かは、気晴らしにでもなればと、軽い気持ちでドアを見、一様に固まった。
「へ、陛下ッ!」
誰が最初に発したかは解らないが、その言葉と、言葉に載せられた驚きは、興味を持っていなかった他の人間にも伝播した。陛下がここに居ることも、そもそも生きていることも、さっきの放送のことも――疑問だらけだった。様々な思惑が、各々の頭の中で渦巻いていて、椅子に座ったまま呆然と見つめていた。が、1人がガタッと派手な音を立てながら直立、敬礼すると、他の人間も慌てて立ち上がり敬礼した。
「よい。楽にしてくれ」
「ハッ!」
とは言え、彼らにしてみれば雲上人たる皇帝陛下の御前だ。戦場とは異なる緊張感をはらみつつ、責任者に一任する。任された責任者にしてみても、皇帝陛下は雲上人の存在だ。浦部中佐は、どうしたものかと途方に暮れていた。
「そなたが責任者か?」
「は、ハッ!帝国陸軍北方第2大隊所属、浦部中佐であります!」
直接、声を掛けていただき、反射的に再敬礼しつつ、名乗りを上げる。
「そうか。では、中佐。作戦に横やりを入れるような形になって申し訳ないのだが、私を帝都のTV局まで、連れて行って貰えないだろうか?」
何故ここにおわすのかとか色々と疑問を持っていたのだが、新たな疑問で上書きされた。そして、その疑問は口からつうと出ていた。
「――TV局ですか?」
「うむ。私が生きていることを、臣民にあまねく知らせねばならぬ」
桜姫は、まっすぐ浦部中佐を見、中佐は、その意志の強さを感じ取った。これは、早急に作戦の修正しなければならないことを、皆が感じ取ったのだった。
Twitter @nekomihonpo




