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内戦後の出来事

◆皇紀974年07月17日16時 帝都 皇宮


「陛下、少し落ち着いてください」

「で、でもッ」


 陛下――桜園帝が侍従長にたしなめられる。その身分を考えれば、差し出がましい程度では済まされないのだが、陛下がまだ若いこともあり、教育係にはある程度の無礼が許されていた。先ほどから、落ち着き無く皇宮内医局前の廊下をうろうろと――皇帝陛下ともあろうお方が何をしているのかと言われても致し方ない様を呈していた。


 桜園帝――桜姫にしてみれば、心配で心配で、心落ち着かず、かといって医局内に入り邪魔するのは本意では無いため、このような形で情けない姿をさらしていたのだった。今、医局内では天宮寺涼――彼女の言うところの涼兄さまが、左目の手術を受けている最中である。先の戦闘で――すでに、あの内戦から半年が経過していたが――負傷した左目は、治療が遅れたこともあり、回復は絶望的であった。クローン技術によって左目を培養しようにも、眼底を損傷しており、治療を行っても視力は回復しないというのが、医者の見立てである。隻眼将軍などと世間では呼ばれているが、そんな呼び名が付いてしまったことを、桜姫としては、密かに心痛めていた。


 御殿医に相談したところ、とある学会論文を紹介された。それは、シーブエレ(Pseudo-biological electronic devices)――疑似生体電子デバイスを用いたカメラに関する研究であった。桜姫は、早速、研究機関に連絡を取り付け、詳細を聞いた。――連絡を受けた研究機関は、上を下への大騒ぎだったらしいが。


 シーブエレの技術を用いて、カメラを眼球状にし、視力を補うという研究であった。決して解像度は高くないのだが、人間の脳というのは良い意味でいい加減に出来ており、多少のノイズは補完してしまう。そのため、解像度が少しくらい低くても大きな影響は無いらしい。もっとも、両目をこのデバイスにした場合、補うべき信号が無いため、解像度に従ってしまう。また、解像度を高めてしまうと、デバイスから脳への転送速度が間に合わず、逆に違和感を感じ、ストレスになってしまうという欠点があった。


 この話を聞いて、桜姫は涼兄さまの目に――と強く希望された。天宮寺涼も、陛下から話を伺い、特に反対する理由も無いため、承諾する。年明け早々に、研究機関に対し発注され、現段階での最高の一品が先日仕上がってきた。


 その疑似眼球を本日、天宮寺涼へと移植しているのである。



 皇宮内医局の扉が開く。その音に、ぴくりと反応し、桜姫が白衣の男性に駆け寄った。


「涼にい――。天宮寺の容態はどうか」


 涼兄さまと言いそうになるのを堪え、皇帝としての威厳を保ちつつ問いかける。もっとも、言い直しをしている時点で、威厳の方は怪しいのだが。


「はい。術式は無事に終了いたしました。今はまだ、麻酔で朦朧としておいでです」

「そう。――話はできて?」


 花でも咲いたかのような笑顔を浮かべる。その笑顔に、周囲の人間が微笑ましく思っていたが、白衣の男性が咳払いをして我に返った。


「可能ではありますが、あまり無理をさせてはなりませんよ」

「はい」


 桜姫は、満面の笑顔で応えた後、自分の態度に威厳の欠片も無かったことに気がつき、たたずまいを正す。


「ご苦労でした。完治するまでよろしく頼みます」


 落ち着いた声で告げるが、周囲の人間は、そのギャップに一層微笑ましく思っていた。桜姫は、走り出したい衝動を抑え、医局の奥へと進んでいく。



 天宮寺涼は、医局内のベッドで枕を背に、ぼうっと室内を見回していた。その病室の扉が、おずおずと開かれる。その奥から、桜姫が室内を伺うように覗き込んできた。


「涼兄さま、お邪魔してもいいですか」

「桜姫。ええ、いいですよ」


 涼が、笑顔で応じると嬉しそうに部屋に入ってくる。


「手術の後でお疲れではありませんか?」

「麻酔でぼうとしますが、大丈夫です」


 左目と頭を覆う包帯が痛々しい。桜姫が包帯に触ろうとし、ぴくりと腕を引っ込める。涼が、大丈夫ですよと告げると、そうっと恐る恐る撫でつけた。


「違和感はありませんか?」

「慣れないと疲れそうですね」


 先ほどの調整を思い返しながら、そう応える。左目のみで物を見ると、解像度の低さが目に付くが、両目で物を見るとそれほどでも無い。とは言え、そのギャップ補正を行っている所為か、妙に疲れた。細かいことを言えば、駆動音がうっすらと頭蓋の中で聞こえるのだが、これこそ慣れだろう。毎日聞いていれば、気にならなくなると思われた。


 しばし、桜姫と談笑していると、扉がノックされスーツに身を包んだ女性が入ってくる。


「ご歓談中の所、申し訳ありません。閣下に取り急ぎご相談したい件が――」


 この女性、名を阿波崎あわさき茉莉まつりと言い、天宮寺涼の秘書官の1人である。――天宮寺涼は、内戦終了後、その地位を変動させた最たる人間であろう。帝国軍人として准尉という地位にいた雨宮涼は、今現在、天宮寺涼として、軍務省大臣、兼、内閣府筆頭大臣という地位に就いている。国の頂点として皇帝がいるとは言え、実質的に政治、軍事の最高権力者となっている。平時であれば、こんな無茶苦茶な人事がまかり通る訳は無いのだが、政治、軍事、各々の中枢の消失、信頼の失墜と言った要因が重なり、また、陛下の後押し――と言うよりは、桜姫に泣きつかれ渋々その地位に収まったというのが実情であった。本人としては、不相応な地位に据え置かれたとは思っているのだが、いかんせん、桜姫に頼られては無下に断る訳にも行かず、多数の人間に迷惑を掛けつつも、難局を乗り切ろうと必死にやりくりをしている最中である。


「――という形で頼む」

「了解いたしました。それでは失礼いたします」


 阿波崎が一礼し、病室を後にする。政治、軍事の最高権力者と言うこともあり、問題は山積みだった。


「涼兄さま、ごめんなさい」


 桜姫が、しゅんとして謝ってくる。手術後――ゆったりと療養する暇も無く、仕事をしなければならない立場へと追いやった責任を感じていた。


「大丈夫ですよ」

「でも――」


 軍の傀儡とも言えるような状態であったことから、信用のおける人間――天宮寺涼にお鉢が回ってきたというのは理解出来る。桜姫を助けるためにも引き受けたのは自分自身であり、恨みつらみを言うつもりは一切無かった。少しでも桜姫を安心させるべく、そのしょんぼりとしてしまった頭を撫でつける。一瞬、桜姫の身体がぴくりと動くが、すぐに少し安心したような顔になった。再度、大丈夫という言葉を繰り返し、やさしく、やさしく撫でつける。そんな二人の時間は、別の秘書官がやってくるまで破られる事は無かったのだった。



◆皇紀975年01月13日10時 帝都 皇宮 政務棟


「正直な所、金が無い」


 はらはらと雪の降る中、天宮寺涼は、政務棟内の執務室で愚痴っていた。その正面には、長髪の優男が座っている。名を、阿波崎あわさき宗継むねつぐと言い、天宮寺涼の秘書官の1人である阿波崎茉理の兄に当たる。天宮寺涼がアドバイザーとして招き入れた人間の1人である。優秀な官僚は多数いるが、胸襟きょうきんを開いて語り合うというのは難しい。率直な意見交換を行える人間を欲し、親友であった阿波崎を巻き込んだのだった。


 特別な地位に就いている訳では無い。何か適当な地位を用意すると言ったのだが、責任が付いて回るので要らぬ――と断られていた。そのため、私的な参謀と言うか、――政務棟に出入りできる一般庶民という不思議な立ち位置を確保している。


 国政議会ビルが破壊され、その後、がれきの撤去は終了しているが、ビルの再建は行われていなかった。軍部が八凰艦の計画を凍結せず、裏で推し進めていたこと等、様々な金食い虫が、帝国の財政を圧迫していた。今まで、知る由も無かったが、舵を取る立ち位置になったことで、この帝国という船が危機的な状況にあったということが目に入ってきていた。そんな訳で、国政議会ビルを再建する金が勿体ないため、陛下に許しを貰い、皇宮政務棟の一角で執務を行っている。


 臣民への補償、帝都の再建、損耗した軍備の増強――あの内戦が終結してから1年が経過し、ゆっくりではあるが、傷跡が癒えていく最中であった。――反比例するかのように国庫の傷は広がっていたが。強権を発動し、増税なり国債なり造幣なりでまかなうという手もあるのだが、それはそれで市場を乱しかねない。世の中、金が全てとは言わないが、金が無いとどうにもならないと言うのも、また事実であった。


「まぁ、税収を増やす手が無い訳では無い」


 阿波崎宗継が、そんな魅力的な話を切り出す。金が無くて困っている小さな政府――天宮寺涼としては、聞き捨てならない一言であった。


「魅力的な話だな」

「なぁに、簡単なことさ。要は、金が動く状況を作り出せばいいんだ」

「簡単に言ってくれる」

「簡単なことで、最大の効果が得られるからな」

「そんな魔法があるのか?」


 涼は、思わず身を乗り出して問い詰める。


「まぁ、そうだな。――2回は使えるんじゃないか?」

「勿体ぶるなよ」


 阿波崎がにやりと笑う。その顔を見て、なんとはなしに嫌な予感を感じ取った。


「陛下のご結婚だよ」

「は?」


 陛下の結婚ともなれば、その経済効果は莫大な物になる。例えば、特集本が何冊も作られるだろう。書店での売上、出版社の売上、印刷業界、流通、製紙業、インク業界等々だ。それだけでも売上、消費に対する税として収入が発生する。記念硬貨の発行も効果的だろう。そういった末端までの商活動によって動いた金が税収へと繋がる。元手は、陛下の結婚という発表だけだ。と、言うのが、阿波崎の主張である。――厳密なことを言えば、結婚式の資金等々で出費がある訳だが。


「なるほど。経済効果が大きいと言うことは理解した」


 いまいち釈然としない――憮然として、涼が応える。


「陛下のお歳を考えると、婚約が精々だろうけどな」

「婚約と式で2回という訳か」

「そうだ」


 阿波崎は、どうだと言わんばかりに嬉々として応える。それに対する涼は、今だ憮然と不満げだ。


「何が不満なんだ?」

「――陛下のお心を無視しているのが気にくわない」

「その陛下が乗り気だと言ったら?」

「――なに?」


 言葉の爆弾に、涼が驚愕の表情を浮かべる。


「既に陛下には提案済みだ。お前の助けになるのなら――と乗り気だぞ」

「いや、しかしだな――そ、そうだ。まだ、お若いのだ。何も急いでご婚約なさることもあるまい」

「陛下の立場を考えれば、そう自由な結婚が出来る訳でもあるまい?」

「それは、そうなのだが――そ、それに相手はどうなんだ」

「まぁ、お前が心配するの解る。だが、安心して欲しい。皇家の遠縁とは言え、やんごとなき血筋の人間を相手に選んだ」

「いや、だが――」


 まだ渋る涼に対し、阿波崎が意地の悪い笑みを浮かべ、その肩を叩きながら続ける。


「そんなに心配なら、陛下に確認してくればいい」

「そ、そうだな――」


 涼は、ゆらりと立ち上がり、ちょっと失礼する――と執務室を出て行く。後に残された阿波崎が、くっくっくと笑いを堪えきれずに1人で笑っていた。



「涼兄さま」


 天宮寺涼は、政務棟にある陛下の執務室にお邪魔していた。桜園帝――桜姫が、快く迎え入れてくれる。桜姫の侍女が茶を出してくれる。情けない話ではあるが、財政難で往年の人数を付けるだけの余裕が無く、桜姫には苦労を掛けることになるが、侍従の数を減らせていただいていた。


 部屋に入ってきてから、特に話し始めるでも無く、桜姫が首をかしげる。


「涼兄さま、今日はどうされたんですか?」

「いえ――その」


 普段、見知っている涼兄さまとは思えない歯切れの悪さに、ますます首をかしげる桜姫であった。涼はというと、勢いのまま桜姫の元まで来たのはいいが、何と切り出すかまでは考えがまとまらずにいた。しかし、いつまでもこのままという訳にも行かず、意を決して問うことにする。


「阿波崎より、婚約の話が出ているかと思いますが――」

「はい。それが何か」


 桜姫が嬉しそうな声を上げ、その後、恥ずかしそうにうつむくのを見て、天宮寺涼は、阿波崎が乗り気だと言っていたことを実感した。少なからずショックを受け、呆然としている涼に気がつくこと無く、桜姫が応じる。


「私の婚約が助けになるのなら――」

おそれながら――」


 涼は、桜姫の言葉を遮った。場が場なら不敬罪で問われても何ら不思議の無い行き過ぎた行為であった。


おそれながら、陛下は、まだ15歳というお歳――こういった話は、早すぎるかと」

「り、涼兄さまは、――反対なのですね」


 桜姫が涙声になりつつ、言葉を紡ぎ出す。涼は、その声に驚き、顔を上げ、桜姫を見た。そのどこか悲しげで、うっすらと涙を浮かべた目を見つめ――心底、婚約を喜び、望み、涼に反対されたことを悲しんでいることを知る。


「いえ、その――まだ、早すぎるというか、これから良い出会いが」


 しどろもどろになりながら言葉を繋げていくが、自分でも動揺していることを感じ取っており、次に何を言うべきか必死に考えていた。そもそも、皇帝陛下という立場で出会いがあったとして、それをかなえることが許されるのだろうか。涼は、それが時間稼ぎでしか無いことも解っていたし、意味が無いことも解っていた。解ってはいたが、足掻かずにはいられなかった。


 桜姫が、そっと目尻を押さえる様を見て、居ても立っても居られなくなり、失礼しましたと告げ、足早に立ち去った。有り体に言えば、天宮寺涼は逃げ出したのだった。


「り、涼兄さまに、反対、されました」


 残された桜姫が、側に居た侍女に泣き言を呟く。侍女としても、何故、天宮寺涼が反対なのかが理解出来ず、うまくフォローできずにいた。


「そ、そうです。天宮寺様は、陛下のためを思っての発言です」

「――私のため?」

「ええ、そうですとも。若い身空で、縛られる事は無いと――もう少し、自由を謳歌しても良いのでは、とのお心遣いです」

「そう――なのかな」


 桜姫の涙が止まったのを見て、侍女連中がそうですともそうですともとたたみかける。婚約話で幸せの絶頂にあった陛下を泣かせた天宮寺涼は、側仕え連中の間で株を下げるのであった。



 それからの数日間、天宮寺涼は精彩を欠いていたが、業務をおろそかにはしなかった。桜姫も機嫌を悪くされていたと言うが、婚約の話が順調に進んでいると言うことを聞いて喜ばれたという。天宮寺涼の思惑はともかく、桜園帝の婚約という話は既定路線として世間への公表のタイミングを計るという段階に来ていた。天宮寺涼は、この話に関して積極的には関わろうとせず、必要最低限の接触――それこそ、承認の印を押す程度――で済ませていた。


 その代わりと言っては何だが、阿波崎宗継が嬉々として関わっていたという。周囲の人間も、最終的な承認は天宮寺涼に貰うが、その過程においては、ほぼ全て阿波崎と相談して決定していた。



◆皇紀975年02月04日18時 帝都 皇宮 政務棟


「明日の記者会見だが――」

「記者会見?」


 阿波崎から、聞き慣れない予定を聞かされ、天宮寺涼は、思わず問い返した。


「陛下の婚約に関する記者会見だ。しっかりしてくれ」

「ぁ、ああ。――もちろんだ」


 天宮寺涼は、内心の動揺を表に出さないようにするのに多大の努力を必要とした。――また、それが成功したかという点に関しては疑問が残った。阿波崎が中心となって、婚約話が進行していたことは知っていた。知っていたが、あえて自分から関わりに行くようなことは避けていた。関わりを避けたからと言って、現実から逃げられる訳では無かったのに――だ。


「ライブという計画もあったんだが、無いとは思うが、失言があったときにまずいからな。収録ということになった」

「ああ、そうだな。念のため検閲した方がいいだろうし」

「とは言え、できあいの質疑応答では面白くないしな。明日は頼むぞ」


 そう言いながら、阿波崎が涼の肩を叩く。涼はと言うと、頼むという言葉に違和感を感じていた。


「――頼む?」

「おいおい、しっかりしてくれ。お前のような地位にいる人間が、出ない訳にはいかないだろ」

「ぃ、いや、俺は――」

「陛下の晴れ舞台だ。隣でサポートしてやれ」


 そう言って、肩を激しく叩く。その痛みに、釈然としない物を感じながらも、婚約、結婚ともなれば、桜姫を支えることも無くなるのかと寂しさを感じていた。



 翌日は、朝から皇宮の各所が慌ただしく、落ち着きの無い雰囲気が漂っていた。天宮寺涼も、記者会見に出席する必要があるため、朝から軍礼服に身を包み、普段とは違う息苦しさを感じていた。内戦後、それこそ何度も着ているのだが、未だに自分には過ぎた格好だと感じていた。


 記者会見会場へと移動していると、秘書官の1人――阿波崎茉莉が話しかけてくる。


「どうした?」

「白い礼服をご用意していたのですが――」


 そう言われると、控え室のクローゼットに白い礼服が掛かっていたのを思い出す。誰か他の者の礼服かと思ったのだが、普通に考えれば、帝国の重鎮という立場で控え室が相部屋などと言うことがある訳が無い。となれば、あの礼服は、天宮寺涼のための物であったとなる。


「――着替えた方がいいか?」

「いえ。軍礼服でも問題はありませんが――」


 問題は無いと言うが、言葉尻が弱い。とは言え、問題は無いと言われたので、そのまま会見会場へと入る。会見席の奥へと進み、端に座ろうとすると、止められた。


「閣下。閣下は、真ん中――陛下の隣でお願いします」

「真ん中?」


 真ん中の陛下の隣という言葉に首をかしげつつも、皇族側のみの記者会見と考えれば、そう言う事もあるかと納得し席に着く。TV各社、新聞記者等々、カメラやライトの数が多い。天宮寺涼が、今の地位に就いてから、少なからず記者会見を経験してはいるが、ここまでの人数を相手にするのは初めてだった。会場の後ろの方で阿波崎宗継が、なんとも意地の悪い笑みを浮かべているのが目に入る。何をやっているのやらと、ため息が出た。


「それでは、これより第22代皇帝陛下、桜園帝のご婚約に関する会見を始めたいと思います。一同起立し、礼にて陛下を迎え入れたいと思います」


 司会進行役が、会の始まりを告げる。一同起立し、礼を持って陛下の入場を待つ。桜姫が入場し、涼の隣へと座る。桜姫が、楽にするように伝え、司会進行役の着席の号令を持って一同が着席した。司会進行役により、しずしずと会が進行していく。


「第22代皇帝陛下、桜園帝と天宮寺家当主、涼殿とのご婚約について――」


 天宮寺涼は、自分の名前が出たことに驚愕の声を上げそうになった。なんとか、声は上げなかったが、ガタッと机を揺らしてしまう。その音は、思ったよりも会場に響き渡った。申し訳ないと軽く謝る。涼は、いまだ混乱の渦中にいた。そんな涼を置き去りにしたまま、記者会見はつつがなく進んでいく。


「帝都放送の綾部礼子です。この度は、ご婚約おめでとうございます」

「うむ」

「この度のご婚約について、陛下の思うところをお聞かせ願えればと思います」

「内戦が起こってから1年が過ぎた。これはひとえに、私の力が及ばなかったことから起きた事であり、不幸にも巻き込まれてしまった臣民には、どんなに詫びても詫びたりぬ。喪が明けて、すぐに婚約の発表というのも不謹慎ではないかという考えもあるが、いつまでも暗く沈んでいる訳にもいかぬ。私の婚約が、多少なりとも臣民に明るい話題となり、帝国の活力になればと考えている」


 記者からの質問時間に移ったようだった。質問に対し、桜姫が淀みなく応えていく。


「ありがとうございます。それでは、天宮寺閣下に対する思いをお聞かせください」

「りょ――天宮寺には、軍務省大臣に内閣府筆頭大臣と重責を担わせてしまっているが、非常に良くやってくれている。婚約者として、彼ほど相応しい人もおるまい」


 ふと、会場の後ろを見やると、阿波崎と目が合った。その目が笑っているように見えた瞬間、――阿波崎にしてやられたと悟った。


「天宮寺閣下、――閣下が、この婚約に反対されたと聞いています。真相をお聞かせください」

「え、ああ、――確かに婚約に反対した。それは、まだ陛下がお若いからだ。人生の伴侶を決めるには早いと考えたのだ」

「なるほど。陛下のことを考えた上での反対だった訳ですね」

「ああ、そうなる」


 混乱から抜けきっていない頭にしては、きちんと対応出来た方だと、涼は自画自賛したい気持ちだった。どうにか心落ち着かせるいとまが欲しかった。


「陛下とご結婚となると、権力が集中しすぎるとの心配がありますが」

「そうだな。婚約成立後、折を見て今の地位から退くことになるとは思う」


 その後も、記者からの質問が続く。混乱した頭で、なんとか場をしのいでいた。今のところ、失言が無いのが不思議なくらいである。涼は、今日の会見が録画で良かったと心底安堵していた。


「陛下、――陛下は、普段、天宮寺閣下をどのようにお呼びですか?」

「え?」

「はっ?」


 女性レポーターの質問に2人して間の抜けた返事を返す。


「とあるスジからの情報によれば、――涼兄さまとお呼びしていると――間違いありませんか?」

「え、――それは、その」


 桜姫が顔を真っ赤にし、しどろもどろになる。涼としてもフォローしたいところではあるが、どうフォローしたらいいのか思いつかなかった。


「なんでも、閣下が負傷した際、皇宮中に涼兄さまを助けて欲しいと放送されたとか」


 桜姫が耳まで真っ赤にして俯いてしまう。それに引きずられるかのように、涼は自分の顔が熱くなっているのを感じていた。


 それからの事は、あまりよく覚えていない。ただ、会場の雰囲気と記者達の目付きが、がらりと変わったことだけは確かだった。馴れ初めや、互いにどう思っているのかといった下世話な質問が増えたと思う。言葉に詰まる場面が増え、混乱から抜け出すことの無いままに会見の終了時刻となり、お開きとなった。


 疲れてぐったりしている所に、阿波崎が近づいてくる。そのにやついた顔に、涼としてはなんとかやり込めたいと思ったのだが、疲れの所為か、何も思いつかなかった。


「やってくれたな」

「おいおい。俺が陛下の嫌がる婚約をセッティングする訳が無いだろ」

「だからって、何も隠すことは無いだろ」

「気がつかないお前が悪い」


 確かに、調べようと思えば、いくらでも方法はあったはずだし、調べなかった涼が悪かった。そもそも、そこまで、しかと隠蔽されていたとも思えなかった。


「それに、これで堂々とイチャイチャ出来るじゃ無いか」

「イチャ――」


 下世話な言い方に涼が絶句する。阿波崎の目に、少し離れた所からこちらを伺っている桜姫が映った。


「ほら、陛下がお待ちだ」

「ぉ、おい」


 阿波崎が涼を振り向かせ、背中を押しやる。絨毯に足を取られそうになりながら、たたらを踏む。それを慌てたように押さえようと桜姫が両手を伸ばしてくるが、その手が涼を押しとどめることは無かった。なんとか自力で踏みとどまると、ちょうど胸に桜姫の手が添えられるような形となった。


「済みません」

「いえ――」


 そう言ったきり、2人は見つめ合ったまま黙ってしまう。幾ばくかの時間――さして長くは無い時間が経過した。寄り添うような形になっていたことに桜姫が気付き、顔を真っ赤にして離れる。


「り、涼兄さまは、――まだ婚約に反対ですか?」


 反対と言われることが怖いのか、その声は消え入りそうな形で小さくなっていった。涼は、自分の心境を冷静に分析しようとするが、どうにも難しかった。


「そうですね。難しい所です」

「――難しい?」


 反対と言われなかったことに多少の安堵も含めつつ、ほっと息を吐き出し、桜姫が問いかける。


「まだ早いという想いもありますし――自分なんかでいいのか――」

「私は、涼兄さまがいいです」


 自分を卑下する発言に対し、桜姫が即座に否定した。その勢いに涼は少し驚き目を見張りながら、すぐに視線を柔らかくする。


「そう言っていただけるのは、とても嬉しいです。既に記者会見までしてしまって――とか、そういう言い訳はよくないですね。どうも、男って奴は言い訳を探してしまってダメですね」


 嬉しいと行って貰えたことに喜色を浮かべた桜姫であったが、その後の話にはてなマークを浮かべつつ涼を見つめる。そんな桜姫を涼もしかと見つめ返し、口を開いた。


「桜姫、――好きですよ。私の持てる全てを持ってして、貴方を護ります」


 涼は、そう言うと、桜姫の手を取り、触れるような口づけをした。桜姫は、感極まってしまい、ぽろぽろと涙を流す。立ち上がった涼は、その涙にうろたえるが、そっと桜姫が寄り添ってきたので、優しく肩を抱くのであった。



 皇紀975年の春――桜園帝と天宮寺家当主との婚約が発表された。その吉事は、帝国を上げての祝宴となり、内戦により疲弊していた人々の心に、ぬくもりのある灯火となったという。


Twitter @nekomihonpo


これにて終わりとなります。

お付き合いいただき、ありがとうございました。


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(2013/06/02更新)
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(2013/06/02)




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