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真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜  作者: ヨシフおじさん
第二章・混沌の大地
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12話:書記長就任

 ようやく多少は主人公らしく、権力を握ることができます。

 


 ――約二年後――



 荊州・南陽城


 ここは南陽城内部に設けられた、大広間である。数々の絢爛豪華な調度品が陳列された空間を、石造りの重厚な柱が支えている。その柱の一つ一つにも彫刻が彫られており、床は大理石で出来ている。これだけでも袁家の財力と権威を示すには十分であり、賓客をもてなすのに相応しい内装である。決してカネのムダ遣いではない。

 そして今、この大広間にはに袁家に仕える主要人物のほとんどが集まっていた。



「劉勲!妾の前に出るのじゃ!」


 大広間に、子供特有の高い声が響き渡る。その声の主こそがこの城の主であり、彼らの主君でもある袁術だ。 


「はっ!」


 袁術の声に応えて、前に進み出たのは一人の女性だった。赤みがかった金髪に色白の肌、見事に着こなされた袁術軍の士官用制服。基本的に張勲の着ているものと同じタイプだが、張勲と違って黒や濃紺、灰色系統を基調にしているために、より軍服らしい印象を受ける。しなやかな動きには一切無駄が無く、軍人の規範のような動作だった。それでいて武骨に墜ち過ぎず、貴族らしい優雅さを残していた。



「皆の者!よく聞くのじゃ!」


 再び、袁術が声を張り上げる。


「今日はめでたい日である!なぜなら劉勲の……え~と、劉勲の……」


「書記長就任式ですよ。お嬢様。」


 あまり聞きなれない単語をド忘れした袁術のフォローに入る張勲。


「おお、そうじゃった。劉勲の『しょきちょーしゅーにんしき』じゃ。劉勲よ、これからも妾のために尽くしてたも。」


 どう聞いても棒読みであるが気にしない。絶対何の事だか解っていないだろう。

 劉勲は苦笑いを抑えながら、恭しく返答する。


「かしこまりました。この劉子台、ご期待には全力で。」



 新設された書記長は、正式には「中央人民委員会書記長」と言う。また中央人民委員会とは、袁家の主要な家臣が集まる助言、補佐の為の機関であり、閣僚会議に相当する。

 書記長は本来、行政上の規律的な役割で風紀と組織に対する従属 、過度の派閥争いに対する罰則、監督業務が主な仕事であった。しかし、荊州への介入の失敗により、賛成票を投じた多くの有力者が失脚した(というか劉勲が責任追及して失脚させた)ため、特別措置としていくつかの権限を集中していた。

 特に人事権を掌握できたことは大きく、自分の息のかかった者を、粛清等で空いたポストに送りこむことで、書記長の統制と権力はより高まっていった。


 もちろん、この露骨な権力志向と強引な手法には反発も多く、多くの反対派を生み出した。しかしながら反対派内部にも見解の相違は存在し、「敵の敵は味方」という理由を掲げて、懐柔策を取った劉勲によって反対派は分裂。その対立を煽り、漁夫の利を得ることで、劉勲は最終的に反対派主要メンバーを沈黙させるのに成功した。

 当時の劉勲を知る者は後にこう語ったという。


「彼女は人前ではふざけているような発言が目立ったが、一対一で話す時には常に微笑を浮かべ、他人を持ち上げるなどして謙虚な姿勢を崩さなかった。劉勲の本性に気づいた時には、もはやどうしようもなかった。」


「言ってる事に一貫性は無いし、やってることは行き当たりばったりなのに、何か気づいたら出世してた人でしたね~。」


「見事に騙されたのう。儂も含めて、古参の連中のほとんどは劉勲の事を取るに足らない小物だと考えておった。目先の利益につられているよう見せかけて、別の目的のあることを全く感じさせんかった。」


 だが、過度の権力集中と人事異動によって行政機構が一時的に麻痺。この混乱を抑えるために劉勲は一部の権限を移譲せざるを得なかった。結果、劉勲は袁家内部をほぼ自分の派閥で固めることには成功したものの、絶対的な権力を掌握することは出来なかったのである。

  それに加えて、劉勲が書記長に就任してすぐに、最初の試練が訪れた。


 黄巾の乱である。






 ◇◆◇






  余談だが、劉勲を始めとした勢力が袁家の実権を握り始めてから、袁家は各地に密偵を放っていた。


 大商人が劉勲らの支持基盤となっているだけに、商売にも明るい彼らは情報の重要性をよく理解している。しかし、元々情報部は軍の管轄であり、軍部への影響力の薄い劉勲は積極的な協力を得られなかった。更に過度の干渉は職務の枠を超えた越権行為と批判されるため、子飼いの部下を集めて独自に新しい情報機関を設置した。

 『国家保安委員会』と呼ばれた新組織の主な役割は、反乱分子の監視や弾圧、対内外諜報活動、防諜に各種破壊工作である。


 また、国家保安委員会は『同志達』と呼ばれる密告、情報提供者をあらゆる場所に多数抱えていた。

 密告に限らず、あらゆる有益な情報を集め、また民衆同士が監視し合うことによって、支配層に対して団結して反乱を起こすことを防ぐのだ。

 情報提供者には報酬が支払われ、誰が密告者なのかという秘密は守られる。もちろん対内諜報に限った事ではなく、中華全土に『同志達』は存在し、経済や政治、技術に貴族の婚姻関係など、実に多岐にわたる情報を「広く浅く」集めていた。

 国家保安委員会の設立当初を知る張勲は、後にこう語っている。


「最初それを聞いた時は正直、ちょっと困惑しましたよ~。そんな面倒な事をするなんて、劉勲さんらしくありませんでしたからね~。」


 張勲の疑問は当然であろう。なにせ密告、情報提供者のほとんどは普段はただの一般人だ。どこぞの誰が政府を批判した、程度ならまだしも、機密レベルの重要な情報は得られないだろう。もちろん、虚偽の情報提供をした場合にはしかるべき処罰が下されるものの、諜報活動の訓練を受けたことも無い人間によってもたらされる情報は、恐ろしく不確実である。


「ですから私はこう言ったんですよ。『そんなお金のかかることしなくてもぉ、普通に密偵を雇えばいいんじゃないですか?」って。」


 そのような情報に確実性を持たせるためには、膨大な情報を統計的に処理し、その相互関係を整理して確率論的に予測を立てるしかない。パズルのように断片的な情報を組み合わせて分析し、そこから必要な情報を得るのだ。同じ質の情報を得るなら、専門の密偵を雇った方がはるかに安上がりだ。現に孫呉などでは周泰を始め、優秀な密偵に支えられた隠密部隊を活用することで、大きな効果をあげている。


「そしたら劉勲さんはなんて言ったと思います?『密偵なんか信用できるワケないじゃない。裏切られたら機密情報ダダ漏れよ?その危険性まで考えれば、コッチの方が断然安上がりだし。』って、そう言ったんですよ。」


 少数の密偵に頼った場合、どうしても防諜は密偵「個人」の忠誠心にかかっている。だからこそ劉勲は信用できなかった。実際、末端の職員には目的の全貌が知らされていない事もしばしばだ。

 得られた情報から予測を立てる職員はさすがに全貌を知っているだろうが、彼らには別に監視要員をつけてある。しかも、軍部の情報部を敢えて残しておくことで、お互いが裏切らないかを監視していた。



「ちょっと、……今の話、ウソじゃないわよね?」


 南陽城の奥にある、袁家の重臣を集めた会議室に劉勲の苦々しげな声が漏れた。会議室には劉勲の他、主君である袁術と、張勲、魯粛らがおり、そして孫家からは周瑜が出席していた。ちなみに紀霊は数日前に別方面の黄巾軍を鎮圧するべく出陣したため、この場には居ない。


「はい。黄巾軍による大規模攻勢は、ほぼ確実かと。」


 袁術軍情報部の軍師が、その問いに頷く。続いて、それを聞いた張勲が質問する。


「え~と、根拠は何かありますかぁ?あと、できれば黄巾軍の目的の方もお願いしますぅ。」


「軍の情報部によると、張曼成という男の召集に応じて集結した黄巾軍の数は、およそ8万。進行速度と方向からして、目標は我々のいる南陽であり、到着は1週間後かと。また、南陽群各地にいる 同志達 (・ ・ ・)からも同様の警告がありました。」


「……それで、現地に先行した部隊はどうなったのだ?」


 周瑜が口を開く。だが、報告をした軍師は気まずそうに、劉勲と、続けて袁術の方を見る。報告事項を正直に言うべきかどうか、迷っているようだ。それを見て、この会議に出席したメンバ―のほとんどから同時に溜息が洩れる。


「うん?なぜ黙り込んでおるのじゃ?言いたい事があったら言うがよい。」


 袁術がその先を言うように促す。ややあって、その軍師は正直に報告することにした。


「2日前から連絡が取れません。恐らく、全滅したものかと。」


 再び、溜息。誰もが、またか、と言いたげな表情を浮かべていた。



 2か月前、荊州南陽にて張曼成率いる南陽黄巾軍が蜂起。

 その知らせ南陽群を支配する袁家の元にも届いた。黄巾賊と呼ばれた彼らは、中華全土で猛威をふるっていたが、とうとう南陽にも現れた。しかし、この事態に際して袁術軍上層部はなかなか動こうとせず、ようやく討伐部隊が出動したのは黄巾軍の蜂起から1か月以上も経ってからだった。


 原因の一つは誰が指揮官を務めるかという問題だった。書記長に就任後、劉勲はしばしば作戦行動に介入して軍部の掌握にも力を注いだ。目的は比較的ラクそうな反乱鎮圧で適当に戦功を立てて、軍部に自身の有能さをアピールする事である。軍を味方につけようとするなら、分かり易く戦功を立てるのが一番手っ取り早いのだ。


「あと数週間、月末までにはこの乱も終わるだろう。」


 自信満々に何の根拠も無い発言をした劉勲だったが、現実は厳しかった。

 開戦当初は「農民主体の反乱軍などひとひねり」とか思って楽観していたものの、粛清等の影響が響いて大敗北。反対派ベテラン将校を失脚やら更迭していたのが原因で指揮系統が大混乱。部隊間の連携が全く取れないまま、黄巾軍の物量に押しつぶされて多くの将兵が無駄死になったのだ。



「全滅じゃと!七乃、なんでこうなるのじゃ!」


 袁術が驚いたように張勲に声をかける。当初は黄巾軍の反乱など些細な問題だと思われていたため、袁術には知らされていなかった。が、いくら袁術とて、多少の知識はある。もっとも、「普通、軍隊は農民には負けない」程度だが。

 袁術軍は弱兵として有名だが、農民に比べれば武装は整っており、よほどの事が無ければ負ける事はない。


「いくつか考えられるんですけど、まずは劉勲さんが――」


「――数が足りないからよ、袁術様。」


 本質的な原因を言おうとした張勲を遮って、意見する劉勲。会議室中に「またお前か」という空気が形成されるが気にしない。


「黄巾軍の総兵力は8万だけど、アタシ達がすぐに動かせる兵力はたったの5万。8人に5人じゃで勝てないでしょ?」


「うむむ、確かにそれは無理じゃな。」


 とりあえず数が足りない事を強調する劉勲。確かに黄巾軍の数が多いことは、各地の諸侯が苦戦する原因の一つではあった。


「だ・か・ら、もっと兵士を集める必要があるの。」


「なら、さっさと兵を集めるのじゃ!七乃、兵はどのぐらい必要かの?」


「え~と、あと1万ぐらいは必要ですかね?周瑜さんはどう思います?」


 適当に言って周瑜に丸投げする張勲。それに対して周瑜は袁術の方に向き直ると、淡々と答えた。


「指揮官が不足している状態で、兵の数ばかり増やしても混乱が大きくなるだけでしょう。まずは失脚させた一部の指揮官を呼び戻すべきです。」


 ここ2年だけで袁術軍高級将校の実に2割以上、5人に1人が左遷、解雇、あるいは粛清されていた。

 当初はさすがの劉勲いえども軍には手が出せなかったものの、劉表の領土近くにある関所の指揮官であった周尚が、「劉表と裏で通じた」容疑で逮捕され、 共犯者 (・ ・ ・) 自白 (・ ・)してから、本格的な弾圧が始まった。多くの反対派が自白を強要され、「人民の敵」とかいう、よく分からない理由で左遷された。

 その上、劉表が袁家の主要な指揮官をまとめて始末する絶好の機会を見逃すはずも無く、積極的に偽文書を作成して、一人でも多くを失脚させるよう仕向けた。そのため、多数の熟練指揮官を失った袁術軍は、作戦行動に支障をきたすまでになっていた。



「ちょっと何言ってるのよ?なんでわざわざアタシ達に恨みもってるような不穏分子を、内部に入れなきゃいけないワケ?いつ裏切られるか分かんないじゃない。」


 口を尖らせて反論する劉勲。一応言っていること自体には筋が通っているのだが、その原因を作った張本人には言われたく無い言葉である。


「それに、今更呼び戻したって間に合わないわよ。人事異動とか指揮系統の変更とか調整とかのんびりやってたら、黄巾軍が先に来ちゃうし。とりあえず兵力不足を解消する為に傭兵を集める許可を貰えないかしら、袁術様?」


「うむ、よいぞ。さっさと生意気な黄巾軍とやらを、けちょんけちょんにしてやるのじゃ!全く、妾の恩を忘れおって!」


「あれ、美羽様そんな事しましたっけ?」


 ねーだろ、絶対。袁家家臣の記憶にある袁術といえば、蜂蜜水飲んでバカ騒ぎしている印象しかない。ちなみに周囲からは密かに『袁家のうつけ』とかに呼ばれて、割と有名だったりする。


「この前、街を歩いておった時に食べきれなくなった蜂蜜を、貧しそうな民に施したぞよ。」


「わぁお、食べ残しを人に押しつけてただけなのに『施し』っていうと何だか美羽様がいい人に聞こえますぅ。」


「妾は太守なのだから当然なのじゃ!わはははは!」


「よっ、中華一の大うつけ♪」


「ふはははは!七乃、褒美に蜂蜜水を持ってくるのじゃ!」


「だめでーす。今日の分はもう全部飲んだじゃないですかぁ。」


「う~、七乃のけちんぼぉ~。」



「……じゃあ、この辺で閉会にしましょうかしら。他に異論は無い?」


 なんだか二人だけの世界に入り始めた袁術と張勲を置いて、劉勲が場を仕切る。とはいえ、特にそれ以上意見が出ることは無かった。周瑜あたりに至っては、すでに退出の準備をしている。


「あれぇ~、孫家の軍師サマには何も意見が無いのかなぁ?すご~く何か言いたそうに見えるケド?」


 わざと神経を逆なでする声で周瑜に声をかける劉勲。だが、周瑜は付き合いきれないと言うように、はぁ、と溜息をついて面倒くさそうに返しただけだった。


「どうせ、客将の意見など採用する気はないのだろう。言いたい事は言ったつもりだ。」


 劉勲の方を見もしないで、一方的に会話を打ち切る。やや冷淡だったが、周瑜にとってそれは当然の反応であった。


 「数には数を」という劉勲の提案は一見正しそうに見えるが、周瑜に言わせてみれば、それは戦場を知らない机上の空論も同然だった。

 獅子に率いられた羊の群れは、羊に率いられた獅子の群れに勝る。

 兵士が多少強かろうが、それを率いる者に問題があっては烏合の衆も同然なのだ。黄巾軍は蜂起以来、張曼成という男がずっと率いており、ある程度のまとまりを持っている。逆に袁術軍は、相次ぐ粛清によって指揮系統が混乱しており、ひとたび混乱が生じれば瞬時に崩壊することが、容易に想像できた。


 だが、この場で周瑜が発言した所で、劉勲は恐らく自分の意見を曲げることは無いだろう。いや、立場上曲げるわけにはいかないというのが本当か。いずれにせよ、周瑜にとってこれ以上劉勲に付き合う義理は無い。孫家は未だに大規模な軍を編成することを認められてないため、勝とうが負けようが孫家に害は無い。勝手に失敗して、痛い目に逢えばいいと思っていた。



「………そっか。」


 やや長い間があり、劉勲は僅かに俯いて、ぽつんと言った。だが劉勲はすぐに、空々しい、いつもの笑顔を取り戻す。


「じゃ、今日の会議はこれでお終いね。みんな御苦労さん。」


 明るい声で会議の終了を宣言する劉勲。

 その声を受けて、ようやく会議室に弛緩した空気が広がる。続いて、ある者は仕事に戻り、ある者は仲間と勝手な事をしゃべりだす。


 それは、いつもとなんら変わることのない光景。

 しかし、よく見れば気づくことが出来ただろう。劉勲が小さく唇を噛んでいた事に。


 もっとも、そんな僅かな違いに気づくほど彼女と親しい者は、誰一人としていなかったのだが。




 ただいま活動報告にて、内政パートについてのアンケートを実施しています。何か意見がございましたら、よろしくお願い致します。

 

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