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真・恋姫†無双 仲帝国の挑戦 〜漢の名門劉家当主の三国時代〜  作者: ヨシフおじさん
第一章・嵐の前の静けさ
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09話:傷痕

 「さぁ!今すぐ僕と契約して、『親愛なる同志』になってよ!」

 



「アナタ、これからアタシ達に協力する気は無い?」




 唐突に、劉勲から投げかけられた言葉。



「は?」


 孫権は思わず気の抜けた声を出してしまう。今の彼女の顔は知り合いが見たらきっと面白いぐらい間抜けな表情をしているに違いない。孫呉に協力を求める?よりにもよってあの劉勲が?孫権で無くとも驚かずにはいられない発言だった。

 だが、劉勲はいたって真面目だった。もし冗談ならばもっとマシな冗談を言うだろう。


「どういう意味だ?」


 辛うじて言葉を紡ぐ。まずは真意を確かめなければ。



「う~ん、聞き方が悪かったのかなぁ。こう言ったら分かるかしら……アナタ、 こっち側 (・ ・ ・ ・)に就かない?」


「!!」


 一瞬、言葉を失った。ややあって、孫権の体が震え始める。



「……貴様、私を馬鹿にしているのか!?我ら孫呉の土地を奪い、母様を殺しておいてぬけぬけと!我らが貴様らなんかの言いなりなるとでも!?」


 いつになく声を荒げる孫権だが、劉勲は一転してそんな彼女を冷やかな目で見つめる。



「ねぇ、アタシの話ちゃんと聞いてた?アタシが協力して欲しいって言ったのは『孫呉』じゃなくて孫仲謀、アナタという『個人』なんだけど。」


「なっ……!」


「知っているんだよ?アナタは孫呉の未来について他と違う考えを持っていることも、孫家の主流を占める拡大路線に納得していな事も、ね。

 自分の理想を現実にしたいとは思わないかな?もしアタシ達と組めば――」



 そこから先は孫権の耳に入っていなかった。

 つまり、結局のところ劉勲は孫権にこう言っているのだ。姉達と手を切れ、協力すればお前を当主にしてやる、と。今度こそ、本当に今度こそ孫権の怒りが爆発した。


「ふざけるのもいい加減にしろっ!私に姉様達を裏切れというのか!」


 気づけば、孫権は全身を怒りに支配されていた。孫呉を裏切れ、という劉勲の誘いは当然だが、それ以上に母や姉と、自身の考えの違いを見抜かれ、それを利用されたことに腹が立った。


「確かに私は母様や姉様と違う考えを持っている!だが、だからといって家族や付き従ってきた家臣達を裏切れるものか!」


 心の奥からこみあげる激情を止めることができない。母の死から抑え続けていた、全ての感情が溢れ出したようだった。


「自分の利益しか考えない貴様と一緒にするな!孫呉の未来に比べれば私個人のことなど取るに足らないことだ!ましてや、姉様をとって替わろうなどと!劉勲、これ以上戯言を抜かすなら……」


 喉まで出かけた言葉が、それ以上先に進まない。我に帰った孫権は、自分が置かれている状況を改めて自覚する。




「……抜かすなら、何?」


「…ッ!」


 迂闊だった。失念していた。この女は、その気になれば孫呉そのものをまとめて『存在しなかった』ことにできる。


「どうしたの?急に固まっちゃって。」


 無表情な劉勲の目が、自分を捉えて離さない。孫権の顔から血の気が引き、冷汗が全身をつたう。


「なぁに?言いたいことがあるならハッキリ言った方が、後々気が楽になるわよ?」


 喉がカラカラになり、それ以上言葉を続けることはできない。思わず窒息しそうになる。 


「……それとも、アタシに言えないようなコト言おうとしていたのかな?う~ん、お姉さん、ちょぉっと気になるなぁ?」


 今度はねっとりと、絡みつくような視線を向けたまま、劉勲は微笑を浮かべる。



 沈黙――時間にすればほんの数十秒だが、孫権には、とてつもなく長い時間に思えた。



 しばらくして、ふっ、と劉勲が肩の力を抜く。すると、それまで彼女の体から発せられていた威圧感が嘘のように消え去る。



「まぁ、今のは無かったことにしてあげる。……だけどね、アタシがなんでこんなコトを言ったのか分かって欲しいの。」


 劉勲は打って変って柔らかい表情になり、孫権に微笑みかける。そして歌うように、滑らかに言葉を告げる。


「あの事件から、ずっと冷静に事態を収拾したアナタだからこんな話をしてるのよ。それを成し遂げた、他の誰でもない『孫仲謀』だから話そうと思ったの。」



 あの事件――未だ様々な憶測が漂う孫堅の死――あれから混乱する孫家を取りまとめ、冷静に事態を収拾し、実際の政務にあたったのは孫権だった。孫権は理解していた。今、この時期が正念場だと。ここで混乱を抑えなければ孫呉は袁家に吸収されてしまう。

 自分には姉のような武も、母のような知略も無い。できるのは地道に、黙々と日々の仕事をこなすことだけだ。だから、全ての感情を仮面の下に隠して為すべきことを必死に行った。悲しみに沈むことは許されなかった。



「アナタなら過ぎた野望を持たず、国と民を大事にできる。自分の野心のために人民を巻き込んだりしない。」


 主に民政を担当していた孫権には、為政者の行動がいかに民に大きな影響を与えるのか学んでいた。その中で、彼女は武人や貴族、名士とは違った、農民や商人達の思考にも深い理解を示すようになっていった。


「ほとんどの人民にとって自らの上に立つ者が誰かなんて、大して問題じゃないのよ。平和で、税金が安ければ主君がどんな鬼畜だろうが関係ない。

 逆にどんなに高潔な人物だろうが自分の生活を守ってくれなきゃ邪魔なだけ。立派な理想を掲げた挙句に戦争でも起こされちゃ、むしろ迷惑なのよ。」


 そう、それこそが孫権が学んだ人民の考え。日々の暮らしで精一杯の者に、道徳だの国だの理想は関係ない。儒教では「徳」が強調されているものの、現実で多くの人民が求めるのは安定した暮らしのみ。為政者の「徳」そのものに興味はない。それなら為政者とは?王の、貴族の、名士の存在意義とはなんなのか。一般の人民との違いは何のためにある?

 最も分かり易い違いは権力、財力、武力などに代表される『力』であろう。それならば、それらの『力』は何のためにある?


「『位高ければ徳高きを要す』ってね。力を持つ者はそれを持たない者への義務を果たすことで釣り合いを取るべきなんじゃない?」


 劉勲の言葉は、まさに孫権が考えていたことだった。

 為政者であるならば、自身の幸福は2の次であり、その身を呈して全てを国と民の為に捧げるべきだ。そのために為政者には『力』が備わっているのではないのだろうか。その『力』は民のために使うべきであり、決して為政者個人のために乱用してはならない。

 母、孫文台が多くの民から慕われていたのも、その武力と知略で賊を討伐するなどして、民の平和を守っていたからに他ならない。民が求めるものは『孫呉のもたらす平和』であって、『孫呉』そのものでは無いのだ。

 それが、孫権のたどり着いた結論だった。


 この時代では『民は為政者に仕えるもの』という考えが一般的である。それだけに、為政者と民の関係は所詮、ある種の「契約」に過ぎない、という孫権の考えは異端であった。

 別に孫権が冷淡だというわけではない。ただ、孫権は民に接しているうちに、そういった「現実」があることを知ってしまっただけなのだ。そして孫権の、ややドライな考えは、どちらかと言えば義理人情を大事にする他の家族との間に溝を作っていた。



「アタシが気づいてないとでも思ってた? アナタ (・ ・ ・)は他の家族と 違う (・ ・)。」


「そんなことは……」



 ……ない、とは言えなかった。自分の考えが他の家族と異なっていることは、孫権自身が誰よりも知っていた。

 為政者としてのあり方だけではない。自分は母や姉と違って、大きな野心も無く、戦に意味を見出すことも無かった。国を、民を豊かにし、平和を保つことが何より大事だと、口には出さずとも思っていた。それゆえ、天下統一を目指す母や姉にはどうしても心の底から納得することが出来なかったのだ。


 母が亡くなった時も、即座に仇討ちを誓った姉や妹と、同じような結論に達することはできなかった。

 母の死は悲しい。だが、犯人を見つけたとして、裁きを下したとして、それは結局ただの自己満足ではないのか?仇を討ったとしても、母は2度と帰ってこない。


 あれから劉表は国内での地位を盤石なものにした。国内が分裂寸前だっただけで、荊州自体はもともと豊かな土地だ。劉表自身が有能であることもあいまって、今や彼の領土は以前にも増して豊かに、より強くなっている。それに挑むならこちらも多くの犠牲を覚悟しなければならない。

 しかし、孫権はそうまでして仇討ちをしようとは思えなかった。母の仇討ちはあくまで孫家の問題であり、それに民を巻き込むことが正しいと胸を張って言えるのだろうか?為政者は私情に乱されずに、民のことを第一に考ねばならないはず。自分達が私怨を抑えて民が平和に暮らせるならば、そうするべきなのではないだろうか。


 だが、孫家の内部では仇討ちを望む声が強く、自分のような意見は少数派だ。それに、ここで自分が強硬に反対すれば、孫家は2つに割れてしまうだろう。だから、自分を抑えた。次女として、あくまで姉を支える「影」であろうとした。しかし、胸の中に残ったわだかまりが消えることは無かった。



「アナタの姉、孫策が何を為そうとしているか、その結果何が引き起こされるか、アナタの方がよくわかるんじゃない?」


 やはり劉勲は気が付いていた。

 そう、姉上は母上の遺志を継いで袁家から独立する気だ。そして母様の仇である劉表を討ち、いずれは天下に覇を唱えるつもりでいる。その道には多くの犠牲が付き纏うだろう。多くの民が血を流し、親しい人間が居なくなってしまうだろう。そんなことは分かっていた。



 かつて天下を目指す母に同様のことを質問した時、僅かな沈黙の後に母はこう答えた。


「そうね。蓮華、あなたの言っていることは正しい。天下を目指すには多くの犠牲をともなう。……でもね、滅びゆくこの国を、何もしないまま黙って見ていられるほど私は諦めがよくないの。」


 黙って見ているだけでは何も為せない。誰かが変革をもたらさなければ、やがてこの国は荒れ果ててしまうだろう。自分や親しい人だけが逃げることはできない。だからこそ、より良き未来のために天下を目指すのだと、母は答えた。


 孫権はそこにひとつの希望を見た。

 だから、より良き未来のためにある程度の犠牲は必要だと割り切った。割り切ろうとした。

 だが、その希望を託した母上は死んでしまった。あっけないぐらい簡単に倒れてしまった。みんなが平和に暮らしていける世を作るために天下を目指した母は、もういないのだ。


 母は偉大な人物だった。為政者としても、母親としても心から尊敬できる人だった。だが、容赦ない現実の中では、そんな偉大な母でも権力闘争の犠牲となって倒れてしまうのだ。


「過ぎたる野心はいずれその身を滅ぼす。そればかりか、時として他をも巻き込む。」


 劉勲の声が、空っぽになった、孫権の心に響く。

 孫権が母の死から学んだことは、正にそれだった。人が一生の間に出来ることは驚くほど少ない。全てを救えるほど、一人の人間の手は広くない。

 分かっている。そんなことは嫌というほど理解した。姉の掲げる孫呉の未来は民を戦火に巻き込む。自分にそれを止める力は無いし、他に妙案があるわけでもない。

 でも、それでも――



「――それでも、アナタは……民を、家族を、全てを護りたい?」


 そうだ。自分は、みんなを護りたい。天下に興味など無い。万民を幸せに出来る、などとは思わない。ただ、家族と、臣下と呉の民が笑って暮らせればそれでいい。でも、そのために傷ついて欲しくない。そこまで割り切れるほど、自分は強くない。それでも、諦めたくは無かった。


「私は……」



 それは余りにも未熟で――


 都合が良すぎて――


 だけど譲れない――



「私は……!」



 ――他の誰でもない『孫仲謀』の想い。



「……身の周りにある、その全てを護りたい。」


 自分でも驚くほど自然に、孫権の口から言葉が出た。決して大きな声ではないが、強い、想いのこもった声だった。



 だが、次の瞬間、他ならぬ孫権自身の口から自嘲気味に否定の言葉が出る。


「……とはいえ、私には武力も知略も劣る。こんな私では――」


 しかし、劉勲は孫権の言葉を最後まで聞かずに、首を横に振って遮る。


「――そんなアナタだからこそできるのよ。ううん、アナタにしかできない。」


 そんな自分だからこそ出来るのだと、完璧じゃないからこそ弱い者を理解できるのだと、劉勲は言う。


「……しかし、具体的にどうすればよいのだ?理想を語るだけでは何もできない。それを可能にする……『力』が必要だ。私にはそれが無い。」


 語るだけの聖人に価値は無い。どんなに素晴らしい考えを持っていても、確固たる『力』が無ければ、何も出来はしないのだ。



「無いなら借りればいいじゃない。どうして他人に頼っちゃダメなの?」


 優しく、諭すように劉勲は告げる。


「何も急ぐ必要は無いのよ。周りに助けてもらいながら、内側からゆっくりと変えていくこともできる。」


 内側からの変革。それは、孫権も一度考え、諦めていた考えだった。孫家にも袁家にも協力の意思は無く、自分にそれを為すだけの力も無い、そう考えたから諦めていた。だが、本当にそれでいいのか?やってみる前から諦めて、結果を姉に全てを押し付けて、本当に自分は満足できるのだろうか。




「ま、今すぐにとは言わないからじっくり考えなさい。でも、これだけは心に留めておいて。」


 思考に沈んでいた孫権を、劉勲の声が現実に引き戻す。



「アナタならできる。その力があるはずよ、孫仲謀。アナタこそが、孫呉の主にふさわしい。」



 劉勲は真っ直ぐに孫権を見つめていた。その目には一点の曇りも無い。


 思わず孫権は劉勲から目をそらしてしまう。どうやら劉勲は本気で自分のことを評価しているようだ。だが、それは孫権をより一層困惑させた。


 この女は信用できない。己の勘がそう告げていた。しかし、それと同時に孫権は軽い驚きを覚えてもいた。劉勲の視線、そして声に思わず引き込まれそうになっている自分がいるということに。


 これまで、自分は常に『影』だった。孫家の次女として表舞台で太陽のように輝く母と姉を支える『影』。華々しく戦功を立てる彼女達を裏方から、陰ながら支えてきた。決して目立ちはしないが、それでも欠くことのできない大切な役目。

 自分は弱い。自分には母のように戦上手ではないし、姉のような武もない。だから、裏方から孫呉を支えることに不満はない――はずだった。


 それでも、ふとした時に思うことがあるのだ。家臣達や民が自分を見るとき、見ているのは自分ではなく、その先にある母や姉ではないのかと。孫仲謀を見ていても、求めているのは孫文台、孫伯符なのではないだろうか?


 だが、劉勲が求めたのは「孫文台の娘」でも「孫伯符の妹」でもない――ありのままの自分、「孫仲謀」だった。


 それに気づいた時、孫権はこの不思議な気持ちが何なのかを理解した。


 (……劉勲の目は、最初から自分だけを映していた。)


 そうか、だから彼女の言葉はこんなにも、こんなにもこの胸に響くのか。その原因は仕事振りを褒めてくれた事でもなく、理想を認めてくれたことでもなかった。

 何のことは無い。目の前にいる劉勲が純粋に、「自分」を求めてくれたことが嬉しかったのだ。




 外を見れば、既に日は沈みかけていた。


「そろそろ時間みたいね。あんまり夜まで長話してると不審に思われるから、お茶会もこの辺でお開きにしましょうかしら。」


 どうやら思った以上に話し込んでいたようだ。有力者同士の長話が他人知られれば、悪い噂しか立たない。慌てて退出しようとする孫権の耳に、劉勲の声が響く。



「――覚えておいて。アタシ達は常に『同志』を求めている。後はアナタ次第よ。」



 

 孫権「こんなわたしでも(ry。」


 劉勲「キミ次第だよ!」



 改めて見返してみると、余計なこと言わせなきゃ結構シリアスで深い回になったような気が……。すみません。作者が悪ノリしてしまいました。


 ちなみにこの回、最初はもっと短かったんですが、あんまり簡単に劉勲さんを信用するほど、孫権さんもおめでたい頭じゃなかろうと。ということで孫権さんの心理描写を多めにしたらこの分量に。


 補足しますと、孫権さんはまだ完全に劉勲さんを信用した訳じゃないです。きちんと話し合えば解り合えるかも、ぐらいの感じですね。


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