NO.4 封を切る指
封書は、軽い。
それでも机の上に置かれたそれは、妙に存在感があった。
かつてヴァルツ家で使われていた古い印。
すでに廃されたはずの紋章。
イリスは、封蝋にそっと指先を触れる。
冷たい。
そのとき、扉が控えめに叩かれた。
「……入るぞ」
低く落ち着いた声。
カーライルが入室する。
室内を一瞥し、すぐに机の上の封書に視線が止まる。
「手紙が届いたと聞いた」
侍女から報告を受けたのだろう。
カーライルは机へと歩み寄る。
「……昨日の者か」
「……おそらく」
イリスは頷く。
カーライルの視線が、封書に触れているイリスの手元へ落ちる。
「君が読む必要はない」
静かな声。
「私が確認する」
命令ではない。
だが、迷いはない。
イリスは、ほんのわずかに躊躇する。
けれど、昨夜の夢が脳裏をかすめる。
恍惚とした目。
“可哀想なあなたでいてください”という囁き。
指先の力が抜ける。
封書を持ち上げ、カーライルへ差し出した。
「……お願いします」
封蝋が割れる。
紙が広げられる。
カーライルの目が、文字を追う。
――――――――
お嬢様へ
お元気でいらっしゃいますか。
あの日のあなたを、私は忘れておりません。
誰も理解しない痛みを抱えながら、静かに震えていらしたあの姿は、何よりも美しかった。
あなたはあの家で、正しく扱われていなかった。
ですが、それがあなたをいっそう際立たせていたことを、私は知っています。
無理に強がらないでください。
誰かに頼る必要もありません。
あなたの弱さも、傷も、涙も。
それらを愛せるのは、私だけです。
可哀想なあなたのままでいてください。
またお会いできる日を、心より願っております。
ジェラルド
――――――――
最後の一文で、カーライルの指がわずかに止まった。
顔色は変わらない。
だが、目の奥が、静かに冷える。
(……なんて自分勝手な)
ただ、自分の歪んだ欲を満たしたいだけの内容だ。
カーライルは紙を折りたたむ。
イリスが、静かに問う。
「……何と、書いてありましたか」
一瞬だけ、間を置く。
怒りを飲み込み、声を整える。
「君が知る必要は無い」
はっきりと言う。
イリスはカーライルの目を見つめる。
内容は分からなかったが、彼が伝えないほうがいいと判断したのだ。
「……分かりました」
小さく頷く。
知らなくていい。
今は、それでいい。
カーライルは封書を脇に置く。
「今後、あの男からのものは、私を通す」
淡々と告げる。
決定事項の響き。
「……ありがとうございます」
イリスはショールの端を握る。
守られている。
その事実が、胸の奥を静かに温める。
一方で、カーライルは折りたたんだ手紙を見下ろす。
“可哀想なあなたのままでいてください”
その言葉が、胸に刺さる。
(お前は、彼女を縛りたいだけだ)
静かな決意が固まる。
二度と、近づけない。




