第8話:「目標ができた。人間クーラーだ。」
最近、レオンの家で遊ぶことが多い。
理由は簡単で――
涼しいからだ。
「また来たのか、坊主」
食堂の裏口から入ると、イルハンが鍋をかき混ぜながら言った。
「うん。暇だったから」
「暇でここに来る子供も珍しいな」
そう言いながらも、追い返されることはない。
むしろ、最近は当たり前みたいな顔で迎え入れられている。
店の中は、相変わらず火を使っているはずなのに、
外よりずっと楽だった。
……まあ、理由はだいたい分かってるけど。
(深く考えないって決めてるし)
レオンは奥の席で、何かを磨いていた。
「ルーク、今日も来たんだ」
「うん。家にいても暇だし」
「分かる。ここ、なんか落ち着くよね」
それは、そうだろう。
俺は空いている椅子に座り、
テーブルに置いてあったコップを手に取った。
中身は水。
――ぬるい。
「……まあ、そうだよな」
この国だし。
一口飲んで、ちょっと顔をしかめる。
(でも)
ふと、思った。
(俺が触ってると、だいたい楽になるよな)
空気も。
水も。
人も。
だったら――
「……ちょっと、やってみるか」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
魔法を使おう、なんて大それた感覚はない。
詠唱も、集中も、正直よく分からない。
ただ、
「この水、冷たい方がいいな」
って思っただけだ。
……それだけ。
コップを両手で包む。
力を入れた覚えはない。
でも、いつもより少しだけ、
“流れ”に意識を向けた気がした。
数秒。
「……あれ?」
飲んでみる。
――冷たい。
ちゃんと、冷たい。
キンキンじゃない。
氷水でもない。
でも、
確実に、今までより冷たい。
「……できた」
あっさり。
拍子抜けするくらい、簡単だった。
(え、これ……魔法?)
もう一口飲む。
うん。
喉が楽だ。
「ルーク?」
レオンが不思議そうに見ている。
「なにしてるの?」
「水飲んでる」
「……それ、冷たくない?」
「そう?」
コップを差し出すと、レオンが飲んだ。
「……冷たい!」
目を丸くする。
「え、なにこれ!どうやったの!?」
「えー……なんとなく?」
正直、それ以上言えなかった。
自分でも、どうやったのか分からない。
ただ、
「冷たい方がいい」
って思ったら、そうなった。
それだけだ。
「すごいじゃん!」
「…そうかな?」
「すごいよ!父さん!」
レオンが声を上げる。
イルハンが顔を出し、コップを見る。
一口。
……何も言わない。
ただ、少しだけ眉が動いた。
「……飲めるな」
それだけ言って、仕事に戻っていった。
(深く突っ込まれなかったのは、助かった)
昼が近づくにつれて、客が増えていく。
この時間帯は、普段なら誰も長居しない。
なのに今日は、席が埋まっていた。
鍋の前も、
火のそばも、
思ったより地獄じゃない。
俺は椅子に座って、
ぼんやりその様子を眺めていた。
(これで金取れたら、楽だよな)
ふと、そんなことを考える。
戦う必要もない。
目立つ必要もない。
ただ、
座ってるだけ。
「……最高じゃないか」
イルハンが通りがかりに、ぽつりと言った。
「坊主、毎日来る気はないか」
「え?」
「昼寝代くらいは出すぞ」
「昼寝できるの?」
「できる」
「ご飯は?」
「出る」
……条件が良すぎる。
「考えとく」
本気で考えた。
帰り道。
夕方になっても、街は暑い。
でも、倒れている人はいない。
俺の周りだけ、
相変わらず、楽だった。
(人間クーラーか……)
悪くない。
偉い人の家でも、
食堂でも、
どこでもいい。
涼しい部屋で、
座ってるだけで、
飯が出て、
金ももらえる。
「……それを目標にしよう」
難しいことは、後で考えればいいや。




