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砂漠の国に生まれた。氷魔法が使えた。  作者: 赤いチーズ
第1章幼年期

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第4話:「やっぱり魔法が使えてた。まあ別にいいか。」

今日は、やばい日だ。


朝、目を覚ました瞬間から分かっていた。

空気が、すでに重い。


夜の間に冷えるはずの家の中に、

昨日の熱がそのまま居座っている。

息をするたび、喉の奥が乾いていく感覚があった。


「……まだ朝だよな」


思わず天井を見る。

太陽は昇ったばかりのはずなのに、

身体はもう昼過ぎみたいな反応をしていた。


母さん――サーラは、台所で水袋を確認していた。


ふたを開けて、少し振り、

中身を口に含んでから、眉をひそめる。


「もう、ぬるいわね」


「朝なのに?」


「ええ。今日は特にひどい」


母さんは俺を見る。

心配と、少しのためらいが混じった顔だ。


「ルーク、今日は外は控えた方がいいと思うの」


「街をちょっと見るだけだよ」


「でも、治安も……」


「大丈夫だって」


根拠はない。

でも、倒れる気もしなかった。


「……無理はしないでね」


「分かってる」


たぶん、分かってないけど。

まあ、歩くだけだし。


そう思って、家を出た。



外に出た瞬間。


熱が、叩きつけられた。


「……っ」


思わず息を止める。


空気が熱いというより、

重い。


肌にまとわりつき、

動くたびに体力を削ってくる。


道の砂は、すでに白っぽく光っていて、

陽を反射しながら、じりじりと熱を返してくる。


風は吹いている。

でも、涼しさは一切ない。


「……これは、確かにきついな」


街の中心、井戸のある広場へ向かう。


近づくにつれて、

人の気配が濃くなっていく。



井戸の周りは、

小さな地獄みたいになっていた。


井戸の前には、長い列ができていた。


誰もが黙っている。

文句を言う元気すら残っていない。


一歩進むだけで、息が上がる。

順番を待つだけで、体力が削られていく。


途中で列を離れて、壁際に座り込む者もいた。

子供を抱えたまま、動けなくなっている人もいる。


――水はある。

でも、たどり着くまでが、つらい。


人が集まっているのに、

誰も余計な動きをしない。


会話も少ない。

声を出すだけで、体力を持っていかれるからだろう。


「……今日は、ほんっとうに、きついのう……」


井戸番のおじいさん――ハディルが、

桶を引き上げながら、肩で息をしている。


顔は真っ赤で、

白い髭は汗で湿っていた。


「昔は、夜になればもう少し楽じゃったんじゃがのう」


そう言って、がらがらと笑う。


「今はもう、昼も夜も、変わらんわい」


井戸の縁には、

父さんの同僚がいた。


商人の護衛――ラザム。


体格が良く、剣を腰に下げている。父さんと同じくらいの年齢じゃないだろうか。


あ、そういえば父さんと母さんの年齢差とか、うちの家庭って前世で見たどこかの家族構成と妙に近い気がする。


お尻を出してゲンコツくらったり、父親の靴下がめちゃくちゃ臭かったりした映像だった気もするけど。


……まあ、どうでもいいか。


そんなことより今は、

その剣よりも重そうな身体をラザムは井戸に預けていた。


「……くそ」


低く、吐き捨てる。


「今日は、本当にまずい」


「護衛が音を上げるとは、情けないのう」


ハディルが言うと、

ラザムは苦笑した。


「分かってる。でも今日は別だろ」


水を一口飲み、

すぐに顔をしかめる。


「ぬるい……。喉を通らん」


周りの人間も、同じ反応だった。


水はある。

でも、救いにならない。


(……なるほど)


確かに、

今日は“やばい日”だ。


そう思いながら、

俺は井戸の近くに立った。



……その瞬間。


空気が、変わった。


はっきりと、ではない。

でも確実に。


さっきまで、

肌にまとわりついていた熱が、

一枚、剥がれたみたいだった。


(……ん?)


息を吸う。


――楽だ。


肺に入る空気が、

刺さらない。


もう一歩、前に出る。


足元の砂から伝わる熱が、

ほんの少し、弱くなった。


(あ)


なんとなく、分かった。


俺は何もしていない。

力を込めたわけでも、

魔法を使おうと思ったわけでもない。


ただ、

そこにいるだけ。


それなのに――

周りの“流れ”が、勝手に()()()()()



「……おや?」


最初に気づいたのは、ハディルだった。


桶を引く手が、止まる。


「さっきより、楽になっとらんか?」


「気のせいじゃないのか」


ラザムが言いながら、

もう一度、水を飲む。


「……いや」


目を見開いた。


「飲める」


「なんじゃと?」


ハディルも水をすくって、口に含む。


「……ほう」


深く息を吐く。


「冷たいわけじゃないが……悪くないのう」


周囲が、ざわつく。


「風が……」


「息が、楽だ」


「さっきまでとは、違うぞ」


人の視線が、

無意識に、俺の方へ集まる。


俺は首を傾げた。


(そんなに変わったか?)


俺にとっては、

さっきも今も、大差ない。



時間が経つにつれて、

違いは、はっきりしていった。


照り返していた砂が、

鈍い色になる。


空気が、流れ始める。


気づけば、列が動いていた。


さっきまで、誰も前に進もうとしなかったのに。

今は、少しずつ、確実に、みんな息を整えながらだけど、歩けている。

顔色も、さっきよりましだ。


「……なんだ?」


「さっきより、楽じゃないか?」


誰かがそう言った。

でも、誰も答えなかった。


理由は、分からない。

ただ、楽になった。


暑さで動けなかった子供が、

ゆっくりと立ち上がる。


まるで、

その場所だけ、時間がずれたみたいだった。


「……助かったわい。お天道様は気まぐれじゃの。」


ハディルが、しみじみ言う。


「今日は、ほんとに危なかったのう…」


ラザムは、俺をじっと見てから言った。


「坊や……きみ、ここに来てからだ」


「なにが?」


「楽になったのが」


「……そう?」


正直、よく分からない。多分俺の魔法の所為なんだろうけども。


ただ、

みんなが少し元気になった。


それだけだ。


(まあ、倒れられるよりはいいか)


そう思って、

俺はそのまま、井戸のそばに立ち続けた。



今日は、やばい日だった。


でも――

ここにいる間は、案外どうにかなった。


理由は分からない。

魔法なのかどうかも、正直どうでもいい。

俺の魔法だったとしても、「周囲をちょっと涼しくさせます」ってなんとも言えない代物なので今の所詳しく調べようとは思わない。


みんなが楽そうなら、

それでいい。


俺はそう思いながら、

まだ熱を残した街を、のんびり歩き続けた。

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