第28話:「街を守る。悪意はない。」
その話を最初に聞いたのは、
マルク――治安補佐官だった。
「……“保護”?」
書類に目を落とし、眉をひそめる。
報告自体は、丁寧だった。
街の状況。
異常な暑さ。
魔物の活発化。
そして――“目立つ子供”。
「下級役員が一人と、民間協力者……商人?」
マルクは、ゆっくり息を吐いた。
(善意、だな)
書類からは、悪意は感じられない。
むしろ、真面目だ。
「子供を危険から遠ざけたい」
「守れる場所に置きたい」
この国では、
それ自体は、正しい。
だが――
(だからこそ、危うい)
マルクは、席を立った。
「サノイ兵長を呼べ」
⸻
詰所。
背の高い男が、腕を組んで立っていた。
サノイ兵長。
顔には、いつも通りの疲れがある。
だが、目は冴えていた。
「話は聞いた」
マルクが書類を渡す。
サノイは、一通り目を通し、
鼻から息を吐いた。
「……分かりやすい」
「どう見る?」
「悪意はない」
即答だった。
「だが、“甘い”」
サノイは言葉を続ける。
「この国で、
“特別な子供”を一箇所に集める意味を、
現場はよく知っている」
マルクも、同じ考えだった。
「利用される」
「そうだ」
サノイは、短く答えた。
「守るつもりで、檻を作る」
それは、
戦場でも、政治でも、
何度も見てきた光景だ。
⸻
「……動くか」
マルクが言った。
「まだ、“決定”じゃない」
「だからだ」
サノイは、剣の柄に手を置いた。
「決まる前に、線を引く」
⸻
カリムとサーラの家を訪れたのは、
その日の夕方だった。
今度は、二人。
治安補佐官と、兵長。
扉を開けたサーラは、
一瞬、身構えた。
だが――
商人はいない。
その事実だけで、
少しだけ、息が楽になる。
「突然、すみません」
マルクが、穏やかに言った。
「先日の“保護の話”について、
確認と説明に来ました」
カリムは、二人を招き入れた。
「……結論から言います」
マルクは、はっきりと言った。
「現時点で、
ルーク君を民間の管理下に置く話は、
進めません」
サーラの目が、見開かれる。
「……本当、ですか?」
「はい」
マルクは、うなずいた。
「下級役員は、善意で動いています。
それは、間違いありません」
サノイが、低い声で続ける。
「だが、現場としては――
その判断は、危険だ」
「危険……?」
カリムが聞いた。
「この街は、今、
“何が起きているのか分からない状態”だ」
サノイの言葉は、重い。
「そんな中で、
“理由不明の価値を持つ子供”を
一箇所に集めるのは、
標的を作るのと同じだ」
マルクが、補足する。
「ですから、当面は――
ご家族の元で生活してください」
「兵の目は、こちらで増やします」
サーラの目に、涙が滲んだ。
「……ありがとうございます」
「礼を言われることじゃありません」
サノイは、首を振った。
「これは、
街を守る判断です」
⸻
話が終わり、立ち上がる前に。
マルクは、一度だけ言った。
「……ただし」
空気が、張りつめる。
「この件は、
“誰かが気づいた”時点で、
終わりではありません」
カリムは、黙ってうなずいた。
「分かっています」
サノイは、ルークの寝ている部屋の方を一瞬だけ見た。
(……まだ、間に合う)
そう思いながら。
「何かあれば、すぐ知らせてください」
「守る側は――
まだ、こちらです」
そう言い残し、
二人は家を出た。
⸻
扉が閉まったあと。
サーラは、深く息を吐いた。
「……助かった、のよね」
「今はな」
カリムは、静かに答えた。
「だが――
見られた以上、
何も起きない、とは思うな」
奥の部屋で、
ルークが寝返りを打つ。
変わらず、眠そうな顔で。
その小さな存在を、
大人たちは、それぞれの立場で見つめていた。
守るために。
利用するために。
そして――
まだ名前のつかない“何か”のために。
歯車は、確実に回り続けている。




