第27話:「こどもを"守る"。二つの意味。」
その話は、昼下がりに来た。
扉を叩く音は、強くなかった。
むしろ、遠慮がちだった。
それが、余計に嫌な予感を連れてきた。
「……はい」
サーラが扉を開ける。
外に立っていたのは、二人。
一人は街の下級役人。
もう一人は、見覚えのない商人――髭もじゃの男だった。
「失礼します」
役人が、形式ばった声で言う。
「少し、お話をよろしいでしょうか」
サーラの胸が、きゅっと縮む。
(……来た)
理由は分からない。
でも、最近の出来事が、頭をよぎった。
街の噂。
人の視線。
「涼しい子供」という言葉。
「どうぞ」
断れなかった。
⸻
狭い居間。
役人が腰を下ろし、
商人は一歩後ろに立ったままだった。
その距離感が、
すでに“役割”を語っている。
「単刀直入に言います」
役人は、書類を取り出す。
「最近の気温上昇と、魔物の活発化により、
街の治安状況は悪化しています」
カリムは、黙って聞いていた。
商隊の護衛として、
危険な話には慣れている。
だが――
この手の話は、慣れたくなかった。
「そこで」
役人は、視線を上げる。
「お子さん――ルーク君についてです」
サーラの指が、無意識に握られた。
「彼は……少し、目立っています」
その言葉で、全てを悟った。
(やっぱり)
「街の中で、彼がいると体調が楽になる、
そういう噂が、広がっています」
「噂、ですか」
カリムの声は、低かった。
「子供の話です」
「ええ。ですが」
役人は、視線を逸らさない。
「この国では、“目立つ”こと自体が危険です」
その言葉は、
脅しではなく、事実だった。
商人が、一歩前に出る。
「私は、善意で来ました」
柔らかい声。
「もしもの話です。
もし、誰かが悪意を持ったら……
平民のご家庭で、守りきれますか?」
サーラの胸に、
怒りと恐怖が、同時に湧いた。
(平民、だから?)
だが、言い返せない。
この国は、
そういう場所だ。
「提案があります」
役人が言った。
「しばらくの間、
ルーク君を“保護”という形で、
人の目が届く場所に置くことを」
「……引き離す、ということですか」
サーラの声が、震えた。
「いいえ。強制ではありません」
役人は、そう言った。
だが、その後に続く言葉が、
何より重かった。
「ですが、
それが最も“安全”だと判断される可能性は高い」
⸻
沈黙が落ちる。
奥の部屋から、
小さな寝息が聞こえた。
ルークだ。
昼寝をしている。
何も知らずに。
サーラは、思い出していた。
熱にやられて倒れた日。
水袋を持ってきてくれた、小さな手。
理由も分からないまま、
そばにいてくれたこと。
(あの子は……)
特別なことをしようとしていない。
ただ、
家族のそばにいたいだけなのに。
「……俺からも、いいですか」
カリムが、静かに口を開いた。
「その“保護”というのは、
誰の管理下になる?」
役人が、商人を見る。
一瞬だけ。
「民間の協力者です」
それで、十分だった。
カリムの中で、
火が、静かに燃え上がる。
(商人、か)
商隊の世界で、
その意味は、嫌というほど知っている。
「……時間をください」
カリムは言った。
「即答できる話じゃない」
役人は、うなずいた。
「もちろんです」
商人も、にこやかに頷く。
「ご家族で、よく話し合ってください」
扉が閉まる。
足音が遠ざかる。
⸻
サーラは、立っていられなくなり、
その場に座り込んだ。
「……奪われるみたい」
ぽつりと、漏れる。
「守る、って言ってるのに」
カリムは、拳を握りしめた。
「まだだ」
「でも……」
「まだ、決まってない」
そう言いながら、
自分に言い聞かせているのも分かっていた。
この国で、
平民が選べる道は、少ない。
だが――
奥の部屋で、
ルークが寝返りを打つ。
眠そうな顔で、
無防備に。
その姿を見て、
カリムは、はっきりと思った。
(……これは、取引じゃない)
(戦いだ)
サーラも、同じだった。
怖い。
不安だ。
現実は、厳しい。
それでも。
「……あの子は、私たちの子よ」
サーラは、涙を拭いた。
「誰かの“都合”で、
連れていかれる存在じゃない」
カリムは、ゆっくりとうなずいた。
「守る」
短い言葉。
だが、それは――
商人の言う“保護”とは、まったく違う意味だった。
⸻
その夜。
ルークは、何も知らず、
両親の間で眠っていた。
少しだけ、
部屋の空気が落ち着いている。
それが、
これから何を引き寄せるのかも知らずに。




