第26話:「網を仕掛ける。善意という名の。」
計画は、静かに始まった。
騒ぎは起こさない。
力も使わない。
脅しもしない。
使うのは――
正論と、書類と、上っ面を整えた心配だ。
⸻
「近頃、この辺りは危ないですからね」
商人は、柔らかい声でそう言った。
相手は、街の下級役人。
顔見知り程度の距離感。
「魔物の動きも活発ですし、暑さも異常だ」
「……それは、まあ」
「特に、子供ですよ」
そこで、商人は一拍置く。
「とある噂を聞きまして…」
役人の視線が、わずかに動いた。
「涼しくなる場所がある、と」
「……」
「そこに、いつもいる子供がいる、と」
商人は、困ったように笑った。
「心配になりましてね。
もし、その子が狙われたらどうするのだろう、と」
嘘ではない。
少なくとも、表向きは。
⸻
数日後。
「正式な“保護”の話」が、回り始めた。
・街の治安悪化
・魔物出没
・異常気温
・目立つ子供の存在
どれも事実だ。
だから、反論しづらい。
「しばらく、特定の場所で過ごした方が安全だろう」
「兵の目が届くところでな」
「家族も安心だ」
――そういう話が、
**“善意として”**広がっていく。
⸻
その日の午後。
ルークは、いつものように街を歩いていた。
眠そうな目で、
ぼんやりと。
(……なんか、今日は視線が多いな)
そんな気はするが、深く考えない。
すると。
「おや」
聞き慣れない声。
振り向くと、
髭もじゃの男が立っていた。
にこにこしている。
「君が、ルークだね?」
(知らない大人だ)
それだけで、
ルークは一歩、距離を取る。
「なに?」
商人は、その反応を見て、内心で舌打ちした。
(警戒は、してるか)
だが、構わない。
「君のお父さんとは、同じ商いの道にいるんだ」
半分、嘘。
半分、真実。
「最近、街が暑くてね。
君のいる場所が、妙に楽だと聞いた」
ルークは、瞬きをした。
(……まただ)
最近、こういうのが増えている。
「すごいね、君」
商人は、しゃがんで目線を合わせた。
「もしよければ、
安全な場所で、ゆっくり過ごさないか?」
「安全?」
「兵もいる。水もある。なにより暑くない」
甘い言葉だ。
だが。
「……それ、母さんに言った?」
ルークの一言で、
商人の笑顔が一瞬、固まった。
(家族か)
想定内だが、
厄介だ。
「もちろん、話は通すつもりだよ」
「じゃあ、母さんが決める」
ルークは、あっさり言った。
その態度に、商人は内心で焦る。
(こいつ……思ったより、流されない)
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その夜。
商人は、部屋で一人、考えていた。
(直接は、無理か)
なら――
外堀から埋める。
・役人
・兵
・街の空気
「ルークは守られるべきだ」
「一箇所にいた方がいい」
「特別な子供だ」
そうやって、
本人の意思より先に、環境を固める。
(時間は、俺の味方だ)
五歳の子供だ。
親も、平民。
選択肢は、限られている。
商人は、杯を置いた。
「……逃げ場は、ちゃんと用意してやるよ」
そう呟きながら。
それが、
檻だという自覚もないまま。
⸻
一方その頃。
街のどこかで、
サノイ兵長が、同じ名前を耳にしていた。
「……ルーク、か」
嫌な予感が、胸をよぎる。
静かに、
しかし確実に。
歯車は、噛み合い始めていた。




