第25話:「商いは段階を踏む。あくまで保護だ。」
商人は、まず情報を買った。
金で。
酒で。
それから、世間話で。
「最近、詰所の辺りが楽だって?」
「ああ、なぜかは知らんがな」
「風向きじゃねえの?」
「さあな」
誰も理由は知らない。
だが、共通点だけはあった。
――小さな子供がいる。
名前は、ルーク。
五歳。
平民。
親は商隊関係者。
(……十分だ)
商人は、口元の髭を撫でた。
この国では、
理由が分からなくても、結果があればいい。
⸻
次にやったのは、近づくことだ。
いきなり声はかけない。
遠くから、見る。
時間帯。
場所。
誰といるか。
兵士詰所。
井戸。
食堂。
共通しているのは――
人が楽になる場所。
(ああ……やっぱりな)
商人は、確信した。
少年がいると、
商売が動く。
兵士が倒れない。
客が残る。
滞在時間が伸びる。
金が、回る。
⸻
ある日。
商人は、食堂の前で立ち止まった。
昼だ。
本来なら、誰も長居しない時間帯。
だが――
中は、満席だった。
「……盛況だな」
店主――イルハンが鍋を振っている。
汗はかいているが、顔色は悪くない。
そして、店の隅。
眠そうな目の少年が、
椅子に座っている。
(やはり、いるな)
商人は、ゆっくりと店に入った。
「一杯、もらえるか」
「はいよ」
水を受け取る。
一口。
(……飲める)
冷たいわけじゃない。
だが、喉を通る。
(このガキ一人で、これか)
商人の胸が、ざわついた。
(……化け物じみてやがる)
だが同時に、
別の計算も走る。
(こいつは、まだ“物”じゃない)
誰のものでもない。
王家の管理下でもない。
おそらく、この能力もまだ発展途上だろう。
――今なら。
⸻
その日の夕方。
商人は、ある役人の家を訪ねた。
下級役人だ。
決裁権はない。
だが、口はある。
「最近、街が騒がしいですなあ」
「ああ、暑さでな」
「兵の負担も増えているでしょう」
「……確かに」
商人は、にこやかに言った。
「もし、街の“助け”になる子供がいるなら――
保護、という名目で預かるのも、一つの手では?」
役人は、眉をひそめる。
「子供を?」
「ええ。あくまで“安全のため”です」
嘘は言っていない。
半分は、本心だ。
この国では、
目立つ子供は、危ない。
(俺の管理下の方が、よほど安全だ)
そう思えるくらいには、
商人は、自分を信じていた。
⸻
夜。
商人は、宿で一人、酒を飲んでいた。
(急ぐな)
焦れば、兵が動く。
王家が動く。
だから――
段階を踏む。
まずは、
「必要とされている」という空気を作る。
次に、
「一箇所にいた方がいい」という話を流す。
最後に、
「管理」が正当化される。
(……いい商品だ)
涼しいだけの少年。
だが、
この国では――
涼しさは、権力だ。
商人は、杯を傾けた。
知らず知らずのうちに、
もう一線を越えていることにも気づかずに。




