第24話:「砂漠の国の商い。金の匂いがする。」
暑い。
この国で商いをしていれば、
その一言を一日に何度も呟くことになる。
だが今日は、特別にひどかった。
「……くそったれ」
男は、汗で張りついた服を引き剥がしながら、
商業都市バルサムの通りを歩いていた。
頭はつるりと剥げ、
顎から胸元にかけて伸びた髭は、汗で重たい。
年は四十半ば。
長年の行商で鍛えた体つきだけが、取り柄だ。
(今日は、客の顔色が死んでやがる)
暑さで金は動かない。
水も、氷も、休める場所もない。
――はずだった。
「……ん?」
男は、足を止めた。
理由は分からない。
ただ、息ができた。
肺に空気が入る。
胸が、苦しくない。
(ここだけ……?)
視線を巡らせる。
井戸でもない。
日陰でもない。
風向きが変わったわけでもない。
だが、確実に――楽だ。
「おい、なんだここ」
通りの一角。
兵士詰所の近く。
人が、妙に集まっている。
倒れていない。
座り込んでもいない。
顔色が、他よりましだ。
(……偶然か?)
商人は、人混みに目を凝らす。
そこで――見つけた。
小さな影。
痩せた体。
褐色の肌。
黒い癖っ毛。
そして。
眠たそうな目で、壁にもたれている子供。
(……ガキ?)
拍子抜けするほど、普通だ。
どこにでもいる、平民の子。
なのに。
(……あの子の周りだけ、だ)
商人は、ゆっくりと近づいた。
一歩。
二歩。
――はっきりする。
近づくほど、楽になる。
(はは……)
喉の奥で、乾いた笑いが漏れた。
(まさか、な)
魔法?
氷?
そんな都合のいい話があるか。
だが、商人は知っている。
この国では――
水一杯の価値が、人一人の命より重い日がある。
(もし、もしだ)
少年が、こちらを見る。
青い目。
ぼんやりしていて、警戒心が薄い。
(……知ってない顔だ)
自分が、何をしているか。
何を呼び寄せているか。
たぶん、分かっていない。
(ああ……)
商人の胸が、どくりと鳴った。
(これは――金だ)
氷でもいい。
涼しさでもいい。
理由なんて、どうでもいい。
この子がいれば、
•店は回る
•人は集まる
•兵士も、役人も、欲しがる
(……王家に行く前に)
その前に。
(俺が、最初に)
商人は、にこやかな顔を作った。
「坊主」
声をかけようとして――
その瞬間。
兵士の影が、視界に入った。
背の高い男。
詰所の兵長だ。
(……ちっ)
今は、まだ早い。
商人は、何も言わず踵を返した。
だが、最後に一度だけ振り返る。
眠そうな少年は、
何も知らず、そこにいる。
(……逃がすかよ)
この国で、
涼しさは商品だ。
それが人であろうと――
例外じゃない。
商人は、汗に濡れた手を握りしめた。
次は、
もっと、上手くやる。




